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第11話(証拠)

 

 明るい日差しが降り注ぐのを感じ、モリーネは目を開いた。

 そこにはツィウク領の館と庭があり。

 振り向いても、彼の姿はなかった。


 モリーネは振り向き虚空を見つめ、さっきまで見ていた暗い部屋の風景をそこに映していた。

 彼は、夜の王様みたいに周囲に黒がとっても似合う人だった。着ていた服は前と同様に淡黄色だったけど。

 すごく大人な男性に、なっていて。

 兄と同じくらいか少し年上かもしれない。

 がっしりした体格になった分、悪人顔がひどくなったように思うけど、性格が冷たいってわけじゃなくて。今回はちょっと、優しかった気がする。

 なんだかドキドキしながら頬が緩んでしまい、モリーネは落ち着かない気分になった。

 や、優しかった、よね。いや、絶対、すごく優しかったって!

 額に、額に、キスしてくれちゃったんだもん!?

 額に、キスなんてっ!

 すっごく子供扱いなんだけども。

 ううっ、あの時、私、目なんかつぶって期待しちゃった。アレグイルにもわかったよね。あぁ、恥ずかしいったら……。

 だって、キスして欲しかったんだもーん。

 すごくキスして欲しかったんだもーん。

 目ぐらいつぶるよねっ。

 アレグイルったら、大人っぽくなっちゃってて。相変わらず目つき悪かったけど、かっこいいと思ったし。

 それなのに、額に、キス!

 嬉しいけどっ。

 ちょっと、すごく、悔しいっ。

 モリーネがさっきの状況を思い返して一人悶えているところに。


「何をニヤニヤ笑いながら踊ってらっしゃるんです? 不気味ですよ」


 冷たい声がかけられた。

 モリーネはそばに誰かがいるとは思ってなかったので、あまりに近くでした声に驚き振り向いた。

 侍女ミルダがそこにいて顔を顰めて立っている。

 モリーネは踊っていたつもりはなかったけれど、うっかり身体が動いてしまっていたらしい。踊っているように見えるほど。

 ミルダが問いかけている様子からは、モリーネの身に何かが起こったとは露ほども思っていないようだ。


「私、ずっとここにいた?」

「そうですね。しばらくぼんやりとその場に立ってたと思います。振り返ってぼうっとしてたと思ったら、急にジタバタ踊り出したので気がふれたのかと心配しましたよ」


 ちっとも心配してなさそうな口調でミルダは答えた。心配したというより呆れていたということなのだろう。

 それにしても、ミルダには今回も何も見えなかったらしい。前と同じように。

 モリーネは見えないなんて気の毒にとミルダへちらりと視線を流したけど、すぐにミルダの存在を意識の端の追いやった。そして、さっきの興奮を取り戻そうとアレグイルを思い浮かべる。

 セイフィル殿下のような優しいタイプじゃなくて、アレグイルみたいな恐い顔の人が好きなのかも。

 そう、かも。きっとそうに違いないわ。

 アレグイルのがっしりした首も肩も素敵だし。

 睨んでいるみたいな細い目も、よく見れば可愛いはず。

 唇が薄くて横広い口は……キスしてくれたら、どんなだったのかな……。

 全体的に人相は悪いけど。

 目つきも悪いけど。

 優しそうでもないけど。

 ……ま、そんなことは些細なことよ。

 私のアレグイルは、とっても素敵。


「何、半口開けてぼけっとしているんです。馬鹿みたいですよ?」


 ミルダの声は容赦がなかった。

 浮かれるモリーネは水を差されてむっとしたことを訴えるようにミルダを見た。

 モリーネはアレグイルのことを思い出して楽しんでいたところを邪魔するなんてと思っていたけど。

 ミルダの視線から、ものすごくみっともない顔をしているらしいと気付き。

 モリーネは口を閉じた。

 思い出すとニヤニヤしてしまうようだから、部屋で一人になった時に存分に思い出そう。

 そう決心した。

 けれど、モリーネは気を緩めてはニヤッと表情が崩れそうになっていた。

 崩れかけては引き締めようとするため、とても気味の悪い表情になっていることには気付かなかった。


「あら。モリーネお嬢様。虫に刺されたようですね」

「えっ?」

「首の後ろが赤くなっています。痒くはありませんか?」

「いいえ。ちっとも……。そうね、ちょっと痒い気もする、かな」

「部屋へ戻りましょう。薬を塗らないと」


 胸がドキドキする。

 首に手をあてたけど、赤くなっているのがどこなのかはわからない。

 けれど、それが彼の残した跡なのだ。

 首から背中に残してもらった、彼の唇が残した証拠で。少しだけチクッとした後、彼の唇が何度も辿った場所。

 夢じゃない。絶対に空想の人じゃない。そう信じていたつもりだけど。

 どこかで、やっぱり現実とは違うと思ってた。

 けど。あの豪華な部屋はどこかにあって。

 私のアレグイルは、本当にこの世界のどこかにいる人なんだ。きっと、ハラディルフのどこかに。

 アレグイルは私が十六になったら連絡してくれるって。

 でも、覚えていたら、とも言ってた……。

 ハラディルフのどこかに住んでいるなら、本当に探せるんじゃない? アレグイルに会いに行くことができるんじゃない?

 モリーネの身体は震え、感情が高ぶった。


「ねぇ、ミルダ。前に、暗い部屋にいってたって話をしたでしょ?」

「ありましたね。そんなことが。それから急にハラディ語の勉強に熱心になったので、よーく覚えています」

「実はね。さっき、それで。また暗い部屋に行ってたのよ」

「また立ったまま夢をみてらしたんですか?」


 そういう言われ方をすると、なんだかおかしな人みたいだとモリーネは唇を突き出した。

 が、今回は背中の証拠があるからミルダに夢だと言われても全く平気。

 モリーネはふふんと鼻を鳴らし、澄まし顔を作った。


「夢みたいだけど、現実なの。背中の赤い跡は、なんと夢の中の人がつけたものなんだから」


 得意そうな笑みを浮かべているモリーネ。

 侍女ミルダは気の毒そうな目を向けた。


「ただの、虫刺されの跡、でしょう」


 あまりにも可哀想なという痛い視線がモリーネに向けられ、彼女は怯んだ。


「ち、違うのよ。本当に、本当なのっ! 彼がつけたんだからっ。なんか、背中に口付て、ね。で、チクっとしたのよ」


 モリーネはドレスの後ろボタンをはずして、背中を向ける。

 そして、ほらほら見て!とミルダに背中で迫った。

 嫌そうな顔をしていたミルダだったけれど、モリーネの晒している背中をよく見ると赤い斑点がいくつか散らばっていた。

 モリーネの話と照らし合わせると、その赤い跡は肌をきつく吸うとできるキスマークというもののようで。

 それはそれで、ミルダの眉は縦に深く皺を刻んだ。

 その反応がモリーネには何を意味しているのかわからず、ちょっと途方に暮れた。

 ミルダは黙ってモリーネの背中を凝視している。

 モリーネは、さすがに背中を開いたままのこの格好は恥ずかしいんだけどな、と思っていた。でも、ミルダが何かを言うのをそのままの姿勢で待っている。何を言うのだろうとちょっと期待して。

 私のアレグイルは、ミルダにはあげないわと的外れなことを考えながら。


 沈黙の後、ミルダが口を開いた。


「これをつけたのは、男性、なんですよね?」

「そうよ」

「モリーネお嬢様は、その男性にドレスのボタンを外されたわけですか?」

「いいえ、違うわよ。背中に何か書いてもらおうと自分でボタンを外したんだけど、上三つくらいしか外せなかったのよね。だから印は上の方にしかないでしょ」

「……自分で? ドレスのボタンを外して? 背中に書いてもらおうとした?」


 自分から? 男性に?

 ブツブツと夢遊病者のように宙を見つめて呟くミルダは、恐かった。

 どこを見ているのかわからない虚ろな目が特に。

 それに引き換え、私のアレグイルの目はきつかったわ。

 睨みがキリッと半端なくて。

 なんていうのか、こう、ぞくっとして心臓が驚くっていうか、視線を外せなくなるっていうか。引き寄せられる感じがして。

 ふうっ、と妄想モリーネは溜め息をついた。


「モリーネお嬢様。男性の前で、ドレスを脱ごうとなさったんですね?」

「いやだわ、ミルダ。脱いだりするわけないでしょ、恥ずかしい。ちょっと背中を出しただけよ」

「ちょっと? いいえっ! 男性の前でボタンを外すということは、ドレスを脱ぐと言っているのと同じ意味なんです! 信じられませんっ。男性に、素肌を晒すなんてっ」

「背中なんて、腕が出てるのと一緒じゃない? 足を晒すわけじゃないんだし」

「足を晒すよりなお悪いんです!」

「背中が? ドレスを後ろと前を反対に着た時に見えるくらいの背中が?」

「そ・お・で・す!」


 そんなにはしたないことだと思わなかったのだけど。そりゃ、ちょっと恥ずかしいなって思ったけど。

 ミルダがこれだけ主張するってことは、よっぽどのこと、で。

 もしかして、アレグイルも、はしたない娘だと思った?

 モリーネは急に慌て始めた。


「それって、男性も、そう思う? じゃ、この跡をつけてくれた彼は、私のこと、はしたないって思ったと思う?」

「男性によっては、はしたない女性が好きな方もいますからね。モリーネお嬢様、他には何もされなかったでしょうね?」

「何かって?」

「何かですよ! 痛かったり、乱暴だったり、とにかく何か!」

「えーっ、何もなかったような、あったような。でも、痛かったり乱暴だったりはしなかったわよ?」

「まさか、ベッドに連れ込まれたりしたんじゃないでしょうね!」

「連れ込まれたりは、しないわ」


 自分で勝手に寝転んでいただけで……。

 それも、まずいことなの?

 アレグイルのベッドは凄く柔らかくって、とってもゴロゴロしていたくなるのよね。

 でも、それ、まずい?

 まずいの?

 とってもまずいことなんじゃ?


「だって、ぱっと見て椅子なかったし……。ベッドだと悪いの?」

「悪い? ええ、悪いです。最悪です。ベッドで一緒にいてもいいのは、夫婦だけです!」

「そ、そう」


 友達同士とか兄弟姉妹だと一緒に寝るよね、なんてことは、今は言ってはいけないんだろう。

 モリーネは懸命にも反論を避けた。ミルダはなおも主張を続ける。


「下手をすれば、その男性と結婚しないと、他の方の元に嫁ぐことができなくなるんですよ!」


 私のアレグイルと、結婚!?

 照れるけど嬉しいかも。

 結婚かぁ、アレグイルとなら結婚してもいいな。

 ふふふっとはにかんでいるモリーネに、見つめられたら凍りつきそうな笑みでミルダが迫った。


「何を笑っていらっしゃるんですか? ちっとも反省してらっしゃいませんね?」

「反省? ああ、反省ね。もちろん、気をつけるわ。男性の前でボタンを外したり、ベッドに寝転んだりしたら、いけないのよね」


 ええ、気をつけるわ。私のアレグイル以外の男性の前ではね。

 妄想モリーネの頭の中では、アレグイルが彼女を睨みつけていた。


「まさか、まさかベッドで寝転がったんですか! 夢の中でも、絶対あり得ません! モリーネお嬢様っ」


 興奮したミルダの声がモリーネの部屋中に響き渡っており、部屋の前を通りかかった使用人たちはそっと聞かないふりをして通り過ぎていた。


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