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1cmの魔法  作者:
8/10

二章 ~下調べ~

緩やかな音楽が流れ、ピザの焼ける匂いと、香草の匂いが食欲を煽る。パスタ・ピザ専門店と銘打たれたこの店は、その値段と味で若者達に人気があり、昼食にはもってこいの場所だ。

明るい色で塗られた木で縁取られた店内も、控えめなアンティークが置かれており、華美すぎず雰囲気が良い。

初めてのデートの時たまたま見つけたこの店を、私もシキもとても気に入っている。

 「ねえねえ」

私は甘えるような声でシキを呼ぶ。

「ん」

カルボナーラをフォークに絡めていたシキはその手を止め、顔を上げた。

「結局シキの魔法ってなんなの?いい加減に教えてよ」

甘え声で少し不機嫌に言う。多分これが俗に言うおねだりというやつなのだろう。もちろん内心は全然怒っていない。あくまでふりだ。

シキは淡い黄色で染まったパスタを口に運ぶと、ゆっくりと租借して間を取った。

「たいしたものじゃないよ、特に何の役にも立たない」

「役に立つ、立たないじゃなくて、私はシキのことが知りたいだけなの」

じっとシキの顔を見つめる。決して視線を外さないように、外させないように。煙にまかせてたまるか、と訴える。

シキはうーんと首をかしげて少しの間何事かを考え、口を開いた。

「じゃあ、ヒントをあげよう」

「ヒント?」

「そう、ヒント」

そういうとシキは少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。

「アキが俺に告白した時のこと、覚えてる?」

いきなり何を言い出すのだろう。まずい、顔がどんどん熱くなって来た。あの時のことはなるべく思い出したくなかったのに・・・!

「そりゃあ・・・もちろん」

私は自分でもびっくりするくらいの小声で返し、顔を俯けた。あんな大失態、忘れるわけがない。

シキは笑いそうになる口元を手で押さえながら、続けた。

「あの時、アキがいきなり手を握って俺に・・」

「いいのっ、そこは言わなくていいから。それで、そのことがどうしたって?」

私は回想するシキの言葉を遮り、先を急かした。

シキはからかうような笑みを浮かべ、食い下がる。

「あれれ、どうしたのアキ?顔が真っ赤だよ」

「いいから、早くヒント言って」

絶対にあのことは口にさせない。もしあんなことを言葉で言われたなら、恥ずかしくて動けなくなる。

シキは忍び笑いもらしながらも、はいはい、と続きを言うのをやめてくれた。っていうか、別にその回想いらないよね?

「じゃあ、簡潔に言うよ。俺はアキが告白する前から、アキは俺のことが好きってことを知ってた」

「ふむふむ・・・え?」

「つまりは、そういうこと」

・・・ってどういうこと?


    ーーーーーーーーーーーーー

 

 やるしかない。

そう決意したのは一週間ほど前のことだった。

分かっていたことだけれど、仕事をし始めてもシキに関する有力な情報は得られなかった。今まで以上に研究員達と話すようになったけれど、緘口令でも敷かれているのか、皆隣の施設の話題となるとそれとなく話を逸らす。これではきりがない。

 三年間、三年間だ。シキに会いたいがためだけに私がここに来てもうそんなに経ってしまった。散々待った。焦れて待つのは、もう嫌だ。こうなったら、多少強引にでも情報を引き出す。

有詩さんに脅されてから、焦りがどんどん募っていくのを感じる。一週間前の私も、見えないなにかに追い立てられているかのように焦燥に駆られていた。

 私は今使っている心理学用のノートを用意し、真ん中辺りのページにこの施設の大まかな地図を描いて、そこに監視カメラの位置を記していくことにした。分からないところや確認していないところは自分で見に行き、順次追加していく。使いかけのノートを使ったのはカモフラージュのためと、持ち歩いていても不自然ではないという理由からだ。さすがに、この内容はここで働いている人たちには見せられない。

自分でも馬鹿なことをやっていると思う。私がやろうとしていることは立派な犯罪だ。でも、始めたことを途中でやめる気はない。私に今出来ることはこれしかないのだから。 火曜日の午後、報告書や実験データの解析を行っている研究室の中、差し入れのコーヒーを渡して歩きながら、私は注意深く監視カメラの位置を確認していく。

ここは各研究員のコンピュータが規則正しく並んでいて、そのそれぞれの机の上には資料や書類が、個性を表すように個々の置き方で積み重ねられている。その整頓されているけれど、どこか雑多な雰囲気がする光景は、高校の特別講義室を思い起こさせる。

怪しまれないように、不自然に見えないくらいの動作で、部屋中を見回していく。周囲では研究者達の話声や、キーボードを叩く音が不規則なメロディを奏でている。

両手に持ったお盆に乗ったマグカップが、煽るようにかちゃかちゃと音を立てる。研究室は完璧な空調で快適な空間を演出しているけれど、どうやら緊張だけは和らげてくれないようだ。自然と、背中に汗が伝うのを感じる。

何度か確認して、頭の中に地図を描く。今分かっている監視カメラの位置は、天井辺りにある球形のものが四方に一つずつ。それに、各コンピュータの画面が見える位置に一つずつ、不自然に小さな穴が開いている。これもそうだろう。

全部で十台前後あるコンピュータの一つ一つに監視カメラを設置するとは、いったいどれだけ厳重なのだろうか。それに、普通こういうものは、要所に少し設置するものではないのか?明らかに無駄な配置だ。ということはいくつかは偽者で、本物は一部だけなのかもしれない。

そんなことを考えながら、唯一監視カメラの位置が分かっていない主任さんの机に向かう。もしかしたら主任という立場から、監視カメラは設置されていないのかも知れないけれど、確認しておくに越したことはない。

主任さんの机は、その立場を示すためか他の研究員とは一歩離れた位置、つまり壁を背にするように置かれていて、この研究室全体を見渡せるようになっている。

「主任さん、差し入れです」

私は回りこむようにして主任さんの隣に行き、マグカップを差し出す。ちらっとコンピュータの画面を盗み見ることも忘れない。

「ん、ありがとう」

主任さんは相変わらずの昆虫の瞳で礼を言い、マグカップを受け取った。一人分の重さを失ったお盆が、心なしか寂しげにその体重を預けてくる。

「研究、進んでいますか?」

私はここに居る口実を作るように、当たり障りのない話題を振った。

「うーん、ぼちぼちってところかな」

主任さんはコーヒーを一口飲み、軽く肩をすくめた。

「秋姫さんの超能力の特徴やデータは、確かに集まっているんだけどね、それを他のことに利用するために一番重要な、法則がわからないんだ」

「法則って・・・私が念じたら物を一センチ動かすことが出来る。ってことのですか?」

「そう、確かに間違いなく物体は動く。だけど、どうして動くのか、どうやって動くのかが全然分かっていないんだ。これが分からないと、何にも利用できないからね」

「そんなに私の超能力って複雑なんですか?」

「複雑というか従来の法則から離れすぎているんだ」

主任さんは疲れたようにため息を吐くと、少し冗談めかすようにして、続けた。

「なにせ念じただけで物を動かすんだ。その原理も、法則も、いくら物理法則を紐解いたところで、分かるとは思えないからね。もしかしたら、新しい物理定数が必要になるかもしれない」

「新しい物理定数って・・・そんなものあるんですか?」

「それは、あるかもしれないしないかもしれない」

そう言うと主任さんはてきとうな紙を取り出し、その上になにやら記号を書き始めた。その間に私は目だけを動かして、周辺をチェックする。・・・何度確認してみても、監視カメラが置かれている様子はない。本当にここだけは設置されていないのかもしれない。

「物理法則っていうのはね、現実だとおそらくこう動くだろう。っていう推測を数式にしたものなんだ。これを推測の域から出すためには、数式を解いてその通りに現実で作用させる必要がある。でも、秋姫さんの超能力はどんな推測を当てはめても、どこかで矛盾が生じるんだ。だから新しい定数を作って、今まであった物理法則と矛盾なく競合することが出来れば、それが解析の成功に繋がる」

そういいながら、記号を書き終えた紙に矢印を加え、さらに大き目の四角を二つ書いた。

私には、二つの箱の外に落書きのような数式が並んでいるだけにしか見えない。いったいこれは、何を表しているのだろう。

「空論になるけど・・・そうだな、例えば一センチの悪魔っていう物理定数があったとする、そしてこれが・・・・・」

私は主任の言葉を右から左に流しながら、じっと主任とその正面にあるコンピュータを見つめる。にこやかなのに無機質な声が、複雑な数式を解説していく。

ここなら、このコンピュータならなにか重要な情報があるかもしれない。どうやら監視カメラもないようだし、一番都合が良い。よし、決めた。

「・・・・・つまり、こう考えると、一センチの悪魔は観測者の役割を果たして、エネルギーを消費することなく分子を移動させることが出来る。これがもし証明されたとしたら、今までの物理法則を破ることになるね」

主任さんは難しげな理論をつらつらと並べ立て、そう締めくくった。

「・・・はあ、なんとなく分かったような・・・そうでないような・・・」

研究者全般に言えることだけど、どうしてこう小難しく説明したがるのだろうか。そんなことを言葉で説明されても理解できるわけがないのに。

それともはじめから説明する気などなく、ただ誰かに聞いてほしかっただけなのかもしれない。

そんなことを考えていると、表情に出ていたのか、主任が言い添えるように付け加えた。

「簡単に言うとね、従来の物理法則を崩すっていう、世紀の大発見をするかもしれないってこと」

主任はわざとらしく熱っぽい声を出してそう言った。口調やその内容は、まだ見ぬ新しい技術への期待を覗かせているが、その瞳は何の色も映しておらず、それが心の底から思っていることではないと、そう示しているかのようだ。

私は主任からわずかに視線を逸らす。主任の瞳に怯えている場合じゃない。目標を決めたからにはそれにいたるプロセスが必要だ。

なにか良い手はないか、怪しまれない程度に辺りを見渡す。他の監視カメラに映るのは仕方がない。顔を隠せば判断がつかないはずだ。あとはどうやってあの電子鍵を突破するかだけど・・・

「じゃあもしかするとこの研究所が有名になるかもしれませんね・・・あれ、でもそれって危なくないですか?だって、ここが有名になったら超能力の研究をしているってばれてしまいますよね?」

少しでも会話を長引かせるために疑問を返す。会話の内容など頭に入ってはいない。ただ不自然に思われないように、相手が話しやすいように言葉を紡ぐ。

「この研究所はね、表向きには子供の教育、特に学習効率の研究をしていることになっているんだ。一応ここは機密機関だから、カモフラージュは万全にしているよ。ホームページや身分証明とか、その辺はきちんとしておかないと鼻の利いたマスコミが殺到するだろうからね。君のお母さんに見せたパンフレットがあっただろう?あれも、その一つなんだよ」

ふと、顔を上げると目の前、主任が座る机の向こう。そこに仮眠室と書かれたネームプレートが張ってある扉が見えた。

あれは・・・使えるかも。

 「まあ、もしそんな大発見をしたなら超能力の存在を肯定することになるからね、ここを隠す理由もなくなるわけだ」

 「なるほど」

私は上の空の相槌を打ちつつ、頭の中ではいつ実行するかを丹念に考えている。

忙しい時は駄目だ、誰かが仮眠室を使うかもしれない。なるべく忙しくない時。研究員の皆が早々にこの部屋からいなくなる時を狙わないと。

「秋姫さーん、こっちにもコーヒーお願いできるかな?」

考えを中断させるかのように後ろの方から声が聞こえてきた。私はここでの私の存在理由を思い出し、そちらへ振り返る。

「はい、ちょっとまってください」

時間を決めるのは部屋に帰ってからでも出来る。今はただ、ここに居る理由を演じなければ。

私は今まで考えていたことを頭の片隅に置き、急かす健樹さんのところへ向かった。



全員にコーヒーを配り終え、部屋を出る。

室内はあれだけキーボードを叩く音がうるさかったのに、扉を閉めた途端に何も聞こえなくなった。そのことに若干の安堵感を覚えながらも廊下を歩き出す。

最後まで注意深く室内を見回し続けたが、他に監視カメラが置いてありそうな所は見当たらなかった。この部屋はおそらくこれで全部だと思う。今から自室に戻って、手書きの地図に書き加えなきゃ。

果たして有詩さんの言っていた最新式の監視カメラ、それがこんなに分かりやすいものなのか?ふと、そんな疑問が頭をもたげてきた。たしかビー玉くらいの大きさのものもあるとか言っていたような・・・・

不安感がむくむくと膨れ上がってくる。それを無理やりに押さえ込みながら、根拠のない自信を奮い立たせる。

まあ、どうせこんなのは所詮理由作りに過ぎない。もし、見つけられないほど小さな監視カメラが置いてあったとしたらお手上げなのだ。なら、危険は承知で、この確認作業を踏ん切りをつけるための過程と考えれば、不安なんてどこにもない。それに、言って見れば私はここのビップだ。多少のおいたは許してくれる・・・はず。

 ぺた、ぺた、という研究所用のスリッパが鳴らす足音を聞きながら必死に頷いていると、ふっと前方に突然人が現れた。

「・・・!お疲れ様です」

反射的に挨拶をする。

突然のことに驚きながらも頭の冷静な部分は慌てるな、と諭してくれる。私は動揺を内心に閉じ込めると、視線を上げて顔を確認する。

すると研究資料らしき紙束をめいっぱい抱えた歌野さんが、眉を上げて少し仰け反っていた。きっと歌野さんも私に気づいていなかったのだろう、その目が驚きに見開かれている。

「・・・お疲れ」

一瞬でいつもの無表情に戻った歌野さんはそっけなくそう答えると、僅かにばらけた紙束を指先だけで器用に整理し始めた。

どうやら歌野さんは、お互いに丁度死角になる直角の曲がり角、H字の真ん中にあたる道を通ってきたみたいだ。

ふと歌野さんの足元を見ると、綺麗な運動用の靴を履いていた。側面に付いている小さなマークは私でも見たことのある有名ブランドのものだ。決して安いものではないだろう。

いわゆるスニーカーと呼ばれるその靴には、靴底に滑り止め用のラバーが張ってある。通りで足音が聞こえなかったわけだ。でも廊下とはいえ、どうして室内でスニーカーを履いているのだろうか?

私の視線に気づいたのか、歌野さんは整理し終えた紙束を抱え直し、抑揚のない声で言った。

「あとでジムに行くから、そのまま履いてきた」

ジムって、この建物にあるスポーツジムのことかな?そういえばそんな施設もあったけな、行った事ないけど。

私は納得したというように軽く頷くと、視線を元に戻した。

「ジム、よく行くんですか?

「ああ、ここのは広々と使えるからな」

ここに住む人のほとんどはその研究員という職業ゆえか、運動をあまり好まない。だからジムを利用する人は少なく、穴場なのだろう。

歌野さんはちらちらと私の後ろ、廊下の向こうに視線をやりだした。研究室の方だ。

きっと早く仕事を終わらせてジムに行きたいのだろう、もしくは私と世間話をするのが嫌なのかもしれない。

「お仕事がんばってくださいね」

「ああ」

それだけを言うと私達は廊下を歩き始めた。

どんどんと遠ざかっていく歌野さんの足音は、相変わらず静かだった。



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