異世界チケット使用4枚目。その8
この回でここの世界はおしまいです。なので少しだけ長いです。
よければお付き合いください。病んでる馬が出ます。
ニヤニヤする長老ハチェットさんに軽くむかつきながら、三人で朝食を食べる。
今朝は、初めての小麦もの!ナンみたいなパンと野草のスープ…うぅ、ご飯食べたい。
「そうだ、今日の昼には仕入れに行っていた仲間が戻って来るよ。高台から確認したから間違いない。何しろ荷物がたくさんあるからね、ゆっくりとしか進めないんだ。今日はもうお手伝いはいいから、村の近くを二人で散策するといい。昨日の二人の活躍でだいたい溜まっていた仕事は片付いたからね。」
くそう、ニヤニヤ顔は変わらないのか!
「そっか、じゃあ~そろそろ次に行く世界を考えなきゃですね。次は私ですね。ふふ、楽しみ~。昨日も考えながら寝ちゃったから…、条件は和食が美味しいところ・もふもふしたい、ぐらいかなぁ。あとは発情期シーズンじゃないのは外せないかな。」
「和食は杏子さんの故郷の食事だよね? で、もふもふとはなんのことだい?」
イケメンさんがナンを豪快にかじりながら聞いてくる。
それ、全部くわえるんじゃなくてちぎって食べるの!
「もふもふはもふもふよ! 動物系人型といっても、あの牛とかじゃなくて、犬とか猫とか虎とかパンダとか…とにかく毛がふさふさもふもふした動物の人間版。ファンタジーの定番よ!」
私がいきなり熱く語り出したので、二人はポカーンとしている。
ふふふ、ファンタジーと言えば、獣人でしょ、エルフでしょ。あ、エルフも検索にかけてみようかな。
でも、気位高い種族とか普通にいそうだし…急にブツブツ言い出した私に突然話を切り出した。
「動物と言えば思い出した! ピーちゃんをここでも呼べるか試したいんだ。前は魔法の世界だったしね。慣れない馬よりはピーちゃんの方がいい。杏子さんもそうだろう? ナビさんに聞いたけど、霧のせいかよく通じないんだ。圏外かなぁ?」
高性能なのに圏外?あの山の頂上なら通じるかも…後で提案してみよう。
移動できないのは困るし。
でも、ピーちゃんに乗っての散策は楽だよね!速すぎるのが難点だけど…ピーちゃん、やたら張り切るからね。馬だけど、多分イケメンさんより賢いし男らしい気がする。
「ピーちゃん?」
長老ハチェットさんが聞いてきたので、双頭の馬のことだと言うと、うなだれてしまった。
「あの神のように美しい種族の馬になんてひどい名前をつけるんだ!」
ちなみにピーちゃんの種族の正式名は「双頭神馬」その名の通り、昔は神様を乗せたこともある、神聖な存在。今はイケメンさんの世界に神様はいないから双頭新馬も好き勝手してるらしい。
適当だなー。
普段は人間に懐かないが、気まぐれに人に寄り添う個体もいるらしいから、ピーちゃんも気まぐれなんだろう。というか、イケメンさんのへたれっぷりに同情したとか…そんな気はする。
長老ハチェットさんに言わせれば、次元の移動は普通にできるし呼べばくるんじゃない?と何とも軽い返事だった。
早速呼んでみようということで、村から出た広い場所に移動。
久しぶりに双頭神馬をみたいと、長老ハチェットさんも付いてきた。
「よし、この辺なら呼んでも大丈夫だろう。ピーちゃん!」
しーん。来ない。
あれ?私も呼んでみた。
「ピーちゃ~ん! また乗せて~!」
すると私の前にピーちゃんが優雅に現れた。スリスリと二つの頭を寄せて来る。
「ああ! ピーちゃん、ひどいじゃないか、僕が呼んでも来ないなんて!」
半泣きである、だからすぐ泣かないの!
「ピーちゃん、数日ぶりだね。元気だった?」
ピーちゃんず(頭二つあるから)は嬉しそうにスリスリを続ける。は、挟まれスリスリは厳しい。
「へぇー、この種族がここまで懐くなんて珍しいね。しかし久しぶりに見たなぁ。私も昔持っていたが、イザベラに取られてしまった。クーちゃん、生きてるかなぁ…」
長老ハチェットさんまで涙目に。そっちはクーちゃんですか!ピーもクーも同じじゃない…
あ、閃いた!気まぐれならまた気まぐれで、来てくれるかもしれない!
「長老さん、それなら駄目元で一度呼んでみたらどうでしょう? 元々は長老さんに懐いていたんでしょう? イザベラが無理矢理取ったんなら、きっと嫌がってますよ。」
「なるほど、それも一理あるか。よし、呼んでみよう。せーの、クーーちゃーーん」
どこかの河川敷で、幼稚園児がアザラシを呼ぶような…
シーン…
だめか…と思ったら!
バサバサバサバサ、ズガァン!
隣にいたはずの長老さんが消えた。
ピーちゃんと違う羽の色の双頭馬に押し倒されていた。
あら、積極的。雌かしら?
ギャーひゃーうわーと長老らしくない悲鳴が聞こえる。
抑えつけのスリスリ攻撃…できる!とか冗談いってる場合じゃないな、助けないと
「ンチャックさん、長老さんを助けてあげてください。あのままだと土まみれよだれまみれです。」
「えっ! あれに突っ込めというのかい? 嫌だよ、かなり興奮してるじゃないか。落ち着くまで待った方が…」
私とイケメンさんがギャーギャー騒いでいたら、空気が読めるピーちゃんが
『ヒヒーン!』と一喝。さながら『落ち着きなさい!』といった感じ。
すごいピタッと止まった。
今のうちよ!とイケメンさんに目配せして、倒れた長老さんを起こす。
「いててて、懐かしいな。クーちゃんのボディアタックすりすり。また会えてうれしいよ。もう死んだかと思ってた…ずうずうしいお願いかもしれないが、これからはずっと私のそばにいてくれないか? ここでは私は<旅行者>のままなんだ。友人はいるが、それだけでは孤独は埋まらないんだ。僕はまだまだ生きるからね。ここにいる人が死に絶えても生きている。だけど…クーちゃんとなら同じ時間を歩んでいける、頼む…。」
長老さんがクーちゃんにすがりついて泣いている。長命っていいことばかりじゃないんだ…
ちらっとイケメンさんを見ると、感動してるのかピーちゃんに同じようにすがりついている。
ピーちゃんは露骨に溜息をついている。あー、なんか展開が読めてきた。
「ピーちゃん、僕もピーちゃんとずっといた、ぐほっ」
同じセリフを言おうとして、言わせないよーとばかりに蹴飛ばした。あー、飛んでった、大丈夫かな…。
クーちゃんはそれはそれは嬉しそうに、頷いたと同時に、長老さんをくわえた。え?
じゃあ、これで晴れて夫婦ですね!さっそく励みましょう、むふふふふ!という表情で長老さんをどこかに連れ去った。
えーと、馬と人って結婚できたのかなぁ。悲鳴が聞こえるけど…山の方で。
見なかったことにしようそうしよう。
ピーちゃんに蹴られたイケメンさんがぼろぼろで戻ってきた。
昨日は卒倒で、今日は打撲。ツイテないね!
とりあえず、ピーちゃんはどの異世界でも呼べることが分かっただけでも収穫だ。
「長老さんを探しながら、散策しましょう? 霧も少ないしこの辺全体を見てみたいです!」
いそいそとピーちゃんに乗りながら、早く早くと急かす。
「いてて、あちこちすりむいてしまったよ。ピーちゃん、治してくれないか?」
イケメンさんが擦りむいた腕を出してきた。
ピーちゃんが仕方なく傷をペロッと舐める。すーっと傷が消えた、すごい!
「よし、傷も治ったし長老さんを探すか。ピーちゃん、頼むよ。」
二人でピーちゃんに乗り、空にふわりと舞った。
急いで山に向かう。でも明らかに速度が鈍い。
「ピーちゃん、もしかして長老さん探したくないの?」
頷くピーちゃん。やっぱり…
「あのね、今日の昼にはずいぶん前から、仕入れに出てる村人達がね戻って来る予定なの。長老さんが出迎えて、彼らをねぎらわないといけない。だから悪いんだけど、イチャイチャさせるのは村人達が無事に戻ってからね。別に反対してるわけじゃないの、わかる?」
しばらく考え、速度をあげてくれた。よかった、わかってくれた。やっぱり賢い!
案の定、山小屋の扉の中と外で攻防戦が始まっていた。
「クーちゃん! 止めなさい!」
私は扉を破壊しようとしていたクーちゃんに怒気を含めて真剣に怒鳴る。
ビクッと動きを止め、恐る恐る私を見るクーちゃん。
「そこに座りなさい!」
こういう時は怯んではいけない、一気に畳み掛けなきゃね。
さっき、ピーちゃんに話したいきさつを話し、長老ハチェットさんがイザベラにされたことなどを全部話してやった。長い間離れていて不安だったのはわかるから、とりあえず今日の長老さんの仕事が済んだらイチャイチャするといいよ!と笑顔で伝えた。
静かになったのを察知したのか、扉からそぉっと長老さんが顔を出した。
「長老さん! クーちゃんと話しはつきました。もう大丈夫ですよ。いやー、愛されてますね。」
ニヤニヤニヤニヤ。
ニヤニヤ顔が二人と一頭。
「あー、参った。こんなに求愛が激しいなんて知らなかった…。いや、嬉しいんだけどね、今日はアイツらを迎えないといけないし。」
私はクーちゃんを見て村の入口に戻るよう諭した。
クーちゃんはキリッと態勢を整えて、ヤンデレ状態から元に戻った。
しばらく一緒にいたら落ち着くだろう。
ヤレヤレ、朝から疲れた。
あ、散策!
「ピーちゃん、イケメンさん、散策しに行きますよ! 明日はもふもふの世界に行くんですから、遊ばなきゃ!」
そうして決して晴れることのない空を見ながら、村の近くを飛び回った。いやっほー。
途中で小さな集団を見つけた、仕入れに行ってた村人達かな?
まだ村からずいぶん距離があるけど…今日中に着かないんじゃない?
「ね、あれって村の人達だよね? 荷物たくさん抱えてるし」
「どれどれ? 本当だ、でも村までかなり距離があるし、動きもおかしい。何かあったのかもしれないね、ピーちゃん! 彼らのそばに下ろしてくれ。」
ピーちゃんから慌てて下りて、ヨロヨロ~ヨロヨロとした足取りの村人達に声をかける。
「スモーラの仕入れに出てる人達ですよね? あまりに進みが遅いから心配で来ました。私と彼は<旅行者>で村に滞在してる者で怪しい者じゃありません。何かトラブルでもあったんですか?」
一気にまくし立ててしまった。
キョトンとしたが、すぐにハッとして
「ああ、さっきまではスムーズに進んでいたんだ。なのに、突然群れでいた雌馬に惚れて、馬が荷馬車つけたまま逃げたんだ。せっかく仕入れたのに…とりあえず残った荷物をみんなで手分けして抱えていたがもう限界で…」
ほかの村人も汗だくでボロボロだった。
これはマズイ!今日中に着かせないとクーちゃんがまた暴れる!
「ピーちゃん、逃げた馬を探すか呼ぶか、何か方法ないかなぁ? このままだと、またクーちゃんが暴れてしまう…」
ピーちゃんに聞いてみたのは、馬の世界にも優劣があるんじゃないかと思ったから。
神に近い存在ならなんとかできるかも…とジッと期待を込め見つめる。
しばらく考えたピーちゃんが蹄で地面をコツコツコツと三回鳴らした。
ひょっとして
で き る
「なんとかできる?」
頷くとピーちゃんは空に舞い、ものすごい怒号で嘶いた。み、耳が…破けそう。
たぶん、荷馬車つけて逃げたヤツ面貸せや!出てこないとぶっ殺す!てな感じだろうか。鳥肌立つくらい怖い嘶きだった。あわわ、怒らせないようにしよう。
当然 イケメンさんも鳥肌立てて硬直。
しばらく待っているとものすごい数の馬が群れでやってきた。
その中に荷馬車を引いた馬がいた、アイツか!
ピーちゃんが荷馬車を引いてる馬のそばにいき…二つの頭でヘディングをかました。
ついでにゲシゲシ蹴る、ガラ悪いですよ。
反省したのか、馬はしょんぼりしている。
すると群れのリーダーらしき馬が、ピーちゃんに何やら話している。
それから群れの馬達が、あっという間に村人をくわえ、さらに背中に乗せて、荷物は別の馬が荷馬車に積んだりくわえていたり。素早く出発の準備ができた。
どうやら群れのリーダーが、仲間の不始末をカバーすると申し出たみたい。
ピーちゃんが頷くと村人達を乗せた馬の群れはあっという間に村に向かって走り去った。
これでなんとか間に合うかな?
「ピーちゃん、すごい! あっという間に事件解決だね!」
ムギュっと抱き着いたら、嬉しそうに蹄をコツコツ叩いた。
「じゃあ、私達も村に戻りましょう! 挨拶しないと」
成り行きを見ていたイケメンさんに話しかける。
「杏子さん、敬語じゃなくて普通に話してほしい。さっき咄嗟だったからかもしれないけど、僕に対して敬語じゃなくて嬉しかった。まだ旅も続くんだし、二人の時は敬語は止めにしないかい? ずっと思ってたんだ。」
ジッと私を見つめる。
そうだね、いまさら敬語も可笑しいか!
「うん、わかった。できるだけ普通に話すね! これからもよろしく。」
改めて握手。
友情を確認?して村へ戻るのだった。
ピーちゃんと村に戻ると、馬の群れと出迎えの村人達でごった返していた。
ピーちゃんが軽く嘶くとザッ、と馬達が整列した。
そこでようやく荷物をおろし村人をおろし、一息つけた。
群れのリーダーは、これで手打ちにしてくれとばかりに嘶いて走り去った。仲間もそれに続き、二頭の馬が残った。
あれ?一頭増えてる…荷馬車を引く馬が残った馬を労っている。惚れて追いかけた雌馬ね!番いになったからリーダーは置いていったのか…この世界の馬、賢すぎる。
長老ハチェットさんが無事に帰ってきたボロボロの村人達を労う。
今日は夜まで歓迎会と私達の歓送会だって!
昼からは 長老さんちの前でどんちゃん騒ぎだった。
長老さんの横には、クーちゃんが居座り幸せそうに寄り添ってる。
長老さん、すでにやつれてるけど頑張ってね!はい、食べて食べて!
イケメンさんはゲンジおじさんに捕まっている。
なにやらヒソヒソ話し込んでる、あ、背中を叩かれて半泣きだ。全くもう。
ここは長く滞在した分、離れるのがちょっと寂しい。
次はもふもふした世界~、と考えていたら
----やっと 繋がりました。早く山小屋まで登ってください。濃い霧が立ち込め始めています。このままでは移動ゲートを繋ぐことができません。立花様、先に検索条件を、山小屋付近に移動ゲートを繋げます。あそこしか繋げません。早く検索条件を----
ギャー、そんなぁ。
「次は、毛がもふもふした人型動物の世界 発情期外して、あと和食」
----検索中です、和食は立花様の世界以外存在しません。それを外した該当の世界に繋ぎます。急いで山小屋へ----
「ピーちゃん! 早くきて、ンチャックさんも早く! いますぐ移動しないと霧が立ち込めるって。みなさん、お世話になりました。とても楽しかったです、さようなら!」
「頼りにならない僕でしたが、いろいろ勉強になりました。ありがとうございました! ハチェットさんもお元気で。」
「「元気な赤ちゃん、生んでくださいね~」」
村人から「気をつけろよー」「手伝いありがとなー」「鉈もってけー」「結婚してー」いろいろ聞こえた。うん、最後はいらない。本当にいい人ばかりだった。おなかはぽよんぽよんだったけど。
慌ててピーちゃんに飛び乗り、とにかく山小屋に向かう。
ピーちゃんはいつでも呼べるから、ここでいったんバイバイ。
もう霧が濃くて見えない!
「あそこだ! 閉じかけてる、早く!」
二人で閉じかかった移動ゲートに飛び込んだ。
お約束のどたばた移動です。
今回、特殊な霧のせいで、ナビさんほとんど空気でした。
長老と押しかけ妻の馬。末永く幸せに暮らします。ゲンジさんちの赤ちゃんは男女の双子でした。二人の名前をつけたとかつけなかったとか…
次はもっふもっふの世界に行きます。
ファンタジーの定番ですね!




