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特別番外編:新婚旅行は危険な香り:11

 

『…できるだけ起こさないよう、静かに…』

『オッケー』

『二人を寄り添うように…そう、そんな感じで』

『じゃ、ベルトを締めたら出発するぜ』

『ラジャ』


 んー、なんだかこそこそと話し声が聞こえる。


 ーヒュン、ヒュンヒュンヒュン…


 んん?この音ってどこかで聞いたような…


 ーヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン…


 ガクンと急に体が揺れて、目が一気に覚めた。


「えええ、なんで空を飛んでるの?!」

「む、杏子さん…うるさい…」

「ていや!」

 頭突きをしてあげた。

「痛っ、…おはよう、杏子さん。ここ…どこだい?」


 二人まとめてヘリコプターの椅子に括られてた。


「昨日はちゃんとホテルで寝たよね?」

「なら、ナビさんの仕業ということか…」


 ---おはようございます。異国幽霊体験はいかがでしたか?---


「「…は?」」


 ---幽霊ホテルで幽霊の願い事を聞き、二人で力を合わせて事件解決!もっと愛を深めよう、というコンセプトだったんです。ひょっとしてお気に召しませんでしたか?---


 ま、まさか…仕組んでたの?!


「ナビさん、僕は非常に恐ろしい思いをしたんだ。あれば全部嘘なのか…?」


 確かに、幽霊を見て尋常じゃないくらい怖がってたよね。おかげで私は驚くこともできなかった!


 ---いえ、アレはすべて本物です。たまたま温泉の近くに幽霊伝説があり、それを日程に組みました。ちなみに時間なんて止まってません。きっちり現実での時間は経過してます---


「たまたま近くに都市伝説みたいな幽霊話があったから、私たちをそこに放置したって?! しかも時間なんか止まってなくて、あの探していた時間はしっかり過ぎてたってこと…?」


 ---まぁ、そうなっちゃいますね---


「「聞いてないよ!?」」


 思わず二人ピッタリな突っ込みをしてしまった。


『お、二人とも目ぇ覚めたか? もうすぐ目的地だ。しっかり見とけよー』


 急にスピーカーから、だみ声が聞こえてきた。 ヘリの操縦士さんが手をヒラヒラと振ってる。


「目的地?」


『おう、下を見な。アマゾン川が逆流するのが見えるぜ』


「あぁー!! これは僕が見たかった神秘! ポロロッカ!」

「ポロ…?」

「ポロロッカだよ、杏子さん。月に二回、河の流れが逆になるんだ」


 ん? なんか聞いたことあるような…


「この前、テレビで特集してたんだ。ポロロッカ(Pororoca)は、アマゾン川を逆流する潮流だって。

 アマゾン川の河口に押し寄せて、時速65kmの速度で逆流するって! すごいよね…」


 何やら目をキラキラさせてうっとりと眺めてる。

 おおー、確かに川の流れが逆になってる。

 なんかどさくさでサーフィンしてる人もいるけど、大丈夫なのかな?


「この世界は不思議がいっぱいだね、杏子さん」

「…確かに、昨日の幽霊といい不思議だらけ」

 ついでにこの夫も不思議な存在だよね、言わないけど。

 くすくす笑いあい、二人で空中からアマゾン川の不思議な現象を眺めた。

 しばらくアマゾン川近辺を遊覧して、ヘリは発着場所に戻ってきた。


『じゃあな、新婚さん!』


 気さくな操縦士さんに別れを告げた。

 しかし、一体 いつ移動したんだろう…。

 全くわかんなかった。


 ---次は国立公園に野生動物を見にいきます、ボートサファリを楽しんでください--


「ワニが見れる!」


 やたらテンション高いイケメソ夫。

 ワニか…すごく嫌な予感がするんだけど。

 何たって私と彼が行く先々で、必ずついて回るトラブル。

 ワニなんて、死亡フラグが大量に立ってるよ! ちなみに服装は探検隊みたいな格好。


「ワニ、ワ・ニ、ワーニー♪」


 …変な歌まで歌いだしちゃった。


「ねぇ、ワニのどこがいいの?」

「ワニのあのムッチリしたおなか、体に見合わないつぶらな瞳、そして何より強い!」


 …まさか、そんなにワニが好きだったとは。


「じゃあ、ンチャックだけ見に行ってきて、私は嫌。ワニとか爬虫類、ちょっと苦手」

「えー! 杏子さんも一緒に見ようよ」

「動物園とかならともかく、野性のワニなんて…絶対イヤ!」


 二人でギャイギャイと喧嘩になってしまった。

 なんだかんだで、国立公園のワニがいそうなエリアに渋々行くことに。

 どっちにしろ、女性が一人でいるのはとても危ないらしい。

 専属のガイドさんが二人もついてくれたから、多少は安心だけど…ライフルは装備しないとダメなのね。

 小型のボートに乗り込み、たくさん注意事項を受ける。


『あまり水面に近づかないように。 引きずりこまれたら、まず助からない』


「「わかりました」」


 頼まれたって絶対水面には近寄らない!

 イケメソ夫はソワソワして、顔を水面に近づけている。どうしてもワニを間近で見たいらしい。 

 ガイドさんに近寄らないよう、「NO!」と派手に注意されてる。

 しかしアフリカの河って、なんで茶色? お世辞にも綺麗…とは言い難いなぁ。


 【ボートサファリ】


 大型河川や湖沼のある一部地域では、アルミ製のモーターボートでのサファリが人気を集めている。 代表的なのが、ボツワナのチョベ国立公園。ここはアフリカゾウの数がとても多いことで世界的に知られている場所で、チョベ河という、通年水流の途切れない大型河川が流れている。そのため水を求めて多くの野生動物が集まってくるほか、ワニやカバといった水辺の生き物、そして水鳥の種類が非常に豊富。このボートサファリ、ガイドさんによれば日本からのアフリカ周遊ツアーによく組み込まれていて、サファリのメッカのひとつ。


 へぇー、知らなかった。

 ボートサファリの利点は、距離の短さだそう。うん、確かに目の前でゾウさんが水浴びしてるし。

水がかかるんだけど…。

 大型哺乳類や鳥は、陸から接近するものをすごく警戒するらしい。

 でも、水に浮いているものに対してはかなり寛容みたい。

 目の前には寛いでる動物がいるし、イケメソ夫はテンションマックスだし、ガイドさんも気をよくしてノリノリ。ああ、二人で踊りだしたよ!

 仲間外れ気分でふて腐れた私に、もう一人のガイドさんが気を使っていろいろ説明してくれる。

 いいガイドさんだ。でも、ゾウはいるけどワニはいないよね?


「ワニ、いないねぇ?」


『ワニは水中から獲物を狙う。手を川の水に付けたりしないように』


 危なっ、うっかり川の水を触るところだった。 まあ、私は腕が短いから、水面に届かないけどね。

 って、ガイドさんが注意したのに手を川に突っ込もうとしてるイケメソ夫!!

 長身なのが災いして、水に手を触れてしまった。

 それを狙っていたのか、突然水面から特大のワニが出てきた!

 しかもボートに体当たりしてきた。


『ワニだ、気をつけろ! 真ん中に集まれ!』


 あわわ、ワニって間近で見たら怖い! 

 しかも異様に大きいんだけど、主クラスじゃない?


「うわー、ワニだ。大きいなあ」

 キラキラした目でのんきにワニとご対面してるイケメン夫、洒落にならない!

 ワニ、絶対に食べ物として私たちをみてるって。


「ンチャック! 危ないから離れて!」

「大丈夫だよ、杏子さん」


 クルッと私の方に振り返った時、彼の長髪がワニの方に流れた。

 ちなみにあまりに長いので、普段は私が結んであげてる。

 今日は突然ヘリに乗せられたので、髪は下ろしたまま…。

 なんで今頃こんなことを説明しているかというと、ワニが大きな口をグワッと開けてイケメン夫を狙っていたから。


「危ない! ワニが狙ってる!」


 ザバーっと大きな巨体のワニが彼を狙ったけど、間一髪よけれた。

 でも、なんか様子が変…?ああ、髪の毛がワニの口に引っかかってる!!


「い、痛い、髪の毛がワニに絡まって…、た、助けて」


 ハッとしたガイドさんが慌てて、髪の毛を解こうとする。

 でも、ワニの方も宙吊りになってジタバタと暴れる。

髪の毛をめぐる綱引きの様相を呈してきた。


「早く彼の髪の毛を切ってください!」

 私は髪の毛より、彼の命を優先した。

 私の言葉を聞いて、ガイドさんがナイフでイケメン夫の髪の毛をバッサリ切った。

 すると、ワニは絡まっていた髪の毛を持ったまま、慌てて水中に戻っていった。


「ぼ、僕の髪の毛が…」

 自慢のサラサラな長髪が落ち武者のように…。


「元が長すぎたんだから、気にしない!あとからちゃんとカットしよう。ついでに短くしよう? 」

「…」

 ワニと共にアマゾン川に消えていったイケメソ夫の髪の毛。

 呆然として、ワニが消えていった川を見つめてる。

 ガイドさん達はあれだけの長髪だから、何か宗教的な意味があったのか?と二人でヒソヒソ話してる。


「…取り戻してくる!!」

 いきなり復活したかと思ったら、とんでもないこと言い出した!


「ちょっと待って、飛びこんだって無駄だって! 髪の毛はまた伸ばせばいいじゃない」

 暴れるイケメソ夫にしがみついて、飛び降りるのを必死で止める。


「嫌だ、髪の毛が長くないと、杏子さんに捨てられるじゃないかっ!」


 はい?


「なにその誤解!」

「…いつも楽しそうに僕の髪の毛をセットしてくれるじゃないか」

「長くて農作業の邪魔になるから」

 三つ編みにするのが楽しかったりするけど。


「え、邪魔なのかい? 僕の長い髪…」

「うん、はっきり言って邪魔かな。洗面台も詰まるし、お風呂も詰まる。短い髪の方が本当は好き」

 長髪イケメソなんて、ファンタジー小説の中だけでいいとしみじみ実感した。


「そんな…」


 ショックを受けたのか、飛び降りる気は消えたみたいでヘナヘナと座り込んでしまった。

 なぜ体育座り…。


『兄ちゃん、長い髪の毛は結わないと危ないぜ? 今回は助かったけど、ああやって引きずり込んで食べるんだ。ワニは獰猛だぜ』

『そうそう、ハゲになるくらいで命が助かったんならおツリがくるぜ!』


ガイドさん二人は、ワニの脅威が去ってホッとしていた。

銃はよほどじゃないと使わないそうだ。

ご迷惑をおかけしました…。


しょんぼりした夫をなだめて、ボートサファリは終わった。

腰まであった長髪は、肩くらいまでになってしまった。


「ね、いっそのこともとの髪の色に戻さない? 地毛の色の方が好きだし」

「え、いいの? 日本じゃ目立つから黒髪に…」

「うん、そうだけどさ。黒髪にしてもあれだけ長かったら目立つから。もとの髪の色に戻して、スッキリ短髪にしよう? そっちの方がカッコイイと思うよ」

「か、カッコイイかな? 短い方が好き?」

「うん」

「じゃあ、カットするよ。杏子さんに嫌われると思って切らなかっただけだし」

「よし、じゃあ、次は美容院とかあるところだといいね」


とんだ観光になったけど、結果オーライということで無理やり納得した私たちだった。


※幽霊屋敷は、ナビさんのプレゼンでした。悪霊のたぐいではなかったので大丈夫だろうとナビさん、休憩。


※ボートサファリのほかに、歩くサファリ体験、車でのサファリ体験などあります。どれも危険なので、かならず銃を持ったガイドがつきます。


※ンチャックのスーパーロン毛、とうとう切られました。それでもロン毛(笑)


※もう少し旅は続きます。彼の行きたいところは、杏子にとってはあまり嬉しくないところが多いようです。

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