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第14話(使節団合流)

 

「モリーネ。もうすぐタラントの使節団と合流する。その場のお前の状態によっては、ツィウク領へ帰さなければならない。わかっているね?」


 兄ラフィールは真面目な顔でモリーネに告げた。

 今、二人はハラディルフへの道中となるタラントの街へ向かう馬車の中だ。後方の馬車には侍女ミルダも乗っている。

 モリーネは神妙な顔で頷いた。

 この絶好の機会を逃すわけにはいかない、と深呼吸を繰り返す。


「わかっているわ、兄様」


 この日のために、モリーネは対策をたてていた。その成果を試す場としてちょうどいい。いきなりハラディルフ王国の王都で本番となるのは避けたかったから。

 馬車の窓から見える街並みは、タラントの中では鄙びた様子だった。それだけ、タラント中心から遠く離れた場所にある街である証拠でもある。

 モリーネはこれほど家から遠く離れたことがないので、落ち着かない心地だった。兄がいるのだから、心配することはないのだけれど、少々心細くも思える。

 ラフィールは、そんな緊張した様子のモリーネの肩を軽く叩いた。兄としては連れて行ってやりたいのは山々だが、可愛い妹に国外へ出て無理をさせたくないとも思っており、ツィウク領に戻したい気持ちもあった。兄は複雑な気分なのだった。


 街の宿屋で馬車が止まった。とても小さな街ではあったが、その割に宿は大きい。

 タラントへの道筋にある街なので、通過する人や物が多いためだ。

 その宿には既に使節団が到着していた。


 兄ラフィールに手を引かれ、宿に入ると使節団のデイルダン卿とカッセウ氏が玄関入ったすぐの場所で待っていた。


「ザイ・ツィウク氏、久しぶりです」

「またご一緒できて何よりです、ザイ・ツィウク氏」


 ひょろりとした父親ほどの年齢の落ち着いた雰囲気の男性がデイルダン卿で、この使節団の責任者である。もう一人の精悍な顔立ちの若い男性がカッセウ氏。こちらは、兄よりは年上のようだが、使節団の主な交渉はこの人が担うという重要人物らしい。

 そんな人物相手にはモリーネでなくとも緊張するだろう。何度も会っていて親しげに言葉を交わし合っている兄と二人の様子をモリーネは横で見ていたが、当然、緊張は最高潮に達していた。

 三人が挨拶の言葉を交わし合った後が、モリーネの出番である。


「君の横にいる女性を紹介してもらえるかな?」


 笑顔で、だが、厳しい視線でデイルダン卿がモリーネを見た。


「妹のモリーネです」


 兄ラフィールの声でモリーネは二人の前で優雅にドレスと腰を引き笑顔を作った。一呼吸おいて。


「モリーネ・ザイ・ツィウクです」


 モリーネは笑顔のままデイルダン卿、そして、カッセウ氏へと視線を移した。

 緊張、していた。指先が震えて冷たい。

 兄の腕を握る手には力がこもっていて。兄にもその緊張は伝わっていただろう。しかし、モリーネはしっかりとした声を出していた。その表情は、笑顔だけれど冷ややかでもあり。若い娘にしては、ふてぶてしさすら感じさせていた。

 それがモリーネの対策だった。

 緊張しないために、他人はすべて自分の使用人であると信じ込む。そうすることで、普通のモリーネを出そうとしたけれど、なかなか上手くいかなかった。そこで普通のモリーネを出すことよりも、慣れるまでは力強い眼で相手を圧倒しようというミルダの意見を取り入れることにした。その力強い眼がすぐに実現できるはずもなく、モリーネが選んだのは、アレグイルなりきり作戦だった。

 あの冷ややかな表情、きつい視線。無言で他者を圧倒するには素晴らしい実例だったのだ。


「デイルダンだ。よろしく、ザイ・ツィウク嬢」

「クエルフ・カッセウです。お困りのことがあればいつでもご相談ください」

「はい。頼りにいたしております。兄ともどもよろしくお願いいたします」


 少しツンとした笑みを保ったまま二人に言葉を返すモリーネには、喋れなかった過去の彼女とは全く違った雰囲気がある。

 それは作られたものだったが、誰もモリーネに違和感を抱いたりはしなかった。

 横で見ている兄ラフィールには非常に微妙だったが。


 次の日。

 タラントの使節団は列を作ってハラディルフ王国へと発った。

 その道中の馬車内で。


「モリーネ。一体……どうしたんだい?」

「何が?」

「何がって……。人見知りが治った、わけでは、ないのだろう?」

「人見知り対策はできてたでしょ? そのうち慣れると思うの」

「あれで……ずっとか?」

「結構、いけるわ。ミルダが言うには、女の闘いは最初の一睨みからってことだから。できてたでしょ?」

「女の闘い? 最初の一睨み? 普通に喋ればいいんだよ?」

「タラントの立派な貴族娘として必要な技術らしいわ。眼で相手を制するっていうのが」

「そ、そうか……? 私は、いつものモリーネの方が、可愛いと思うが」

「いつものままじゃ、喋れなくなっちゃうし。負けるわけにはいかないわ。やだ、兄様ったら、今更ツィウクに帰れなんて言うんじゃないでしょうね?」

「それは、言わないが……。まあ、がんばりなさい」

「うんっ。任して!」

「任せない」

「……あてにしていいから」

「あてにもしない」

「何でよっ。連れて行ってくれるんでしょ?」

「お前はハラディルフの王都を満喫してくれればいいよ。他は私の仕事だ」

「そうなの?」

「そうだ」

「兄様、期待してる」

「おうっ。任せろ」

「うん」


 モリーネは兄の笑顔を見てやっと落ち着いた。どうやら帰されることはなく、このままハラディルフへ行けるらしい。

 この先、あのアレグイルなりきり作戦をずっと実行し続けるのかと思うと、正直、気が重い。一度人と話せたからといって、人見知りを克服したことにはならない。単に、自分を誤魔化し続ける方法を取っているだけなのだから。ミルダが言うには、そうしていれば自然とそれが身につくようになり、気負うことなく実行できるようになるはずらしい。けれど、それが一体いつになることか。

 モリーネにとっては、随分、先のことになりそうだった。


 数日も一緒に旅を続けていれば、モリーネも同行者であるデイルダン卿やカッセウ氏を相手にそれほど緊張することはなくなった。

 そして二週間ほど過ぎた頃、一行は国境を越えハラディルフ王国の王都へと近付いていた。


「あと数日でハラディルフ王国の王宮へ着く」


 兄ラフィールが窓の外を眺めながら告げた。

 その横で、モリーネはうんざりした顔をしていた。馬車に揺られ続ける毎日が二週間も続いているのだ。旅慣れたラフィールと違い、遠出することなどなかったモリーネである。これほど長距離の移動に苛々する程度でおさまっているのだから、まずまずだなと兄ラフィールは密かに感心していた。

 モリーネは、喚き散らしたい気分だったが、そうすれば即座にタラントへ送り返されるのではないかと我慢に我慢を重ねていた。こんな思いまでしてやってきて、途中で帰されるなんて論外だ。早く辿りつきたい、今はそれだけが彼女の頭を占めていた。


「今回も、王都の宿に滞在して、そこから、私達は王宮へ何度も足を運ぶことになるはずだ。お前は、おそらく王宮へ入ることはないだろう」

「どうして? 普通、他国からの使節団が来たら王宮で歓迎の式典が開かれるものじゃないの?」

「だから、ハラディルフとタラントは仲が悪いんだよ。交渉の場は持ってくれるんだが、そこまで歓迎はしないという態度だ」

「うっ、ハラディルフって偉そうね」

「今のところ、ハラディルフは大国で、タラントが太刀打ちできない立場だからね」

「そうなの。じゃあ、私は何をしに来たの?」

「王宮で夜会は開いてもらえないが、ハラディルフ王国の貴族家の催しに招待してもらえる。そのくらいの伝手は作ってあるさ。そういう催しで、精一杯愛想を振りまいておくれ」

「そ、そう。そうね。頑張るわ」

「遭遇することはないと思うが、ハラディルフの王と王太子、それから、第二王子とはそれとなく距離をおくんだよ? ああ、もちろん妃達とも」

「王族と関わりを持つなっていうやつね。わかっているわ」

「お前のことだから、良くも悪くも目をつけられたりしないとは思うが」

「それは余計なひと言!」

「うーん、その相手を見下すような表情も、なかなか板についてきたね、モリーネ」

「でも、私、ハラディルフの王太子は事故で亡くなったって聞いたわよ? 弟王子を好きだった女性を無理やり妃にした酷い王太子だったって」

「何だい、それは。一体どこから入手した情報なんだ? 王太子が暗殺されかかって大騒ぎになったことがあるから、その話だな。何でも恋愛と絡めた話にしないと貴族女性達は喜ばないから、おかしな方に話が膨らんでしまうんだよ。そういう貴族女性向けの話を耳にしたんだな」


 兄ラフィールは大げさに嘆かわしいという身振りで頭をふった。モリーネは自分が笑われたみたいで、ちょっとむっとする。

 そんな妹に兄はハラディルフの事情を簡単に説明してやった。


「じゃあ、妃が王太子を暗殺しようとしただけで、死んでもいないし、妃が第二王子と大恋愛してたわけでもないってこと?」

「そういうことだ。でも、第二王子はとても顔がいいから、王太子の妃が密かに好意を抱いていても不思議じゃないな」

「そんなに格好いいの?」

「そうらしい。モリーネ、絶対に気をつけるんだよ? 暗殺事件が起こってるような王族に近寄る価値はない」

「わかってるって。でも……セイフィル殿下より格好いいの?」

「……モリーネ」

「わかってますって」


 そう答えながら、モリーネは、とっても期待していた。

 セイフィル殿下はとっても素敵だけれど。ハラディルフ王国第二王子がかっこいいなんて聞いたら、会ってみたいと思わない方がおかしい。

 あちらから好意を寄せられてなんて夢見たりは……、する。するわよ。

 ハラディルフ王国に来たのは、アレグイルを探すためなんだけれども。かっこいい王子様の話なんて聞くと、やっぱりふらっと心動くもの。結婚前の小娘的には当然でしょ。

 もちろん、アレグイルも探すけど!

 第二王子様にも会えるといいな。

 モリーネはハラディルフ王都地域特有の白い塗り壁の家々を窓越しに眺めながら、王都での楽しい未来に思いをはせていた。

 その横で、兄ラフィールは一抹の不安を抱いていた。セイフィル殿下に失恋して、ここでもまた第二王子に失恋するかもしれないのは不憫だと思ったのだ。会わなければいいがと。

 会う前から、妹の失恋を確定させている、正直な兄だった。


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