お出迎え、それはまさに不良のパレード
お待たせしました!
桜のはなびらがふわりふわりと踊って、頭の上に落ちた。それを透子はつまんで、息をふきかけてとばしてみる。
四月の下旬。ほとんど桜は散り、緑とわずかなピンクの見事なコントラストを見ることができた。
あの怒涛の数日間は、あっというまに過去の話となってしまった。夢だったのではないかと思うくらい今の状況は一年生の頃と変わりはなかったが、陽介と里奈先輩という友達ができたことがそれは現実であったのだと強く伝えてくれた。
しかし、ひとつ懸念がある。――榊君のことだ。
榊君とは、あれ以来、会えていない。
同学年とはいえど、クラスは違うし階も違う。会う機会は全くなかった。遠目からじっと見ていると、榊君は一回ビクッとして、俯いてしまう。……人に見つめられるのが嫌だったんだろう、本当に悪いことをした。気を悪くしてしまったに違いない。
仲直りをしたいが、私は榊君の機嫌を悪くするばかり。もう土下座でもしたい気分だ。いや、土下座して仲直りできるなら喜んでするが。
(まぁ、きっと榊君の性格的にそんなことはありえないな……)
彼のような孤高の戦士――高潔で、叡智をもつ――は、きっと私が土下座をしても許しはしないだろう。私は、彼の気を害してしまった。しかも風紀室に連れて行ってしまった。当時は仕事だと割り切れたが、今は後悔の渦に襲われている。
(どうにか、仲直りを――)
様々な策が浮上しては消えてゆく。どれもこれもあまりに現実的ではない。また、榊君がこんな策を弄してまで仲直りをしようとしている私を見てどう思うかを考えると怖気がする。きっと無様な女だと笑うだろう。……いや、榊君はとても優しいから、それはない。あまり接触はできていないが、その欠片だけで榊君の人となりがわかるのだ。そこからわかった榊君はきっと策なんか弄さなくてもいつか仲直りをしてくれるはずだ。しかし、甘えたままでいいのだろうか。そんなことではいつまでも榊君に認められないままで終わってしまう気がする。
(……榊君の思い、しっかり受け取ったからね!)
私に託した、『仲直り』のきっかけづくり。
果たしてみるよ!――待ってて、榊君。
とりあえず策は後で考えよう。
考え事をしていたらすっかり時間が過ぎてしまった。これは少し急がないといつもより遅い時間に学校についてしまう。バラバラに登校するのはあまり好きではないし、風紀室に寄ろうと思っているので、急ごう。
早足で歩いていると校門が見えてきた。なにやら騒がしそうだ。校門から昇降口までの通路で、なにかあったのだろうか?
我が皐条学園で誇るべきことは、なんといっても景観であると、学園長は豪語している。それだけあって、清潔で繊細な細工の刻まれた白い校舎は芸術品のようで、とても綺麗だ。よく路上で壁などに落書きするような不良も、芸術品といっても過言ではないそれに落書きをするのは躊躇われるようで、以前この学園で落書き事件が起こったことはなかった。学園の自慢は校舎だけではない。校門から昇降口まで続くどこかの有名な芸術家がつくったという金属製のアーチや、まわりを彩る花。今は春ということもあり、殊更鮮やかだった。しかし、夏には夏の花、秋には秋の花…というように、季節に合わせてみれる花畑は春以外もとても好評だ。校舎を囲む桜の木は様々な種類があり、栽培委員ですら桜の木の種類をすべてわかっているものは誰一人としていない。敷地との境界にある壁はきれいな薔薇細工が施されいる。
(何かな?アーチが壊れてるとか、花畑が荒れてるとか?)
未だにあったことのない大事件をあげてみる。よくよく考えてみると不良が結構いるこの学園でそんなことがあまりないというのは奇跡的なことではないだろうか。
(それにしても、不良はこの学園になんで来るんだろ?)
不良校とは程遠い景観の皐条。風紀も人並みに厳しい。染髪は認められていないし、私服登校もダメだ。
(榊君の人望かな?)
半分くらいは本気だが、冗談っぽく笑う。心の中で。表情には欠片も出さない。
校門が近づく。
(……ん?)
喧騒が主に一般生徒が原因であることが分かってきた。戸惑いを隠せない様子で、おそるおそると校門を通る。
(校門の先になにかあるの?)
気になって少し早足になる。
そこで一人の男子生徒が透子に気付いた。
「魔王来た――――――!」
「うるせー!本人の前で叫ぶか普通!?」
「んな!お前だって足ガクガクじゃねえか!」
「うっ!――とりあえず、魔王よりはこっちの方が大分マシだ!」
それは全員の意見だったようで、集団が慌てて校門の中に入っていく。校門前は一瞬で閑散とした。
(……んー?中で不良が喧嘩でもしてるのかな?)
最早透子にはそれに驚愕するほど純粋ではなかった。というより、慣れていたのでいちいち目くじらをたてない。
ついに校門に入る。ごくり、唾を飲み込んだ。若干の緊張の中、透子は一歩を踏み出した。
「――――――ん?」
「「「「「「「「「「「「おはようございます、魔王様!」」」」」」」」」」」」」」」」
「…………おはよう…ございます、」
What is this?
え?どういうこと?何この不良のパレード?仲良くなった覚えはないんだけど。
中に入ると、不良が前の方の両脇に信じられないほど綺麗な列をつくり、直角の礼をしている。すこし先にいくと、校門をくぐりぬけてのこの光景に戸惑いながらも不良の命令で仕方なしに並んでいる一般生徒が惚けたようにこちらを見つめている。
(え、強制参加なの!?)
きっと彼らはわたしと同じようにこのイベントの趣旨を理解していないに違いない。
その時、不良のゾーンの一番前を陣取っていた金髪が目の前に跪いた。
(……?)
なにしているんだろう、この人。
「おはようございますっ!先輩っ!!」
聞き覚えのある声。
(…まさか、)
男が顔を僅かにあげる。その顔は。
(やっぱりぃぃぃいいいい!!)
長谷川君!!
榊君たちにいじめられてた少年じゃないか。
「…なに、これ」
「お出迎えッス!!」
――うん、
「……なん、で?」
「先輩というのは尊敬するものだと聞いたッス!なのでとりあえず敬意を表すためにお出迎えを計画してみたッス!」
――意味が、
「…、お出迎え、の中…に、三年……いる、けど」
「俺の手下なんで、結果的に先輩の後輩ッス!」
――分からないぃぃいいいい!!
はぁ?先輩の意味曲解しすぎだろ。尊敬するのはいいけどお出迎えまでするほどじゃないし、敬意を示すにも他の方法があっただろうし、手下は後輩じゃないし、最後の一言にいたっては頭の出来を疑う式つくちゃってるし!!
(…あぁ!)
後ろ一般生徒が意味不明のこのイベントの趣旨を理解し始めている。なんか聞こえるもん。「あの魔王が不良を手下に加えたぜ」「まじかよ。最強じゃん」「これってもしかして魔王のお出迎え的なものかな?」――……あぁ、一般生徒の私への心証がだんだんと悪くなってきたよぉぉおお!
「先輩っ!」
長谷川くんがキラキラと期待のこもった瞳で見つめてくる。
「俺、お出迎え……しっかりできましたか?」
(……いや、しなくてよかったんだけど)
でもさすが長谷川君。褒めて褒めてとこちらに尻尾をはげしく振りながら走り寄ってくる犬にしか見えない。
(これは迷惑ってはっきり言うべきなの?いやでも可哀想だし……)
私は極限状態に陥る。一般生徒の声が遠ざかってやがて聞こえなくなる。
(……よし、決めたぁ!)
「……長谷川(君)」
正直言ってこの子の前で君付けする勇気はない。最近みんな君付しない。小学校の頃は皆やってたのに。
「…ありが…とう、でも、た(ぶん皆の迷惑にな)り(そうというかもう)な(ってるし、もう)い(いよ)」
極限状態に陥りながらもよく言えたぞ、私!!なにを言えてなにを言えてないか分からなかったけど!!
もう素晴らしい。お礼も入ってるし、私が迷惑ってこともオブラートに包んでるし、遠慮もしっかり言えたし、もう完璧。言えたかどうかは別として。
「……っ!!」
(…長谷川君…)
彼はショックを受けたように、唇をかみしめていた。
なにか、悪いことをしてしまったように思う。
(……あれ)
反応がおかしいのは長谷川君だけじゃなかった。
不良達も驚愕で目を見開いており、一般生徒たちは小ウサギのように身を震わせている。ガタイのいい少年はさすがに小ウサギには見えなかったけど。
(私、特になにもしてないよね?関係ないよね?)
じゃあ、いいか。
こんなところで時間をロスしてしまった。遅刻にはいかないと思うが、風紀室に寄る時間はない。
(……清水先輩になんて言い訳しよう……?)
そう思いながら、私はその居心地の悪すぎる花道を突っ切った。
長谷川君の口調を少し訂正。