初めての挨拶から
もし、あなたが猛烈に抱き締めたり、肩をよせあったりしたいと思う人がいたらどうしますか。
当然、それなりのアピールはしますよね。
だけど、もし、そのアピールさえ許されない人を好きになってしまったら、あなたはどうしますか。
神様ってぇのは優しいのか、意地悪なのか。俺にはよくわからない。
ある日、俺は腹違いならぬ種違いの妹がいたことを知った。
俺は、離婚後、うつ病になっていた母の手を離れ、祖母の家でおばあちゃんっ子になりつつ育った。
俺が29にもなった頃、13も離れた妹と、3つしか違わない親父ができた。母の欝が改善してきたとかでみんなで家ですごしましょうって事らしいが。
「初めまして……。」
みな、顔を合わせるのはほぼ初対面なのでぎこちない。
俺の妹であると名乗る少女は、まだ高校生だった。だけど、体つきこそもう大人の女性で、一人の異性として見るには十分すぎるほどだった。ちょっとおどおどした性格も、可愛らしいといえば可愛らしい。
顔つきは、誰に似たのか細身の両親に比べると丸く、体付きもなんとなく太いような気がした。
少女が家族全員を見渡してから涙目で初めて行った言葉は、「みんな細い……。」だった。
俺は元々病弱体質で太れない体質のために細いのだが、彼女のセリフには思わず笑ってしまった。俺は、家族の中の誰より彼女と仲良くなった。
いつのまにか祖母より彼女と仲良くなっていたのだ。俺の妹である、美央と……。
美央は、自分の名前は平凡だと言った。でも、俺ほどじゃない。俺の名前は敦明らかに名前負けしている。だが、彼女は、そんなことないよ、とケラケラ笑う。
彼女が笑うと、俺の気もずいぶんと楽になった。なんだか、自分の悩みがなんでもないような気がした。
「お兄ちゃん。」
だが不意に、慣れない感情がちらつくようになりはじめた。
濡れた長い髪、柔らかそうな肢体、ポタポタと滴る水は、まるで俺の心まで侵食するかのように俺の服を濡らした。
「お兄ちゃん?お風呂!」
「ああ、うん。」
妹が一人の女性としてしか見れなくなってからもう数ヶ月。俺はただ、自分の感情を噛み砕き、押し殺すしかなかった。
風呂からあがると、妹は、ソファーに腰掛け、アイスを食べていた。こちらに気付くと、もう一本棒アイスを出してきて俺にいるか、と差し出してくる。
俺はアイスを受け取ると、美央から少し離れた位置に腰掛けた。だが、美央は俺の隣に座ると、俺に寄りかかっておいしそうにアイスを食べている。
「美央?」
「んー?」
んー?じゃなくて、ノーブラ。ついでに寄り掛かるのやめよう。そう言いたかったが何も言わずに視線をそらし、アイスを頬張った。「美央、好きな人いるか?」
アイスが最後の最後に近づいてきたとき俺が尋ねると、美央は、少し考える素振りを見せ、「ん~お兄ちゃん。」と言った。
思わずアイスを吹き出しそうになると、美央は笑って「ごめん、ごめん冗談だって。いないよー、そんなの。」と言って背中をさすってくれた。
さすがにむせたぞ、今のは。そう思いながら美央を見たが、張本人は、笑顔だった。
「ちょっとやだ、大丈夫?そんなに驚かなくても……。」
笑いを堪えるように、時々クックッと喉が鳴る音がする。
「お兄ちゃんは好きな人いるの?」
俺は、咳き込んだ目のまま美央を捕らえると、すぐに視線をそらした。
「知りたい?」
「あ、いるんだ!?」
「いるよ。美央。」
言ってから恥ずかしくなったが、元々顔には感情が出にくい体質のために俺は真顔で言い切ったと思う。
「あー、うん。なかなか驚くね。でもそんなドヤ顔で言わなくても!」
また美央は笑いだした。―――ただし、今度はお腹を抱えて―――どうやら美央は冗談だと思ったらしい。笑いすぎて涙目のまま、「私も、お兄ちゃんの事は、好きだよ?」と言った。
「俺もだよ。」
俺は微笑して美央の頭を撫でた。
「わっ。」
美央はそう言うと、笑うのを止め、肩をすくめてからこちらを見た。こーゆー仕草を見ると、抱き締めたいと感じる俺は、重症患者なのだろう。
そもそも、妹が好きって時点でそうとうヤバイ。でも俺にとっては十分すぎるほど、美央は一人の異性だった。
「……お兄ちゃんは、ズルいなぁ……。」
「ずるいって?」
「ズルいよ、いちいちタイミングがズルい……。」
むくれる美央を前に思わず抱き寄せた。