異世界チケット使用9枚目。その4
私にあと100キロ太って!と爽やかな笑顔で言い放つイケメン。
「無理に決まってるでしょー!」
すかさずツッコミを入れた。
「そんなに太れないってば! 日本人はそれでなくても小柄な民族なのに…」
怒りを飛び抜けて、呆れてしまった。
「えーと…じゃあ、半分の50キロ! これならどうだい?」
どうだい?と言われてもそんなに体重増やせるわけない!
私の雰囲気を読んだのか、少し勢いが無くなってきた…かと思ったら
「ローマの道は一日にして成らず、と言うじゃないか! 一日1キロ体重を増やせば、50キロ体重増やすなんて難しくないはずだよっ」
得意満面である。鼻息も荒い。
異世界人がなぜ古代ローマの格言を知ってるの?!しかもちゃんと意味を理解して使ってるし…
「無理! そんなに太ったら早死にする。まだ死にたくない」
え?なんでって顔で驚いてるし、そういえばイザべラも400キロだったけど…普通に生きてたよね。
基本的な常識が違うってのを痛感したかも…。
「いい? 私の世界では、肥満は病気を招く原因になるの。糖尿病・高血圧・脂肪肝・心筋梗塞…しかも50キロなんて、…そんなに太ったら絶対に心臓に負担が来るわ。それでなくても太りやすくて気をつけてるのに。」
30歳を過ぎた頃から油断すると、すぐに2~3キロは太るから体重管理には気をつけている。
この旅行中は別だけどね、いつ食べ物にありつけるか分からないし。
「うーん、僕の世界とは健康事情が違うみたいだね…。太ると病気になるなんて、僕の世界ではありえない。とにかくそのせいで杏子さんが死んだら困るし、50キロ太ってもらうのは諦めるよ。でも…もう少しふっくらした方が可愛いと思う。」
かなり残念そうにしているイケメンさん、こればかりは願いを聞く訳にはいかない。
やっぱり基本的な常識や価値観が違うって、致命的だなぁ。10枚目での返事、断っちゃおうか…100キロ太って、って言われるまでは、恋人になるのも悪くないかな-と考えてたんだけど。
「好き」だけで付き合えるほどそんなに若くない(見た目20代になったけど)、それに年齢的にも次に付き合う人とは結婚したいと思うし。
あれ、ちょっと待てよ…、次の10枚目で私の世界に戻るのはいいけど…彼はどうするんだろう?1枚サービス分は使ったって言ってたし、私が断るとか想定してないのかな…想定してないよね、きっと。どうするのか聞いてみないと。
「ねえ、このチケット11枚つづりなんだけど、1枚は私の世界に来るときに試しで使ってみたって言ってたよね。それに私の返事がNOだったらどうするつもりなの?」
そう、受けるにしても断るにしてもチケットが次で最後なのに…彼はその後どうするつもりなんだろう。
戸籍とかないし、身元不明の怪しいイケメンが恋人…もしくは友人?どっちにしても私しか知り合いいないし、絶対面倒に巻き込まれるよね。うわー、本当にどうしよう。
「えぇ!!」
ものすごく驚いてる、やっぱり考えてなかった…?プルプル震え出した、わわ…見る見るうちに涙がこぼれそうになってるけど必死に堪えてる、少しは成長したんだ。
「き、杏子さん…僕が太ってくれないか? なんて言ったから、僕を見捨てるような事をいうのかい?」
涙が溢れる手前で揺れてる、器用な技を…
んー、見捨てるとかそういうのじゃなくて、単に心配して言ってるんだけど…悪い方に受け止めちゃったか。
「違うって、悪い方に受け取らないで。ただ、元の世界に戻るつもりがないって恋人探しでチケット使ってるでしょ? 次が最後なのに、私の世界でいいのかなって。私がいる世界も結構大変だと思うんだけど…」
そう、一番心配なのは純情一途な彼が私の世界の実情を知ったら、いくら私の事を好きだって言っても…こんなところに居たくないって思うんじゃないかってこと。
戦争や飢餓、内戦、政治不安、この世界の悪意に触れたらピュアなハートの彼には辛いんじゃないかと…。最初に出会ったときは私の世界に移動してすぐで、ほとんど何も知らない状態だったし。
途中で日本の話はざっくりと説明はしたけど。
「…僕は杏子さんのいる世界に永住するつもりだよ…たとえ、断られてもね。僕は杏子さんから絶対に離れない!」
ぶわっ、と堪えていた涙が崩壊してしまい、彼はベッドにもぐりこみ号泣しだした。いくら話しかけても拒絶状態で、布団に籠ってしまった。
----立花様、差し出がましいようですが…しばらくそっとしておいては----
「そうだね、泣かせるつもりは無かったんだけどね…悪いことしちゃったな。」
しくしく泣いている彼を置いて、とりあえず外にでた。あまり遠くに行くのは怖いから扉の前に座る。
----立花様は何を恐れているのですか? 断る雰囲気になってしまった原因は太るということだけではないでしょう?----
「ナビさんは鋭いねー、まあ、価値観違いってのは自分の世界でもよくあることだしね。そうじゃなくて、私の世界に戻って彼が暮らすには辛いんじゃないかなって。お世辞にもいい国とは胸を張って言えないしね…。それに性的に刺激が強すぎるのも心配なの、おしべ・めしべの説明で照れてるのに…卒倒するかもしれない」
----なるほど、今回初めて立花様を異世界旅行にご案内しましたが…あまり安全な世界ではないのは確かですが、立花様がついていればたいていのことは大丈夫だと思われます。ある意味彼にとって立花様は恋人にしたい女性であり、気の合う友人でもあり、また母か妹のように…なくてはならない存在なのです。ここで見放すと…立花様の小説の世界で言う<ヤンデレ>もしくは<ストーカー>になる可能性があります----
「うわ-、怖いこと言わないで下さいよ…。彼を見放すつもりはないですよ、私の世界には私よりたくさん綺麗な人はたくさんいるし…逆に私が捨てられる可能性だってあります。そっちの方が確立が高いです、絶対。もう大事な人に傷つけられるのは嫌なんです…。今ならまだ友人として割り切って付き合えるし」
ナビさんに思わず本音をペラペラと話してしまった。まさか扉の向こうで聞き耳を立てて聞いてるとも知らずに…
※日本が安全、なのは消えつつありますね。杏子も自分の世界に戻るのが近づくにつれ、現実を考えてます。ファンタジーな存在のイケメンをどうするか?
※イケメン、涙を自在にコントロールできるようになりました。
※ナビさんが諭してます。もはや旅行案内というより人生案内ナビ…




