変
「お兄ちゃん……?」
「ごめんごめん。つい、さ。」
俺はそういうとすぐに離れた。
「わーきゃー。」
ワハハッと笑いながら体を動かす美央は、別に嫌ではなさそうだった。もう一度だけ。そう思い、キュッと抱き締めた。その時、美央は笑うのを止め、大人しくなった。だが、嫌がった行動もなければ、体に変な力が入っている様子もなかった。
「美央~?敦~?」
呼ばれた声で我に返り、離れると、そこへ丁度母親がきた。
「なんだ、もうお風呂入ったの。」
そう言ってリビングから出ていった。俺と美央は同時にため息をつくと、顔を見合わせて笑った。俺は苦笑だったけど。まるで凄くいけないことをしたガキの頃のような感覚があった。
「お兄ちゃん……さっき、どうして……。」
美央はそこまで言い掛けてやめると、ゴロンと、また俺に寄りかかってきた。
「美央?重い。」
「な、ひっどーい!さっきはそんなこと言わなかったくせに!」
美央はそういうと、「細っちい体がいけないんだよ!」と付け足して俺の手を取った。
「冗談だよ。」俺が口の端を上げながら言うと、美央は、「冗談でも酷い。」と口を尖らせた。
俺は美央の頭を撫でてから立ち上がると、その場を去った。また、美央を抱き締めてしまいそうで、そんな自分を押し殺すために自分の部屋へ閉じこもった。
俺と違い、美央はまだ純粋すぎた。俺を疑うこともなく、なるがままについてくるヒヨコのようで、そこが可愛くも、怖くもあった。
ある日、少しだけ、美央が他人行儀になった。
「おはよう」と声をかけても小さくしか返事を返さなくなったり、俺と距離を置くように避けはじめたりした。
その夜、俺は美央を捕まえて問い詰める事にした。
「美央?」
「な、に?」
美央は、視線を泳がせている。ずいぶんと困惑した表情だ。
「美央、何で俺を避ける?」
「……別に……ただ、兄と仲良くしてるのも変かなって思っただけ。」
「俺が、嫌いか?」
「嫌いじゃ……ないけど……。」
「なら良いじゃないか。周りなんて関係ないだろ?」
「あ、る!あるの!」
美央は、服の端を握ると、俯きながらそう強く言った。
「ああ、そうかよ。じゃーもう話し掛けねぇよ。」
強く言い切られたため、怒りをはらんだ声でそう言い残すと、自分の部屋に逃げ込んだ。しばらくはイライラしていたのに、すぐに後悔した。俺、最低だな。でも美央も美央だ。なんだってあんなに周りを気にする?避けられた俺の身にもなってほしい。
明日は休みだ。美央も祝日とかで休みだ。ああ、億劫だな。出かけるか……。
翌朝、俺はいつ眠ったのか、両親はいなくなっていて俺が起きたときにはすでに10時を回っていた。
何か食べるかとリビングに向かうと、そこにはワンピース風のラフな服をきた美央がたっていて、入るとこちらを振り向かなかったが、ビクリと肩を震わせた。
俺は美央を見ないようにして美央の先にある冷蔵庫に手を伸ばすと、ポタポタという音に、思わず手を留めた。
ックという、息を殺す音が聞こえて、美央が腕を上げるのと同時に俺は美央を見た。
美央は、泣いていた。
「美……央?」
「う、っく……。」
美央は、ついに両手を顔にあてると、泣きだした。今にも泣き崩れてしまいそうなほどにフラフラとしていて、不安定だった。
「美央?」
訳がわからずに困惑していると、美央は、「ご、めんなさい……う……だけど、私、どうしたらいか……わからなくて……お兄ちゃんに……嫌われたい、わけじゃ……ない、のに……!」と言って蹲ってしまった。
俺は美央をそのまま抱き締めると、「わかったよ。俺もムキになってごめんな。」と言ってしばらく背中をさすってやった。
しばらくすると、落ち着いたのか美央は鼻をぐずらせながらこちらを見た。それから、すぐに視線をずらすと、「私、変なの?変なんだよね……。」と自分に言い聞かすかのように呟いた。