手紙、それはまさに果たし状
蛍光灯が光る廊下を歩く。
「はぁ……」
今日は散々だった。
どこかの暴君が殴りかかってきたり、どこかの後輩に一日中謝られ続けたり、どこかの柔道部エースの仕事をカバーしなくてはいけなくなったり。親友にも結局会えなかったし、金髪の少年の対応は疲れるし、取り締まるとかいっておいて誰も検挙してなかったから、清水先輩のパンチがいつもより痛かったし。
「(……なんかもう一年分の不幸を使い果たした感じ)」
榊君との出会いという大きな幸福があったから、細々とした感じの不幸が大量に来たのだろうか。――やっぱりいいことばっかりじゃないな。現実ってそういうものなのだろう。
すっかり窓の外は闇に覆われている。加藤くんの仕事と自分の仕事……さすがにキツかった。しかし、それは朝の取り締まりという仕事を果たせなかった罰であるから、文句は言えない。
昇降口についた。自身の靴箱を開けると。
「…………!?」
ばたん。
なにやら変なものを見てしまった。
あり得ない。幻覚だ。そうに決まってる。
そう何度も自分に言い聞かせながら、今度は慎重に扉を開ける。――するとやはり。
「(……幻覚じゃなかったかー……)」
桜色の封筒。
そこには『北条透子様』と達筆な筆で書かれていた。
(どう考えても不吉な予感しかしないんだよねー……)
その場で封筒を開封し、中に入っていた桜色の便箋目を向けた。そこには、こう書いてあった。
『北条透子様
明日、四時半に校舎裏で待っています。
』
ファンシーなキャラクターが踊る便箋に似合わぬ達筆な字。一見封筒は女の子のようだけど。
(姉か妹に借りて書いたってことも考えられる……)
私はもう既に差出人の予想がついていた。これは、
榊君からだ!!
きっと彼も仲直りをしたいのだろう。しかし仲直りの仕方が分からない。……そこで、決闘という青春の醍醐味によって自然に仲直りをするという方法をとったのだろう。そうに違いない。
つまりこれは、
「果たし状……か?」
そう、果たし状。
……。
……………。
「………………………………誰?」
「反応遅いだろ!?」
後ろを向くと手紙を覗き込んでいるオレンジ色の男がいた。派手な外見とは裏腹にまとう雰囲気は無駄に爽やかだ。どこかでスポーツドリンクのCMやってそうなイメージ。よく見るとなかなかなイケメンだが、清水先輩とか長谷川君とかでもう慣れてしまった。……ああ、榊君のあの凡庸な顔が恋しい。
「……で、君はもしかして女性から好かれるのか?」
「……嫌わ、れてる……わけ、じゃない……けど」
「……ふぅん。好かれてるわけでもない、と。じゃあそのラブレターはどう言い訳するんだ?」
……ラブレター?
――あぁ、榊君からの果たし状ね。
「……いいでしょ」
「いやまあ、羨ましいことなんだろうけどな、結構俺ももらってるしなぁ……」
そう言って頭をかく男。どう答えればいいか考えあぐねているようだ。
(ふん、)
「……それ、は……偽……物」
「君はなんてひどいこと言うんだ!?」
榊君からの果たし状に比べれば、学生時代の一時の告白文なんて比べる価値もないわ!……いや、嫉妬じゃないよ。
「……君さっきの冗談、まさか本気にしたりしてないよな?」
苦笑を浮かべながら、不安そうに聞いてくる男。しかし私にはとんと心当たりがない。
「……なんの、話?」
「…だから、さっきの――って、ああもう、鈍いな!それを果たし状かと勘違いしてないか!?」
(なに、こいつ)
私のこと舐めてるのか。
「…果たし状、以外……の何?」
「やっぱり勘違いしてたんだな!だいたい分かってたがな!」
そう言って蹲った男。
(勘違い?)
何の話だ?
「……それはさ、一人の女の子が想いをこめて書いたものじゃないのか」
……………え?
一人の…………オンナノコ?
榊君は、男。手紙を書いたのは、女。
(ハッ!――私は多大な勘違いをしていたのではないか)
榊君は、男なんかじゃなくて――
「あり、がと……う。大…事なこ、と……教え、てくれ…て」
「まあ俺以外にも気付く奴いるだろうけど。普通気付くと思うけど。……とりあえず、どういたしまして」
――え?やっぱり榊君が女性なこと皆気付いていたのか。……はぁ……親友なのに、なんたる失態。今知って良かったけど。
「あ、そうだ。君、名前は?――俺は向原陽介!名前で呼んでいいぜ!」
にっ、と笑う。
「……え、でも…」
「それになにげにタメ口だしな!タイの色からして二年だろ?俺一年なんだ……って敬語にした方がいいか?」
「…そのまま、で、いい……けど、」
「よっしゃ!ほら!!今ので結構仲良くなったしさ!これからも仲良くやりましょー……ってことで」
そう言って手を差し出してくる。
この人は、明るくて、笑顔が素敵な人だ。しゃべっていく内に彼は私のことを理解してくれたし、いい親友候補かもしれない。
……ただし榊君に次ぐ、だけど!
しかし、現時点では『友達』になってもいいかもしれない。
そう思って、目の前の手を握る。そして口を開いた。
「……北条、」
男――陽介の満面の爽やか笑顔に亀裂が入った。
「透……子」
「まさかの【魔王】!?」
陽介はそう叫び、数メートル後ろに下がった。……こいつも、怯えるのか。殺すわけじゃないのに。
「ああ、なんか見覚えあるなって思ってたんだよ、そうじゃん、榊たち取り締まってたじゃん……あぁー……なんで気付かなかった、俺!超聞き覚えのある声だったじゃん!!」
さっきまでの爽やかオーラはどこへいったのか、冷や汗をたらしながら後悔している陽介。
……。
「……ねぇ」
「…は、はぃぃぃいいい!な、なんでございましょうか!?」
話しかけると、恐ろしく怯えられた。
「......?…敬、語」
「……あ、あの、これ……は……あああああれです、先輩後輩の立場をしっかりわきまえよう……みた、いな」
焦った口調で誤魔化す。
私にもそれが嘘だと分かる。残念な演技力だ。
「……さっ…き、敬語…は、なし……って」
「……あ、う……」
痛いところをつかれたのか唸り声をあげて、そっれきり黙った。
「……」
私も彼の返事を黙って待つ。こういう場面で相手に言葉を出させるのは苦手だ。だから黙るしかない。
「………」
「………」
沈黙が続く。
「………………」
「………………………………………………………………」
「………はぁ、分かった」
沈黙に耐えきれなかったのか、やがて陽介が話し始めた。敬語もやめたらしい。
「なんでここまで態度をかえたのかっていうとな、――怖かったんだよ、君が」
苦笑しながら自嘲気味に言う。
言われた言葉は言われ慣れたもので、それほど傷つくものではなかったけれど。
(……仲良くなったと、思ったんだけどな)
別の意味で、傷ついた。
陽介はゆっくりと話し出した。
「……俺が君に――【魔王】に興味を持ち始めたのは、ほんの最近……一昨日のことだった。噂にしか聞かなかった【魔王】――正直舐めてた。そんなにすごいわけがない――そう思ってた。だけど、な。朝に君が取り締まりをしているところを見て興味を覚えた。あの位の体術をやる人は数多くいるけど、それを実戦で使えるのは少ない。練習とは違うからな。だからそれを無意識にできる君は興味の対象だった」
昇降口に設置されているベンチに座り、陽介は続けた。
「その時はまだ、興味止まりだったんだよ。好奇心に身を任せてとある噂を聞くまではな」
そこで一旦切ってから、陽介は黙りこんだ。震える肩を抱きしめて、必死に落ち着こうとしている。
「……?」
なにがそこまで彼を怯えさせているのだろう。別にそこまでひどいことをやっているつもりはないのだが。
「聞いちまったんだよ、
『【魔王】は染髪者の髪を剃る』
ってな!」
震える声でそう吐き出す陽介は、同情を誘う姿だ。
「この皐条学園は染髪者が多い。それなのに、まさか――……。しかも聞いた話によると、『友達だから』なんていう悪意あふれた言葉で黒髪の広瀬まで剃ったらしいだろ!どこの悪魔だ!?
――その噂が流れ出したその瞬間、学園に戦慄が走ったよ。
それで、次の日噂の真偽を確かめに榊たちを見に行った。丁度一人がトイレにいるらしい、そう知って馬鹿正直にトイレに行った。するとな、見ちゃったんだよ、
――鬘がずれたとか言ってなおしてるいくちゃんをな!!」
陽介は思い出したくもないように頭を抱えた。
(……?)
「……いく、ちゃん?」
「……――ハッ!いやこれは郁屋のことなんかじゃないぞ、勘違いするなよ」
「……」
バレバレである。
しかし、あだ名で呼び合う程仲がよかったのか。だからこの怯えよう。
「……つま、り。髪を…剃ら、れる…のが怖い、の?」
「そう!そうなんだよ!」
「…………じゃあ、大、丈夫」
そう言って笑う。
「榊君達にしかやらないから」
「おい待ておかしいぞ無駄にいい笑顔だぞ榊なにしたなんの恨みを買った?――つーか普通にセリフ流暢だったんだが!できるなら最初からやってろよ……って無理言ってすまん」
日頃切る部分で切らなかったせいか、息がやばい。あんな長文よく言えたな。……え?何故言いたかったかって?――そりゃあ、格好つけたかっただけです。ここはキメないと。
「…榊、なにやったんだ?」
「…あ(ぁ、榊君のいいところを言えってことですね。分かって)る(よ!)い(い?よく聞いてね?まず榊君のいいところはね、何より格好いいところ!最初会ったときなん)て(私を恐れなかっ)た(んだよ)!」
榊君のいいところはまだまだたくさんあるが、慣れない長文なんて言ったせいで、ろくに何も言えなかった。
(……ん?)
陽介がまた怯えてる。変なこといったつもりはないんだけど。
「……く、くく……」
怯えてたかとおもったら徐に笑い出した。意味がわからない。
「…わ、悪い。なんかな、こいつに怯えてた俺って……って思ったんだよ。そしたらなんか笑えてきて」
「……?」
よく分からなかったが、だいたい私がただの女の子だと気付いて馬鹿らしくなったんだろう。うん。
「北条透子さん」
座っていたベンチからたち、陽介は目の前に立った。そしてまた手を差し出してくる。
「俺と、友達になってくれませんか」
即座に手を握った。
前回よりも大分長くなってしまいました。
……あれ?こんなに長くするつもりはなかったのに。