異世界チケット使用9枚目。その1
建物はギリシャ風なのに、宿の中は和風レトロな宿で…後頭部のタンコブをひたすら冷やす私。
チャラ男に殴られた怪我は確かに治ったけど、氷塊でできた新しいタンコブの方がズキズキと痛む。
ケバい女神様の呪いでもあるんじゃないかと疑う痛さ。
「杏子さん、…大丈夫かい?」
言い出しっぺのイケメンさんは、びくびくしながらも私の後頭部を冷やしてくれる。
「……」
しばらく口を聞きたくない。助けに来てくれてすごく嬉しかったのに、…ただいま好感度が急降下中。
打たれ湯じゃなくても、普通に治療すれば自然に治ったのに!なんでわざわ痛い思いして…私の隣にいた人はドMの人で、「もっとください、女神さま~!」とか叫んでるし。
その叫びを聞いたからか、やたら虹色の氷塊の数が増えるし巻き込まれかけてひどい目に合った。
逃げるときに偶然、怪我に当たって…怪我は治ったけどね!なんか納得いかない~
二人で険悪な雰囲気の中、今まで空気だったナビさんが突然話しかけてきた。
----お話したいことがあります、お時間よろしいでしょうか?----
機械のはずのナビさんの声が心なしか怖い気がするのは…気のせいだよね?二人して首を縦に振る。
----今日、立花様が犯罪に巻き込まれたこと非常に申し訳ありませんでした。セキュリティの強化もまったく役に立たず…暴力をふるう相手が嫌々犯罪に加担していたせいもあり、…行動が読めませんでした。怪しい動きをしていたのは把握していたのですが…非常に悔しいです。本社の方にも逐一報告していますが、ここまで事件に巻き込まれると、正直安全で安心な異世界旅行を続けることが難しいです。行く先々で騒動に巻き込まれる確率はわが社始まって以来のほぼ100%。検索条件のアドバイスを行ったのにもかかわらず…です。そこで私は考えました。10枚まであと2枚、10枚目は杏子さまの元の世界にお送りする予定ですから実際に使えるのはあと1枚です。もし、またお二人が望む世界にお連れすると…また何かに巻き込まれることは必至です。ならば、巻き込まれる心配のない世界にお連れすればいいと判断しました----
どうしよう、宙にに浮かんでるチケットのナビさんの色が…どす黒いんだけど、もしかして怒ってる?
人口AIとはいえ、擬似人格もあるし静かにキレてるとか…?
それで、いま現在、私たちの周りに……移動のゲートが勝手に近づいてるんだけど、まさか強制的に移動なの?!
「ちょっと待ってくれないか! 確かに僕たちの検索条件が悪かったかもしれないが…なにも好きで事件に巻き込まれてるわけじゃない。それにこれは契約違反じゃないのかい?」
イケメンさんが反論する。いいぞ、もっと言っちゃえ!
----事件、事故、犯罪、すべての災いにお二人が巻き込まれない世界、にお連れします----
うわー、綺麗に無視された。半ば強制的に次の世界に移動になってしまった。
::チケット使用9枚目::
<検索条件:事件、事故、犯罪に巻き込まれない世界(AIナビ推薦強制)>
というわけで、トラブルメーカーな私達にキレたナビさんにより、推薦された世界に強制的に移動された。
----ここは植物しか存在しません。しかしご安心ください、人が滞在できる施設はあります。環境を汚さない配慮もされてますから、ゆっくりタンコブを冷やされてください----
ははは、とうとう人がいない世界に来ちゃった。
「ん~、まあ、来てしまったのは仕方ないか。滞在できる施設があそこにあるから行こう。」
イケメンさんに手を引かれ、風景に馴染んでいる建物に入る。縄文杉も真っ青の大きな木をくりぬいて、その中に質素な住居が作ってあった。意外にかわいい作り!ナチュラルカントリーですごく好みかも。さっきのギリシャ和風レトロよりはよっぽどマシかな。
「…ナビさん、マジキレしてたね…擬似人格ってすごい…感情まで持ってるなんて。」
「まぁ…最初からトラブル続きだったし、堪忍袋の尾が切れたってとこだろうね。僕がチケット落とした時から、トラブル好きな神様でもとり憑いたのかな…」
そうだね、普通落とさないよね。でも落としてなかったら出会ってないし…そう考えると複雑だなあ。
「とりあえず、タンコブ冷やしたい。まだズキズキする…」
後頭部の打撲は結構心配だから、自分の世界に戻ったら病院行かなきゃね。
「ベッドもあるし、横になりなよ。僕が冷やせるものないか探してくるよ。」
イケメンさんはそういって部屋の中でタオルや冷やせるものがないか行ってしまった。
「いてて、本当に痛い…タンコブに当たらないように横にならないと」
よいしょっと体の向きを変えてベッドに横になる。
「杏子さん、タオルと氷があったよ。冷やそうか」
部屋の中には生活に必要な物資はきちんと常備されているようで…誰がそろえてるの?不思議だなあ~
タンコブに冷やしたタオルを当てて、一息ついた私たち。暇だ…
「きつかったら眠ってていいよ、僕がついてるから。…湯治の世界で杏子さんを見失ったときは、本当にどうしようかと思ったよ。パニックになって焼き鳥食べてたら、ナビさんに叱られピーちゃんに蹴られて…それから正気に戻ってなんとか見つけれてよかった。僕は…前はこんなに食べることに執着しない方だったんだけどね。異世界を移動するたびにいろんな未知の感情が出てきて、持て余してるところがあるんだ。迷惑掛けてしまったね…」
しょんぼりとするイケメンさん、自覚はあったんだ。なら大丈夫かな。
「あのね、今まで長い間強制的に女性を敬って崇めてっていう世界にいたから、人としてごく普通の感情が育ってないんだよ。世界を離れて初めて<感情の解放>ってやつが起きてるんだと思う、専門医じゃないからよくわかんないけど。でも自分でその自覚があるなら、そのうちコントロールできるようになるよ!」
「そうか、感情の解放…。うん、そう言われたら納得できる、よかった話してみて。僕はあの世界でいつも心が苦しかったんだ。それがなんなのかよく理解出来なかったけど、きっと心が悲鳴をあげてたんだろうね…好きでもない女性を無理やり好きと思わせるなんて、振り返ればとても怖いことだし。」
「そもそも、どうしてそんな教育をするようになったんだろうね? そこまで科学技術が発展してるなら、女性が生まれなくなるなんて考えられないんだけど。ウイルスでも流行ったのかな?」
洗脳教育を長期に渡ってできて、暴動の類も起こさせない、徹底して女性に従順な男性を育てる世界…うん、終わってるね。
「どうだろうね、僕がイザべラ崇拝の教育を受ける頃には、子供なんて一人もいなかったよ。どうやったら子供が生まれるかも知らないしそんな教育もなかった。必要ないって。小人族の世界で初めて妊娠した女性をみて驚いたよ。結婚したら自然に子供ができるのかい?」
本当に知らないらしくまじめに聞いてくる。
…どうしよう。親戚の子供に「赤ちゃんって、どこからくるのー?」な答えにくい質問をまさか異世界人に聞かれるとは…!!私に言えっていうの?
「その件は、前向きに善処します。」
どこかの政治家のような返事をして、タンコブが痛い!と騒いで寝たふりをしてごまかした。
どうしよう…この人、性教育も受けてなかった…ゆゆしき問題が発覚してしまった。
いつのまにか本当に寝てしまい、イケメンさんが私をせっせと看病しながら、その日は更けていった。
※ナビ暴走。バグではなく人口知能の弊害?ナビ本人はよかれと思ってます。
※人がいるから騒動に巻き込まれる→人がいなければ問題は起きないの理論式。
※イケメン、ろくな教育を受けていなことが発覚。杏子ショック!おしべとめしべから教えましょう。




