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王太子が毎年悪役令嬢を断罪するので、令嬢六人で労働組合を結成しました  作者: 九葉(くずは)


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第10話 全員が戦っていた

 証拠が足りない。時間が足りない。味方が足りない。


 宰相が組合の法的解散を画策している。テレーゼの情報は正確だった。王宮内部から「商業組合令の類推適用は無効」とする法解釈が出回り始めている。組合の法人格そのものが否定されれば、舞踏会での法廷劇も「私人の暴走」として片付けられる。


 時間がない。組合が解散させられる前に、国王への直訴しかない。

 だが直訴には決定的な証拠の束が要る。舞踏会で出した証拠だけでは足りない。「パターンがある」と主張したが、それを法的に証明するには。


「四件分の断罪記録、聖女の密告の証拠、没収財産の流れ、宰相の着服の痕跡。全部揃えて、一つの文書にまとめなければ」


 丸テーブルで一人、羊皮紙に書き出していた。深夜だ。蜜蝋の燭台が二本目に入っている。焔がぱちんと爆ぜた。


 一人でやるしかない。組合員はそれぞれの持ち場がある。マリアンヌは辺境で結界の仕事、テレーゼは情報収集、ニーナは薬草の仕入れ、カティアは酒場、イリスは護衛獣の管理。ユリウスは法的な防御。

 組合の解散を阻止する法律論の構築に手一杯だ。


 あちらでも同じだった。最後は一人で書類をまとめていた。同僚は応援してくれたが、夜中のオフィスにいたのは自分だけだった。


 鵞ペンのインクが切れた。壺に浸す。手が冷えている。暖炉の火は小さくなっている。薪を足す気力がない。



 翌朝。

 丸テーブルに組合員を集めた。直訴の計画を説明しようとした、その時だ。


「エルザ」


 マリアンヌが立ち上がった。手に、分厚い束を持っている。


「これ、渡しておくわね」


「……何?」


「北方結界の維持記録。三年分。私が断罪された後、結界がどれだけ劣化したかの数値データよ。辺境の工房で、ずっと記録していたの」


 テレーゼが続いた。スケッチブックを一冊、テーブルに置いた。


「あたしのスケッチ全集。舞踏会で見せたのは一枚だけだったでしょ。他にもあるの。聖女が宮廷内で誰と会っていたか、二年間分のスケッチ。旅の絵師として各国を回りながら、情報を集めてた」


 ニーナが前に出た。小さな木箱を開けた。中に、丁寧にラベルが貼られた小瓶が並んでいる。


「南部の疫病の時の薬香の成分分析書です。それと、聖女の浄化魔法の前後で、疫病の治癒率がどう変化したかの比較データ。村の医師に頼んで、こっそり記録してもらっていました」


 カティアがテーブルを叩いた。


「あたしも! 酒場で歌いながら、断罪された令嬢の話を客から聞いてたの。民衆の証言。二十三人分。みんな『あの令嬢は悪い人じゃなかった』って言ってる。歌唱魔法で記録したから、声もそのまま残ってるよ」


 イリスが最後に立った。護衛獣の管理記録を差し出した。


「護衛獣の行動記録です。聖女が深夜に王宮を出入りした日時と、護衛獣の反応が一致しています。獣は嘘をつきません」


 テーブルの上に、証拠が積まれていく。


 私は椅子に座ったまま動けなかった。


「……聞いてない」


 声が震えた。


「なんで。いつの間に、」


「あんたが一人で書類作ってるのを見てたら、黙ってられないでしょ」とカティア。


「エルザ。あなたは組合を作ってくれた。でも、組合はあなた一人のものじゃないの」


 マリアンヌの声。三年前に断罪されて、「慣れた」と言った人の声。

 慣れてなんかいなかった。ずっと戦っていた。静かに、一人で、記録を取り続けていた。


 涙が出た。

 あの頃は泣かなかった。労組が潰された夜も、退職届を書いた朝も。泣いたら負けだと思っていた。


 でも今は。これは負けの涙じゃない。


 テーブルに頬杖をつこうとして、肘が自分の書類に当たった。深夜に一人で書いていた文書。全部一人でやらなきゃと思っていた文書。

 一人じゃなかった。最初から。

 組合を作ったのは私だが、組合を動かしていたのは六人全員だった。私が書類と格闘している間に、全員がそれぞれの武器で戦っていた。マリアンヌは数字で、テレーゼは絵で、ニーナは薬学で、カティアは声で、イリスは獣で。


「前世では——」


 口が動いた。止められなかった。


「前世で労組を作ろうとした時、一人だった。同僚は『頑張って』と言ってくれたけど、夜中のオフィスにいたのは私だけで。書類を机に叩きつけられて、それで終わった」


 組合員が黙って聞いている。あの世界の話を、初めてちゃんとした。


「今度は違った。……ありがとう」


 カティアが泣いていた。ニーナも。テレーゼだけ腕を組んだまま天井を向いていたが、目が赤い。マリアンヌは微笑んでいた。涙を流しながら。


「……それと」


 ユリウスの声。振り返ると、彼は眼鏡を外していた。拭いていない。まっすぐこちらを見ている。


「俺は国王に直訴の書状を出した。三日前に。法律顧問として、国政に関わる不正を国王に進言する義務がある」


「聞いてない」


「言ったら君が止めただろう」


「止めたかもしれない」


「だから言わなかった」


 ユリウスが書状の写しをテーブルに置いた。整った筆跡。法律家の文書。だがその中に、法律用語では言い表せない一行があった。


 『本件は法的問題であると同時に、王国の良心の問題である』


 良心。ユリウスの文書に、「良心」という法律に載っていない言葉がある。

 法律でしか語れないはずの人が、法律の外に出てきた。私のために。

 胸のどこかが、きゅっと縮んだ。これに名前をつけるのは、全部終わってからにする。



 三日後。国王から召喚状が届いた。


 王宮の謁見の間。国王アルフレートが玉座に座っている。温厚な顔だが、今日は目が違う。書状を読んだ目だ。


「令嬢互助組合の代表に、証拠の提出を許可する」


 令嬢が一人ずつ立ち上がった。


 マリアンヌが結界の記録を読み上げた。テレーゼがスケッチを広げた。ニーナが成分分析書を提出した。カティアが民衆の声を再生した、歌唱魔法で記録された二十三人の声が、謁見の間に響いた。イリスが護衛獣の記録を差し出した。


 そして私が、全てをまとめた一つの文書を国王の前に置いた。


「四件の断罪。すべてが聖女リリアーナの密告に起因し、すべての令嬢が聖女にとって不都合な能力または情報を持っていました。没収財産の一部は聖女の実家に流れ、宰相がその仲介をしていた痕跡があります」


 国王は文書を読み終わるまで、一言も発しなかった。


 長い沈黙。


「——三日後、裁定を下す」


 国王の声は静かだった。しかし、その一言で謁見の間の空気が変わった。

 あの株主総会で見た光景に似ている。——いや、似ていない。あの時は一人だった。今は、六人いる。

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