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1cmの魔法  作者:
3/10

零章 ~始まりへの道標~

 どうしてだろう、何があったのだろう、何が・・・いけなかったのだろう。

わからない・・・わからない・・・

何かいつもと違うところがあったのだろうか。いつもと同じようにシキの家に行き、いつもと同じようにのんびりと過ごし、いつもと同じように、また明日、といって別れた。どこも違うところなんてない。よくある日常の一幕。シキが・・・行方不明になる理由なんてどこにも見当たらない。

頭が混乱する。不安が募る。恐怖が覆いかぶさる。

涙が止まらない。身体の震えも止まらない。その原因が悲しみか恐怖かすら分からない。

私は一日中布団に包まって、後悔し続けている。冷静になんてなれない。思い出すのはひたすらシキと過ごした日々。体に力が入らず、それ以上に自分がどうなっているのかすら分からず、ただただ自分の部屋から出ずに日々を過ごしている。

ノックの音が聞こえた。お母さんが何かを言っている気がするけど耳に入らない。布団を握る手に力を込める。そうしていないと、崩れてしまいそうだ。

ふっと意識を失うたびに悪夢にうなされ目が覚める。すると今度は現実に苛まれる。そうしてどんどん疲弊していく。まるでメビウスの輪を走り続けるように、終わりが見えない。このまま弱れば、シキが助けに来てくれると微かな夢想にすがりつき、ただただ時間を浪費していく。

そうして・・・何日が経っただろうか。

涙も枯れ果て、自分を支える力さえなくなってきた。あれだけごちゃごちゃだった頭も、何も考えることが出来ないのか、とても澄み渡っている。私に残っているのは、わずかばかりの生存本能。つまり、食欲だけだ。

お母さんが置いていってくれたのだろう、ベッドの脇には水とお粥が置いてあった。

 お粥は湯気を上げている。もしかして冷えるたびに暖めなおしてくれたのだろうか。空虚な思考の中、両親に心配かけたなという思いが、泡のように浮き出ては弾けていく。

私はベッドからずり落ちるようにして降り、お粥を食べ始めた。やわらかいお米がわずかな甘みとともに、胃のなかに入っていく。一度食べ始めると止まらなくなり、みるみるうちにお粥はなくなってしまった。その横にあるコップを手に取り、口の中に流し込む。だんだんと意識がはっきりしてきた。

私は携帯電話を開くと、今日の日付を確認した。あれから三日程進んでいる。どうやら三日三晩飲まず食わずの状態だったらしい。たしか人間が水なしで生きられるのは三日が限度、と聞いたことがある。だとしたら、結構危険な状態だったのかもしれない。

散々泣いたためか、頭は存外すっきりとしていて、私が今何をすべきかを冷静に考えてくれる。まずは両親に謝って、そのあとシキの家に行って行方不明のことを詳しく聞く。その後はチラシを作るか自分で探すかしよう。捜索願いはもう出ているだろうし、出来ることは少ない。けれど、何もやらないよりは良い。

私はジーンズにパーカーという動きやすい服装に着替えると、大きく深呼吸してリビングに向う、若干足元がおぼつかないが、無視する。両親は突然活動的になった娘に驚くだろうか、もしかしたら自棄になったと思われるかもしれない。でもきちんと説得して協力してもらおう。大丈夫、きっと分かってくれる。うん、ちょっと元気が出てきた。もちろん、悲しみ自体は消えることはないけれど。まだ進める道があるのは、救いだと思う。



シキが消えてから五日目、捜索願いは世の常のごとく却下された。どうやら家出だと思われたようだ。半ば予想していた結果にも私は落胆の色を隠せない。確かに私達の年代はそういうことが多いのだろう。でも、彼に限ってそれはありえないと私は信じている。

根拠なんてない。けれど、シキの性格と行方不明の唐突さから家出とは考えにくい。もしそうだとしても、私に連絡の一つもないことは絶対にありえない。ということは、誘拐か、もしくはそれに類する事件に巻き込まれたのか。そんなことを考えていると、どんどん不安になってくる。もし今悪魔のささやきとやらが来たならば、私はたやすく乗ってしまうだろう。

私は頭を振ると、そんないやな思考を振り払った。

考えろ、考えるんだ。今私に出来る最善のこと。シキが言っていたではないか、考えることは重要だと。ならば予期できた失敗に嘆くのではなく、次なる手段を模索する。そう、ひたすら考えて、行動して、最善の道を探すだけだ。いまだ見たことのない神に、彼の無事を祈りながら。

そうして私はビラを配り続ける。運がよければ有力な情報を得ることが出来るし、そうでなくてもビラを見た人の顔色で、シキの失踪の関係者かどうかが分かるかもしれない。協力者は数人居る。先生に電話して、連絡網で回してもらったのだ。協力者のそのほとんどがシキの友達であったのは、彼の人徳ゆえだろう。自分のことではないけれど、少し誇らしく思う。

ビラを配り終えた後は家に帰ってシキのことを思い出す。何か変わったことはなかったか、失踪につながるヒントを残していなかったか。携帯電話のメールや着信履歴も確認して、少しでもおかしいところを探す。しかし、全然ヒントを得られない。

明日はシキの家に行ってみよう。そして彼の部屋に入れてもらって、くまなく部屋を漁ろう。ちょっと気は引けるけど、今は緊急事態だ。

「アキ、お客さんよ」

自分の部屋で、ひたすら物思いに沈んでいた私は、突然呼ばれたことにびくっと肩を震わせる。今この時期に来訪者?友達が学校のプリントを持ってきてくれたのだろうか、いや、それは明後日にまとめて渡すようお願いしていたはず。

今、この時期に、来訪者。それも、私を指定してきた。

それは、もしかして・・・シキへの道を繋ぐ・・・情報っ。

私はその考えに至ると、急いで客間へと向かう。微かに、胸騒ぎがした。



私はリビング兼客間である部屋のドアを開けた。中に入るとまず見えるのが、室内用の観葉植物。それに、二人用のソファが二つ、はす向かいになるように置かれていて、その一つに並んで座る見覚えのないスーツ姿の男が一人に、女が一人。こちらじっとを見つめている。お母さんは・・・いない?。いや、どうやらキッチンに居るみたい。僅かに物音がする。

男の方は大体四十台後半くらいだろうか、若干白みがかってきた髪に丸めの顔に丸めの身体、柔和なように見えるが、その目は決して笑っていないように感じる。女の方は若く、大体二〇台に見える。髪は金色で、瞳の色は茶色。目鼻立ちがくっきりとしていて、背が高く、まるでモデルみたいだ。とても日本人には見えない。

私は記憶を探り、スーツ姿の男女が初対面であることを確認すると、軽く頭を下げ、空いているソファに座る。ソファが対面に置かれていないのは、対面に座るとどうしても威圧感を与えてしまう、というお母さんの持論ゆえだ。

真ん中に置いてあるテーブルの上には、良い香りを漂わす紅茶と茶菓子。全体的に白っぽいイメージがするのは、物が少ないからだろうか。いつも客が来ることを想定してきれいにしてあるこの部屋は、始めてきた人にはリビングだと思われないことも多い。

私は紅茶から立ち昇る湯気を眺めながら、どうやって切り出すかを考えていた。見覚えのないスーツ姿の男女、間違いなくシキ関係のことだと私の直感が告げていた。

男は無言でこちらを見ている。見慣れたはずの部屋は、どこかよそよそしい雰囲気に包まれていた。

「あの、私に・・・何か御用でしょうか?」

雰囲気に耐えられず、目線は紅茶に向けたまま私は尋ねていた。

すると男女は顔を見合わせたあと頷き、何かファイルのようなものを開くと、男の方が私に問いかけてきた。

「あなたがフクウ・・・ええとなんて読むのかな?」

「あきひめです。譜空、秋姫」

私は答えると同時に、疑問が沸く。なぜ私の名前を確認するのだろう。いや、それよりあのファイルは何?あれを見て私の名前を聞いたってことは、私のことが書かれているということ?何のために?そもそもそれは個人情報ではないのか、もしかして・・・シキのこととは関係ない?

そこまで考えて、頭の中で警鐘がなった。おかしい、異常だ。シキのことにしろそうでないにしろ、この状況はおかしい。彼らはいったい何?中年の男に外人の若い女、どんな用件でくればこんな組み合わせになるのだろうか。

駄目だ、わからない。でもなんとなく危ない感じがする。警戒しなければ、でも何を警戒すれば良いのか分からない。情報が少なすぎる。集めなければ。

「なるほど、では改めて秋姫さん、突然お邪魔してすまないね、ちょっと君に聞きたいことがあってきたんだ。あ、ちなみに僕はこういう者です」

そう言うと、彼は名刺を差し出してきた。

私はそれを受け取って、眺める。とてもシンプルな名刺だ、白いカードに勤務先と肩書きと名前、それに連絡先だけが黒い線で書かれており、特にデザインもない。まるで文字だけ入力して印刷したような味気のなさだ。

所属、国立研究機関CWE、人事部所属、管由泉、電話番号・・・。

国立研究機関CWE?なにそれ。聞き覚えのない言葉だ、私は少し困った顔をしながら管由という男を見る。

すると何か勘違いしたようで、管由は隣の女を手で示し、「あ、ちなみに彼女はそこに勤務している研究者で、今日はただのお供だから気にしなくてよいよ」と慌てていった。どうやら何も喋らない女に、気を悪くしたと思われたらしい。

一方フォローされた女の方はというと、姿勢良く座ってはいるが、特にこちらに興味はないようで、ぼーっと紅茶を眺めている。

・・・研究者?

その言葉を反復した瞬間、私は背筋が凍るような思いがした。シキが前に言った「研究者には気をつけて」という言葉が蘇る。

もしかして、シキが言っていたのはこの女の人のこと?ということは、やっぱりこの人達はシキに関係している?だとしたら・・・下手なことは言えない。大丈夫、まだ名前を答えただけだ、間違ってはいない。シキの言葉を思い出すんだ。彼は何と言っていた?「考えることを止めてはいけない」。そうだ、考えて、考えて、情報を・・・引き出すっ。

私は覚悟を決めると、顔を上げた。

「聞きたい事とは、何でしょうか?」

「単刀直入に言うよ、君には超能力のような力がある、そのことについて聞きたいことがあるんだ」

うそ、ばれてる。

私は、びくっと肩を震わせて、管由を見た。青ざめているのが自分でもわかる。あまりに唐突に秘密を口に出されたため、過剰に反応してしまった。

すると管由は微かに唇を歪め、いやらしくない程度に、にやっと笑った。

もしかして・・・はめられたっ。

おそらく確証はなかったのだろう。だから、カマをかけてみたのだ。「お前は魔法が使えるのだろう?」と。それに私はまんまと引っかかったのか、間抜けすぎて頭を殴りたくなった。シキにあれほど注意されていたのに、相手に足がかりを与えてしまった。

そのとき、キッチンにいたお母さんが、こちらに来た。

「あの、宗教とかなら入る気はありませんので、お帰り願いませんか?」

警戒心の入り混じった声で、口を出す。当たり前だ、いきなり見知らぬ人が、来てあなたの娘さんは超能力がありますね?などと言い出したら、良い想像はしない。宗教や怪しい団体の勧誘と思われるだけだ。

管由はそれについては答えず、私の方を向き、言葉を続けた。

 「伊藤君って知ってるよね?君にはシキト君、と言った方が良いかな。彼から聞いたんだ。君が超能力者だって」

 嘘だ。私は内心で毒づいた。あれだけ私に注意していたシキが、私のことをこの人たちに話すわけはないし、何より・・彼は超能力とは呼ばない。でも、これは予想外に良い展開かもしれない。管由は確かにシキから聞いた、と言った。これは、つまり彼の行方を知っている、知りたくばおまえの魔法について話せ、と暗に言っているのではないか?

お母さんは伊藤君と言う言葉に反応して、言葉がでないようだ。まあ、突然行方不明になった娘の恋人の名前が出てきたら、なんと言って良いかわからないのは当然だろう。

私はじっと考える。管由は急かす気はないようで、ゆったりとソファに座っている。なんとなく、この人は好きになれないだろうな、と感じた。

この人たちは”本物”の魔法使いの存在を知っている。そして私に会いにきた。それも、おそらくシキと私の関係を知っていて、彼が行方不明だということも知っている。ここまであからさまな情報があれば、導き出される回答は一つ、この人たちは、シキに関する情報を持っている。もしかしたら、居場所も知っているかもしれない。

覚悟を決めよう。ここでとぼけ続ければおそらくこの人たちは帰っていくだろう。いくら本当のことを知っていても、私が知らないと言い続ければ、確かめる術はないのだから。でも、それは彼への手がかりを無くす、ということだ。それは出来ない。なら、ここは私が魔法を使えることを話すしかない。

頭を働かせろ、こんな得体の知れない人たちに、すべての情報を与えてはいけない。幸いこの人たちは私の魔法についてのことは何も言っていない。これは知らないから、と解釈して良いはずだ。もし知っているのなら、それを引き合いに出すはずだ。そうすれば、超能力なんて怪しさ満点の言葉よりも、確実に私を動揺させることが出来る。そして、研究者の存在。十中八九私の魔法のことが知りたいからここへ来たはずだ。

私は頭の中で考えた”教えてはならない情報”に引っかからないように、慎重に言葉を選ぶ。

「確かに、私は超能力らしきものを持っています」

もちろん魔法とは呼ばない。あれは私とシキだけの言葉だ。

隣に立っていたお母さんがびっくりしたように、こちらを凝視している。当たり前か、ごめんね今まで黙ってて。

その言葉を聞いた管由は、とてもうれしそうに笑んで、白みがかった髪を撫で付けた。

「その超能力、見せてくれないかな?」

私は頷くと、目の前のカップを指差した。管由は怪訝そうにカップを見る。

イメージは手、頭の中で目の前のカップを掴み、手前に引き寄せる。

すると、カップは微かに引きずるような音を立てて、一センチ程手前に動いた。

私は顔を上げ、様子を伺う。管由は心底驚いた様子で、カップを凝視している。今まで無関心を貫いていた女の方も、まじまじとカップと私を交互に見つめる。

「これが・・・君の超能力かい?」

「はい、”物”を一センチだけ動かすことが出来ます」

私は内心冷や汗をかく。お願い、どうかこれで納得して。

管由は少し考えると、胸元からペンを取り出して、机に置いた。

「このペンのキャップをはずしてみてくれるかな?」

動揺を顔に出ないようにする。まさか隠していた部分をピンポイントで聞かれるとは。

「いえ、それは無理です。あくまで”物”を動かすことが出来るだけで、”物”の一部分を動かすことは出来ません」

大丈夫、まだばれていない。ここが正念場だ。

本当はこのペンのキャップをはずすことは出来る。私の魔法は”掴んで”、”引っ張る”ことだからだ。でもそれを知られるわけには行かない。あくまで”物”を動かすだけの、使い道のない魔法だと思わせるんだ。

散々頭を使ったせいだろうか、今までなんとも思っていなかったこの魔法の危険性に、今さらながらに気づいた。

今ならシキが私の魔法を危険だ、と言った理由が分かる。これは、あってはいけない魔法だ。絶対に知られるわけにはいかない。

管由は何度も頷き、ファイルの中から一枚の紙を取り出し、テーブルに置いた。これは・・・パンフレットだろうか。A4ほどの大きさの紙に、どこかの山間にある建造物が映し出されている。下の方にわずかな説明と、住所と電話番号が書かれている。

管由は私にそれを差し出すと、放心状態のお母さんに向かって言った。

「単刀直入に言います。私共はあなたの娘さんがほしい。というより、娘さんの超能力を調べたい。だから私共の研究所に来て、調査を手伝ってほしい。もちろん、危険なことは一切ありません。また、正式に研究所に就職という形を取り、研究所で暮らしてもらうことになるので、並の企業よりはるかに高い給料と、生活保障を約束します」

どうやら私の魔法は管由の御目にかなったようだ。ありがたくて反吐が出る。

大体わかった。この管由という男が所属する研究所はどうやら私のような、魔法が使える人たちを集めて研究する機関らしい。そしておそらく、シキもそこに居る・・・と思う。でも、だとしたらどうして行方不明なのかは分からない。私の場合は勧誘するために、お母さんにきちんと説明している。にも関わらず、彼の両親は研究所のことを知らない。もし知っているのなら、行方不明なんて言わないはずだ。もしかして、隠しているのかな。でも隠す理由が思いつかない。ということは、シキ自身がばれないようについて行ったということ?・・・わからない。まだ情報が足りない。

私がじっと黙っている間にも管由とお母さんの会話は続く。

「申し訳ありませんが、娘は大学にいかせたいと考えています」

「学業についての心配はいりません。学校には今までと変わらず通ってもらってかまいませんし、大学に行くことも止めません」

「調査を手伝ってもらうとおっしゃっていますが、要するに実験体ということでしょう?それはあんまりです。安全という言葉も説得力はありません」

「実験体という言葉は響きが悪く、誤解されがちですが、やることは健康診断とほぼ変わりません。それに私共の研究所は国立。つまり国がバックにいます。ですから怪しい研究などはできません。そんなことをするとジャーナリストが集まってきますからね。ですから安全性という面では一般企業よりは信頼出来ますよ。よければホームページもごらんになってください。アドレスはこの紙に書いてあります。あとパンフレットもお渡ししておきますね」

「ですが・・・」

「あなたの娘さんの超能力が解析できれば、様々な技術の発展に多大な影響を与えることが出来ます。それは結果的に多くの人を救うことにも繋がります。なぜならこの研究の延長線上には、エネルギー枯渇問題や、食糧問題に対する解決法や、医療技術の発展などがあります。これらが実現すれば日本だけでなく、南米で飢えによって苦しんでいる子供も、北欧の貧富の差に苦しんでいる愛国者達も救うことが出来るようになるかも知れません。それはとてもすばらしいことでしょう?」

「でも、どうしてうちの娘が・・・」

「いえ、娘さんだけではありません。今現在、確認されているだけで約千人程、超能力としかいえない能力を持った人たちがいます」

「なら、別に娘でなくても」

「たった千人です。それも全世界で。今、世界中で超能力の研究が進んでいます。いえ、競い合っているといった方が正しいでしょうか。この超能力という力を解析し、応用した国がまず間違いなく世界のトップに立てます。それほどの潜在能力を秘めているのです」

「そんな話聞いたことありません」

「もちろん一般の人たちにはあまり知られてはいません、それは私たちが隠しているからです。もし一般の人に知れ渡るようなことになれば、実験と称して心無い人が、どんなことをするか分かりませんからね、娘さんをこちらで預かることは、それを未然に防ぐ手立てにもなります」

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・

どうやらお母さんは言いくるめられているらしい。まあ、あまり押しの強くない人なので、納得させられるのは時間の問題だろう。まったく当の本人を無視して好き勝手言ってくれる。でも、これはチャンスだ。この人たちからシキへの情報はもう得られないだろう。管由が知りたかった情報は揃ったのだから、もう私にはなにも言ってはくれないだろう。でもその研究所とやらに行けば、何かが得られるかもしれない。

私は覚悟を決めて話し込んでいる(というより一方的に説得されている)お母さんに向き直る。

「お母さん、私ここに就職する」

管由に言葉で押されていたお母さんは、びっくりした様子でこっちを見た。

「駄目よ、得体がしれないわ」

管由はとても困った顔をした。良いざまだ。私は八つ当たり気味にそう思い、どう説得したものかと考える。

「ならこうすれば良いんじゃない?どんなことをやっているか、どんな様子か、私が定期的に連絡を入れるの、もしくはお母さんがこっちに様子を見に来るとか」

そして管由に向かってなるべく皮肉げに言う。

「もちろん、そのくらいは良いんでしょう?」

管由は苦笑いとともに頷いた。

お母さんはなにやら考え込んでいる。基本的に子供の自由意志を尊重する。という考えの人なので言い返す言葉がなかなか見つからないらしい。あと一息だ。

「ニュースとか新聞でも、就職が厳しいって話はよく聞くし、大卒でもフリーターって人が多いんでしょ?そうなるくらいならここに決めた方が良いと思うの、私の成績だって知ってるでしょう?」

今だけは成績が悪いことに感謝する。私の成績じゃあ旧帝大なんて夢のまた夢だし、国立大に入れるかも微妙だ。だからこそこの言葉には説得力がある。・・・やっぱり若干虚しい。

お母さんは大分ぐらついているようだ、頷こうとした顔を、必死に固定している。

私は止めとばかりに、心にもないことを言う。

「それに、私のこの力が皆の為になるなら、やっぱり協力するべきだと思うの」

素晴らしきかな人間愛。真面目な大人ほど皆のため、という言葉は良く効く。

お母さんもその例に漏れず、観念したようにうなだれた。

「あなたの好きになさい、お父さんは私が説得するから」

「うん、ありがとう」

若干お母さんが心配になってきた。こんないかにも怪しい人たちの下で働くという娘を止めきれないとは。私がいなくなった後、変な宗教や詐欺にかかったりしないだろうか?まあ、そこは祈るしかないか。

私は管由に向き直ると、ぺこりと頭を下げた。

「そういうわけで、お願いします」。

「こちらこそよろしく、じゃあ詳しい話に入るけど良いかい?」

「はい」

シキ、待ってて、すぐにそっちに行くから。私は心の中で、彼に呼びかけた。

管由はファイルの中から追加のパンフレットのようなものや、契約書のようなものを取り出し、机に広げる。

お母さんは私の隣に座ると、一緒に説明を聞き始めた。



暗い部屋。カーテンは開けているので、下弦の月が僅かな明かりで私の部屋を照らす。どことなく青白いその明かりは、静けさと相まってとても神聖な雰囲気がする。

私は電気もつけず、ベッドの上で、じっとしていた。

話し合いの結果、研究所に行くのは一週間後になった。それからはずっと研究所暮らしになる。大学へは行かず、高校を卒業したら正式に研究所に就職となる。肩書きとしては研究員となるらしい。

生活保障、保険、年金などは万全で、給料も冗談みたいに高かった。

シキについての情報も手に入れることが出来たし、魔法についても何とか重要な部分は隠せた。自分でもなかなか良くやったと思う。

魔法・・・か。

私はベッドから机の上にある時計を見ると、魔法を使った。するとまるでそれが当然のように、時計は一センチほど右に動く。

違う、こうじゃない。もっと集中して連続的に、手が次から次へと出てくるイメージ。

すると時計は一センチずつ、十回左に動いた。

やっぱり、たとえ一センチしか動かせなくても、何回もやれば距離を伸ばすことが出来る。これはさっき管由と話しているときに思いついたことだ。研究所に行く前に確かめることが出来てほっとする。

次は、二十センチと思い、時計に意識を集中する。今度はさっきよりもうまく言った。まるで一つの動きのように、時計は十センチほど右に動いた。

・・・あれ?

私はベッドから降りると、定規を取り出し、時計がさっきあったであろう位置から、現在ある位置までの長さをを測った。大体十センチ。

おかしい、私はたしかに二十回動かしたはずだ。なのにどうして10センチしか動かないの?

今度はもっとよく調べるために、時計にあわせるようにして定規を置いた。そしてもう一度二十センチほど動かそうとする。

ずず・・・

と、ちゃんと時計は動くが、やはり十センチほどで止まってしまう。

自分でやっていることなのに良く分からない。自分のイメージをはっきりさせるために、今度はゆっくりと動かす、手が一つ、二つ、三つ・・・十・・・あれ。十一個以上手をイメージしようとすると、うまくいかない。

ということは、どうやら連続で魔法を使うのは十回が限界みたいだ。それにしても、どうして十なのだろうか?両手の指の数だけしか使えないとか?まあ、考えても仕方がないか。

とにかく、私が物を動かせるのは最大一センチで、十回まで連続して魔法を使うことができる。これも、隠しておいたほうがよさそうだ。

私は定規を納め、ベッドに戻り寝転がる。

シキは元気だろうか、ちゃんとご飯を食べているのだろうか、心配だ。

でも、きっともうすぐ会える。楽しみだ。でも会ったらまずなんて言おう。久しぶり、なんてのんきなこと言えるはずはない。やっぱりまずは文句を言おう。皆に黙って行ってしまったこと、私に心配かけたこと、いろいろある。そのあとはめいっぱい甘えよう。アイスクリームをおごってもらったり、服を買ってもらったり、散々付きまとってやる。私を心配させた罰だ。

私は目を閉じて、来週に起こるだろうことを夢想する。でも本当はわかっている。研究所に行ったとしても、シキに会えるかはわからない。なにせ行方不明にまでなって行った場所だ、簡単に会えるとは思えない。それにもしかしたら・・・そこに彼はいないのかもしれない。なにせ、居る証拠は何もないのだから。

でも仮に会えなかったとしても、情報は手に入るかも知れない。それだけで、価値はある。

それに管由という人は、シキのことについての情報をちらつかせていた。まったく無関係ということはないはず。

私はシキについてのことを考えながら、魔法についても頭をめぐらす。本当に今日はよく頭を使う日だ。

管由が言った言葉を思い出す。魔法使いは全世界に約千人。その数に、脇で聞いていた私もひそかに驚いていた。私とシキだけが魔法を使える、と思ったことはない。それほど私の頭はおめでたくはないつもりだ。けれど、千人という数は私が予想していたよりずっと少なかった。

魔法についての心配事もある。特に注意しなければいけないのが、私の魔法は物を”掴む”ことと、連続して魔法を使うことが出来ることだ。これらを絶対に知られてはいけない。

うとうとと、思考が途切れ途切れになってくる。

 カーテンを開けっ放しにしているので、青白い光が室内に入り、夢の世界へと誘うような不思議な雰囲気をかもし出す。

私はまどろむ頭に注意を促しながらも、甘い夢を見始めた。


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