『病弱』を理由に婚約破棄したのですから、拳くらい受け止めてくださいね? ~なお、今の私は魔導具で『怪力』であるものとする~
「イーリス! お前との婚約を破棄する!」
王立魔法学園、そのど真ん中で。
私の婚約者、ホルスト伯爵子息はそう言った。
彼の隣にはレギーナ男爵令嬢が立っている。
「お前のような、気が利かず、性格も悪く、おまけに体が弱い女との婚姻など認められるものか!」
ここは大衆の面前。
多くの視線が集まる中で、なんだか散々な言われようである。
ホルストはプライドの高い男だった。
女は男を立てるべきという強い考えから、私に度々命令をしては、私が思い通りに動かなければすぐに声を荒げて来た。
気が利かないというのは、私が彼の中の完璧に応えられなかった事から来る批判だろう。
それから、性格が悪いという点について、ホルストは私がレギーナを虐めていたというありもしない話をでっち上げた。
偽りの情報を使ってでも私と別れたい理由の裏には、レギーナを愛してしまったというものがあるのだろう。
レギーナと繋がりたいというだけで婚約破棄をするという事が、自分の評判を落とす行為であることは理解しているらしい彼はこの婚約破棄に何とか正当性を持たせたいと思ったらしい。
そして最後の、体が弱いという点……。
世継ぎを必要とする貴族からすれば、この情報が事実であるだけでも充分、婚姻を渋る理由にはなる。
だが、私が病弱だったのは幼少期。
ホルストとの婚約が決まった当初くらいの頃だった。
今は大好きな魔法研究に明け暮れるくらいにはピンピンとしているのだが、彼は婚約破棄の正当性の為に事実を捻じ曲げたがっているようである。
「気が利かない……はホルストの主観ですので置いておきますし、レギーナ様との虐めも、現在の私の体が弱いという事実もございませんが……」
「しらばっくれるというのか!? この――」
「しかし、婚約破棄ならば受け入れましょう」
ホルストのペースに乗らず、私はきっぱりと言い放つ。
元々この婚約は、たとえ病弱な娘であっても、ホルストの家よりも強い立場にある我が侯爵家と深い繋がりを持ちたいというホルストの両親の強い願いがあってのものだった。
故に婚約破棄によって困るのはホルストと彼の家。我が家ではない。
私は婚約破棄を受け入れると、さっさとその場を後にした。
……我が家は困らない。その事実は確かにある。
しかし、我が家を軽んじるような行いをホルストがとったという事実も変わらない。
故に、私はその場から離れながらこう思うのだった。
――ちょっとくらい、仕返しをしても許されるだろう。
***
私は魔法が好きだ。
貴族令嬢として、魔法をただの教養以外でこのんで学ぶ者は変わり物の類に入るのだが、家族はそんな私を理解し、家に研究室を設けてくれた。
ホルストとの婚約が解消してからというもの、私は時間さえあれば研究室に籠り、魔法が組み込まれたある道具を開発していた。
ある日の事。
開発に打ち込む私の傍で、品のない大きな笑いが聞こえる。
「だっはははっ!! ひぃ……っ!!」
研究室の中で崩れ落ち、床をバンバンと殴る青年は公爵家の嫡男、ランベルト。
彼は私の幼馴染で、ホルストよりも付き合いが長い青年だ。
「……ランベルト。茶化しに来たのなら帰って頂戴」
婚約解消を機に久しぶりに我が家へ顔を出した幼馴染を私は静かに睨む。
「っ、いや、そんなつもりで来たわけではないんだが……っ、そんな利便性もへったくれもないヘンテコ道具を見たら笑わずにもいられないだろう!」
そう言いながら彼は目尻に涙を溜めて笑い続けている。
「利便性とか汎用性とか、そんなものはいらないもの。これはただ、彼をぎゃふんと言わせるだけの道具なのだから」
「最高だな。仕返しを決行する時は是非呼んでくれ」
仕方ないわね、と私が頷き、少し身じろぎをすれば、それだけでランベルトはまたひっくり返って笑いだすのだった。
***
さて。そんなこんなで時は経ち。
私は学園の中庭へホルストを呼び出した。
私は少し遅れて中庭へ向かう。
ズシンとか、ドスンとか。
そういう音を伴う私に通行人達は注目していた。
私は緩慢な動きで、何とか中庭へ辿り着き……
「ホルスト」
背を向けていたホルストへ声を掛ける。
するとホルストは苛立ったような顔ですぐさま振り返った。
「っ、おい、俺を呼び出しておいて遅刻とは――」
しかし彼の言葉はすぐに途切れる。
彼は私の姿を見て唖然とした。
「…………な」
彼が私を見上げる。
私は普段の可憐で華奢な姿とは打って変わり、体の大半を土や岩で構成された人工的な筋肉で纏っていた。
私の顔以外は全てこの人工筋肉によって覆われている。
見方によっては土人形やゴーレムの頭部分にだけ私の顔が張り付いているようにも見える事だろう。
因みに身長は二メートルを優に超えている。
「な、い、イーリス……それは」
「これは、私の体が弱い事を婚約破棄の理由に挙げた貴方を見返そうと思って作った魔導具です。あの婚約破棄は、我が家を侮辱したに等しい行いでした。だから私は……この場で貴方を一発だけ殴りに来た」
「は……!? な、殴……!?」
「別にいいでしょう? 私、病弱みたいですから。そんな女の怒りくらい、受け止めてくださいな。たった一度でいいのですから」
「な、ふ……ふざけるな! そんな――」
「では行きますよ」
「は!? お、おい、待て、イ――」
私はホルストの言葉を聞かず、拳を大きく振りかざし――彼へ向かって突き付ける。
ゴウッと、人の拳では到底鳴らないような風を切る音がした。
そしてその後聞こえたのは……
――ドゴォッ!!
という破壊音。
私の拳の軌道はホルストに命中する直前で逸れ、代わりにめり込ませた地面に大きな凹みを作った。
「まぁ、勿論冗談ですが。脅かしてみただけです」
ゆっくりと体勢を立て直しつつ私は淡々と告げる。
その傍で、ホルストは顔を青ざめたまま固まり――そのままひっくり返って失神したのだった。
「あら」
「だっははははっ!!」
野次馬の中から聞こえた笑い声はランベルトのものだろう。
彼の声を聞きながら、私はやれやれと肩を竦めるのだった。
まあ、これに懲りたならば、今後はホルストが私に突っかかることも、喧嘩を売るような事もないだろう。
これにて一件落着、である。
「なぁ、イーリス。俺と婚約しないか」
野次馬が去った後。
ランベルトはそんな事を言い出した。
私が目を瞬いていると彼は続ける。
「正直、幼少期に君を迎えに行けなかった事はずっと引っ掛かっていてな」
私達は幼少からとても仲が良かった。
……しかし私の病弱が理由で、公爵家は私をランベルトの婚約者として選ぶことを渋っていた。
そんな事情から……私達は互いに想いを寄せ合っていた事実に気付きながらも淡い恋心を諦めるしかなかったのだ。
「だが……もう、両親が渋る理由も、ないだろ?」
「せめて、笑いを堪えきって言ってくれないかしら」
未だムキムキ状態の私を見て笑いを含めているランベルトを私は冷ややかに睨む。
けれど、彼の誘い自体が不快な訳ではない。
「まだ君の心が、少しでも俺に向いているのなら、だが」
「馬鹿ね」
飄々としつつも、彼の瞳の揺らぎから僅かな不安を感じ取った私は、くすりと笑う。
「勿論――よろこんで」
そう言って手を差し出したのだが……その腕はあまりに逞しすぎた。
初め、安堵から優しい顔を見せたランベルトだったが、彼は私の手を見るとすぐに腹を抱えて大爆笑するのだった。
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