特別番外編:新婚旅行は危険な香り:13
---世界遺産に登録されているカッパドキアには、"妖精の煙突"と呼ばれる多様な奇岩、ギョレメ谷、ギョレメ国立公園、岩窟教会、カイマクル・デリンクユ、地下都市、ゼルヴェ谷、アヴァノスとその陶器、ウチヒサルの岩の要塞、ウフララ渓谷とソアンル…と見所満載です---
ナビさんのガイドを聞きながら、フムフムと頷く。
どうやら私たちは、変な形の岩がたくさんあるギョレメ国立公園にいるみたい。
さすが世界遺産!
奇岩と言われる不思議な形の岩がたくさん。
うわーすごいなあ…と久しぶりにテンション上がる場所にきて、私はご機嫌だった。
広すぎてどこから観光すればいいのか…とほんの少しだけ目を離したら、イケメン夫がいない。
興味があるものに出会うと私の存在を忘れるのはとても悔しい、彼には言わないけど。
キョロキョロと周りを見渡すと…いた。
少し離れた奇岩の上に立って、そして他の観光客から注目を浴びている。
その奇岩って、3メートルは軽くあるのに、いつの間に…。
よく見るとスーハースーハーと深呼吸を繰り返している、嫌な予感がひしひしとしてきた。
「杏子さ--ん、愛してる--! 杏子さんもこっちにおいでよ!」
「行けるわけないでしょー! 早く降りてっ!」
えー、と文句を言いつつも、信じられないことにふわっと飛び降りたイケメン夫。
周りからは悲鳴が上がったが、スタッと軽やかに着地。
思わず、足をガシガシ踏んでしまった私は悪くない。
「そんなに踏んでもたいして痛くないよ、杏子さん。それより、高いところから愛を叫ぶと幸せになれるってナビさんに聞いたんだけど…違うのかい?」
「聞いたことないし、からかわれたんじゃない?」
「むっ、僕は騙されたのか!? ナビさん!」
周りにどんどん観光客が集まっているせいか、ナビさんは沈黙している。
私たちの周りにはいつの間にか人だかりができてるし、早く移動したい。
ブツブツ文句を言う彼を連れて、とにかくここを離れようとした瞬間、別のところに移動した。
あれ、移動ゲートは?
---移動範囲が狭いので、ゲートを小さくしました。ここはギョレメパノラマです---
あんなに人が集まっていてたのに、急に消えて怪しまれるんじゃないかと冷や汗が出た。
誰も気づいてないと言ってくれたけど、次は気をつけてほしい。
さて次に来たところは、ギョレメ渓谷全体を見渡すことができるギョレメ・パノラマ。
見渡す限り奇岩だらけで、人間って小さい……と思わず感じる絶景。
そして…視界に入れたくなかったけど、目の前には実家に置いてきたはずのピーちゃんが今にも飛び立ちかねない様子で待機中。
置いていかれたけど、こっそりついてきて(もちろん姿は消して)何か手伝えないか虎視眈々と機会を伺っていたみたい。
普通の馬に擬態してるつもりらしいけど、影にはしっかり双頭と羽が…。
めちゃくちゃ張り切ってる鼻息荒いピーちゃんを宥めつつ、イケメン夫が私を抱き上げて背中に飛び乗った。
ナビさんによればそもそも、カッパドキアは徒歩で観光するには広すぎるらしい。
観光客はレンタカーかツアーバス・気球などで、カッパドキアを効率よく回るのが普通なのだとか。
規模が大きすぎて、唖然としてしまった。
普通の馬よりはるかに大きいピーちゃんの背中から見るカッパドキアの奇岩群は、すごいのひとこと。
見渡す限り、奇岩しかなくとにかく不思議な光景。
そこで暮らす現地の人の街並みが、奇岩とうまく溶け合っていて風景画を見ているように美しい。
「すごいとしか言えないよね。しかも馬上から眺めるなんて贅沢気分も味わえるし」
「そうだね、ここは絶対杏子さんと来たかったんだ。喜んでくれて嬉しいよ」
珍しくゆったりと過ごせそうだったんだけど、そうはいかないのが私たちの旅行。
急にピーちゃんがスピードを上げてしまい、二人してのけぞった。
「な、なんなの一体?」
「危ないなあ、もっとゆっくり…」
---レストランの予約時間に間に合わなくなりそうなので、少し飛ばします---
ナビさんが事後承諾の形で伝えて、ピーちゃんは嬉々としてスピードを上げる。
馬ってこんなにスピードが出るとは知らなかった…。
かなり離れた場所にあるらしい地底洞窟レストランの予約時間に合うようにと、急いでくれてなんとか間に合った。
うん、間に合ったんだけど、ものすごく気持ち悪い…。
「うう、スピードと揺れに酔った…、クラクラする」
「杏子さん、吐きそう…うえ…」
「わー、ここで吐いちゃダメ! すみません、お水をください」
エキゾチックで素敵な地底洞窟レストランに案内されたけど、とにかく揺れたので酔ってしまい力なく席に座る。
とてもじゃないけど、食べる気になれない。
店員さんに事情を話すと、馬で来るとは珍しいですねえと驚きながらも料理を少し遅らせてくれるらしい。
料理が来る前に気分のよくなるモノをお見せしますよ、と言い残し店員さんは厨房に戻って行った。
しばらく待ってると民族楽器を持った人と民族衣装を纏った数人の人たちに囲まれた。
このレストランでは、事前に頼めばトルコ民族舞踊を生演奏してくれるらしい。
馬酔いした顔色の悪い私たちを尻目に、太鼓と笛を持ったおじさん二人が軽やかに演奏を始めた。
トルコの民族舞踊は不思議な踊り方だった。
男女が手を取り合って…というのではなく、対面して踊りを競うような…というかにらみ合ってない?!
踊りながらもの凄くにらみ合う二人の男女に、店内の緊張が高まる。
今にも殴りかかるんじゃないかと、ハラハラして見ていたら酔いはいつのまにか消えていた。
隣のンチャックも同じように、ハラハラとしてるみたいだけど顔色はずいぶんよくなってる。
「ありがとうございましたー!」
どうやらケンカっぽく見えたのも余興の一部みたいでホッとした。
出し物が終わると、およそ二人分とは思えない大量の料理が運ばれてきた。
メニューを見ながら確認できたものだけで、かなりの量がある。
ケバブ(肉を焼いた一番有名なトルコ料理)
キョフテ(ハンバーグみたいな挽肉料理)
メルメジッキ・チョルパス(レンズ豆スープ)
ヤルバック・ドルマス(何かの葉で巻いたピラフ)
ジャジュクやハイダリ(ヨーグルト)
ドンドルマ(のびーるアイス)
他にも、見たことのない料理が続々とテーブルの上に置かれていく…
「すごい! おいしそうだけど、こんなに食べれないよー?」
「大丈夫だよ! 僕が食べるから。いただきます!」
と言ったと思ったら、ものすごい勢いで食べ始めた。
周りのお客さんも店員さんも唖然としている。
「あぁ! ずるい、私の分まで食べないでよね」
よほどおなかがすいていたのか、彼は黙々と大量の料理をどんどん平らげていく。
私も負けじと料理にがっつく。
「ふぉれにしても、あのいわたひはおもひろかっふぁね」
「うん、口に入れたまま話すのやめよう…、なんて言ってるかわかんないよ」
ごくん、と口に入れた料理を飲み込んで改めて言い直す彼。
「それにしても、たくさん奇岩を見れてよかったよね。僕はすごく楽しかった。ゆっくり見れなかったのが残念だけど…」
「そうだね、いろんな形があって面白かったよね。せめて写真撮りたかった…」
写真はきちんと撮ってありますから、と小声のナビさんの声が聞こえた。
いったいいつの間に撮影してるのか不思議。
気にしても仕方ないか…とトルコ料理を堪能していたら、イケメン夫が爆弾発言をした。
「新婚旅行ももうすぐ終わるね。ハネムーンベビーができるかもって、聞いたけど…新婚旅行したら子供ができるんだよね? もしそうなら、急いでキャベツ畑を作らないといけないね! でもハゲタカが畑の真ん中にソッと置いてくれるとか、すごいなあ…」
キラキラしたいい笑顔で嬉しそうに話しているけど、正直ツッコミどころが多すぎる。
「はい?」
ありえない発言にポカンとしてしまった。
周りも何言ってんだコイツ?という視線を投げかけてる。
「だから、旅行前にお義父さんから、いろいろ聞いたんだ。結婚してまだそんなに経ってないしまだ子供は…って言ったんだけど、詳しく教えてくれてね! いい人だね、お義父さん。」
ものすごーくいい笑顔で話してくれてるけど…それ、騙されてるから!
何も知らないンチャックに、あるとこないこと吹き込んでおもしろがってるうちの家族(特に父)。
異国人にしてもあまりに常識を知らなすぎるもんだから、世間から隔絶した国にでもいたと思ってる節がある。
それにしても、なんでキャベツ畑にハゲタカが赤ちゃん連れてくるのよ…、お父さんのアホー!
「あのね…キャベツ畑に赤ちゃんは来ないの!」
「え、キャベツはだめなのかい? じゃあ、白菜なら…」
「いや、植える野菜を変えても来ないから。」
「じゃあ、人参…」
「野菜から離れよう、というか畑に赤ちゃん来ないから。もし居たら、それどっかから誘拐してる犯罪だし」
「そんな…」
ガーン!とものすごくショックを受けたという表情のイケメン夫。
おかしい、この世界に来る前に知識は強制的だけど入れたはずなのに…。
性教育も入ってるはずなんだけど、もしかして本当に知らないの?
---知識としては脳にインプットされていますが、本人の意識が受け入れを拒否しているようです---
ひそひそ声でナビさんが私の疑問に答えてくれる。
うーん、女性至上主義の世界で性に関する知識は本能的に受け入れにくいのかもしれない。
おしべとめしべで真っ赤になるくらいだし、あーんなことやこーんなことをするなんて知ったら卒倒しかねないか…。
いつかは理解してもらわないといけないけど、なんだろう…この周りの生暖かい視線。
「まあ、子供はさ、当分先でいいじゃない? まだ結婚したばかりなんだし、二人の生活を楽しもうよ。」
「杏子さん…」
私のセリフに感動して涙ぐんでるイケメン夫。
感動するか、食べるかどっちかにしよう。
ああは言ったものの、異世界人との間に子供なんてできるのか、甚だ疑問ではある。
まあ、どっちにしてもまだ二人で居たい。
ンチャックだけでも毎日大変なのに、子供なんてできたら…考えただけでもゾッとする。
あんなに大量にあった料理をぺろりと片付け、おなかいっぱいになった私達はレストランを出た。
※ものすごく遅くなりましたが更新再開です。
あと数回で終わる予定ですが、もう少し二人の珍道中にお付き合いくださいませ。




