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第22話(妹の喪失)

 

 アレグイルはタラントの使節団が宿泊している場所へと走った。騎士数名とともに。

 返り血を浴びたアレグイルの姿に、悲鳴があがり西宮の一角が騒がしくなる。


「ラフィール・ザイ・ツィウクはいるか!」


 廊下で大声を張り上げるアレグイルの前に、ラフィールがゆっくりと登場したが。アレグイルの血に濡れた非常な様子に不穏なものを感じとっていた。

 ラフィールは彼のそばに妹の姿を探す。


「妹は、モリーネはどこです!」


 まさか。

 悪い予感がラフィールを襲う。


「ラフィール・ザイ・ツィウク、今すぐ領地に報せを送ってくれ! モリーネがいるかもしれない。急いで使いを!」

「何を言ってるんですか! モリーネを連れて行ったのは貴方じゃないですか! モリーネは、どこです! どうしたんですか!」

「彼女は、斬られた。私を狙った暗殺者の手にかかって、そして、姿を消した。だが、生きているはずなんだ! ツィウク領に帰ったかもしれない。今すぐ手当てが必要な状況で。だから」

「貴方がついていながら、妹が斬られた? 今すぐ手当てが必要な状況? そんな妹がどこへ行くというんです? 誰かに連れ去られたというんですか? 貴方や騎士達がついていながら!?」

「違う。連れ去られたわけではない。彼女は消えたんだ。ツィウクへ帰ったはずだ!」

「何を言ってるか、わかっているのか、王太子! 貴方の言うことは、めちゃくちゃだ! 妹はどこだ! どこへやったんだ! 王太子、貴方が妹を傷つけたのではないのか! 妹を、返せ! 返せっ!」


 アレグイルに詰めよるラフィールは、騎士達に取り押さえられた。ラフィールはぎりっとアレグイルを睨んでいた。その目元がモリーネと似通っていて、アレグイルは眼をそらした。


「ラフィール・ザイ・ツィウク、領地に今すぐ連絡を取れ」


 アレグイルはそう言い残すと、苦しげに顔を歪め、その場から立ち去った。

 ラフィールは去っていく王太子の背中に、騎士達に腕をとられたまま妹を返せと訴え続け。悲痛な彼の叫び声は、西宮中に響きわたった。




 王太子の暗殺未遂発生に王宮中が騒然としていた。警戒のための騎士が王宮中を駆けまわり、タラントの使節団の人々も西宮から一歩も出ることができない。

 外から遮断された状態で、ラフィール達は王太子から聞いた情報以外には何の情報も得ることは出来ずにいた。

 そこへ本宮に出向いていたデイルダン卿が戻ってきた。しかし、彼は王太子暗殺のために大騒ぎになっていることしか知らず、モリーネが巻き込まれていることをカッセウ氏の説明ではじめて知ったくらいだった。


「モリーネ嬢が巻き込まれた? 大体、王太子が彼女を王太子宮に連れて行ったのは何故なんだ? 昨夜知り合ったばかりで、宮へ招待するほど親しくなっていたとは思えなかったが」

「それは、我々も驚きました。何が何だか……。ラフィール・ザイ・ツィウクにも理由はわからないようです」


 カッセウ氏は、ソファでがっくりと肩を落とし足下を睨みつけているラフィールの姿を見ながらデイルダン卿へ現状を説明した。


「彼女が暗殺者に斬られたというのは本当なのか?」

「王太子殿下が直接いらしてそう告げたのですから、本当なのでしょう。彼女がいないので何とも言えませんが」

「モリーネ嬢が、いない、か。なぜ王太子殿下は彼女を隠そうとするのだろう」

「王太子殿下にとって不味いことを彼女が知ってしまったのでしょうか」

「いずれにせよ、ハラディルフに彼女のことを追求し続けなければならないな。本宮へ交渉してこよう」


 デイルダン卿は再び西宮の外へ出ようと試みた。そして、カッセウ氏はこの国に滞在している数少ないタラント系の人や知人に連絡を取ろうとした。

 そして、一人になった居間でラフィールは項垂れていた。

 王太子宮の中という場所では全く手が出せない。なぜモリーネを行かせてしまったのかと悔やまれてならなかった。王太子を相手に断ることなど出来はしないとわかっていても。

 さきほど訪れた王太子の様子では、妹が負った傷がかすり傷程度ではなく、命にもかかわるような大怪我だと思われる。王太子の命を狙った暗殺者の手にかかったのなら、もはや命は失われているのだろうか。

 この国へ来たがっていた妹を、こんな目に合わせる国など今すぐ滅んでしまえばいい。妹を助けもせずに生き残っている王太子など、暗殺者にさっさと殺されてしまえばよかったのだ。

 嘆き罵っているラフィールに、侍女ミルダが静かに近付いた。


「ラフィール様、今、よろしいでしょうか?」


 ミルダの潜めた声に、ラフィールは顔を上げた。

 今は誰とも冷静に話ができる状況ではなかったが、ツィウク家次期当主としての立場を見失うわけにはいかない。

 大きく息を吐いた後、ラフィールはミルダに先を促した。


「ラフィール様は、ハラディルフのアレグイル、という方をご存知でしょうか?」


 ラフィールは息が止まるほどに驚いた。

 王太子のことだが、なぜ侍女のミルダがその名を口にしているのか。王太子の名は、タラントの侍女ごときがそう簡単に口にしてよいものではない。

 そういえば、昨夜、モリーネもその名を呼び捨てていたのではなかったか。

 王太子を見て、アレグイル、と。敬称も付けずに。


「知っている」

「もしや王太子のお名ではありませんか?」


 消沈した顔に驚きを浮かべるラフィールへ、ミルダは慎重に尋ねた。

 ミルダは昨夜からモリーネの様子がおかしいと思っていたのだ。どこか戸惑っているような混乱しているような様子で。愚図り方も普通ではなかった。昨夜、何かがあったことは確かなようで、後で話を聞きそうと思いながらミルダはモリーネを部屋から送り出した。

 その後、訪れた客と外出したと聞かされ困惑した。外出するようには着飾っておらず、ラフィールがそのような突然の外出を許すとは思えなかったからだ。

 そうして、苛々して待っていたら、さっきの喧噪だ。

 廊下での彼等のやり取りはミルダの耳にもはっきりと聞き取れた。


 モリーネが消えた。

 ツィウク領に帰ったかもしれない。


 それらの言葉に、ミルダはもしやと思った。

 モリーネが、暗い部屋に行ったという話。きつい目つきの男性がいて、そこはハラディルフ王国だったと。二度目には赤い印をいくつも付けているのを、アレグイルという名の男性につけてもらったのだと嬉しそうに話していた。

 あの話が本当だとしたら。

 相手の男性は、モリーネが突然現れて消えることを、その時に帰る先がツィウク領だと知っているのでは。

 モリーネが語ったハラディルフにある桁違いに豪華な部屋が王太子の部屋ならば頷ける。

 モリーネのいう黒の似合うきつい顔の人が王太子なら。

 モリーネはツィウク領に帰っているかもしれない? 暗殺者に斬られた状態で……。

 そう思い至ると、今すぐ領地の様子を確認してほしいと思った。

 間違いであってほしい。

 けれど、モリーネが亡くなったなどと思いたくはない。

 今すぐにでもモリーネはどこかに隠れて難を逃れていたという報告が入ることを、斬られたというのは間違いだったという報告がくるのを待っている。

 それを、待っている。けれど。

 わざわざ着替えもせず事件直後の王太子が乗り込んできたくらいだから、消えた可能性が高いのだろう。

 もしツィウク領にモリーネが帰っているのだとしたら、すぐにでも戻りたい。

 真実を今すぐ確かめて欲しい。

 そんな思いでミルダはラフィールに話そうと心に決めたのだ。作り話と信じてもらえないかもしれないと思いながら。

 その思いつめた表情のミルダに、ラフィールは眉を寄せ小声で尋ねた。


「そのことを誰から知った?」

 

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