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第13話(団欒)

 

 兄とハラディルフの話をした数日後、ツィウク家では久しぶりに一家揃っての晩餐となった。

 モリーネはこの日を待っていた。

 ハラディルフの話題を出すためである。

 前もって兄とは話をしている。その時、モリーネがハラディルフに興味を持っていることを兄は感じていたはず。それを、父に伝えているかもしれない。

 モリーネは、兄や父が自分の嫁ぎ先にハラディルフ王国を含めて検討することを期待していた。自分の嫁ぎ先は、きっとツィウク家のためになり、自分にとってもよい家を探すはずだから。

 もちろん、モリーネとしては、ハラディルフ王国の貴族男性との縁談を決めてもらいたいわけではない。嫁いで行ってから、アレグイルを探したいわけではないのだから。

 ハラディルフ王国に行くための理由になりさえすればよかったのだ。あの国に行けさえすれば、自力でアレグイルを探せばいい。国を隔てている今の状況では、探すこともできなくて、庭を歩いて待つしか会う方法がない。もっと確実に会えるための手段を手に入れなければ。

 そのために、モリーネは今夜、勝負に出ることにしたのだ。


「ねえ、お父様」

「どうした? そのいい方だと、何かおねだりしたいことがあるのだな?」

「ハラディルフ王国の王都って、すごく賑わっているのですって? 兄様から聞いたの。私も行ってみたいわ」

「何を言うの、モリーネ。まだ婚約者も決まっていないというのに、国外へ遊びに行くなんてできるわけないでしょう?」

「私が婚約するのが、タラントの人とは限らないわ。ハラディルフ王国の人でもいいと思わない?」

「思うわけないでしょう? 何を馬鹿な事をいっているの」

「でも、お母様。ハラディルフ王国って、一夫一婦制なんですって。結婚したら、屋敷に妻が一人なのよ。素晴らしいと思わない?」


 モリーネは大げさに面白そうな口調で母に一夫一婦制を強調してみせた。

 母は、モリーネに苦労させたくないと思っており、きっと兄や父のような商売がらみの利点では賛成しない。その母が反対しなければ、この勝負は勝算が上がるはず。モリーネはそう考えていた。


「本当に、ハラディルフ王国では妻が一人なの?」

「そうだ。あの国では、妻は一人だけだ。その妻には屋敷での権利が保障される。他の妻に追い出されたり、女中のように扱われたりすることはない」

「まあ。そんな国が?」


 父の説明に、母の気持ちが揺らいでいた。妻の中での立場争いに負ければ、一生奴隷のように扱き使われる場合もあるのだ。第一夫人の座を勝ち取る女性次第で。そしてその地位も人数も変動する。妻達が仲良くできるような環境であればいいけれど、そう言う家ばかりではない。

 ツィウク家を実家に持つモリーネは、優位に立てる可能性が高いとしても、第一夫人の座が約束されるわけではない。母はモリーネが嫁ぐ先の男性にはモリーネ以外の妻を持たないと約束させたいと常々漏らしていた。それを約束するなら、身分は問わない、と。

 そうは言っていても、本当に身分が低い者を選んだ時、母が賛成するかは微妙だとモリーネは思っている。

 結局、選ぶのは父なのだけど。


「凄いでしょう? 私の結婚相手に、ハラディルフ王国の貴族男性ってどう? でもハラディルフ王国は大国だし、タラントの貴族娘は、あちらから馬鹿にされてしまうかな?」

「そうか。ハラディルフの、か。悪くはないが、どうだろうな」


 父の言葉はどうとも判断がつかない。子供の戯言だと思って誤魔化してるの? いいえ、きっと考えには入れてもらえているはず。結婚相手にハラディルフの人を捜すことを。

 モリーネは慎重に会話の行方を見守った。


「最近、モリーネは、ハラディルフ王国がお気に入りみたいです。ハラディ語を熱心に勉強しているくらいですから」

「モリーネが勉強を……」

「そんなに驚いたように言わなくても! 他の勉強だってちゃんとやってますっ」

「そのうちハラディルフ王国にモリーネを連れて行ってみるのもいいかもしれませんね。全く新しい場所だと、モリーネの癖が治るかもしれない」

「癖?」

「人前に出ると、モリーネはちょっとした癖が出てしまうんです。そのうち治ると思いますが」

「そうなの? モリーネ?」

「あ、うん」


 しまった。

 モリーネは自分のとても大きな問題点を棚に上げていたことに気が付いた。兄の言う癖とは満足に男性と話せないということで。それは仕方ないことだと、モリーネが目を逸らしていた事だった。再三、兄には言われていたけど、なおらないんだと、私はそういう性格なんだと諦めていて。

 人見知りで社交活動が満足にできないとわかっていて、国外に連れて行くはずはないのに。

 でも、兄の言いようだと、全く可能性がないわけではないらしい。

 なぜなら、人見知りで社交らしい社交ができないモリーネの状態を、癖という言い方にして父や母に明確にしていない。

 それは、なぜか。

 兄はモリーネをハラディルフに連れて行きたいと思っているのだ。連れて行けば益があると判断して。ただ、全く喋れない状態のモリーネではさすがに困るのだろう。


「お兄様。私、あの国なら、癖はでないんじゃないかと思うの」

「そうかな?」


 にこやかな笑顔だけど、疑わしげな表情で見返してくる兄。

 この前、自信ありげに大丈夫だと言った直後に失敗しているだけに、ここで大丈夫だと言ったところで空々しい。信用は全くないだろう。

 モリーネは、気持ちを切り替え、今後に期待することにした。あとひと押し兄の賛成があれば、おそらく父も許可しそうな様子。だけど、ここで無理に通そうとすれば、ただの私の我儘になって、すべてが消えてしまう可能性が高い。そう読んだ。

 もう一度どこかの催しで普通の会話ができれば、兄に連れて行きたいと思わせることができるはず。だから、まずは人前で話ができるようになろう。

 だから、次回まで、待つ。今回は我慢。

 そう決断したモリーネは、兄と同様ににこやかに答えた。


「まだハラディ語を話すことに慣れてないから、言葉使いに注意したり作法に気をつけるだけで精一杯になりそう。セイフィル殿下みたいに素敵な男性がいても気づかないかもね」

「ま、私ほどいい男はハラディルフといえどそういないけどな」

「私が言ったのはセイフィル殿下で、お兄様のことじゃないわよ」

「何を言う。私も同じくらい女性には人気があるんだよ」

「お兄様も、ステキダト、オモイマス」

「なんだよ、その言い方は。わかってないなぁ」


 和やかな家族の晩餐は進み、それ以上ハラディルフの話が出ることはなかった。




 あれからモリーネは、知らない人の前に出ると喋れなくなってしまう事に対する対策を考えていた。

 一応、気にはなっていたけれど。真剣になおそうとしたことはなかった。前に失敗した時にしても、兄に馬鹿にされて悔しかったけど、結局はそれだけだった。

 これが性格だし、何とかなるだろうと。家にいれば知らない人なんていないし、困ることなんてなくて。それは結局、家にいればいいとか、社交場でも父や兄が何とかしてくれるという、甘えで。

 このままでは、ダメ。

 ハラディルフに行くには、この人見知りを何とかしないと……。


 そういえば、アレグイルに対しては、普通に話せていた。だから、全ての人に対して人見知りしてしまうというわけではないみたい。

 では、なぜ他の人だと緊張してしまうんだろう。特にそれが顕著なのは、セイフィル殿下がいる時だった。

 緊張する理由は、兄の言うように、相手に対していい格好したいと気張りすぎということで。いい子だなって思われたいのは、ある。誰だって、そうだと思う。

 知ってる人に話せるのは、相手が自分を嫌ってないって思っているから、かな?

 でも、それじゃあ、アレグイルには話せた理由がわからない。

 ……アレグイルだけじゃなくて、はじめてでも話せる人達がいる。家の使用人達だ。

 自分の家で働いている人達は、自分に害をなしたりしないって思っているから。

 モリーネは愕然とした。自分より立場の低い人には強い態度が出せるということに。

 アレグイルのことも、そういえば最初はあの暗い部屋がツィウク家の敷地だと思っていたからツィウク家で働いている人か何かだと思っていたわけで。モリーネは彼を自分より下の身分だと思ったのだ。


「私って、意外に、貴族娘だったのね……」


 モリーネが、がっくりとテーブルに突っ伏してそう呟いていると。


「何おっしゃってるんです? ちゃんと貴族娘になりつつありますよ。まだまだ迫力は足りませんけど」


 ミルダは落ち込んでいるらしいモリーネに言葉をかけた。


「迫力?」

「そうです。立派な貴族娘というのは、視線で他人を見下せ、かつ、有無を言わさず従わせる眼力を持っているものなのです」

「それ……ちょっと、違わない?……」

「いいえっ。目は多くを語ります! もちろん裏でどんな卑劣なことをしていても素知らぬ顔ができる厚顔さも必要ですが。視線があったその瞬間から、女同士の闘いが始まるのです!」


 急に熱く語りはじめたミルダに、モリーネは引いた。思いっきり引いていた。後ずさったほどに。

 うわーっ。女同士の闘い?

 立派な貴族娘って、何だか、ものすごく恐い世界なんじゃ……。

 っていうか、話が全然違う方向へいってるよね。闘い? 裏でどんな卑劣な事してもって、そんなことするの? それちっとも立派じゃなくない? 人として、どうなの?

 顔を引きつらせているモリーネに、ミルダは熱を込めて話し続けた。

 大げさに喚き散らすよりも、無言で場を制圧できる女性こそ立派な貴族娘であり、ゆくゆくは第一夫人の座を射止めることができるのだと。表だって動くのは愚か、裏で動けなければ意味なし。そのためには、使用人をどれだけしっかりと自分に従わせられるかであり、やっぱり眼力云々。


 知らない人の前で喋れない事を気にしているのであって、無言の眼力を鍛えるつもりはないんだけど、な。

 モリーネはそう思っていたけれど。

 ミルダは延々と語った。その眼力の重要性を。


 ハラディ語の習得と眼力増強に時間を費やすようになった或る日、兄ラフィールから待望の知らせがもたらされた。

 来月のハラディルフの王都行きに、場合によってはモリーネも同行させてもいいと。


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