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王太子が毎年悪役令嬢を断罪するので、令嬢六人で労働組合を結成しました  作者: 九葉(くずは)


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2/12

第2話 組合員、募集中

 辺境の冬は、王都の三倍寒い。マリアンヌの結界修理工房は、それでも湯気の立つ紅茶だけは切らさなかった。


「組合費は月額銀貨三枚です。命の値段にしては安いでしょう?」


 我ながら営業トークがあの頃そのままだ。あの頃は社内報に載せる互助会の勧誘文を書いていた。結局その互助会ごと潰されたわけだが。


 マリアンヌは紅茶のカップを両手で包んだまま、私の顔をじっと見ている。


「……本気なのね」


「昔から、書類を作るのだけは得意なの」


 テーブルの上に、三十枚の羊皮紙を広げた。『令嬢互助組合 設立趣意書(案)』。加入条件、組合費、活動内容、法的根拠。

 全部書いた。三日かかった。インクの染みがまだ乾いていない箇所がある。


「……法的根拠が商業組合の条文からの類推適用? これ、通るの?」


「通すの」


 マリアンヌが笑った。三年ぶりに見る、ちゃんとした笑い方だった。

 工房の窓から見える辺境の雪原は、王都とは違う白さをしている。汚れていない。ここに追放されて三年、マリアンヌは一度も王都に戻りたいと言わなかった。結界の修理で生計を立て、近隣の村人に頼られ、静かに暮らしている。

 でも、それは「幸せ」じゃない。選ばなかった人生だ。


「他に誰を集めるの?」


「テレーゼ、ニーナ、カティア。それから、五人目の婚約者」


「……全員?」


「全員」



 二人目はテレーゼ・フォン・ライヒ。二年前に断罪された宮廷画家。今は各国を回る旅の絵師をしている。


 港町の宿で見つけた。イーゼルの前に座って、海を描いている。振り返りもしない。


「断られるわよ」


 私が口を開く前にそう言った。


「令嬢を集めて王太子に立ち向かう? 素敵な絵空事ね」


「絵空事を本物にするのが書類の力です」


「……あなた、面白い言い方するわね」


 テレーゼは筆を置いた。海の青がまだ濡れている。


「あなたの絵を証拠として使いたいの。宮廷画家として、何を見ていたか」


 テレーゼの目が変わった。皮肉の色が消えて、鋭い何かが代わりに入った。


「座りなさい。長い話になるわ」



 三人目。ニーナ・フォン・ヴァイデン。一年半前に断罪された調香師。田舎の香料店で働いている。


 店に入った瞬間、鼻の奥がつんとした。薬草の匂い。乾燥させたラベンダーと、何か甘いもの。

 蜂蜜を煮詰めた時の匂いに似ている。あの世界のアロマショップより品数が多い。しかも全部手書きのラベルが貼ってある。几帳面な人なのだ。こういう人が報われない世界は、どこの世界でも同じらしい。


「む、無理です……私なんかが、組合なんて……」


 ニーナは棚の後ろに隠れるようにして言った。顔が真っ赤だ。人見知りにもほどがある。


「ニーナ。五人目の婚約者がもう決まってるの。イリス・フォン・シュヴァルツ、十九歳。魔獣調教師」


「……十九歳」


「あなたが断罪された時と同い年」


 ニーナの手が止まった。持っていた薬草の束が、かすかに震えている。


「……助けたい、です」


 声は小さかった。でも震えは止まっていた。



 四人目。カティア・フォン・ゾンネ。つい先日断罪されたばかりの歌い手。王都の外れの酒場にいた。


 カウンターに座って、安い麦酒を飲んでいる。断罪から一週間で酒場の歌い手に転職している。図太い。好きだ、こういう人。


「組合?」


「ええ」


「面白そうじゃん。入る」


 ……即答だった。麦酒のジョッキを置く音が、やけに軽い。


「え、理由とか聞かないの?」


「だってさ、あの王太子ムカつくじゃん。歌も聴かないで「不忠の令嬢」って。あたしの歌を一回でも聴いてから断罪しろっての」


 あの頃の飲み会で「上司ムカつく」と愚痴ってた同期を思い出した。あの子も転職先であっさり成功していた。強い人間は、どこに落ちても立ち上がる。


 麦酒をもう一杯頼んだ。地ビール。いや、地麦酒か。この町の醸造所が作っているらしい。苦味が強くて、後味に蜂蜜の甘さが残る。悪くない。


「で、あと誰がいるの?」


「マリアンヌ、テレーゼ、ニーナ。あなたで四人。私で五人」


「六人目は?」


「五人目の婚約者、イリス・フォン・シュヴァルツ。まだ接触できていない。今の王太子の婚約者だから」


 カティアが口笛を吹いた。酒場の客が振り向く。


「王太子の婚約者を組合に勧誘するの? やばくない?」


「やばいわね」


「最高じゃん」



 フェルゼン公爵領の別邸。六脚の椅子を並べた丸テーブルを用意した。磨いたオーク材で、中央にインク壺と鵞ペンを置いた。


 マリアンヌ、テレーゼ、ニーナ、カティア。四人が座る。私で五人。一つだけ、空いている。


「ここは五人目のために空けておきます」


「イリス・フォン・シュヴァルツの席ね」とテレーゼ。


「まだ会ったこともないのに席があるの、なんか変な感じ」とカティア。


「……で、でも、来てくれるかな」とニーナ。


 マリアンヌだけが、黙って空席を見ていた。


「来るかどうかは、これから決める。今日はまず、」


 趣意書を配る。三十枚。五部。インクの匂いがまだ微かにする。


「『令嬢互助組合』。略称、PLU。正式名称は——」


「待って、何の略?」とカティア。


「Villainess Protection Labor Union」


「……何語?」


「——気にしないで。さ、第一条から読み合わせましょう」


 テレーゼが「この組合長、何者なの」という顔で私を見ている。何者でもない。あの頃は社畜で、今世は公爵令嬢。それだけ。


 でも、書類を作るのだけは、得意なのだ。


 蜜蝋の燭台に火を灯した。丸テーブルが暖かい色に染まる。六脚の椅子のうち、五つが埋まっている。

 あとひとつ。


 読み合わせは二時間かかった。ニーナが条文の意味を聞くたびにテレーゼが皮肉を言い、カティアが「要するに何?」と噛み砕き、マリアンヌが静かに補足する。

 昔のブレスト会議を思い出す。あの時はコーヒーだったが、今は紅茶。ぬるくなった紅茶を飲み干して、私は最後のページを開いた。


「第十二条。『本組合は、すべての令嬢が理不尽な断罪から守られる制度が確立された時点で、解散するものとする』」


 一瞬、沈黙。


「……解散するんだ」とカティアが言った。


「ええ。組合が必要ない世界を作るのが目的だから」


 テレーゼが書類から顔を上げた。


「そういえば——断罪の裏で誰が動いていたか、私、絵を描いている時に見ちゃったのよ」


 テーブルの空気が変わった。

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