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第23話(王太子宮の秘宝)

 

 西宮でラフィールとミルダが話をしていた頃、王太子宮では神殿から神官がやってきて慌てふためいていた。

 

「どうして神官と犬が、ここにいるのだ?」

 

 アレグイルは不機嫌な声で血が拭われ綺麗になった寝室で白い服に全身を包んだ数人の神官達となぜか犬二匹を前に苛々と問いかけた。

 暗殺者達の調査報告をしようと王太子の側にいた警備隊隊長と官吏が口を開こうとしたが。

 神官達がうやうやしく王太子の方へと向き直り頭を下げた。


「我々は王太子宮の秘宝の確認のためにやってまいりました。王太子殿下、誠に残念なことを告げねばなりません」


 神官の一人が頭を下げたままそう告げた。

 それをアレグイルの側で隊長と官吏は怪訝そうに見ていた。暗殺未遂事件を聞きつけた神官達がこの部屋まで入ってきたことに不満を抱いているのだ。王の許可はとっているとのことだったが、皆、神官が何の役に立つのかと思っていた。

 やってきた彼等はさっさと寝室へと入り込むや、勝手に嘆きの声を上げて騒ぎ出した。そうして後から犬二匹を連れてやってきた神官も加え、五人もの神官と犬が現場となった石壁の前に陣取ってしまった。警護騎士達が暗殺者たちの侵入経路の確認や調査などを行う上で彼等は邪魔にしかならなかった。


「何事だ?」

「王太子宮の秘宝がなくなっております。おそらくは、ここに倒れていた人が所持していると思われます。直ちに、その人物と面会して確認したいのですが、どちらにおられるでしょうか?」

「王太子宮の秘宝という物が何なのかをまず知りたいものだ。私はそのようなものがあったとは全く知らぬが?」

 

 アレグイルは不機嫌なまま神官に問い返した。神官達の示す、ここに倒れていた人、とはモリーネのこと。彼女につながる情報かもしれないと思うと、早く先を知りたいと気が逸る。その気持ちをなんとか押さえた。

 その後の神官の口調も気にかかる。まるで神官はその人物が暗殺者ではないと知っているかのようだ。

 騎士達や官吏ですら、彼女が石壁から暗殺者達を引き入れる役割だったのではないかと疑念を持っているというのに。


「王太子宮の秘宝とは、仔犬の王妃様でございます。王太子殿下が二十九歳になれば陛下より知らされる事項ですので、殿下がご存知ないのも当然でございます」

「仔犬の、王妃の、何だと?」

「ですから、仔犬の王妃様、御自身でございます」

「仔犬の王妃が、王太子宮の秘宝だというのか? 姿など見たことはないぞ」

 

 神官たちが言い淀んだので、その先は別室へと移動し話を聞くことにした。あまり多くの人に漏らしたい話ではないらしい。

 その移動した部屋で、神官は仔犬の王妃に関してのことを語り出した。おそらくはアレグイルが二十九歳になれば知ることになる内容だ。

 仔犬の王妃は、人の姿や仔犬の姿を作りだし、それを自分の身体とすることができる存在だという。その身体を失えば、本来人ではないため普通の人では姿を見ることができない。ただ、ごく稀に見える者がおり、仔犬の王妃の本当の姿は、緑色に輝く小さな光なのだとか。その光は通路奥の石壁の手前にあったというのだ。


「そんな場所になぜあったのだ? 別のもっと管理しやすい場所に移せばよかっただろう?」

「例え見える者がいても、手に取ったり触れたりすることはできなかったのです。その場所は、かつて仔犬の王妃様が息を引き取り、ひっそりと眠りについた場所でございます。あちらの寝台の場所で眠りにつかれた王を看取られた後、この壁の奥に姿をお消しになり。発見した時にはすでにお亡くなりになっておりました。そのお身体は王の遺言通り神殿で安置しておりますが。仔犬の王妃様は、息絶えた身体ではなく、ここに留まっておられたようです」

「仔犬の王妃がここにいたということは、まあ、いい。犬がここにいるのは、何故だ?」

「人よりも犬の方が敏感です。犬達は仔犬の王妃様のおられる所へは一定距離以上は決して近付きません」

「仔犬の王妃は、人には触れないのだろう? 仔犬の王妃が自分で移動したとも考えられるのではないのか?」

「その可能性も否定できませんが、仔犬の王妃様はずっとそこにおられましたので。ご自身で移動されるにしては今更という気がいたします。それに、実は、仔犬の王妃様が見える者には共通点があります。みな、死期が近い者達なのです。死に近い者ほど、鮮明に見ることができたようです。ですから、ここで傷つき倒れた者が死ぬ直前であったなら、触れることができたかもしれません」


 死ぬ直前であったなら?

 アレグイルの背中を冷やりとしたものが伝った。言葉が、アレグイルの頭の中で何度もこだまする。

 彼女のドレスを赤く染めていた大きな傷。噴き出した大量の血。虚ろな瞳で力なく崩れる彼女の姿。

 だが、あれは、手当てをすれば助かる傷のはずだ。死期など迫ってはいない。未来に彼女が存在するのだから。

 アレグイルは自分に言い聞かせるように、繰り返される彼女の姿を脳裏から消し去ろうとした。脳裏に赤いその姿を思い浮かべれば、冷静に考えることなどできなくなりそうだった。

 今は、嘆いている場合ではないのだ。手掛かりを見つけなければならない。どこかに彼女がいるという手掛かりを。




「王太子殿下、私をタラント国ツィウク領へお遣わしください」


 ネセインはアレグイルに申し出た。神官達はすでに部屋を出た後で、アレグイルはしばらくぼんやりしていたらしかった。

 顔をあげるとネセインの眼差しとぶつかる。アレグイルを叱咤しているかのようだ。


「私なら、ツィウク嬢の姿を確認することができます」


 彼女がこの部屋を訪れる時、ネセインは王太子宮で警備をしていた。他の者とは違い、全ての事情を知っていたネセインは、彼女の様子をつぶさに見ていたのだ。他の誰よりも注意深く。


「行ってくれるか?」

「はい。領地に彼女を見つけられなくとも、現れるまで待ちます」


 ネセインは彼女が消えた先が未来かもしれないとのアレグイルの考えを理解していた。アレグイルが彼女の兄へ告げていたから推測していた。

 苦しげに顔を歪め、アレグイルは絞り出すようにして告げる。


「……頼む」

「はい」


 ネセインは部屋を出た。急ぎタラントへ向かうために。

 それを見送ったアレグイルは、動けない自分の身が歯がゆかった。暗殺未遂事件のために、更に厳重な警備がしかれ、自身は守られている。その身を犠牲にした彼女を、助けに行くこともできず。

 自分が生き残ることは、果たして正しいことなのだろうか。彼女の語った未来が現実となっていれば、彼女は今頃どんな生活を送っていたのだろうか。それはきっと王太子暗殺に巻き込まれる未来では、なかっただろうに。

 何を間違えたのだろう。なぜ間違えたのだろう。

 間違えなければ、三度目に会った彼女の笑顔が現実になっただろうに。彼女の未来が消えることはなかっただろうに。

 違う。消えてはいない。未来はあるはずだ。

 アレグイルは、うっかりすると眩暈にも似た苦悩に頭が支配されそうになった。それを必死で否定する。


「王太子殿下! 暗殺者たちの身元が判明いたしましたっ」

「すぐ行く」


 騎士の声に呼ばれ、アレグイルは感情を押し殺し足を踏み出した。




 西宮でも侍女ミルダからモリーネとアレグイルの話を聞いたラフィールは、ミルダを領地へ帰すようカッセウ氏を説得していた。西宮から出ることを許されていない彼らだったが、侍女を国元に帰すくらいはかまわないだろうと。

 翌朝、ミルダはタラント使節団にいた数人のツィウク家の使用人とともにひっそりと西宮を発った。ラフィールからの手紙を手にツィウク領を目指して。

 

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