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リボントツナグ

作者: 色葉充音
掲載日:2026/06/03

 大丈夫、大丈夫、大丈夫……。


 どれだけ強く念じてみても全身の震えが止まらない。

 いつもぽかぽかとしているわたしの手はじっとりと冷たくて、意識しておかないと息をすることさえ忘れてしまいそうになる。

 心臓はバクバクを超えてドクドク。耳のすぐ近くでうるさく鳴り響いている。


 開演時間の十八時まで残り三分となった今、マイクすら上手く持てないわたしが本当にみんなの前で歌えるの?

 視界の端が黒くなってきて、これはまずいと深呼吸。


 大丈夫、大丈夫、大丈夫……。


 昨日の夜からずっと念じていたせいか、魔法の言葉の効果が切れてきていた。

 デビューライブのときにも頼った「大丈夫」。多くのアイドルが集まる音楽フェスの一画でやったあのときより、今の方がよっぽど怖い。


 わたしのためだけに来てくれている、わたしのファンのみんなの前で、失敗してしまわないだろうか。


 もしも歌詞が飛んだら?

 もしも振り付けを間違えたら?

 もしも声が出なくなったら?


 どんどん出てきて止まらない、いくつもの最悪なもしも……そのせいでさらに怖くなって、がくがくと震える足で立つことに精一杯。

 こんな生まれたての子鹿みたいな姿、ファンのみんなには絶対に見せられない。


 残り二分。あと二分で決着をつけなければ。覚悟を決めなければ。完璧に可愛いアイドルのわたしにならなければ。差し出されたマイクを両手で握る。絶対に落とさないように、力の入らない手でぎゅっと握る。


 こうなったらあとはひたすら深呼吸をするだけ。吸って、吐いて。吸って、吐いて。

 心臓と呼吸の音しか聞こえない。手足の冷たさもさっきよりかはマシになった。


 大丈夫、大丈夫、大丈夫……。


 残り一分。ステージの方ではカウントダウンが始まるころ。目を瞑って、引き続き呼吸に意識を集中させる。


 ……三十三、三十二、三十一——


『三十!!』


 わたしの思考に被せるようにして、いくつもの重なる声が耳に届く。


『二十九!!』


 歓喜、期待、熱狂。すべて、わたし一人に向けられている感情だ。


『二十八!!』


 ゆっくりと目を開く。余計な力みは必要ない。


『二十七!!』


 そうだ、簡単な話だ。わたしはわたしとして、いつも通り、わたしの最大限を届ければいい。


『二十六!!』


 右手でマイクを握る。全身が震える。


『二十五!!』


 このマイクは離さない、絶対に放さない。この震えは恐怖からくるものではないのだ。


『二十四!!』


 みんなの心は離さない、絶対に放してたまるか。武者震いを受け入れるんだ、わたし。


『二十三!!』


 わたしは今何を着ている?


『二十二!!』


 今日という日のためだけに作ってもらった純白のわたし専用の衣装。


『二十一!!』


 肘手前までのふわりとしたレースになっている袖。


『二十!』


 太もものところできゅっとなっているバルーンシルエットのドロワーズをイメージしたズボン。


『十九!!』


 動くたびにズボンがちらりと見える長さの布たっぷりなひらひらミニスカート。


『十八!!』


 リボン飾りのついた少し高さのあるローファー。


『十七!!』


 左手首から肩にかけて、くるくると真っ白なリボンが結ばれている。


『十六!!』


 わたしは誰だ?


『十五!!』


 わたしはアイドルだ。


『十四!!』


 この声を送ってくれているみんなは誰だ?


『十三!!』


 アイドルであるわたしのファンだ。


『十二!!』


 ならばわたしのやることは決まっているのでは?


『十一!!』


 もちろん、一つしかない。


『十!!』


 みんなを全力で笑顔にすることだ。


『九!!』


 今回のライブのテーマは何だ?


『八!!』


 つなぐ。わたしとファンのみんなをつなぐ。ファンのみんなと心をつなぐ。みんなの心と笑顔をつなぐ。


『七!!』


 わたしならできる。わたしなら大丈夫。もう恐れはしない。もう怖がりはしない。


『六!!』


 ドクドクと跳ねる心臓も、暗くなりかけていた視界も、全部全部振り払って。


『五!!』


 一度、深く深呼吸。みんながわたしに分けてくれた大きな熱を吸い込んだ。


『四!!』


 さあ叫ぼう、さあ歌おう、さあ踊ろう。


『三!!』


 さあ、みんなを笑顔にしよう。


『二!!』


 何者でもなかったわたしをアイドルにしてくれたのは——!


『一!!』


 会場が暗転する。わたしの世界が静けさに包まれる。その隙にわたしはステージの中央に躍り出て、マイクを握って。大きく息を吸い込んで。


「みんなー!! リボン(わたし)のファーストソロライブに来てくれてありがとー!!」


 そう叫んだ次の瞬間、熱のこもった声援と大量の拍手に照らされた。

 眩しいほどのステージライト。それよりももっと眩しいのは、みんなが持っている真っ白なペンライトの光。みんなが向けてくれているわたしだけの色。


 全身でびりびりと感じる熱と思いに全力の笑顔を投げ返す。

 ドラムが、ベースが、ギターが、ピアノが……息を合わせて演奏を始める。同時に、会場の至るところからリボンをモチーフにした真っ白なテープが射出された。


「わたしからのプレゼント、受け取ってね!!」


 そうやってみんなに届いたリボンとお揃いのものがついた左腕を掲げる。会場中から歓声と拍手が巻き起こった。

 だけど、まだまだ足りない。まだまだ盛り上げられる。まだまだ笑顔になれる。


 今のわたしはアイドルなのだ。


 もっとずっと、最大限のその先をみんなと! 何者でもなかったわたしをアイドルにしてくれたみんなと——!


「それじゃあ一曲目! 聞いてください、『リボントツナグ』!!」

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