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私と子犬な後輩  作者: 三笠 諒
一年目 春
16/21

告白、それはまさに挑戦

前回の話の唯原里奈視点。


相当陽介に対する想いがひどい。


 


「……二年、榊、東山、広瀬、郁屋。止まれ。」


 その美声は、唯原里菜を悪魔から救ってくれた言葉は、里菜の心の中に強く残っていた。




(……あ、北条さん)


 魔王こと北条透子の居場所はすぐに分かる。それは里菜だけではなく、皆そうだ。ーーだって、北条さんが通る道はみんなが脇によっているから、嫌でも目立つのだ。

 今もそうだった。なにかを探すように目線を左右しながら堂々と歩くその姿は、まるで女王のようだ。男子は怯えながら(何をそんなに怯えているのだろう?)、対して女子は反応はまちまちで、きらきらとした憧れの視線を向ける者もいれば、男子と同じように怯えの視線を向ける者もいる。また、頬を淡く染めながら上目遣いでみている人もいた。……え?

(何?女王様に仕えたいとか?)

 くすり、笑みをもらしながら北条さんを見つめる。相変わらず(あで)やかな黒髪が窓から射しこむ光を淡く反射していた。

(……でも、あの子になら、)


 ーー支配されても、いいかも。


(っは!……いやいや、なに考えてるの、あたし)

 一瞬変態的な思考をしてしまった。

(そうよ。支配されたいんじゃなくて、仲良くなりたいの!……って、あ!)

(違う!なんであたしが魔王と仲良くしなくちゃいけないの!?)

 自分の中で必死に否定する。

 里菜のプライドが、その感情(・・・・)を看過することはできなかった。心からわきでる本心をプライドでおしこむ。こんな想いは、『学園のマドンナ』には相応しくないのだ。『学園のマドンナ』は丁寧で、物腰のよい…しかし暗くもない美少女でいなくてはいけないのだ。「北条さんと本当の自分で仲良くなりたい」なんて、許されないのだから。

 唯原里菜は、昔からまわりの期待に弱かった。期待されてしまうと、やりとげなくてはという脅迫願念がうまれ、体が思うように動かなかった。期待を裏切ったあとの人々反応はひどいもので、さらにその体質はひどくなった。中学に入って今度は『学園のマドンナ』という期待をもたれた。もう失望されたくないーーそれが里菜の猫かぶりを作らされた理由だ。

 幼馴染には止められたが、しょうがないではないか。あんな(・・・)性格じゃ、友達なんてできないし……ーーまた、失望されてしまうだろう。


(…考えてみれば、素で話しかけても、嫌われるだけじゃない)


 自嘲する。

 今日も注目を集める彼女を目の端にとらえながらも、教室に戻った。



 昼休み。トイレであたしは髪を整えながら最近のことを思い出していた。

 北条さんと仲良くなりたいという想いを否定した里奈。しかし、あたしの体はいうことを聞かず、勝手に北条さんを追いかけていた。いつのまにか、彼女の自宅の場所を口頭で説明できる程になってしまった。当然のように一日の基本的な行動はつかめてしまった。それは表にまとめ、部屋にでかでかと貼ってある。

(……っは!)


 ーーこれ、完璧なストーカーじゃない!!


 たった今気付いたことに顔を紅潮させ、(うずくま)る。恥ずかしい。

(うぅ…昼休み後どのくらい残ってるっけ?)

 時計を見ると、十二時十五分。

(えっと、今はきっと昼食を食べ終わってこの前本屋さんで買ったお気に入りの本を読んでいる頃かな?昨日は87ページまで読んでたから、北条さんのペースだと138ページくらいまでいくかな?)

 どこまで読むか確認しなくちゃ。


 ーーって、違う!


(いやぁ…あたし、本格的にストーカーになってしまった)

 顔が蒼白(そうはく)になる。まさか無意識のうちに犯罪をしてしまうなんて。

(捕まるの?あたし、捕まるの?)

 北条さんに気付いた様子もないし、迷惑をかけたこともない。大丈夫だと思うが、万が一ということもある。しかも風紀委員ということも気にかかる。

(ううぅぅぅ……)

「……落ち着こう」

 財布に入っている北条さんの盗撮写真を見て、数回深呼吸する。


 …あぁ、落ち着いてーーくるかぁ!!


(いやいや、なに盗撮してんの?なに手慣れた感じで写真を見つめてんの?安心しちゃだめだよね?)

「……はぁ」


 ーーもう色々と手遅れな気がする。


 ため息をついてトイレの鏡の前で立ち尽くしていると。

「リナ!」

 金髪のパーマをしている化粧っ気の強い女子が駆けて来た。他クラスだがそこそこ仲がよいと思う。

「この前マンガ貸すって言ったよね~」

 そう言って厚みのある袋を渡してきた。だいたい単行本五巻くらいだろうか。…なにを貸してもらおうとしたんだっけ?

「ありがと」

「クレープ奢りね」

「はいはい。一個だけだからね?」

「っしゃぁ!約束だかんね!」

 そう言ってまた駆けてトイレから出て行った。……何故トイレで貸す?

(…まぁ、いっか)

 早速一冊とりだす。トイレで読むのは正直どうかと思うが、しかし校則で漫画は禁止されているので教室で読むのは無理だった。家で読めばいいとも思うが、気になってしょうがなかった。

(…あ、これ)

 そうだ。確かに貸してといった記憶があった。それは今流行りの恋愛漫画で、面白いと話題だった。そんなことは北条さんに夢中ですっかり忘れていてしまっていた。

(面白いかな?)

 多大の期待をもって、あたしは表紙を開いた。



 キーンコーンカーンコーン

 予鈴が鳴った。

 それと同時に表紙を閉じたあたしは、感動もさめきらない様子で、息も荒かった。

(なに、これ…!!さすが話題になるだけある)


 素晴らしい。


 ストーリー構成は当然のこと、展開の速度、飽きないキャラクター、絵のタッチ、表現ーー全てが超一級。感情移入というものがよく分からない里奈でさえ、恐ろしい程主人公になりきっていた。相手役の少年にはドキドキさせられ続け、反応が微妙だったりすると、深く傷ついた。胸の高鳴り。少年との感情の共有。恋愛の幸せーーそんなものがつまっていた。

(…あれ、)

 その時感じた感情はある時に感じたものと酷似(こくじ)していた。それは、…ーー北条さんを見つめている時と。


 …認めなくてはいけないのかもしれない。


(やっぱりあたし、)



 ーー恋しちゃったかも。





 想いを伝えようと北条さんを手紙で呼び出す。便箋は一番お気に入りのものを使った。丁度ボールペンのインクがきれたので、他のもの()で書いてしまったらちょっぴり(・・・・・)果たし状っぽくなってしまった。(ここで不安のあまり名前を書き忘れたことに気づかなかった)

 当日はあまりに緊張しすぎて、六時間目を早退してまで待ち合わせ場所に来てしまった。静まり返っている空間にはなんともいえない気まずさがある。あまりの緊張に告白は後でいいのではないかとでさえ思えてくる。断られてしまうだろう、本当に来てくれるのだろうかーー不安がつのる。思わず(うつむ)いていた。

 しかし来て欲しくない時間程ほど早くきてしまうもので、ついにその時はやってきてしまった。


 こつり、


「!」


 石畳を踏む音が聞こえた。里奈の前に気配が現れる。少しだけ視界に入る黒髪の輝きは確かに彼女のものだ。

 北条さんは早足で歩いていた。なにかを急くように。…やっぱり、あたしと話す時間は無駄だと思ってるのだろうか。胸を突く絶望に涙目になりかける。その時ふと香った芳香に目の前の人の存在を感じた。さっきまでの絶望なんてどこかに吹き飛び、思わず赤面してしまう。

「あ、あの、北条さん」

 呼びかけるが、どもってしまった。緊張で足が震える。

 彼女は不快に思っていないだろうか、彼女が不機嫌になったりしないだろうかーーそんな不安も同時に襲ってくる。

「…何。」


 返されたのは、一言。


 ストーカーをしたことにより北条さんが元々それほどしゃべらないことは知っていたが、声色の硬さはいいしれぬ感情が含まれていた。

(……嫌われた、のかなぁ)

 状況判断からすると、とても北条さんが上機嫌とは考えられない。それどころか、不機嫌としか辿り着かなかった。

 この状況の中、告白するというのは絶対的に悪い結果しか得られないような気がした。ここはとりあえずお礼をいっておこうと思う。あの時にはなにも言えなかったから、心残りだったのだ。

「…あ、ああああの、榊たちのこと、本当にありがとう!」

 もしかしたら、忘れているのかもしれないーーなんていう想いは、無駄だったようだ。彼女は「…別、に」と一言返して、それっきり黙ってしまった。

「……う、あ、ぇ……」

 言葉に窮して、変な声がでる。恥ずかしかったが、出てしまったものはしょうがなかった。一瞬の沈黙。それで里奈は覚悟を決めた。

「…ほ、北条…さん」

 ごくり、唾を呑み込む。


「…ぁ、あたしのっ!お姉様になってください!」


 ……。

 …やって、しまった。


(いやぁぁあああ!何!?告白の台詞として最も選んじゃいけないものをチョイスしてしまったぁ!)


 最近暴走してばかりのあたしの体。もうこいつは信じられない。

 こんなドン引きの台詞、誰が受け容れるというのだろう?ーーそんな奴は知り合いにいない!!現にあの【魔王】と名高い北条さんでさえ固まってしまった。

 ……終わったな、あたし。

 絶望が身をおおいつくす。


 その瞬間。


「おい!里菜!!」

 聞き覚えのある声。


「陽介!!(さっさと死ねばいいのに!なんで来るかなぁ?空気読めよ!)」


 言葉の裏に込めた想いは、しっかりとその人(幼馴染)に届いたようだ。一瞬肩を震わせた後、何事もなかったかのように爽やかな(苛つく)笑顔を浮かべた。…あの顔潰れれば世界はもっと幸せになるのに。

 北条さんと親しげに会話している(滅べ)(こいつがいなけれ)(ばきっと世界はも)(っと幸せになる)は、不愉快で認めたくはないが、世間一般で言う幼馴染だ。オレンジ色に染めた髪の毛はこいつの未練の引きずり具合を如実(にょじつ)に現している。そういうところが大嫌いだ。

 冷徹な視線を向けていると、陽介が見苦しくドヤ顔をしていた。あまりの感情の奔流(ほんりゅう)に思わず本心が口からこぼれだしていた。

「ドヤ顔ウザい」

「あはは、悪い」

「キモイ」

 いつもの調子で話していると、陽介がいつもとは違う反応を見せた。

 ぴしりとある方向を指差し、言い放った。「口悪いぞー…ほら、愛しのホウジョウセンパイの前でいいのか?」



 あ。



「…っ!!……あ、あの、これは、その……」

 誤魔化さなければ。陽介への返答も忘れてその想いで一杯になる。何かを言おうとして、結局言えなかった。

「…陽介」

 赤い唇が開く。どのような拒絶の言葉がでるかビクビクしていたが、北条さんが話しかけたのはバカの方だった。

「ん?」

「…里菜って、誰?」


 …ん?


 空気が、凍った。


「………え?は?」

 ぽかんとした顔の陽介。ーー同じく惚けた顔をしてしまう。自分でいってなんだが、これでも知名度は高い方だと自負している。だいたい手紙にも記名したはずじゃあーー……?

「…里菜って、――そこの女の子だよ。目の前にいる。聞いたことぐらいあるだろ?つーか見たことあるだろ?唯原里菜。別名学園のマドンナ…ぷ、くく……」

 後半にかけてひどくむかつく陽介の解説。

「なに笑ってるの猛烈に不快。だいたいあたしがつけたわけじゃないし」

「そうだな、わりぃ。……く、」

「その口縫うわよ」

「分かった分かった!だから裁縫道具を出してくるのはやめろ!」

 通例の雑談をしていると、突然北条さんはくるりと反転して帰ろうとする。

「え?」

「…あ…」

(…なんの反応もなし、かーー)

 これが彼女なりの拒絶の仕方なのか。

 これは、罵倒されるよりも、


(心が、痛いよーーーー)


「…待って!」

 去って行く後ろ姿に、思わず手を伸ばしていた。

 返されたのは、やはり一言。

「…な、に」


 ーー要件なんて、ない。


 …いや、ひとつだけ、ある。

 ただ、きっとそれは拒絶しかもらえないだろうけど。


「お、おお返事、を…」


 告白とも言えないほどの、ただの言葉。

 その返事なんて、分かりきっていた。


 思った通りに首の動きはーー横。


「…そう、よね。元々、期待も半分だったけど」

 自嘲して、北条さんを掴む力を弱めた。

 今までのことを、なにを思ったか話し始めた。北条さんに知ってもらいたかったのかもしれない。…自分のことが、よく分からなかった。口が半ば機械のように動く。

「榊達から助けられた時、あぁ、王子様が来たんだ…って、思った。それから、自然と目が姿を追いかけるの。なにか偉業をなしとげると誇らしく思えるし、失敗したときは、残念に思うわ。

 その時に思ったの。」


 その言葉をいう時、今までどんなことがあったとしても、笑顔になれる。


「――ああ、あたしは恋をしたんだなぁ、って」


 満面の笑みを浮かべた。


 北条さんの表情は特に変わらない。陽介は微妙な顔をしていた。そして口を開く。

「……それって、ただの憧れじゃね?」


 …え。


「…あこ、がれ?」

「ああ。恋情というよりそっち系なような……」


 思考。


 結論。


「……。……まあ、そんなことはどうでもいいのよ。」


 誤魔化すことにした。

 勘違いも甚だしい。あの漫画を読んだせいだ。これは数十年先まで響く黒歴史となるだろう。


(あ、そうだ)

「北条さん、もしよければこれからも仲良くしてもらえないかしら?」

 例え、その想いが恋じゃなかったとしても。


 北条さんと仲良くしたいと思ったのは本当だから。


「おいおい、どうした?」

 そういう陽介はとてもウザい。…が、返事くらいは、する。なんてったって北条さんの前だし。

「だって、仲良くしたいんだもん、お喋りしたいんだもん」

「……はぁ。――透子、いいか?」

 苦笑を浮かべるその姿は、なんだか馬鹿にされているようで気に食わない。

「いい、よ」

 けれど、北条さんが浮かべる薄い苦笑は、好き。

(ーーって、え?)


 今、なんていった?


 まさか、「いい、よ」なんて、ねぇ?

 だって、あれだよ?罵詈雑言、聞かれちゃったよ?キモい告白、しちゃったよ?

 そんなわけ、ない…よね…。

 陽介をちらりと見ると、良かったな、とでも言うかのように満面の笑顔をみせた。

 その瞬間、決壊したダムのように感情が溢れ出す。



「……いやったぁあああああ!」



 二人が驚く気配を感じたが、そんなことは気にしなかった。

「――あ、これ連絡先。メールして」

 メモを渡す時、かすかに指が震えた。

 しかし、しっかりと北条さんの手に握られたメモ見ると、震えは全くなくなっていた。

(受け容れ…られたんだ)

「ごめん、用事あるの!」

 叫んでしまってなんとなく気恥ずかしくて、適当に言って、全力で家まで駆けた。



 ーーさて、今日はどんなメールを送ろうか。




長くて読みにくかったですよね!すみません…二話には分けたくなかったので。



また更新が遅くて申し訳ありません。作者のペースにつきあっていただければ幸いです。

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