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1cmの魔法  作者:
6/10

断章 ~想うはあなた一人~

電子仕掛けの扉が開くと、白衣の研究者達が次々と出て来た。皆、手に手にファイルを持って周りの人達と話し合っている。扉の前に立っていた僕のことなど、観賞用の植物くらいにしか思っていない様子だ。

「信じられない、まさかこんな人間がいるなんて。まるでSF小説に出てくるテレパシーのようだ」

「ええ、私も自分で体験するまでは信じられませんでしたよ」

「今分かっている時点で何人確認されているんだ?」

「確認されているのは七人です、アメリカにインド、中国にカナダ、それとロシアとイギリスに日本です。基本的に技術が発展しているところですね。人数も徐々に増えていくと思われます。まだ統計は取れませんが、確認されていない超能力者はもっといるでしょう」

「そうだろうな、それに存在自体を隠している国も多いだろう。今公にしている国だって、本当は何人隠しているやら・・・」

「それは私共の考えることではないですよ」

「そうだな、新発見を柄にしたトランプなど、政治家どもにやらせておけば良い。我々のやるべきことは、ただこの現象を解析することだけだ」

「ですね」

目の前を通り過ぎる人たち。その表情には歓喜や狂気、それに恐怖も混じっているようで、見ているこっちの気が狂いそうになる。僕は唇を強く噛む。ここに来て、何度そうしたか分からない。どうして、どうして瑠緋なんだ。彼女はこの話題の中心人物になるような娘じゃない。今年の春、一緒に中学校を卒業した。将来の夢はケーキ屋さんという、ちょっとだけ少女趣味の、どこにでもいるただの女の子だ。こんな、電子鍵で囲まれた檻のような場所で、見世物のように扱われる娘じゃない。

まるで巨大な怪物が口を開けたかのように、髪に白いものを含ませた大人たちを次々と吐き出していた扉から、誰も出てこなくなった。僕は急いで中に入り、部屋を見回す。数人の大人たちが何かを話し合っている、その横。明らかに疲れている様子の女の子が、俯きがちに立っていた。

「瑠緋っ」

「あ・・」

瑠緋はこっちを向くと、ぱっと蕾が開くような笑顔になり、走りよってきた。

「来てくれたんだ」

「当たり前だろ。さ、こんなところ早く出よう。さっき宿舎の前で、良い空き地を見つけたんだ。弁当もってきたから、そこで食べよう」

「うん」

僕は瑠緋の手を握り、出口の方へ足を向ける。話し合っていた大人がこちらを振り向いたが、すぐに視線をそらして会話に戻った。どうせ逃げられないのだから、せめてこれくらいは許してやろう。ということだろうか。本当に頭にくる。そのまま陰湿で無機的な廊下を抜け、電子鍵で支配された建物を出た。

ほう、と瑠緋が息を吐く。やっぱりこの建物は息苦しいのだろう。僕の手を握る力もすこし緩んだ。

「あっちの方だ」

僕は片手を水平に向け、周囲を木々で囲まれた一角を指差す。この建物から宿舎までのわずかな人工芝の道、赤い花弁を放射状に広げた彼岸花の向こう。小さな、せいぜい二人が寝転ぶのが限界、という大きさの空き地。そこはわずかな斜面になっていて、座ると建物からは見えなくなる。

僕と瑠緋は彼岸花を横目に、わずかな斜面を降りる。そして十歩ほど歩くと森に入るような位置で、隣り合って腰を下ろした。

僕は持って来ていた弁当箱の蓋を開け、水筒を出す。瑠緋は風で微かに揺れる木々を、ぼんやりと見つめている。

「どうだった?なにか変なこととか、されなかったか?」

僕は冷静に聞いたつもりだったが、声が上ずってしまった。こんなわけの分からないところに連れてこられて、何をされるのかなんて想像がつかない。そんな恐怖が、頭の中からずっと離れない。

「特に心配するようなことはなかったよ。今までの暮らしの質問をちょっとされて、超能力を使って見せただけ」

花が咲くような瑠緋の笑顔は、特に気負っている様子もなく、なにか辛いことがあったわけではないようだ。さっき俯いていたのは多分、なれない大人達の相手に疲れていただけだろう。

僕はほんの少しだけ安心して、ウェットティッシュで手を拭き、弁当箱に敷き詰められたサンドイッチを手に取った。ここに連れてこられて二日目、やっと二人でゆっくりできる。

瑠緋も手を拭いた後サンドイッチを手に取り、小動物のように端っこの方からかじり始める。その様子に、ほっとする。

穏やかな昼下がり、僅かな冷気を帯びた風が吹き、柔らかな芝がそれに対抗するように、僕達を暖めてくれる。瑠緋はサンドイッチを食べながら辺りを見渡し、景色も楽しんでいるようだ。

僕もついつられて辺りを見渡す。空や森や芝と言った緑や青の中に、鮮烈な赤を撒き散らす彼岸花が印象的だ。ここを写真に撮ったのなら、さぞやこの赤が映えることだろう。

しばらくそうしていると、サンドイッチを食べ終わった瑠緋が、彼岸花をじっと見詰めながら、尋ねてきた。

「ねえ、私が一番好きな花って知ってる?」

「花?そうだなぁ、薔薇とか桜とかか?」

僕はありきたりな答えを返す。特に意識して花の好き嫌いなんて考えたことがないので、全然予想が立たない。

「なんかなげやり~」

「そんなこと言われたってなあ、花なんてほとんど名前すら知らないし・・・」

僕がうだうだと言い訳をしていると、瑠緋は、はあ、とため息を吐き、人差し指を振りながら言い出した。

「いーい、女の子と付き合うなら、その子の好みの花くらい覚えておくこと」

僕は内心少女趣味がすぎるだろう、と思ったが黙っておくことにした。瑠緋の少女趣味は今に始まったことではない。

「今日び花もらって喜ぶやつなんて、瑠緋くらいだろ」

「そんなことないよっ」

瑠緋の声に熱が入ってきた。そろそろ止めないと延々とお花畑な会話が続く気がする。僕はさっさとこの話題を終わらせるべく先を促す。

「で、瑠緋は何の花が好きなんだ?」

何か文句を言おうとしていた瑠緋は、声を発する直前で止められたことで、金魚のように口をぱくぱくとさせた。その様子がおかしくて、僕はつい声に出して笑ってしまった。

笑われたことが恥ずかったのか、瑠緋は頬をほんのりと染め、早く次の話題へ行こうとして、急いで言葉を紡いだ。

「あのねっ、私が好きな花は彼岸花なのっ」

「彼岸花?あれって結構不吉な花じゃなかったっけ?」

「ううん、そんなことないよ。世界で一番綺麗で、情緒的な花。花言葉は、想うはあなた一人、だよ」

”想うはあなた一人”か、確かに綺麗な花言葉だ、情熱的とも言える。僕は顔を上げて連連と続く赤い波を見つめる。茎と目を刺すような紅の花のみで構成される彼岸花は、一度見ると忘れられないような強い印象だ。なるほど瑠緋が好きになるだけはある。改めてみると、確かに良い花だ。

「うん、確かに綺麗な花だ」

でしょう、と嬉しそうにはにかむ瑠緋を見ると、こちらまで嬉しくなってくる。

僕は、いったいいつまでここに居られるのだろうか。ふと、そんなことを考える。ここにいる大人たちがほしいのは、日本で唯一の超能力者である瑠緋だけだ。瑠緋がここに来る条件として、僕を同行させる。と言わなければ、僕は突然いなくなった瑠緋を探し、街中を駆けずり回ることになっていただろう。ここの人たちがそれを承認したのは、僕を瑠緋の精神安定剤にしたいからだ。成長して、もし瑠緋が僕なしで平気になってしまったら、いったい僕はどうなってしまうのだろう。

そんなことを考えていると、瑠緋が僕の顔を心配そうに覗き込んできた。気づかない内に暗い顔になっていたのかもしれない。僕は瑠緋に心配させまいと、笑顔を作ろうとして・・・失敗した。

 「瑠緋は・・・辛くないの?」

思わずそんなことを聞いてしまっていた。

瑠緋はしばらく僕を観察するように見つめた後、少し考えて口を開いた。

「辛くないってわけじゃないけど、これは私にしか出来ないことだから」

微笑みながらそう答える瑠緋の瞳は、諦めを滲ませた惨めな世捨て人のそれではなく、新しい可能性を見出した科学者のものだった。

「瑠緋は偉いね、僕はそんな風には考えられない」

僕は瑠緋の前向きさを心底羨ましく思った。もちろんひがみなんかではない。純粋にただ、憧れただけだ。

瑠緋は不思議そうな顔をした後、ちょっと不機嫌そうに唇を尖らせた。こんな表情は、年齢以上に瑠緋を幼く見せる。

「なぜか人って苦労すればするほど、辛ければ辛いほど偉い、って思い込むよね。たとえば自分がいっぱい苦労して暮らしたあと、普通に暮らしていた人に向かって、自分は苦労したんだから、あんな苦労の一つも知らないやつよりも偉いんだって思い込む。もちろん本人にそんな意識はないよ、でも根拠のない優越感は感じるものだよね。それっておかしいと思わない?私は確かにそれなりに辛い思いをしてるよ、でもだからって自分が偉いと思ったことなんてない。私は、偶然が重なってできた私の環境で、生きる道を選んだけ。それは誰もがしていることで、特別なことなんかじゃない」

僕はどうして瑠緋が不機嫌になったのか分からず、おろおろと情けない顔で、解けない問題を学校の先生に教えてもらうように質問する。

 「どうしてさ、超能力が使える、なんて環境で生きることが特別じゃないなんて、そんなはずないじゃないか」

「確かに人によってその環境や選べる道は違うよ、けれどそれは仕方のないことよ。徒競走じゃないんだから、皆が同じスタートラインに立って同じコースを走り、同じゴールを目指すなんて、都合の良いことあるわけないでしょう。意地悪な神様が動かすこの世界で、平等なんて求めちゃいけないよ。私は私自身が望む幸せに向かって、私が決めた道を進んでいるだけよ」

 なんとなく瑠緋の言いたいことが分かってきた。わざわざ婉曲に言うのは瑠緋らしいというかなんというか。とにかく、不機嫌になった理由はわかった。瑠緋は、僕にそんな言葉をかけてほしいわけじゃない、とむくれているのだ。瑠緋は物事を他人のせいにすることを極度に嫌う。つまり瑠緋は、よくあるちょっと運の悪い人間の一人で、そのことは仕方がないし、どうしようもないけど、それはそれ。瑠緋自身はちょっと超能力が使えるだけの普通の女の子。なら僕がかけるべき言葉は普通の、冗談やくだらなさの入り混じった愛しい日常会話であるべきだ。と言っているのだ。

僕は少し考えた後、瑠緋が望む日常会話を始めるべく言葉を紡いだ。

 「瑠緋はどうしてこの研究所に来ることにしたの?」

気遣いでもない、わが身を呪うでもない、ただの疑問。学校帰りに、どうして手芸部に入ったの?と尋ねるような、そんなありふれた会話。

瑠緋は機嫌を直したようで、もとの花が咲くような笑顔に戻り、答えた。

 「私が実験体という役目を認めて、この研究に協力したいと思ったから。私みたいな人間がこの世界にどれくらい居るのか知りたかったから」

瑠緋はそこまで言うと、急に不安そうな顔になって顔を逸らした。僕はその横顔を、まつげ長いなぁ、ととりとめもなく思いながらぼんやりと眺めていた。

 「でもね、私はまだ子供で、辛いことや苦しいことに、耐えられなくなることがあると思うの。でも、君が居ればきっと我慢できるかなって思って・・・。だから、あなたに傍に居てほしいと言って、つれて来てしまった。これは本当に、ただのわがまま」

瑠緋の声は、どんどんと沈んでいく。どうやら僕をここに連れてきてしまった事を後悔し始めているらしい。瑠緋はずっと顔を逸らしたままだ。

一週間前の光景が蘇る。夜中に突然呼び出された公園で、瑠緋は震えるか細い声で「一緒に来てほしい」と言った。暗く煙るような夜だった。街灯の明かりがひどく心細く感じたことを覚えている。

 「ここに来たこと、後悔してる?」

ゆっくりと、こちらを伺うように見つめてくる。僕はここに来てからずっと抱いていた、逃げ出したい、という気持ちがどこかへ飛んでいくのを感じた。

 「まさか、僕は瑠緋が隣で笑ってくれるなら、どこへだって行くよ。僕がその道を歩くと決めたんだ。後悔なんてするわけないだろう」

瑠緋はぱあっと、満開の桜が目の前に現れたように、満面の笑みを浮かべた。微かに目じりには涙が浮かんでいる。

僕と瑠緋は互いの手を強く握り、頭同士をこつん、と合わせた。こうすると声が良く聞こえて、心地良い。くすくすと、微かな笑い声が耳に響く。これは僕が笑っているのだろうか、それとも瑠緋?いや、多分二人の声だろう。胸の中が暖かくなってくる。

しばらく二人して笑いあった後、瑠緋がやわらかな、耳をくすぐるような声で話し始めた。

「もし・・・もし君が悲しくて、辛くて、泣きたい気持ちになったら私に言ってね」

僕は頭に疑問符を浮かべながらも、瑠緋の声に耳を傾ける。さあぁ、と少し乾燥した風が斜面を降りるように吹いた。

 「私がその涙を集めて花を育てるの。そしてその花が咲いたら、君にプレゼントするね。その花はきっと君を笑顔にしてくれるから」

 瑠緋は臆面もなくそう言い切った。

僕はどこかむず痒い思いをしながら、羽毛の布団にくるまれているような温かさを感じていた。

 「よくそんな恥ずかしいこと言えるな」

 僕は恥ずかしさを誤魔化すように、ぽつりと呟いた。

 「あはは、こういう言葉はね、わざとらしいくらいが丁度良いんだよ。そっちのほうが心に残りやすいでしょ?」

 瑠緋は楽しそうに笑っている。きっと僕も同じように笑っているのだろう。

 「そうかぁ?」

 「そうだよ、たとえばロミオとジュリエットだって、”おおっ、あなたはどうしてロミオなの”って言うから盛り上がるんでしょ、そこで”ねー、なんでロミオなの?”って言っちゃうと全部台無しじゃない」

 「すごく知った風に言ってるけど、瑠緋ってロミオとジュリエット見たことないだろ」

 「あ、ばれた?まあ言いたいことは分かったでしょ?」

 「まあ、たしかに・・・」

秋の寒風に祝福するような暖かさを感じる。視界の端にちらりと見える彼岸花は、まるで僕達を繋ぐ赤い糸のようで、とても幻想的な気分になれる。今なら、どんな言葉だって真実になる気がする。

”想うはあなた一人”・・・か。

「じゃあ僕は、もし瑠緋がここを逃げ出そう、と走り出しても。もし超能力で世界を征服しよう、と言っても。たとえ世界中の悪意が、瑠緋にその矛先を向けたとしても。いつも傍らに居てずっと守り続ける。瑠緋のたった一人の味方になる。絶対に」

 瑠緋はびっくりしたように目をぱちくりと瞬かせたあと、ぷっと吹き出した。

「な、なんだよ」

「あははははは、少年漫画じゃないんだから。誓うならもっとロマンチックなのがよかったなぁ」

「えぇい、うるさい。瑠緋のお気楽な脳みそと一緒にするなっ。これでも結構がんばって考えたんだぞ」

「あはははははは」

木枯らしの吹く、少し肌寒い人工芝の上。前を向けば視界を覆うような森があり、顔を上げれば斜面の上に毛糸の飾りのような彼岸花が咲く。その小さいけれど、確かな温もりを感じる空き地で。

瑠緋の目一杯の笑顔と笑い声が、いつまでもいつまでも咲き乱れていた。



 この時の僕は彼岸花の花言葉が三つもあるなんて、知らなかった。少し考えれば、純愛の意味を持つ花なんてたくさんあることに気づけたのに。なぜ瑠緋が数ある純愛の花を押しのけて最も綺麗、と言ったのかこの頃は理解していなかった。僕はただ、瑠緋が言っていた一番綺麗な意味だけを真実として受け止めて、それに疑問も持たずに妄信していたに過ぎない。きっと瑠緋は知っていたのだろう。この真紅の花が、何を意味するのかを。だからこそ最も美しい、と言ったのだ。

儚くも鮮烈で、愛しくも胸焦がれる、まるで物語のような花言葉、それは”想うはあなた一人”であり”また会う日を楽しみに”であり、そして”悲しい思い出”でもある。

 純愛と再会と追憶とを混ぜ合わせた、僕らの未来の可能性全てを示した花言葉。

その意味を知ったのは、もう僕の隣に瑠緋が居なくなった後のことだった。

別にこの花の意味を知っていたらどうにかできた。というわけではない。ただ、彼女の隣に居る間は、同じものを同じ視点で見たかっただけ、瑠緋のたった一人の味方でいたかっただけだ。

 こにこは毎年秋になると彼岸花が咲く。それは今でも変わらない。ずっとずっと、まるでこの研究所に住む人々を見定めるように、見送るように。

ただ赤々と伸びる糸は、どこに紡がれていくのだろうか。

 

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