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異世界チケット使用7枚目。その2


 緊急入院してから、ずっと眠り続けるイケメンさん。

半日が過ぎた気がするけど、時間が分かるものがないのでだいたいの感覚で判断していた。


 一定の時間をおいて、頻繁に医療スタッフが状態をチェックしにくる。

私が勝手に外に出ないようになのか、私は扉に近づけてさせてもらえない。


「なぜ私を閉じ込めるんですか? 外にでたいです。」

いい加減イライラしたのでストレートに聞いてみた。


「…閉じ込めているのは貴方達のためですよ。緊急搬送でしたから説明する時間がなかっただけです。ここが、医療に力を入れている世界なのは聞かれましたよね?」

 渋々だけど答えてくれそうだ。


「はい、ナビに確認しましたから。」


「研究に熱心なあまり…狂う研究者がいるんです。彼等は貴方達<旅行者>を狙います。解剖したり改造したり、もちろんちゃんと元に戻しますが。解剖された<旅行者>が精神に異常をきたす事件が頻繁に起きて、社会問題になっています。彼等に見つかる前に、保護したと考えて頂きたい。」

 少しだけ申し訳なさげに話す医師。この人は一番最初に問診してくれた人だ。

能面なような医療スタッフの中で唯一、わずかに感情が感じられる。


「わかりました。一応は配慮して頂けてたんですね、ありがとうございます。あの…それと食べ物なんですけど、アレしかないんですか? 口に合わなくて水しか飲めないです。もしアレしかいなら私も薬で眠らせてもらうとかできませんか。」

 約半日経過してアレを食べようとチャレンジしたけど、無理だった。渋酸っぱいのは無理!


「…食べ物はあの栄養チューブしか存在しません。あの味がよくないのはわかりますが、もう1種類の方はもっと味がよくないのです。それでもいいならもう一つの方をお持ちしましょう。」

 タブレット端末に何か打ち込むと、目の前に茶・赤・緑三色に色が分かれている栄養チューブが出てきた。これはどんな味なんだろう…


「これでよければどうぞ。」


 恐る恐る茶色の栄養チューブを口にしてみる。こ、この味は…!

涙がブワッと出てきた私を見た医師がびっくりしている。だって、この味は…


「納豆・梅ぼし・昆布だー、おいしい。これ、これがいいです! これ、あるだけください。」

 久しぶりの日本食の味に思わず涙が出てしまった。

チューブ状になってるのが不思議だけどこれならおいしいし、なんだか元気がわいてきた。


「これをおいしいなんて言ったのは貴女が初めてですよ…。これならかなりの量が在庫で余ってますから、全部あげます。倉庫も片付きますし…よし、どうぞ。」

 箱でドン!と目の前にチューブが現れた。


「ありがとうございます。これで監禁生活も耐えれそうです。」

 この世界の人にはこの味がダメでよかった。これ、余ったらイケメンさんの異空間倉庫に入れされてもらおう。


「では、また様子を見に来ますので、貴女もきちんと休まれてください。看病する方が倒れては意味がありませんから。では失礼します。」

 苦笑いする医師は去って行った。監禁にもちゃんと意味があったのでとりあえずは納得。

これで食べ物は確保できた。久しぶりに懐かしい味に触れてほっとしたのか、眠くなってきた。

イケメンさんの傍で椅子を横につけて、様子を見ながらいつのまにか寝てしまった。


 …嫌な夢を見た。懐かしい味を食べたせいなのか…正直忘れていたかった思い出だ。


『おまえが俺をだめにするんだ』『おまえは一人でも生きていけるだろう、彼女は俺がついてないとダメなんだ』『おまえは俺のおふくろか! いちいちうざいんだよ、もう別れよう』


 …元彼たちから言われたひどい別れの言葉が、頭の中でリピートしてる。

お人よしでおせっかいな性格はうざがられることも多い。俺は必要ないだろうと言われることも多かった。言われ続ける辛辣な言葉に、いつしか心が折れて…、それ以降は誰にも好意を向けれずファンタジー小説のとある戦士に憧れた。最後の彼氏と別れたのはいつだったか…気が付いたら涙が流れていた。

それを意識の覚めたイケメンさんがそっと拭こうとしてくれていたのに気付いた。


「ごめん、嫌な夢を見てたみたいで。顔、洗ってくるね。」

 泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、逃げようとしたら手をがしっと掴まれた。


「そんなに辛そうに泣く杏子さんを放ってはおけないよ、僕を心配して泣いてくれたんならいいけど…違うだろう?」

 優しくそれでいて愛しい眼差しで言われ、また泣いてしまった。


 昔付き合っていた彼氏に、心ない辛辣なことばかり言われ傷ついて、非現実的なファンタジー小説の世界に逃げていたこと。

異世界旅行をしていてすっかり忘れていたのに、故郷の味のするチューブで嫌な思い出まで思い出したこと。泣きながら、ぽつりぽつりと話した。 こんなに弱い部分を見せてしまったのは、初めてかもしれない。


「…でもその経験が無かったら、僕は杏子さんに会えてないしきっと一緒に旅行もできてない。だから、杏子さんは僕と出会うために…ごにょごにょ…いや、僕が杏子さんに…なんといえば…」

 すっかり口説きモードに入ったイケメンさんに、涙が引っ込んだ。

アニキウィルス、まだ残ってるんじゃない…?


「杏子さん、僕は君を悲しませたりしないと誓うよ。僕は頼りないかもしれないけど、君を…君を…ぐはっ」

 顔を真っ赤にして悶えてる。な、なにごと、ボタンボタン、慌てて医師を呼ぶ。

診察に丁度来るところだったようで、直接病室に来てくれた。


「意識が戻りましたか…で、なぜ彼は悶えてるんですか? 意識が戻れば、もうアニキウイルスの影響はないはずですが。」

 いや、それが分からないから呼んだんですが。


「大丈夫です。僕の病気は恋煩いですから、薬では治りません。一番の薬は杏子さんが僕とつきあっ…ぎゃっ」

 きりっと無駄にいい顔で余計なことを言い始めたので、思い切り手の甲をつまんであげた。

まったく元気になったと思ったらこれだし。


「くくくっ、いや、失礼。もう大丈夫のようですね。今日一日経過を見て問題なければ、退院して構わないですよ。ではまた明日の朝、最後の診察をしますから。ごゆっくり。」

 無表情だった医師が笑った!すごい貴重かも…私がじっと医師を見つめていたら、またその視界を遮るイケメンさん。かなり嫉妬深いのね…


「僕が意識ない間、まさかあの医師となにかあったんじゃ…そんな! 僕の杏子さんが…」

 ベッドの上で暴れそうになったので、とりあえずおでこを押さえる。

こうすると不思議に動けなくなるのよね。まったくもう…心配かけて!そのまま上からどすっと乗っかった。いわゆる馬乗り状態。


「で、誰がだれのものって…?」

 にーっこり笑うと、ひぃっと小さな悲鳴を上げカタカタ震え始めた。

そんなに怯えなくても…ま、仕方ないか。今までが今までだしね。


「あっちの寝室、狭いからここでいっしょに寝る。隙間空けて?」


 コクコクと頷いてスペースを空けてくれた。よし、これで寝れる。

さっとベッドにもぐりこみイケメンさんの隣を確保した。


「あ、おなか空いたらね、その栄養チューブ食べてね。ここは食べものがそれしかないし、ドアがロックされてるから外には出れないの。気をつけてね、じゃ、おやすみー」

 よほど疲れていたのかいつの間にか寝てしまった。その後で、おなかの空いたイケメンさんが二つのチューブを食べ比べして余りのまずさに、気を失いかけていた…なんてことは知らない。


 こうして医療の世界の夜は更けていった。



とりあえず、意識はもどりました。アニキウイルス、消えたのか怪しい(笑)


杏子を口説いてる最中、自分のセリフに恥ずかしくなって悶えただけという。


ま、なんだかんだで仲良しです。次、ささっと退院します。

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