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3・彼女は胃もたれする

美少女金田にキスされたその後。


『諦めろ』


 暗転した世界でばーちゃんの声がこだまする。

 

『諦めろ。龍泉寺の血脈を継ぐ者がただ人として暮らすことは叶わぬ願い。こちらにおいで。力の使い方を教えてやろう。使い方を知れば人の間で暮らすことくらいはできるだろう』


 小さいねーちゃんとさらに小さな俺、二人して手を繋いで投げかけられる言葉を身を固くして聞いていた。

 俺は擦り傷だらけの泥だらけ。それ以上にねーちゃんは血を流していて傷付いていたのに、それでも背中をピンと張って立っていた。


――ねーちゃん……ねーちゃん、なんで泣いてるの?


 俺にとっては自分たちの傷のことよりも、ねーちゃんが泣いていることのほうが衝撃的だった。

 ねーちゃんが力を込めてグッと俺の手を握る。泣いていてもねーちゃんの瞳は強く前を見据えていた。だから俺は大丈夫なんだと、怖いことなんて何もないんだと安心してにかっと笑った。


――俺がいるよ。一緒にいるから大丈夫だよ。


 こちらを向いたねーちゃんが目を瞠って一瞬優しく緩んだ。その目はトカゲのようなギョロリとした目をしていたけれど、俺はその持ち主がねーちゃんであったためか、不思議と怖さを感じていなかった。


 ねーちゃんの顔が水面に映った画像のようにゆらゆらと揺れてぶれる。

    

『いいか、宗介。この護符を絶対になくすなよ。これはお前を守ってくれる。奴らから隠してくれる』


 俺の手を取って、ねーちゃんがミミズののたくったような文字の書かれた紙を握りこませていた。

『奴らに関わるとお前は――になってしまうから……』

 文字は赤黒くかさついていた。ねーちゃんの指先に貼られた絆創膏に血が滲んでいる。痛いか、と聞いた俺にねーちゃんはこんなものは痛いうちに入らないと答えた。


『私は諦めたけど、お前は人として暮らせるようにしてやるからな……特別になろうなんてするな。お前は普通でいいんだ。私みたいに――になることなんてないんだ』


 小さな俺はこくこくと頷いてねーちゃんに返した。

 俺にとってねーちゃんは絶対の存在で、言うことは絶対にきかなければいけないということは身に染みて覚えさせられていた。


――いっぱい傷付いて、いっぱい頑張って、いっぱい諦めてきたねーちゃんが言うなら、俺はいくらでも諦めるよ。でもさ、ねーちゃん……奴らって何? 護符は何から俺を守ってくれるの? ねーちゃんは何から俺を隠したいの? 『いたん』って……何?

 

 ねーちゃんの形の良い唇が言葉を刻む。

 それは俺にとってまったく未知なようで、それでいて馴染み深い言葉だった。



『あ・や・か・し』



 ※ ※ ※


「うええっ。ぎ、ぎもち悪い……」


 ファーストキスを奪われたうえに後味が気持ち悪いと評された俺はどうしたらいいんでしょうね……。


 暗転した世界から舞い戻った俺の目の前で繰り広げられていたのは、黒い羽の絨毯の上で胃と口元を抑えて悶絶する金田の姿だった。

 美味しく俺の唇を奪おうとしたはずの金田は顔色を悪くしてのた打ち回っていた。

 俺、悪くない。俺、被害者。もう行っていいですか? 帰って二、三日引きこもりたい。


「なにこの生気っ……。うえっ、胃がキリキリする」


 素直な感想をぶちまけてくる美少女金田に俺の精神はもうずたぼろだ。

 生理的な涙を浮かべる金田に俺のほうこそ精神的なショックで泣きたくなった。こんなに最悪なファーストキスってありか?

 ちょちょぎれる涙に目頭を押さえていると、


 ポンッ


 うずくまる金田から白い煙が巻き起こった。


「うきゃあっ」


 金田の制服のスカートからぶっとい尻尾が生えていた。しかも三本。人の腕より太いそれらは制服のスカートを押して伸びていた。もう少しで中が見えそうです。ここは目を逸らしたほうがいいのか? いや、健全な男子としては尻尾よりも見えそうな中身を拝みたい。

 もんもんとそんなことを考える俺をよそに、慌てた金田は「な、なんでぇ?」と尻尾を抑え込んだ。ちっ、おしい。もう少しで中身が見えたのに。

 すると尻尾は煙を上げて消えたが、今度は肌色の耳がポンと煙を立てて金色の毛並の獣耳に変化した。今度は耳を抑えにかかるが、そうするとまた再び三本の尻尾がポンと煙を立てて現れる。

 何度もそれを繰り返す金田を俺は手品のタネを見極めるように目を細めて見下ろした。

 実際はスカートの中が見えやしないかとドキドキしていただけだが。中身の色は何ですか? 何がとは言わないが、ヒントを下さい。

 数度目の尻尾の出現に力尽きて金田はぜーぜーと息をつきながら項垂れた。耳の出現の段階で諦めておけばいいのに。尻尾よりは目立つまい。


 もこもことした手触りの良さそうな金色の尻尾を目の前でふわふわと揺らされると、その正体が何であれ触りたくなるのが人情というもの。あー、指がわきわきする。触りたい。

 俺は誘惑に耐え切れず、その中の一本をグニッと掴んだ。

 掴んだ拍子に金田の細い肩がピクンと動いた。同時に頬がピンク色に染まる。おお、感度良好。って尻尾はウィークポイントだったのか。


「きゃあっ。エッチ!」


 先日の食堂での一件以来、二度目の金田の鋭い拳が俺の顎をえぐった。

 瞬間的に飛んできた拳を避けられるわけもなく、吹き飛びながら俺は思った。


 尻尾を掴んでエッチって……。ねーちゃんにしろ金田にしろ、昨今の女子って強すぎ。どこへ消えた大和撫子。

 

 女子どころか男子だって、人間を吹き飛ばすまでの威力のある拳を持つ人間が早々いないことには、このときは思いもついていなかった。

 普通だったら顎が砕けてる。これに耐えられる俺の防御力は、日々暴君(姉)の鉄拳制裁を受け培ってきた成果なのだと思う。

 土煙をあげて俺の体は放物線を描いて地面に落ちた。


 ダメージ大。俺、彼女にするならおしとやかな娘さんがいいです。ああ、彼女欲しい。普通の腕力の。


 ポンッ


 地面に落ちる瞬間、金田の体全体を覆うように今度は一際大きな煙があがる。

 そして金田は俺にアッパーカットを喰らわせて体力が底を突いたらしい。煙の中で地面に倒れこむ音が鳴った。

 金田を包んだ白い煙幕はすぐに風に流れて消えていった。

 その中から現れたものは――、


「なんだ? ……それ」


 いったいなんなんだ、この状況。消えた煙の中から現れたのは、目を閉じて意識を失っている俺の姿だった。

 俺そっくりの輪郭に、俺そっくりの長さの黒髪、違うのは制服を着ているということくらいしかないほど俺そっくりの、というより俺そのものの男がそこに倒れていた。

 いくら冷静沈着な俺でもビックリです。

 よそから見たら服装以外まったく同じ顔をした男が二人して地面に倒れているのだ。なんとも不思議な光景に見えたことだろう。


 ダメージ大の俺は目を丸くしながら、さっきのに加えてもう一つ感想を抱いた。 


 さっきの条件に加えていいですか? 俺に変身しない彼女を希望します……。


 ※ ※ ※

 

 牛乳を買いに出ただけなのに、なんでこんなことしてるんだろうな。

 俺は気絶した俺(分かりづらいので以後金田)を担いで家路へと進んだ。頬をつねっても体を揺らしても意識が戻らなかった金田。チラッとそのまま放置しようとも思ったのだが、さすがにそんな薄情なことはできわいわな、と思い直しての行動だ。あぁ、俺って優しい。


 それにしても軽い。

 俺とまるっきり同じ体格の人間を担いでいるはずなのに、背中に感じる重みは実に軽いものだった。

触れた感じはしっかりあるのに、中身の重さだけが抜けているように感じる。

 多分四十キロもないんじゃないかな。これは平均的な女子の体重としても相当軽い部類だろう。もしかしたら、普段目にしている金田という人間の姿でさえフェイクなのかもしれない。


「だってキツネだし……?」


 確認はしていないが耳と尻尾の感じからして、金田はキツネの妖怪だと思う。

 本来の姿が獣のキツネサイズなのだとしたら、それくらいの体重で合っているのだろう。でも、見かけと合わない不自然な重さが、俺にしては気持ちが悪かった。

 金田が妖怪(?)ということには抵抗はなかった。なんでだろうな。妖怪に会ったことないと思うんだけど、それでしっくりくるというか、なんというか……。


「でも、せめて尻尾はやめてくれ」


 気を失った金田に向かって、俺は愚痴をこぼした。

 俺の姿をとったことに対しては百歩譲って許してやろう。見た感じ双子ともとれないから、顔が同じくらいじゃ世間様は驚いたりはしないだろう。

 でも、金田は尻尾はそのままで俺の姿をとっていた。

 金田を支える手にぶらぶらと垂れる三本の尻尾が当たる。

 毛並は良い。手触りの良い毛長のカーペットのような肌触りだ。色も金色でとても綺麗だと思う。思うが、俺の顔でその尻尾は止めてくれ。

 獣系女子は都会の一部では需要がわんさかあるだろうが、獣系男子の需要はほぼゼロと言っていいだろう。多分。需要ならあるよ、って言う人もいるかもしれない。腐のつくイメージしかしないから挙手はしないでくれ。お願いだから。


 家が近付くにつれて見知った顔がちらほら見えてくる。

 こう見えて俺って「礼儀正しいお屋敷のお坊ちゃん」で通ってるんだからね。実際はどうあれ。挨拶は大事です。


「あ、どうもー」


 会釈をしながら後ろに担いだ男の顔と尻尾が見えないように壁を背にする。訝しむおばちゃんにもあはは、と冷や汗込みの笑みを浮かべてカニ歩きで通り過ぎた。頑張った、俺。誰か褒めてください。

 とりあえず、金田が軽くて良かった。

 これほど軽くなければ、俺もこうして隠しながら動くことは無理だっただろう。

 

 そうこうしながらなんとか家にたどり着いたのだが――、

 

「捨ててこい」


 背中に俺と同じ顔をした人間を背負っているということに一切の突っ込みを入れることなく、ねーちゃんは開口一番そう言った。


「捨ててこいって……犬や猫じゃあるまいし」


 そう言われそうな予感はしていたが、玄関をくぐって早々に言われるとは思わなかった。しかも犬猫扱い。 


「たいして変わらん。いいから元いた場所に戻してこい」


 捨ててこい、が変化したくらいで言っている内容は変わらない。 

 頑張ってご近所さんの目を気にしながらここまで連れてきたのに、「捨ててこい」はないだろう。

 それにいくら男のなりをしていても中身は女子だし、そのまま置いて行って何かあったら後味が悪い。怪我を負っていたし、多分何かに襲われたんだと思う。そいつが戻ってきたら、気を失った金田はなすがままだろう。翌日、机の上に花が置かれでもしたらどうするんだ。俺、それに向かって手を合わせる勇気なんてないよ?

 なんてことをつらつらと述べてはみたが、結局ねーちゃんの顔つきが変わったのは、俺のこんな一言だった。


「それにこいつクラスメイトだし……」


「ふぅん……クラスメイト、ね」


 ねーちゃんの片眉があがる。続けて不機嫌そうに歪んでいた唇が蠱惑的ににまっと形作られた。


「客間に通して寝かしてやれ。いいか宗介、絶対に逃がすなよ?」


 俺は知っている。この笑い方はすんげー悪いことを思いついたときの顔だ。

 入ることを許されたことは良かったが、俺は金田を連れてきて良かったのかと一気に不安になってしまった。

 ごめん、金田。俺、もしかしたらあのままお前を置いてきたほうが良かったかもしれない……。




少し短めですが、きりが良いので今回はここまで。

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