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第10話(狩り)

 

 ハラディルフ王国に狩りのシーズンがやってきた。

 このシーズンには、アレグイル宛てに多くの貴族領から招待状が届けられる。

 その狩りとは、大型の肉食鳥類を矢で射とめるものと、剣や槍で肉食獣を仕留めるものの主に二種類がある。どちらも貴族男性に好まれている遊びであり、嗜みでもあった。アレグイルも年々参加する場所を変えて楽しんできたが。今年はそういうわけにはいかない。

 バルデス達とかねてより計画していた通り、参加する狩り場は警護がしやすく過去に行ったことのある場所に絞った。

 ネセインは王太子警護の隊をまとめる隊長および副長に、狩り場でアレグイル殺害を企む者がいるらしいとの情報があると伝えた。

 架空の暗殺者をでっちあげることで、警護を厳重にすることができると考えたのだ。事故死するかもしれないなどと伝えるよりは、遥かに有効だろう。

 例年ならば、王宮での鬱憤を晴らすように駆け回る狩り催しなのだが、アレグイルはストレスを貯めることになった。


 はじめの狩り場では、流れ矢がアレグイルのそばを掠め、突然馬が暴れだした。危うく落馬しそうになったが、一瞬冷やりとしただけで事はおさまった。

 しかし、その一瞬。

 アレグイルの頭の中を、死、という文字がよぎった。

 そして、何かあるごとに、もしやこれが死に繋がるのか?という疑問が湧くのだ。

 アレグイルは、死というものを自分がこれほど恐れるとは思っていなかった。狩りの最中にやってくるだろう死の危険を回避すればいいだけだと、簡単に考えていたのだ。

 だが、実際には。

 狩り場で突然霧が立ち込めてきた時には、周囲に何が起こるかと神経をとがらせた。いつもと同じでいようとするものの僅かな物音にも耳をすませる様子は緊張を滲ませる。

 また、狩り場で遭遇した獣が騎士数名に重傷を負わせるほどの凶暴な肉食獣であった時、例年の装備ならこれが致命傷になったのか?と考えた。

 モリーネが告げた王太子の事故死とは一体何のことなのか。すでに回避できたのか、まだ起こっていない出来事なのか。

 アレグイルにはわからなかった。

 もちろん、バルデスやネセインもそれは同様だった。そして、アレグイルの張りつめた様子に警備騎士達の緊張も高まり、日毎に重苦しい空気に包まれていった。緊張は疲労をうみ出し、アレグイルの中にじわりじわりと溜まっていった。

 事故だというなら、死を受けいれるべきではないのか。死は誰にでも訪れる。それなのにこうまで怯えて足掻くなど、滑稽ではないのか。そんな思いが何度も湧き自分を暗い感情へ落としていく。

 アレグイルは自嘲し自問する日が続いていた。

 そんな中で。


 会うのよ。だから、忘れないで。


 そう告げるモリーネの姿を、思い出す。

 連絡を寄こさなければ神殿に愚痴を言いに行くと言っていた彼女。

 彼女を思い出すと、張りつめていた緊張が和らいだ。愚痴を言うだけならいいが、放っておけば彼女は無茶をするかもしれない。

 生きたい。生きることに足掻いてもいいのだ。

 そう素直に思うことができた。死を恐れる小心者だとしても、みっともない存在であっても構わないのだと。

 生きて、そして、二年後の彼女に礼を告げる。必ず。




 そうして、ようやく今年最後の狩りを迎えた。

 後は来年か。そんな気分が、アレグイルにもネセインにも生じていた。

 この最後の狩りは、王都近くの領地の小さな林で行われる。狩りがメインではない。貴族娘を伴った、交流が目的の催しだ。

 義弟に心を寄せているという妃三人も参加している。あの話をバルデスに聞いて以降、アレグイルは妃達を避けていた。

 笑顔で話しかけてくる彼女等をうがった見方しかできないでいたのだ。


「殿下。表情が固いですな。ここでは、くつろげませんか? 美しい妃様達があのように殿下をめぐって競い合っているのですから、多少はめをはずしてもよろしいのでは?」


 そうアレグイルに話しかけてきたのは、王の側近の一人フォルズ卿だった。

 彼はこの狩りの主催者だ。

 狩り場である林を遠くに見ながら、狩り用の館の庭で昼食を終えたところである。それぞれが庭のあちこちで歓談しあっていた。


「あれは、競い合っているのか?」

「そうですとも。殿下の気を引こうと皆かなり大胆なドレスをお召しですな。殿下のおかげで目の保養ですぞ」


 そう言われてみれば、他の貴族娘たちに比べると妃達は派手な装いだった。妃だからそんなものなのだろうと思っていたが。だからといって、それが自分の気を引くためにそうしているかといえば違うだろう。彼女達は、アレグイルを見ているのではなく、互いのライバルを見ているのだ。

 彼女等の相手をするのは煩わしく、一人にしろと告げ、今も妃達を遠ざけていた。

 本気でアレグイルへ近づこうとする妃はいない。それは、彼にとって都合のいいことでもあった。警戒すべき狩りのシーズンである今は。


「殿下。ちょっとよろしいでしょうか?」


 彼に声をかけてきたのはネセインだった。

 何かあったのか。彼の表情は険しい。

 ネセインの言葉に、フォルズ卿はその場を立ち去った。

 ネセインは周囲に王太子の警護騎士しかいないことを確認すると、口を開いた。


「従者が倒れました。殿下の携帯用飲料袋の飲み物を毒見した後に」


 周囲の騎士にも緊張が走った。

 携帯用飲料袋は、狩りに出る時の装備の一つだ。だが、昼食前には何ともなかったはずだった。アレグイルがその袋から飲み物を何度か口に含んだのだから。


「どうやら、昼食時に妃の侍女の使いが殿下の馬や狩り道具の世話をしている者のところへ差し入れにやってきたらしく。その時に、使いが小細工をしたのではないかと」

「どの妃だ?」

「ナイシア妃の侍女の使いと名乗ったようですが、それが真実かはわかりません。その使いの者を探していますが、未だ」

「今すぐ殿下は王宮へ戻られるべきです。調査はお任せ下さい」


 王太子警護の隊長の言葉に従いアレグイルは狩り場を後にした。

 暗殺未遂が起こったというのに、アレグイルはこれで狩りは終了だとの緊張から解き放たれた気分だった。事故と違って、暗殺は明確な敵がいるため、気が楽なのだ。暗殺を企てられるのは王太子という立場上、常にある。アレグイルにとっては身近なものだった。

 暗殺しようとしたのは誰なのか、すぐに捜索がはじまる。

 アレグイルは王宮へと急いだ。




 王宮へ戻ると、バルデスが慌ててやってきた。


「大丈夫か!」


 息せききって現れたバルデスは、ぴんぴんしているアレグイルを見て驚いた。


「何をそんなに驚いている?」

「いや、てっきり、アレグイルが倒れたという情報が入って、だな。事故が防げなかったのかと……」

「あぁ。毒見をした従者が倒れた。それにしても、情報が早いな。戻ってきたばかりだというのに」

「王太子が倒れたという情報がさっき王宮へ届いた。もうアレグイルが部屋に帰っていたとは……。じき戻ってくるだろうと思って、ここへ来たんだが」


 バルデスは戸惑っていた。

 アレグイルもネセインも彼の言葉にあぜんとする。情報が間違って届いたにしても、早すぎる上、誤報すぎると思ったのだ。


「バルデス、すぐに王宮内の状況を確認してくれ。王太子が倒れたと聞いて、誰がどう動いているのか知りたい」


 アレグイルはバルデスに告げた。

 はっと顔を上げたバルデスは、そのまま頷いて部屋を出た。


「ネセイン、奥の部屋にいる。一人にしておいてくれるか」

「バルデスの言葉が本当なら、様々な人が状況を確認にくるのでは?」

「休んでいるから後にしろと伝えてくれ」


 アレグイルはそう言い置いて、奥の部屋へと向かった。

 ネセインは警護の騎士達に王太子の状態については何も話さないようにと伝えた。それは、王太子が倒れて寝込んでいるともとれる状況を作り出すためだった。


 部屋の奥に入ったアレグイルは、しばらく状況を静観しようとしていた。

 王太子が倒れたという誤報は王太子警護の隊長が情報を出し惜しんだために流れたものだと思われる。だが、その誤報で誰かが動くかもしれない。

 妃の誰かが王太子の暗殺に関与しているのは間違いないだろう。

 妃達と顔を合わせる機会はほとんどなかったが、素行の調査は行わせていた。

 妃の一人がこっそり隠し通路を使って誰かと密会していたらしいこと。また、別の妃は王妃に呼ばれて度々王太子宮を出ているが部屋に帰る時間が遅すぎるという調査結果が出ていること。毒見役のところへ差し向けたというナイシア妃は、今のところ調査で不審な点はなかったが、だからといって無実だとの確証にはならない。

 三人の妃達は妃同士で争っていると思っていたが、中に王太子暗殺を目的としている者がいるらしい。

 狩りの催しでの様々な事故も。矢がかすめたり、罠が放置されあやうく馬が足を取られそうになったり。たまたま凶暴化した手負いの肉食獣に襲われたり。

 今年はあやうく惨事になりそうな事故が多かった。多すぎた。みな、作為的に行う事が出来そうなことばかり。それらは王太子を事故死させたい者がいたためだと考えるべきだろう。

 事故死させたかった者と妃は通じているのか。毒を盛ったのはどの妃なのか。妃ではなく妃の実家が関与しているのか。

 そこに、王妃やその息子オルレイゲンは関わっているのか。王太子暗殺で得をするのは、その二人なのだから。


 アレグイルは父王へ自分は狩りで体調を崩したことにして妃達をみな奥宮へ住まいを移す許可が欲しいと要望を出した。奥宮とは王宮の奥の王族住居空間にある場所だが、隔離された空間であるため監視がしやすい。

 すぐさま父王からの許可が降りた。そして、王妃を含む王の妃達もみな奥宮へと住まいを移すことになった。王太子暗殺に王太子の妃達だけでなく王妃や他の妃達の関与もありうるとの父王が判断したのだ。

 アレグイルが妃達に対して不審を抱き距離を置いていたことを知っていた王もまた独自に調査を進めていた。


 アレグイルが静養と称して自室に閉じこもっている間に、王宮内では王太子重病説が流れ、たった数日で王宮中が騒然となっていた。

 そして連日のように王太子宮へ侵入しようとする者が現れ、毒を混ぜた食材の混入が繰り返された。暗殺者側もなりふり構わず王太子に止めを刺そうとしているようだった。捕えても捕えても後を絶たない。

 王宮内に王太子を暗殺しようとしている者がいて、それに協力している者がいることが明らかになっていく。だが、その首謀者には辿り着けないでいた。そこにいるのが王妃であるだろうことは、見えていたのだが。


 絶対に首謀者を捕える。敵の思い通りにさせてなるものか。

 アレグイルはそう強く思っていたが。

 時折、ふと、浮かび上がる。 

 それは正しい未来なのだろうか?という思い。

 王太子が死ぬことが本当はこの世界の望みだったのではないのか?

 自分の行いは、そこに介在する仔犬の王妃とやらは、本当に正しいのか?

 未来を変えることは、正しいことなのか?

 そして、モリーネの告げた未来とは違う未来に変わってしまったなら。

 二年後、彼女に会ったとして、彼女は自分と会った彼女なのだろうか?

 不安もまたアレグイルの中に残していた。


 モリーネに会ってから数カ月が過ぎようとしていた。


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