特別番外編:新婚旅行は危険な香り:4
---お二人とも起きてください---
パチパチッ!
「「痛っっ!」」
な、なに?
いま全身に軽く電撃が走ったよ!
「ナビさん、いま痛かったんだけど…」
ヒリヒリする腕をさすりながら、文句を言う。
「うぁぁ、僕はなんでここに? 船でイルカを見た所まで記憶はあるのに…」
イケメン夫は、小さなぐい飲みの梅酒で昨日のキスエロ魔人になったらしい。
本当にお酒がダメだなー。
「昨日の飲み物にお酒があったの、知らずに飲んで後から酔っぱらって大変だったんだからね!」
お、思い出したらかなり恥ずかしい!
ずっと、「僕の愛しい人」だの「僕の女王様」だの延々と、砂吐きそうな甘ったるいセリフを吐きながらキスしてくるから魂が抜けそうになったよ!
まわりの観光客の人も「あらあら、新婚さんはいいわねえ」とか冷やかされるし。
一人素面の私は羞恥心で、ひたすら顔を彼の胸に隠してたんだから。
---それもばっちり撮影してます。これぞ、新婚!という雰囲気でよかったですよ---
「ひいい、あれを撮影してたの?!」
ヤバい、恥ずかしすぎて死ねる。
「杏子さん、僕…もしかして、昨日何かしちゃったかい?」
おずおずと聞いてくる。お酒を飲むとエロ魔人になるので、極力禁止している。
酔って記憶のないエッチなんてしたくないよ!
「教えない! バカ!」
ベッド備え付けの枕をぶん投げる。
「グハッ」
みぞおちにクリティカルヒットした。
まったくもう、お酒を飲むとエロく人格が変わるなんて、困る。
---朝食を食べたら次の目的地に移動しますので---
「了解、…といいたいところだけど、まだ日本から出てないよね? やっぱり異世界旅行とは勝手が違うの?」
そう、岬も海底遺跡もクルージングも全部国内。
ナビさんの張り切り様からして、世界中を点々とするかと思ったんだけどね。
---まだ慣らし段階ですから---
悪寒がゾゾっと走る。
なぜ新婚旅行で、身の危険を感じなきゃいけないんだろう…
「うう、気持ち悪いよー、杏子さーん」
空気を読まないイケメン夫のゆるい発言に、溜息をついた。
二日酔いの薬は、異世界人に飲ませても大丈夫なのかな…何かあったら怖いから、薬は止めておこう。
「昼過ぎには気分もよくなるはずだから、我慢してね」
「そんなぁ-」
---大丈夫です、移動ゲートをくぐれば体調はよくなります---
「あぁ、そういえばそうだった。あのこんにゃくもどきの移動ゲート使うと、体がスッキリするんだった。光のゲートになっても原理は同じなんだね」
だから移動までの我慢だよ、と言うと彼は力無く頷いた。
朝食も食べてチェックアウトして、誰もいない砂浜に行く。
いまさらながら支払いはどうなってるのか不思議だけどね。
突っ込んだら負けな気がする。
---では、次はスリルをお楽しみください---
「え…なにそれ」
「うう、気持ち悪い…」
ちょっ、スリルって何ー?
聞けないまま、移動のピンクの光ゲートに包まれた。
---到着しました。さあ、しっかり掴んでいてください---
「「え?」」
着いたと思ったら、二人でまとめて安全ベルトのようなものにくくられている。
ふと手を見ると、上からロープが吊るされているのを掴んでいた。
ブランコ?まさかね…さすがにこの状況にはついていけない。
「そもそも、ここ、どこよーー!!」
「うわー、き、杏子さん。下、下を見て!」
慌てた声を聞いて下を見ると…あわわわ、な、なんでこんな高いところにいるの?
やっぱりこれって、巨大ブランコ?!
「ヤー、じゃあ、いきますヨー。3・2・1、ゴ―!!」
わあわあ騒いでいたら、急にトンと後ろから押され、私たちが乗っている巨大ブランコが一気に揺れ始めた。
「いーやー、こーわーいー!」
「うわー、はっ、はははは、これはあれだよ、杏子さん。アニメのブランコ! あの空から吊るされてる世にも不思議な」
「あ」
たしかに、あれだ。そうだけど!
「私、こんなのに乗りたいなんて思ったことなーい!」
叫びながら、また後ろにいるスタッフらしき人から押される。
速度が落ちてくると、無理やり押されてまたスピードが増す。
この巨大ブランコ、高さはどんだけあるのよ…
さんざん叫びまわり、ぐったりした頃にようやくブランコが止まった。
え、これどうやって下りるの、宙ぶらりんだよ?
「杏子さん、今から下りるから歯を食いしばっててね」
「え?」
いつのまにか安全ベルトを外した彼が、私を抱き上げひょいっと飛び降りた。
「!!」
ズダン、とちょっとじゃない衝撃が来た。
「あ、足が痺れたー、杏子さん、大丈夫かい?」
「うん、私は大丈夫だけど…」
それよりも、イケメン夫のプルプル震える足がとっても気になるよ!
生まれたての小鹿よりプルプルしてる。
---どうですか? アニメの主人公になってみよう体験版は。ちなみにこのブランコ、この旅行のためだけに建設しまして、後はこの国の村に寄付することになってます---
「は? これ、わざわざ作ったの? ちなみにここはドコ?」
---スイスです。とても協力的で助かりました。こちらの素性は、ある国の高貴な方の日本人の奥様を喜ばせたいというお忍び新婚旅行!という設定になってます---
「高貴な方って…」
田舎に住んでる異世界人とその妻の、どこに高貴さがあるのやら。
---ンチャック様はかなり高貴な血筋の方ですよ? 本人は忘れてるようですが---
「え、そうなの? 親はいないって言わなかった?」
「ん? さあ、どうだろう?」
キョトンとして答える。僕は全然興味ありませーん、って顔だわ。
ああ、彼がいた世界は独特だったのを忘れてた。
「まあ、いっか。じゃあ、高貴な旦那様とその妻っていう設定で」
その設定で、国際問題とか起きないなら気にしない。
それより、さっきから私たちをニコニコと見守る熊みたいなおじさん(スイス人?)がいるんだけど。
あの人って、ブランコを押してた人じゃない?
「ダイジョブデスかー? 急に飛び降りたから、ビックリしましたヨー!」
「あぁ、あれくらいどうってことはないさ。それより君は誰だい? 僕達はお忍びで来ているから、名乗りたくないんだが」
しれっと高貴な振りをするイケメン夫。
「オウ、失礼しましたー、ワタシはこの村の代表のぺーター・ミュラーといいますデス。この巨大ブランコとあの山小屋を寄付してくださるそうで、とても感謝してマス!」
「「山小屋?」」
巨大ブランコだけかと思ったら、山小屋まで建てたの?
「ヤー、お付きの片から指示されたデザイン通りに作りましたヨ」
エッヘンと胸を張る熊みたいなペーターさん。
そう言って、巨大ブランコからそんなに離れてない場所に案内してくれた。
うわぁ…ホントに再現してる。
モミの木とか周りまの様子まで再現。
観光地にするつもり?これならアニメ好きな日本人が喜んで来そう…。
「うわー、すごいね! 杏子さん。これで山羊のユキちゃんがいたら完璧じゃないか」
というか、いつそのアニメを見たのか不思議なんだけど。
私の顔に出ていたのか、疑問に彼が答えた。
「アルプスの少女ハイジ・ダイジェスト版を、杏子さんのお母さんが見せてくれたよ? まぁ、無理矢理詰め込まれた知識にも入ってはいたけどね」
お母さん…メルヘン好きなの忘れてた。
私がファンタジーに逃げたのは、都会に出てからだもんね。
それまでは生きるというか毎日食べるのに必死で、そんな余裕なかったし。
「アツアツの新婚さんにチーズフォンデュを用意シマス! ちょうどいい時間デス」
ペーターさんは山小屋に入って行き、テキパキとご飯の支度を始めた。
「うわ、丸いチーズ! 初めて見た」
「ほんとだ、大きいんだね」
ごろごろ転がりそうな大きなチーズを器用に削り、鍋に入れていく。
ふわー、おいしそう!
「見ていると料理しにくいデス。席についていてくだサイ」
大きな体で申し訳なさそうに言うので、見学は止めてまだ新しい木の匂いのするテーブルについた。
「このテーブルって手作りじゃないかい?」
「すごいね、テーブルと言うか、全部が手作りじゃないかな? ここまで再現するなんてすごいねー」
山小屋というにはかなり立派な作りになっている。
ここも私たちが去ったら、何かに使うのかな?
「デキマシタ、熱いので気をつけてください。食べ方は分かりマスか?」
ぐつぐつとチーズが煮えている鍋をペーターさんが持ってきた。
そのあとにパンや肉・野菜の皿も持ってきた。おいしそう!
「日本でも食べたことがあるから、大丈夫です」
私はそう言ったけど、イケメン夫はむむっと難しい顔をしている。
あれ?食べたことなかった?
「杏子さん、チーズからお酒の香りがする…」
「あ、そうかワインを入れてるんだ…」
そう、ワイン…でもアルコール成分は飛ぶから大丈夫と思うんだけど。
小さな声でナビさんに予定を聞く。
「ナビさん、この後はどこかに行くの? このチーズフォンデュにワインが入ってるから酔わないか心配なんだけど」
---とりあえず、今日はこの山小屋で宿泊予定です---
「なら、もし酔っても大丈夫かな。ね、今日はここに泊まるから大丈夫だよ? 食べよう、おいしそうだよ!」
日本だとせいぜいパンかウィンナにつけるくらいだけど、さすが本場は違うね!
野菜にもつけるんだ。
平成14年くらいだと、チーズフォンデュキット売ってたかなぁ?
約10年近く過去に戻ったわけだけど、微妙に不便。主に電化製品で。
携帯もカメラもやたらでかいし、ブルーレイもない。
当然、呟けない。
便利な物がまだ発売されてない…日本の10年の進化ってすこいんだとしみじみ実感。
はぁーと溜息つきながら、チーズフォンデュをひたすら食べる。
イケメン夫は気に入ったのか、ものすごい勢いで食べてる。
あれ?ピーターさんは?
チーズフォンデュを用意し終えたピーターさんは、キッチンで何やら別の物をせっせと作ってる。
甘い香りがしてきた。
お菓子を焼いてるみたい。
熊のパティシエ?ぷぷ、ちょっとかわいいかも。
私がジッとピーターさんを見ているのに気づいた彼が、ムッとして話しかける。
「杏子さん! 食べないなら僕が全部食べるよ」
「あー! あれだけあったのに、ひどーい!」
たくさんあったはずのパン・肉・野菜がほとんどない!
むっかー、負けてなるものか!
食べ物の恨みは怖いんだからね。
二人でギリギリとにらみ合いながら、完食した。
うう、少ししか食べれなかった…。
結婚式あげたから少しは落ち着いたかと思ったけど、やっぱり嫉妬とかヤキモチがすごい。
誰も私なんて奪おうとなんてしてないのにね。
その後、ピーターさん手作りのスイス菓子をごちそうになり、ようやくおなかいっぱいになった。
「二階の窓から、外の景色をみてくだサイ。とても見ごたえありマス! ディナーは冷蔵庫に置いてあるので二人で食べてください。明日は朝の8時ごろ、朝食を作りにきマス。ちゃんと仲直りしてくだサイ」
では、とピーターさんは帰っていった。
「…杏子さん、なんであの熊みたいなやつを見つめてたの? 杏子さんの目に映る男は僕だけでいい!」
いきなり豹変した!え、ワインのせい?なんかブランコの時と違う身の危険をひしひしと感じる。
「いや、あの…熊さんみたいでかわいいなーとか思ったり…ひっ」
かわいいと言ったあたりから、イケメン夫から真っ黒いオーラが出てきた。
あわわわわ、ど、どうしよう。
「で、でも一番好きなのはンチャックだし!」
うおお、面と向かって言うのは照れるんだけど。
「ほんとに? 僕が一番?」
うっすらと顔を赤く染めて嬉しそうにほほ笑む。
「うん、一番好き」
そう言った途端、がしっと抱きかかえられ二階に連れて行かれた。
二階はアニメの通り、寝室になっていた。
ま、まさか…この流れは!とうとう?
「お願いだ、杏子さん。僕以外の男を見たりしないでくれないか。嫉妬でどうにかなりそうだ…頼む」
ベッドの側で抱きしめられ、そう切願された。
「うん、分かってる。ごめんね?」
視界に映すなと言われてもなー、困った人だ。でもこんなに悲しそうな顔はさせたくないし。
一応努力はしよう、多分。
ふう…とベッドに横になり、彼はそのまま寝てしまった。
あれ?今、いい雰囲気だったよね?絶対そうだよね?!
なんで、そこで寝るのよぉー?
「やっぱりワインのせいかな…」
やれやれとため息をついて、二階の小さな窓から外を眺める。
まだ昼過ぎだから、晩御飯の時間になったら起こそう。
今日は、半日しか経ってないのに疲れた…そうして自分もいつのまにか眠ってしまった。
◆ ◆
すーすーと寝ている杏子さんを見つめる。
僕はお酒で寝ていたのではなく、寝たふりをしたんだ。
ごめんね、杏子さん。
あのままだと彼女をひどく追い詰めて、泣かしてしまいそうだった。
彼女があの熊男をニコニコして見つめていると思った瞬間、僕は…危うく熊男を殺すところだった。
杏子さんは、自分がどれだけ魅力的か自覚してない。
彼女が町に行くと、男どもが(老人含めて)そわそわしている。
もともと可愛い人だったけど、美肌の湯に入ってからさらに磨きがかかってしまった。
僕は結婚式を挙げて、やっと落ち着けると思ったけどそれは甘かった…。
あいつらは彼女をいつも狙っている、絶対に渡すものか。
彼女は僕の妻だ、まだ夫婦の営みをしてないけど…。
恋人としての付き合いがなく夫婦になってしまったから、杏子さんもいまいち僕との距離をもどかしく思ってるようだし。
だって、僕をなかなか名前で呼んでくれない。
でも、さっきは呼んでくれて嬉しかった…!
焦ることはない、僕たちはこれから長い時間ずっと一緒なんだから。
「杏子さん、早く僕だけを見て」
スヤスヤと眠る彼女にそう呟いた。
※ンチャック、嫉妬がものすごーいです。ほんとは誰の目にも触れさせたくない。
杏子がふらふらしてるのも気に食わない。へたれからヤンデレに進化するのか?!
※スイスで、こっそりいろいろ建築。そのまま寄付という形。法律的にどうなのよ?っていう突っ込みはなしで。ナビさんがきっとねじふせます。
※熊男のピーターさん。いい人。料理が得意。杏子を「やまとなでしこ!」と密かにかわいく思ってる。それを敏感に感じ取るンチャック(笑)
※杏子が本文中に、ンチャックのことをイケメン夫と言ったり彼と言ったりころころ呼び名を変えてますが仕様です。
旦那さんと呼ぶにはまだ抵抗があるし、かといって下の名前で呼ぶのも…と相変わらずぐるぐる。
新婚なんだから、ダーリン、ハニーって呼べよ!と作者は思いますけど、実際に聞くといらっとしますね(苦笑)。




