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私と子犬な後輩  作者: 三笠 諒
一年目 春
14/21

少女、彼女はまさかの魔王

向原陽介視点

 俺は日も暮れて、月と薄暗い蛍光灯が照らす廊下歩いていた。

 学級委員の友人につきあい、仕事の手伝いをしていたから、すっかり遅くなってしまった。しかも本人は塾があるとかでだいぶ前に帰っている。

「はぁ……」

 ため息をつきながら歩いていると、昇降口に出た。電灯の光がパチパチと頼りなげに点滅している。

 俺はそこにおもしろいものを見つけた。

(……お?)

 一人の少女が靴箱を開け淡いピンクを視認した途端、即行で靴箱を閉じた。数秒なにやら思案した後、もう一度おそるおそるといった風に開けると、やはりそこには桜色の封筒。

(……え?ラブレター!?)

 何度も確認するが、あの人影がはいているのは紛れもなくスカートである。つややかな黒髪もロングだ。

(……えぇっと……――そっち系?)

 そう当たりをつけて、物陰に隠れる。これからの少女の行動が気になったのだ。少女は封筒をその場で開けて読み始める。その間に彼女に近づいてみた。肩口から手紙をのぞきこむと、

(筆かよ!?)

 墨で顔が汚れてしまったウサギが哀れに思えた。達筆な字は便箋を飾るキャラクター達を関係ないとでもいうかのように、いっそ清々しい程キャラクターの上に文字を書いていた。読みにくいことこの上ない。

 しっかし、これは女の子が想いを込めて書いたというか。

「果たし状……か?」

 そんな感じだ。

 そんなわけがないだろうが。半分冗談でこぼした一言にすぐに否定の言葉がくると思ったが、待ってもなかなかこない。

 待っても、待っても、こない。


「………………………………誰?」

「反応遅いだろ!?」


 いろいろ予想を裏切ってくれた。


 そこでやっと振り返った少女は、所謂美少女、といったやつだった。語彙が少なくてどう表現すればよいかわからないが、見たこともないほどの美貌。無表情だが、学園のマドンナ(笑)――唯原里奈に匹敵するほどだ。しかし里奈は外見だけで中身は最悪だから結果この少女の方がマドンナに相応しいと思う。

(……ん、)

 じっくり顔を見てみると、既視感を感じた。考えてみてもこんな美人と会った覚えはない。


 ――そんなことより。


「……で、君はもしかして女性から好かれるのか?」

 ずっと気になっていた。

 この手紙からは悪意や敵意は感じないし、ラブレターということで確定なのだが。まさか男子が女子が好むようなファンシーなピンクの手紙は出さないだろう。

「……嫌わ、れてる……わけ、じゃない……けど」

「……ふぅん。好かれてるわけでもない、と。」

 辿々しく口にされた言葉は、どうにも頼りない。怪しげに逸らされた目線も気になる。

「じゃあそのラブレターはどう言い訳するんだ?」

 それはまさに女子に好かれている証拠品だろう。

 少女は少し首をひねった(?)後、なにかに思い当たったのか、ぽんと手を叩いた。

「……いいでしょ」

 少し誇らしげに見せつけられたラブレター。

「いやまあ、羨ましいことなんだろうけどな、結構俺ももらってるしなぁ……」

 反応に困る。

 というか同性からもらって嬉しいのか?

 うー、と俺が数秒悩むと少女は無表情に戻り(戻るというほどの変化ではなかったが)、平坦な口調で言った。

「……それ、は……偽……物」

「君はなんてひどいこと言うんだ!?」


 今ので分かった。


 この少女の思考は斜め上をいっている。


 もうなにがどうしてそうなったのか予想もつかないしつきたくもない。


 ……じゃあ、もしかして。もしかすると!


「……君さっきの冗談、まさか本気にしたりしてないよな?」

 流石にないだろ、の意味を込めての苦笑と不安。目の前の少女が心を読めなくて助かった。

 しかし少女は、やはり予想を斜めいく答えを返してくれた。

「……なんの、話?」

「…だから、さっきの――って、ああもう、鈍いな!それを果たし状かと勘違いしてないか!?」

 少女は馬鹿にしているのか、という顔をして、自信満々に言い放った。

「…果たし状、以外……の何?」

「やっぱり勘違いしてたんだな!だいたい分かってたがな!」

 俺はこの少女をだいたい理解した。


 思考回路がぶっ壊れてる。


「……それはさ、一人の女の子が想いをこめて書いたものじゃないのか」

 確信をこめてそう言うと、少女は一瞬驚いた後、なにかに気づいたようだった。

「あり、がと……う。大…事なこ、と……教え、てくれ…て」

 少女は笑顔でお礼を言った。笑顔といっても少し口角をあげる程度だったが、それは少女にとって十分に『笑み』に入るのだろう。

「まあ俺以外にも気付く奴いるだろうけど。普通気付くと思うけど。……とりあえず、どういたしまして」

 この少女、きっとよく誤解とかされてしまうのだろう。

 人のためを思っての行動なのに、その思考回路から誰にも気付いてもらえない――そんな状況なのではないだろうか。


(……)


 俺はまわりに結構好評な笑顔を浮かべて、言った。

「あ、そうだ。君、名前は?――俺は向原陽介!名前で呼んでいいぜ!」

「……え、でも…」

 少女は困ったように目を伏せる。

「それになにげにタメ口だしな!タイの色からして二年だろ?俺一年なんだ……って敬語にした方がいいか?」

「…そのまま、で、いい……けど、」

「よっしゃ!ほら!!今ので結構仲良くなったしさ!これからも仲良くやりましょー……ってことで」

 そう言って手を差し出した。

 同情?そうかもしれない。……それでもこの少女との会話は楽しかったのは事実だ。

 だから、俺は本心から彼女に友達(ダチ)になろう、と誘ったのだ。

 少女は大きく目を見開いたあと、ぎゅ、と手を握った。そして口を開く。

「……北条、」

 ホウジョウ?

 北条。

 二年生の、北条……

(……え?嘘、マジで?)

 笑顔が恐怖でひきつる。

「透……子」

「まさかの【魔王】!?」


 既視感の正体はこれだった。


 思い出したくないと強く思うあまり、外見をすっかり忘れてしまった。


 大☆失☆態!


(うわぁ、やばいあまりの恐怖にテンションがおかしい……!?)

 自然と数メートル後ずさる。

「ああ、なんか見覚えあるなって思ってたんだよ、そうじゃん、榊たち取り締まってたじゃん……あぁー……なんで気付かなかった、俺!超聞き覚えのある声だったじゃん!!」

 もう今更後悔したって遅い。

「……ねぇ」

「…は、はぃぃぃいいい!な、なんでございましょうか!?」

 少女――【魔王】に話しかけられた。

 恐怖のあまり変な敬語を使ってしまう。

「......?…敬、語」

 訝しげな顔でこちらをみつめる【魔王】……。さっきまでは可愛いと思えていたが今は恐怖以外の何物でもない。

「……あ、あの、これ……は……あああああれです、先輩後輩の立場をしっかりわきまえよう……みた、いな」

 自分でも苦しいと思った。

 得意なはずの演技も顔にしっかり出てしまっている焦りで台無しだ。

「……さっ…き、敬語…は、なし……って」

 しかし【魔王】はバレバレの演技には触れずに、吐いた言葉について言及する。それに俺は答えられなかった。

「……あ、う……」

「……」

 【魔王】はこちらを黙って見つめる。

「………」

「………」

 沈黙が続く。

「………………」

「………………………………………………………………」

 沈黙は陽介にとって最も苦手なものだった。

 しかし、目の前の少女は平然とした顔でこちらを見つめ続ける。

「………はぁ、分かった」

 先に折れたのはこちらだった。そうでもしないとこの気まずい雰囲気が永遠に続くように思えたからだ。そんなわけはないが。

「なんでここまで態度をかえたのかっていうとな、――怖かったんだ、君が」

 敬語をやめたのは、俺なりのけじめだった。【魔王】とは一瞬でも友人(?)になった立場だし、敬語はやめたほうがいいだろうと考えたからだ。――まぁ、言っていることは男が女に言うことじゃないと思うが。こんなことを恥ずかしげもなく言える自分が恥ずかしい。

 案の定、魔王は少し……じっくりみないと気づかないくらいに顔を歪めた。それに罪悪感がつもった。

 俺は複雑な心境を全て吐き出すように話し出す。

「……俺が君に――【魔王】に興味を持ち始めたのは、ほんの最近……一昨日のことだった。噂にしか聞かなかった【魔王】――正直舐めてた。そんなにすごいわけがない――そう思ってた。だけど、な。朝に君が取り締まりをしているところを見て興味を覚えた。あの位の体術をやる人は数多くいるけど、それを実戦で使えるのは少ない。練習とは違うからな。だからそれを無意識にできる君は興味の対象だった」

 今までの愚行を線をなぞるように思い出してゆく。

 疲れた足を休めようとベンチに座る。足は貧乏ゆすりが止まらなかった。

「その時はまだ、興味止まりだったんだよ。好奇心に身を任せてとある噂を聞くまではな」

 そこまでいって、ふるりと寒気が陽介を襲った。肩を抱えて、歯が噛み合わない。これからの未来を想像して、どうしようもなく怖くなった。

「聞いちまったんだよ、


『【魔王】は染髪者の髪を剃る』


 ってな!」


 視界に入ってくるオレンジの髪。


 これは格好いいからとかおもしろそうだからとかそういう理由で染めてないのだ。これは、陽介なりの思い出を思い出すような行為――幼きあの日を想い、染めたものだった。


 それを剃る、なんてことは陽介にとって許されざることであり、また恐怖でもあるのだ。


「この皐条学園は染髪者が多い。それなのに、まさか――……。しかも聞いた話によると、『友達だから』なんていう悪意あふれた言葉で黒髪の広瀬まで剃ったらしいだろ!どこの悪魔だ!?

 ――その噂が流れ出したその瞬間、学園に戦慄が走ったよ。」

 一層ひどくなる肩の震え。

「それで、次の日噂の真偽を確かめに榊たちを見に行った。丁度一人がトイレにいるらしい、そう知って馬鹿正直にトイレに行った。するとな、見ちゃったんだよ、

 ――鬘がずれたとか言ってなおしてるいくちゃんをな!!」

 そう言って、頭を抱えた。

 フラッシュバックするその時。


 ……あの日。トイレで。

 ピンクの髪が見えた途端、嬉しかったと同時にやはり噂がデマであったと安心した。

 しかし、次の瞬間。

 いくちゃん――郁屋桐真が可愛らしい声で意味不明なことを口にすると、可愛らしい手でその髪を、はが、して――――


 ……。


「……いく、ちゃん?」

「……――ハッ!いやこれは郁屋のことなんかじゃないぞ、勘違いするなよ」

 やばい。

 つい昔の癖でそう呼んでしまった。

 今呼ぶときっとグーパンチ一発じゃ済まない。

(あ、いっとくけど、ホモとかそういうことじゃないからな?これは完璧な友愛だ)

 誰に弁解しているのかは自分でもよく分からない。

「……」

 バレバレである。

 もとよりバレないと思ってなかった。

「……つま、り。髪を…剃ら、れる…のが怖い、の?」

 【魔王】が簡単にまとめる。その通りだったので全力で肯定する。

「そう!そうなんだよ!」

「…………じゃあ、大、丈夫」

 そう言って彼女は笑う。その笑みは、今までのどんな笑顔よりも輝いていた。

「榊君達にしかやらないから」

「おい待ておかしいぞ無駄にいい笑顔だぞ榊なにしたなんの恨みを買った?――つーか普通にセリフ流暢だったんだが!できるなら最初からやってろよ……って無理言ってすまん」

 【魔王】は息も荒く、深呼吸を繰り返してはいるが、いっこうに息が戻る様子はない。無理をしすぎだ。――それにしても、ここまでさせる榊への憎しみって……。

「…榊、なにやったんだ?」

 【魔王】にここまでやらせるくらいだ、きっと極悪非道、血も涙もないような最低なことをしたに違いない。

 【魔王】はまた笑みを浮かべ、息も荒い中、こう言った。

「…歩いてた」

「……!?」

(……はぁっ!?)

 ただ歩いていたから?

 歩き方が気に入らなかったから?


 ――どちらにせよ。


(こぇぇぇぇええええええ……!!)


 なんていう悪魔!まさに【魔王】!


 しかし。

「……く、くく……」

 ひとしきり怯えたあとは、自分のヘタレさに笑うしかなかった。この数十分間、ほとんど怯えてしかいなかった。女の子の前で、情けない。例えその女の子が【魔王】だったとしても。

 でも逆に破天荒すぎて、理解できなくて、自分とは一線を超えた存在なのだと思い知らされた。

 ――じゃあ、怯えていた俺ってなんだろう。


 笑い終わったあと、顔をあげると唖然とした顔の【魔王】――…いや、透子。

「…わ、悪い。なんかな、こいつに怯えてた俺って……って思ったんだよ。そしたらなんか笑えてきて」

「……?」

 透子はよく分からなかったのか、不思議そうな顔をしたが、何も言わなかった。


「北条透子さん」


 座っていたベンチからたち、陽介は透子の前に立った。そしてまた手を差し出す。


 もう一度、握り返してくれるかは不安ではあるが。


「俺と、友達になってくれませんか」

 即座に手に感じた感触に満面の笑みをこぼした。


今回はギャグ要素少なめ。

フラグ乱立と心理描写中心。


今まで書いたことのない長文。時間がかかった……午前中からやってたのに終わるのが夕方って……


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