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王太子が毎年悪役令嬢を断罪するので、令嬢六人で労働組合を結成しました  作者: 九葉(くずは)


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第6話 傷痕の証言——ニーナとカティアの話

 ニーナの工房は薬草の匂いに満ちていた。鼻の奥がつんとして、それから甘くなる。乾燥ラベンダーと蜂蜜、それからどこか苦い何か。彼女が持ち込んだ薬草の束を、丸テーブルの上で無意識に整理している。話しながら手が動く人だ。


 あの世界のドラッグストアの棚より品数が多い。全部手書きのラベル。しかも分類が細かい。「鎮痛用」「解毒用」「結界酔い用」。

 最後のは何だ。この世界にしかない概念がさりげなく混ざっている。


「……あの年、南部の村で疫病が出ました」


 ニーナの声は小さい。組合員の中で一番年下で、一番口数が少ない。だが薬の話になると声に芯が入る。


「原因は汚染された井戸水でした。私は薬香を調合して村全体を浄化しました。空気中に広がる揮発性の薬です。三日間、夜通しで調合し続けて」


「三日間?」


「薬香は調合してから六時間で効力が落ちるので。六時間ごとに新しく調合する必要があって。寝たのは……合計で四時間くらい、だったと思います」


 ニーナの手が薬草を一本、丁寧に束ねた。茎の切り口を揃えて、麻紐できゅっと縛る。手際がいい。この手が村を救ったのだ。


「村の疫病は治まりました。でも、聖女様が来たんです。翌日に」


 テーブルの空気が張りつめた。


「聖女様が浄化魔法をかけて、それで治ったと。そういうことになりました。王宮の公報にも『聖女の浄化魔法により疫病を鎮圧』と載ったそうです」


「手柄の横取り」とテレーゼが吐き捨てるように言った。


「あ、いえ……聖女様の浄化魔法にも効果はあったんです。ただ、その前に薬香で八割は治まっていたので……」


 ニーナは控えめだ。控えめすぎる。でも数字は嘘をつかない。八割。薬香で八割を治した調香師の手柄を、聖女が丸ごと持っていった。


「異議を唱えたの?」とマリアンヌ。


「……はい。王宮の医務官に報告書を出しました。『薬香による浄化が先行していた』と。事実を書いただけなのに」


 翌月、ニーナは断罪された。「民を惑わす偽の治療を行った不忠の令嬢」。

 偽? 疫病が治まった事実があるのに?


「報告書は?」


「握りつぶされました。マリアンヌさんと同じです」


 マリアンヌが目を伏せた。


 パターンだ。聖女にとって不都合な事実を報告した令嬢が消される。報告書が握りつぶされる。同じ手口。同じ構造。



 カティアの番。


 彼女は椅子の上であぐらをかいて。この人は貴族令嬢としてのマナーを完全に忘れている。

 両手を広げた。


「あたしの話は簡単よ。歌ったら断罪された」


「……それだけ?」


「それだけ。いや、ちょっと補足するね」


 カティアは笑っている。この人はいつも笑っている。でも目は笑っていない。


「あたしの歌唱魔法って、聞いた人の心を落ち着かせる効果があるの。戦場帰りの兵士とか、災害で家を失った人とか。トラウマを和らげる力」


「治癒魔法とは違うの?」とマリアンヌ。


「違う。身体じゃなくて心に効く。あちらで言うと、ってエルザにしかわかんないか。まあいいや、音楽療法みたいなもん」


 カティアは組合員の中で唯一、エルザの「前世」発言に違和感を持たない。彼女自身があちらの記憶を持っているわけではない。ただ単純に、気にしないのだ。


「で、聖女様がさ、あたしの歌を聴いた民衆の反応を見て気に入らなかったわけ。浄化魔法より歌の方が民衆に人気があったから」


「人気……」


「うん。あたしが歌うと、みんな泣くのよ。聖女様の浄化では泣かない。効き目は別物だけど、見た目のインパクトが違ったんだろうね」


 カティアが髪をかき上げた。酒場の歌い手になっても手入れの行き届いた栗色の髪だ。


「聖女様が王太子殿下に言ったの。『あの歌には呪いが含まれています。民が泣くのは呪いの証拠です』って、笑えるでしょ。泣くほど感動する歌が呪いだって」


 笑えない。


「王太子殿下は検証もせずに断罪した。歌唱魔法の鑑定士がいれば一発でわかることなのに。呪いなんか入ってるわけない。でもさ、聖女様が泣きながら訴えたら、」


「検証は不要になる」とユリウスが言った。ペンを持つ手は今日も微かに力が入っている。


「そ。聖女の涙は、王宮で一番強い証拠なんだよ」


 カティアが笑った。酒場で鍛えた、客を楽しませるための笑い方。でもその下に、歌を奪われた人間の怒りが透けている。


「ねえエルザ。あたしの歌、聴いたことある?」


「……ない」


「だよね。断罪される前に歌を聴いた人は、みんな泣いてくれたよ。でも断罪された後、酒場で歌っても、」


 カティアの声が一瞬詰まった。ほんの一瞬。


「酒が足りないと泣けないみたい。まあ、酒場だしね」


 それは、酒のせいじゃない。「断罪された令嬢」というレッテルが、歌の力を殺しているのだ。同じ歌でも、歌い手が「追放された令嬢」だと知った瞬間、聴く側の心が閉じる。


 前世で見た光景だ。パワハラで退職させられた同僚が、転職先でも「あの会社を辞めた人」と噂された。能力は同じなのに、評価が変わる。レッテルは人を追いかける。



 四人分の証言が揃った。


 丸テーブルに広げた羊皮紙に、パターンを書き出した。


 一人目、マリアンヌ。

 技術報告の隠蔽。 二人目、テレーゼ。

 目撃の口封じ。 三人目、ニーナ。

 手柄横取りの隠蔽。 四人目、カティア。

 人気の排除。


 全員に共通するのは、聖女の立場を脅かす能力を持っていたこと。そして聖女の密告→王太子の断罪→報告書の握りつぶし、という同一のメカニズム。


「……五人目のイリスは魔獣調教師」


 口に出した。テーブルの全員が私を見る。


「護衛獣を管理している。聖女がこの能力を邪魔に思う理由は、護衛獣がいると、聖女が王宮内で自由に動けない。夜中に他国の使者と会うにも、護衛獣がいたら気づかれる」


 テレーゼが頷いた。「あの夜、護衛獣がいたら私のところに来る前に見つかってたわね」


 イリスの断罪は、冬の舞踏会。あと七ヶ月余り。


「間に合わせる」


 ユリウスが立ち上がった。椅子が鳴った。


「……フェルゼン。エルザ嬢」


 呼び方が変わった。「フェルゼン嬢」ではなく「エルザ嬢」。名前だ。ユリウスの声で自分の名前を聞くのは初めてで、耳の後ろが妙に熱くなった。


「こんな不正を見て、法律家として何もしなかった自分が——」


 言いかけて、止めた。眼鏡を外す。拭く。掛け直す。


「……法的に、全力を尽くす」


「あなたのせいじゃない」


 自然に出た言葉だった。法律の話でも、組合の話でもない。ただ——そう思ったから言った。


 ユリウスは何も答えなかった。でも、眼鏡を掛け直す動作がぎこちなかった。二回かけ直して、まだ位置が合わない。

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