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王太子が毎年悪役令嬢を断罪するので、令嬢六人で労働組合を結成しました  作者: 九葉(くずは)


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第5話 傷痕の証言——マリアンヌとテレーゼの話

「『不忠の令嬢』というのは、誰が決めるのかしら」


 マリアンヌは、紅茶を一口飲んでからそう言った。湯気が細く立ち上って、窓から差す冬の光に溶ける。


 異議申し立ての審議期間。三ヶ月。その間にやるべきことは山ほどある。証拠の収集、証言の記録、法的な裏付け。だが何より必要なのは、「何が起きたか」を正確に知ることだった。

 丸テーブルに組合員が集まっている。今日は証言の日だ。ユリウスが記録係として同席している。鵞ペンと羊皮紙を前に、背筋を伸ばして座っている。


「マリアンヌ。あなたの話を聞かせて」


「三年前のことよ」


 マリアンヌの声は穏やかだった。紅茶のカップを両手で包んでいる。いつもそうだ。何かを抱えるようにして、静かに話す人。


「私は結界師として王宮に仕えていた。北方の結界、国境線を覆う防衛結界の維持が担当。聖女様の浄化魔法だけでは結界の安定維持が難しい、と進言したの。それだけ」


「それだけ?」


「ええ。技術的な報告書を提出しただけ。浄化魔法は汚染を除去する力だけど、結界の構造を維持する力とは別物なの。両方必要だと書いた。事実だもの」


 ユリウスのペンが走る音だけが響く。


「翌週、王太子殿下に呼び出された。『聖女の力を侮辱した罪で断罪する』と。……報告書は握りつぶされていたわ。読まれてすらいなかった」


 マリアンヌの指がカップの縁を撫でた。


「王宮を出る日、北方結界の担当者が私のところに来たの。若い魔法使いの子。泣いていた。『マリアンヌ先生がいなくなったら、結界の補修は誰が』って。答えられなかった」


 紅茶のカップをテーブルに置いた。小さな音。


「今でもたまに考えるの。あの子、ちゃんと結界の維持ができているかしら。私が書いた補修手順書は引き継いだはずだけど、手順書だけで結界は守れない。魔力の流れは季節で変わる。北風が強い年は結界が薄くなるの。それを感覚で読み取るには、」


 マリアンヌは言葉を切った。唇を一度引き結んで、それからまた穏やかに笑った。


「ごめんなさい、脱線したわ」


 脱線じゃない。それが核心だ。マリアンヌは三年経っても、自分が守っていたものを手放せていない。


 テーブルが静かになった。カティアが唇を噛んでいる。ニーナは手元の薬草の束を握りしめている。


 こめかみの血管が脈打っている。自分で触って、初めて気づいた。


「マリアンヌ。その報告書の写しは」


「手元にあるわ。辺境に持ち出した。握りつぶされたのは王宮の原本だけ」


 ユリウスが顔を上げた。目が光っている。法律家が本気になった目だ。


「使える。技術報告書の握りつぶしは、行政手続きの瑕疵に当たる」



 テレーゼの番。


 彼女は椅子にだらしなく座って腕を組んだ。テレーゼはいつもそうだ、姿勢が悪い。


「あたしの話は、もう少しドラマチックよ」


「ドラマチック?」


「宮廷画家だったの。外交の場で条約文書の装飾画を描くのが仕事。ある日、夜の宮殿で」


 テレーゼの目が遠くなった。皮肉の色が消えている。


「描いていたのよ。月明かりがきれいだったから、回廊のスケッチを。そうしたら聖女様が来た。一人じゃない。他国の使者と一緒に。渡していた。封筒を。分厚い封筒」


「賄賂?」


「お金かどうかは見えなかった。でも封筒の厚さと、二人の表情で。あれは正規の外交ではない。画家の目を舐めないでほしいわ。人の表情を描くのが仕事なのよ」


 テレーゼは指で宙に四角を描いた。キャンバスの形だ。


「翌日、聖女様に呼び出された。『昨夜のことは見間違いよね?』と。微笑んで。あの完璧な微笑みで」


「何て答えたの?」


「『見たものは見ました』。画家は嘘がつけないの。目に映ったものを描くのが仕事だから」


 一週間後、テレーゼは断罪された。「王太子の肖像画に不敬な表現を含めた」という理由で。テレーゼは王太子の肖像画を描いたことがない。


「聖女は口実を作るのが上手いのよ。検証不能な罪状を選ぶ。肖像画の『不敬な表現』なんて、言った者勝ちだもの」


 テレーゼが私を見た。


「で、スケッチの話だけど」


「ある?」


「画家よ。見たものは描く。あの夜のスケッチ、ちゃんと残してあるわ。聖女の顔も、使者の顔も、封筒の厚さも。画家の証拠は写真より正確よ」


 テーブルの向こうでユリウスのペンが止まった。握る手に力が入っている。ペンを持つ指の関節が白くなっている。力が入りすぎている。

 記録係としての法律家の冷静さを保とうとしているのだろう。だが、法律家である前に、この人も人間だ。


 私だけがそれに気づいた。他の組合員は、テレーゼの証言に集中している。


「ユリウス——クライスト殿。記録、大丈夫ですか」


「……ああ」


 ペンを置いて、眼鏡を外した。拭いている。レンズは汚れていない。

 その手を見ていた。法律書を繰る指は細いが、ペンだこがある。たくさんの条文を写してきた手だ。この手が、組合の規約を書き直してくれた。不思議なことに、それを思い出すと少し落ち着く。


「テレーゼ嬢。そのスケッチは、外交上の不正行為の物的証拠になる。保管場所は」


「旅の荷物と一緒。いつでも出せるわ」


「次回の会合に持ってきてくれ。……頼む」


 「頼む」。ユリウスが「お願い」をするのを初めて聞いた。



 夜。組合員が帰った後の丸テーブル。


 二つの証言を整理していた。マリアンヌの断罪は「技術報告の隠蔽」。テレーゼの断罪は「目撃の口封じ」。

 どちらも、聖女にとって不都合な情報を持つ令嬢が消されている。


 パターンが見え始めている。まだ二人分だ。明日はニーナとカティアの証言を聞く。四人分揃えば、線が面になる。


 鵞ペンを取って、羊皮紙に書き出した。


 一人目、マリアンヌ。結界師。断罪理由:聖女の力への侮辱。本当の理由:聖女の力だけでは不十分だという事実の隠蔽。

 二人目、テレーゼ。宮廷画家。断罪理由:肖像画の不敬。本当の理由:不正外交の目撃を口封じ。


 共通点。どちらも聖女にとって不都合な「事実」を持っていた。能力が邪魔だったのではない。知っていることが邪魔だったのだ。


 ……いや、違う。能力「も」邪魔だ。マリアンヌがいなければ結界の問題は表面化しない。テレーゼがいなければ不正の証拠は絵にならない。能力があるから事実に気づき、事実に気づいたから消される。


 ならば次の二人——ニーナとカティアも、同じパターンのはずだ。


 窓の外は雪。蜜蝋の燭台が揺れている。テーブルの上に、ユリウスが淹れた紅茶が残っていた。冷めている。でも、捨てずに飲んだ。

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