特別番外編:新婚旅行は危険な香り:10
貴公子の幽霊は、このホテルの持ち主だったみたい。
存在感の薄い幽霊メイドより、自己主張が強いのか…ちょっと透けてるだけの人間にしか見えない!
足もしっかりあるし。
『おや? リリア、なぜ外にいる。早く入って来なさい』
扉の外でハッと息を飲む気配がして、しばらくしておずおずと入ってきた。
幽霊メイドさん、リリアって名前だったのね。
『…あ、あの指輪を…このお二人に一緒に探してもらって…』
『どうやらそうみたいだね、まったく。知らない人にまで迷惑をかけて…』
『も、申し訳ありません!』
頭を下げてそのまま固まってしまった。
「あのー、彼女を責めないであげてください。指輪をずっと探してたみたいですし。それこそ何百年も…」
リリアさんを庇おうと口を挟んだら、貴公子な幽霊にギロッと睨まれ、背筋が凍った。
怖い、なにこの人!嫌な感じ。心の中でアカンベーをしてやった。
『…指輪は君がいなくなったあと、しばらくして僕の部屋に戻されたんだ。メイド長がわざわざ持ってきてね。リリアはこんなものをもらうなんて恐れ多いから、メイドを辞めてでていったと』
『そんなの嘘です! 私はメイド長に殴られて…うぅっ』
あちゃー、リリアさんは泣き出してしまった。
『…僕は憤慨したよ。あの指輪は君に結婚を申し込もうと思って用意したのに。いつも他の従業員の目があるから、ああいうしか方法がなかった。それでリリアに渡した指輪の中に、手紙を入れておいたんだ。二人でこっそり会いたいと…なのに、君は出ていったと言われ僕がどれだけショックだったと思う?』
『っ!?』
『…リリアがいなくなって数日経って、どうしても納得がいかない。詳しく聞こうとメイド長達の部屋に行ったら…リリアを殴って、地下室に閉じ込めた話を聞いたんだ。楽しそうに話していたよ。その場で殺してやりたかったが。早く助けに行かなくてはと思ってね、足音を立てずにその場を立ち去り、急いで地下室に確かめに行ったら、リリアはもう…』
『そんな…』
『済まない。メイド長が言ったことを鵜呑みにして。その前にまず調べるべきだった。ずいぶん遅くなったけど、僕と結婚してくれませんか?』
貴公子らしくスッとリリアさんの前に膝まづき、彼女の前に指輪を差し出した。
…なんだろう、このメロドラマな展開は。この二人って恋人関係だったの?
いろいろツッコミたいけど、貴公子が怖すぎる。私たちはひたすら空気になるしかない。
はい、私たちは観葉植物です。
『…はい、喜んでお受けします…』
リリアさんが指輪を受けとった瞬間、あまりに眩しくなって思わず目を閉じてしまった。
光に目が慣れて、ようやく目を開けたら…イケメン夫と二人で、ホテルらしき廃墟の前に立っていた。
「あれ? ホテルが廃墟になってる!」
「杏子さん、目がぁ、目がチカチカするよー」
某大佐のようにわあわあ騒いでるイケメン夫を宥め、廃墟を改めて見る。
その前に、幸せそうなリリアさんとムスっとした貴公子が立っていた。
『ありがとうございました、このご恩は決して忘れません!』
『…とにかく巻き込んで済まなかったね、おかげで呪縛が解けてみんな天国に上がれる、まぁ、あいつらは地獄行きだけど』
みんな?あいつら? 周りをよーく見たら、結構な数の幽霊がいる!
「き、杏子さん。気のせいかな、たくさん透けている人がいるんだけど」
「奇遇だね、私にも見えるよ。こんなにいたんだ…」
二人で今さらながらガタガタ震えていると、お礼の声と悲鳴が聞こえて消えていった。
絶対、悲鳴は地獄行きの人たちだよね。
「これで無事に解決したのかなぁ?」
「僕はもう幽霊はこりごりだよ!」
あまりにもあっさりした終わり方に、唖然としているとリムジンが向こうから来るのが見えた。
あの新車のリムジンだった。
なんだか慌ててるらしく、ものすごいドリフト。
リムジンってドリフトしていいの?
ズシャーっと私達の目の前で止まった。
「お客様、よかった…ご無事でしたか!」
あちこち探してくれたのか、運転手さんはヨレヨレだった。
「私がお客様ご夫妻を迎えに上がるはずだったのですが、出かけにトラブルがありまして…新人を行かせたのが間違いでした。宿泊リストにないお客様を連れてきてしまい…本当に申し訳ありませんでした」
「あー、気にしないでください。あなたが生きてる人間であれば、何の問題もないですから」
無人のリムジンに乗って、地下室いって幽霊と話して探し物までして…濃い、すごく濃いよ!
新婚旅行が一転して、リアルミステリーだった。
そして、幽霊と普通に会話した自分にもびっくり。
「あの…もしかして、この廃墟の幽霊に会いました?」
ホテルマンは恐る恐る私達に聞いてきた。
途端にビクッとなるイケメン夫。
せっかくカタカタプルプルが治まったのに。
「たくさん会いましたよ。無理矢理連れてこられましたし」
無人のリムジンは、いったいどこから持ってきてたのかなぁ。
「車庫にあった古いリムジンが消えているのを、他の従業員が見つけまして…以前からこのリムジンが消えると、当ホテルに来るはずのお客様が、この廃墟で半狂乱の状態で見つかるんです」
「あー、確かにアレは見たことない人には辛いかもしれないですね」
異世界旅行で安全安心なんて言葉に騙されて、行く先々でトラブルに遭遇してたら…幽霊くらいじゃ狂ったりしないね!
「で…、どうでした? 彼女の探し物は見つかりましたか?」
「えぇ、見つかったし、みんな天国に行きましたよ。多分」
そうですか…と安心したホテルマン。
「もしかして、あなたも幽霊メイドさんに探し物を頼まれたことあるんですか?」
「はい、でも怖くて気を失ってしまいまして…」
まぁ、たいていはそうなるのかな。
それなら私達が怪奇現象を解決したってこと?
「…もう幽霊の話はいいよ。シャワーを浴びたはずなのに、体がザラザラする。あれは幻覚だったとかい言うのかい?」
イケメン夫が首を傾げながら、体をさする。
「うわ、ホントにザラザラ! よく考えたらさ、あんな古い建物にシャワーあるのが変じゃない? 騙された…」
「ああ…、それなら多分私どものホテルを真似したのではないでしょうか。よく見かけましたから。ホテルの内装を見に来てるだけで、害は無いから見て見ぬふりをしてました」
にこやかに話すホテルマン。
サラッと怖いことを…。
聞けばあの幽霊たちは、あちこちに出没してたらしい。
一人二人ならまだしも、ホテルまるごとが幽霊みたいな存在。
ここいらでは有名な話だったらしく、地元の人は近寄らない場所だった。
たまに観光客が連れて行かれ、探し物を頼まれるけれど言葉もよくわからない、姿もはっきり見えなかったりで、ずっと解決できなかったそうな。
私たちは自動的に翻訳してくれるナビさんのおかげで、幽霊たちの言いたいことも分かったということね…。
「でも 探し物は見つけたし、もう大丈夫でしょ。早く本物のホテルで休みたい」
私がそういうと、ホテルマンのお兄さんは慌ててリムジンに乗せてくれた。
「ふー、とんだ騒ぎだったね。歩きすぎてもうクタクタ…」
「そうだね、僕は寿命が縮んだ気がするよ…」
体力・気力が根こそぎもっていかれた一日だった。
リムジンで、宿泊予定のホテルにチェックインして食事も取る気にもならず、お風呂だけ浴びてすぐに就寝した私たち。
ナビさんに文句の一つでも言えばよかった!
こうして、怒涛のアイスランド滞在の一日が過ぎていった。
※幽霊編、終わりです。まあ、メイドさん一人の思いだけで時間が止まる訳はないです。どっちかというと、貴公子の方の後悔が強く残った感じ。当然、そこにいた従業員を許す訳もなく…。いろんな怨念渦巻いて、そうなったという裏設定。
※実はナビさん、幽霊騒ぎを傍観してました。見えないものになぜああも騒ぐのか理解できず。
※残りの日程は、ンチャックの行きたいところになります。
ラブラブ…できるといいね!




