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特別番外編:新婚旅行は危険な香り:5

 

「杏子さん、起きて」


「ん…? あれ、私いつのまに眠ったんだろ」

「夕焼けがすごく綺麗だよ、ほら!」

 あの桃色な雰囲気はどこへやら…、すっかりいつもの彼に戻ってる。


「窓も忠実に再現してるけど…狭いよ、これ! 外に出て見よう」

 アニメの通りに再現してくれてるけど、二階の窓は明かり取り用なのでかなり小さい。

 早くしないと夕日が沈む!

 バタバタと下に下りて扉を開けると、アルプスの山と夕日の見事な風景が目に飛び込んできた。

 これはすごい!テレビで見るのと、実際に自分の目で見るのじゃ大違い。


「あのブランコは怖かったけど、こんなに素敵な夕焼けを見れたんなら、お釣りがくるかな…」

 つい金額換算してしまう悲しい性な私。

「そうだね、空気が澄んでいて空が綺麗だし、ナビさんに任せて不安だったけど、ここはいい」

 うんうんと夫婦二人で夕焼けを眺める。 しばらく夕焼けを見ていたら、あっという間に真っ暗に。

 そして…寒い!


「さ、さ、寒い!なにこの寒さ、早く中に入ろう」

 日が沈んだ途端の温度差に驚いた。

 本当は夜空も見たかったけど、無理。


「僕がクローゼットから羽織る物を探すよ」

 ガチガチ凍える私に、彼が着るものを探しにいってくれた。

 同じ山でも標高が違うと、こんなに寒いんだ…と改めて認識してしまった。

「杏子さん、はい」

 ふわふわした毛皮の着ぐるみを渡してきた。

 え、これ、羊?

 しかもこの手触り…間違いない!あの異世界旅行のもふもふ羊着ぐるみだ。

 しかもなぜかパジャマに加工済み。

 でもこれを着たら、モコモコで動きにくそうな…


「ほら、体が冷えてるから早く着ないと」

 イケメン夫はすでにセクシーな雄羊になっていた。

 私のはセクシーのかけらもなく普通にもっさりした羊仕様。

 なんだろう、製作者の悪意を感じる。


「これを着ると、羊と山羊だらけの物騒な異世界を思い出すなぁ…あの異世界、どうなったんだろうね?」

 そういいながら、着ぐるみパジャマに着替える。うん、暖かい!


 ---あの異世界はその後、滅びました。いろいろ限界だったようです。空間ごと封鎖しましたので、他の旅行者も間違って行かないでしょう---


「あぁ、やっぱり滅びたんだ。なんか悲壮感漂ってたもんね…」

「過ぎたことを気にしても仕方ないよ、杏子さん。それよりもあの熊男が夜に食べる物を作り置きしてくれてる。食べよう?」

 スイス料理に舌鼓を打ち、おなかいっぱいで眠ってしまった。

 ちなみにこの山小屋に風呂設備は無く(水道は雪解け水利用)久しぶりに風呂無しの宿泊になった。


 ◆ ◆


 朝8時、ぼんやりと起きていたらなにやら外が騒がしい。


 メェー、メェェー、ドンドン、メエー、ドンドン…


「グーテン・モルゲン! 起きてマスカー?」

 ドンドンと扉を叩くピーターさんの声がする。

 あぁっ!

 そういえば朝8時に来ますヨーって言ってた。

 まだベッドでぐうぐう寝ているイケメン夫をあとにして、着替えてすぐに扉を開けた。


「おはようゴザイマス! 山羊連れて来ましたヨー。名前はユキです」


 メェー


「これがユキちゃん…なんかデカイ!」

 山羊じゃなくて、どっちかて言うと大角の旦那じゃない!?アルプスアイベックスという野生の山羊のはずだけど。

「ピ、ピーターさん…このコはいったい…?」

 大角の旦那の種族は野生の生き物で、人に慣れないはず。


「このコ、赤ちゃんのとき、怪我してたの私が保護しマシタ。群れの山羊と一緒に育ててたら、自分も山羊と思ってシマッタネー」

 はっはっは、と豪快に笑うピーターさんにソッと寄り添うユキ。

 仕草かわいいけど、デカくて怖い。普通の山羊の二倍はありそう。


「乳搾りできますけど、シマスカ?」

 ユキちゃんは、はいどうぞーといった感じで絞りやすいように横に向いてくれた。


「はいはい、やってみたいです!」

 うわー、乳搾りなんて初めて。恐る恐る乳搾りを初体験、で、出ない。

 うにうにと絞るけど、ちょろろーっとしかでない。く、悔しい…。


「はっはっはー、初めてだと難しいデスネ―!」

 こうやるんデスヨーと、ペーターさんが手本を見せてくれた。

 それを見て、私はもう一度乳搾りにチャレンジ。

 ペーターさんは山小屋の前にあるテーブルで、パンを置いてサンドイッチの準備を始めた。


 しかし、なかなか起きて来ないなぁ~、と思っていたら二階からドガッ、ゴン!、ドタドタ…ガタ!と音が聞こえ着替えながら下りてきたのか、彼が血相を変えて外に飛び出してきた。


「おはよう、遅いよー。いま乳搾りしてたの。地味に難しいな…ぐえっ」

 せめて全部言わせてほしい、飛び出してきたイケメン夫に絶賛抱きしめられ中。苦しい~。


「杏子さん、ひどいよ! 朝起きたら隣にいないなんて、僕がどれだけ驚いたか分かるかい?! 心配して探そうと二階から下を見たら、こんな熊男と仲良く…」

 頭にたんこぶ作って何を言うのか…、ああ、さっきの音は頭をぶつけたのね。


「気持ち良さそうに寝てたし、起こすの悪いかな―?と思って。ごめんね? ここ、たんこぶできてるよ、痛くない?」

 むぎゅーと抱きしめられるのにも不本意ながら慣れてしまった私は、スル―してタンコブを見る。


「タンコブなんて痛くない。僕が起きないから置き去りなんて…」

 まだ納得いかないのか、拗ねる彼。


「まぁまぁ、ほら、ユキちゃんの乳搾りしてみよう? 山羊?の乳搾りなんて滅多にできないしさ」


 ユキちゃんを示すとサッと顔色を変える。

 あれ? 動物はダメだった?


「こ、これはユキちゃんじゃない! 大角のダンナじゃないか!」

「メスだから、ダンナじゃないデスネー」

 ぺーターさんが呆れて会話に入ってきた。


「あまり縛りつけると、愛しい奥様に嫌わられマスヨー?」

 まぁ、束縛激しいのは今に始まったことじゃないですよ、ピーターさん。

「えっ…? そうなの? 杏子さん」

 あぁぁ、泣きだしそう。スイスまで来て泣かない!


「んもう! ちょっと来て!」

 へばり付いていたイケメン夫をベリっと離し、山小屋の中に戻った。

「はい、タオル。涙を拭いて。新婚旅行で喧嘩したくないよ、私」

 はぁ…とため息をつく。

 ビクッとしてタオルで涙を拭きながら、私の顔色を伺う彼。


「杏子さん、怒ってないのかい?」


「怒ってないし、嫌ってもないの。束縛されるのも、度が過ぎなければ嫌じゃない」

 彼の束縛なんてかわいいものだ、…なんて思ってる自分もずいぶん彼の事を愛しちゃってるなぁ。


「杏子さん、僕の事を嫌わないで。感情の制御ももっとうまくできるように頑張るから!」

 うーん、これはこれで可愛いから別にいいんだけどね。人懐っこいワンコみたいで…。


「んー、そこまで頑張らなくても、ちゃんと好きだか安心して、ぶっ」

 また、ぎゅうぎゅうと抱きしめられてしまった。私、そのうち骨が折れるんじゃなかろうか…。


「杏子さん、ありがとう。杏子さんに会えて本当に良かった!」

 キスしようとしたところで、ペーターさんが乱入してきた。


「朝ごはん、できまシタヨー。おう、失礼シマシタ…」

 ノックもしないでバンっと開けたのは確信犯のような気がする、にやにや笑ってたし!


「むむ、あいつ絶対わざと邪魔してる! おい、熊男、杏子さんは僕の…」

 怒鳴りながら外に出て行き、ペーターさんにわあわあ文句を言ってる。

 適当にあしらわれて、ぷんすか怒ってる彼。

 ぷぷぷ、なんだか面白い。


「おなか空いた、早く食べようよ」

 私がテーブルに先に座り、そう声をかけるとタターと私の横に座り、おとなしくなった。

 それを見たピーターさんが肩を揺らしてる。笑ってるな、絶対。


 にぎやかな朝ごはんをアルプスの景色を眺めながら頂くのは格別だった。


 ---さて、朝食を食べ終わったら、次に移動します。着替えは寝室に用意してますので着替えてから外で待機してください---


「では、よい新婚旅行を過ごしてクダサイ!」

 ユキちゃんを連れて、ペーターさんは帰っていった。

 次はどこに行くんだろう?   

 サプライズといいところが交互にセットされてるということは…絶対次はサプライズだね。

 ふっ、ナビさんの思考パターンが読めてきた。

 心構えをしていれば怖くない!なんでも来い!




 …なんて思った自分がバカでした。

 現在、私と彼はそれはそれはゴツクてむさくるしい男性陣に囲まれてる。


 垂れ幕に「世界一強い男は誰だ? 選手権…」とか書いてあり、次の滞在先はここのよう。

 もう日本に帰りたい…。


※アルプスアイベックス、大角の旦那のモデル。野生のヤギ。


※ンチャック、感情のブレはなかなか治りません。ヤンデレとワンコを行ったり来たり。


※次の行先は…実際にある選手権です。タイトルは少し変えてます。

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