魔王、彼女はまさにトラウマ
広瀬隆俊視点。
結構難しい。
「郁屋~……こんなに早く来てどうするの~?」
「ふん、東山の情報網を舐めるなよ」
「いや、郁屋が自慢することじゃないでしょ~……っていうか意味わかんないし」
四人で桜の舞う歩道を歩く。
いつもは学生で賑わうそこも、まばらにランニングをする人を見かける程度だった。
「今日の風紀の取り締まりの担当、誰だと思う?」
「加藤でしょ、あの柔道部の。……でもあいつくらい、なんでもないよ~?」
ある人物の前では雑魚キャラっぽい四人も、街では結構有名な不良なのだ。皐条学園の柔道部の副部長くらい、情報担当の東山でさえ、パンチ二発でKOだ。また、風紀の分担表も適当な奴に取りにいかせた。……勿論、彼女が担当の日は、全て暗記している(委員長はもとより取り締まりなどしないので警戒する必要はない)。今日は郁屋が早く行くというので、確認しておいたのだ。
「情報がおせぇな、広瀬」
自信満々に言うと、榊に鼻で笑われた。――と、すると……加藤から誰かに変わったのだろうか。
「……まさか――」
「ああ。そのまさかだ」
絶対に辿り着きたくない答えに思いつくと、珍しく東山が笑って言う。
「病欠。代わりに担当する可能性が最も高いのは――【魔王】」
「……。東山~……あのさ、いままであだ名でさえふせてた意味察してよ!」
既にほぼ予想のついていた返答がきた。――それにしても、まさかここまで空気と数秒後の未来が分からないなんて……東山のバカさ加減に怒りを通り越して呆れしか感じない。
「お、おい!い、郁屋!?」
佑人の焦った声が聞こえる。それもそうだ。さっきまでドヤ顔しながら歩いていた少年がある一単語を聞いた途端、バッタリと倒れてしまったのだから(ある一単語は皆さんの思うもので間違いありません)。
「郁屋は自分の髪に超自信もってたから~、余計にキツかったみたい」
そう東山に言うと、バツの悪そうな顔をして、「悪い、俺の五兆の能力の中に髪の毛を増やす能力があったらよかったんだが――」と言い始めた。途中から聞き流し、倒れてしまった郁屋を榊が抱えたのを確かめてから歩き出した。もう既に学校は近いし、郁屋は体格が小さいから軽そうだ。榊もそれほど疲れないだろうから、交代の必要はないだろう。
ふと上を見上げてみた。青い空が広がっている。
俺は頭を無意識のうちにおさえながら、春を感じていた。
「ねぇ、聞いた!?一年の中に入学式だけ来て、ずっとサボっている不良がいるって!!」
郁屋が気絶から目覚めて数分後のことだ。東山と話していた郁屋が爆睡していた榊と俺に話しかけてきた。その顔は紅潮して、やけに興奮している。
「――……あぁ、知ってる。入学式も寝てたんだって?」
寝ぼけた頭で答えると郁屋は「そうなんだよ!」と、頬をふくらませた。
「お前はどこの女子だよ」
呆れた顔で榊は頬にたまった空気を抜く。ぷしゅ、間抜けな音が響いた。
「ちょ、なにするのさ!?別にこれくらいいいじゃないか!!」
「悪い」
「……はぁ」
あまりに感情のこもっていない謝罪に郁屋は溜息をついた。
「――それよりっ!これはやっぱりシメようよ!最近ヒマだしさぁ……。――それに、」
無理やり話題転換した郁屋に失笑した。
「それに~?」
「あいつ、金髪なんだって!」
ぴしり、空気が凍った。
「ムカつくでしょ!?……ねぇ、やろうよ」
うずうずし出した郁屋にあまり乗り気でなさそうな榊が疑問を投げかけた。
「だが、学校に来ねぇんだろ?」
「そう!そうなんだ!」
その疑問にドヤ顔で返答する郁屋。思考がよくわからない。
そこにいきなり東山が入ってきた。こいつもまたドヤ顔だ。
「長谷川和樹。今日は珍しく登校するらしい、とオレの勘が言っている」
「東山は下らない嘘をつくな!」
つまり。
(東山が適当なこと言ってそれを間に受けちゃったわけね、郁屋は……)
「う、嘘……」と郁屋がショックを受けているのを嘲りの視線で見る。視線に気付いた郁屋はさらに落ち込んだ。
「じゃ、今の話はなしってことで」
そう榊がまとめ、また寝息をたて始める。
「……僕が、間違えた、だって……?」
なにやらぶつぶつと呟く郁屋。
(……)
嫌な予感がする。
「……東山は情報担当だよ?まさか間違えるなんてあるわけないじゃないか!」
「……いや、勘でしょ?」
自分の静かなツッコミも無視して郁屋は続ける。
「まだいないと決まったわけじゃない。見に行こうよ!ねぇ!」
「……えぇー……」
(やっぱり面倒くさいことになった……)
はぁ、大きな溜息をつく。どうするか。無下に断ったら癇癪が面倒くさそうだ。
どうすればよいか迷っていると、榊がニヤリと笑った。
「……いいが、もし、いなかったら――もう二度とシメに誘うんじゃねぇよ」
(おー……)
内心で拍手をする。
素晴らしい流し方だ。いる確率はほぼゼロに等しいのだから、二度と郁屋に面倒くさいシメに誘われることはないのだ!
「いいよ、じゃあいこうじゃないか!」
榊のペースに乗せられた郁屋が即答する。
(よし、これで幸せな生活が――――って、アレ?)
一年C組。
時間が早いためか、一人しか教室にはいなかった。
(ん?……え?)
そいつの髪は、
「き、金髪……!」
郁屋が憎々しげに吐き捨てる。
((本当にいたぁぁああああ!?))
俺と榊の思考がカブった。
「ねぇ、長谷川ァ。君さ、調子のってるよね?一年のくせに」
郁屋が半分八つ当たりのシメを開始した。
俺と榊は憂鬱そうに溜息を吐いた。
しかし、次の一言で事態は急変する。
「センパイたちこそ調子のってるよなぁ?この俺に調子のってるなんてよ」
いらぁ、
(何様だテメェェエエエエエ!!)
思いの外こいつムカつく。先輩に対する礼儀的なものはないのか!?ーー面倒なシメに参加しなくてはいけない苛立ちも加わって、広瀬の苛立ちは頂点に達した。
(しかも無駄に美少年…!!)
神の不平等さを憎む。
「っ!……なぁ、佑人。こいつボコろうぜ?」
言うと、なぜかぼんやりしていた榊はいつもの自信満々な笑みで言う。「元よりそのつもりだ。……いくぞっ!」
いらいらが爆発する。
力を足に込め、拳を振り上げた、
その瞬間。
「止まって」
聞き覚えのある声。
凛とした美声。――だがしかし。今もっとも四人が聞きたくない声であった。
おそるおそる振り向く。頭に浮かんでは消えない一人の人物。その人だけではないようにと願った。
「う、ううううう嘘だろ?まさか――【魔王】ぅぅうううう!」
(神様は俺のことが嫌いなんですか!?)
その叫びがなにかのスイッチのようだった。
四人が途端に恐慌状態に陥る。
「そ、剃られる」……思わず呟く。本能的な恐怖がしみついて離れない。かたかたと足が震える。他の奴らも似たような状況のようだ。
(あ、ああああ)
歯が噛み合わない。
【魔王】――北条透子が口を開く。
「……鬘、」
(……!?)
もしかして――鬘を没収するつもりじゃ――
「ひ、ひぃっ……」
郁屋が逸早く逃げ出す。
「や、やめてくれっ!!」
東山も珍しくそう叫びながら走り出した。
俺と榊も続く。恰好悪いが、【魔王】には勝てない。
――しばらく走って、校舎内のいつもたむろしている場所で止まる。
ぜえぜえと息をきらしていると、榊がぽつりと呟いた。「……まさか、な……」
「どうしたの?」
「なんでもねぇよ」
聞いても答えてくれなさそうだったので、とりあえず息を整えるのに全力をかけた。
更新が非常に遅れてすみません!!
これからは早めていきたいと思っています……