夕暮れの家庭教師と、先輩の教え
お茶会での出来事があってから、キャロラインは放課後のほとんどを図書室で過ごすようになっていた。
キャロラインは、博物学の教科書に描かれた複雑な薬草の図譜を前に、眉を寄せていた。
ベアトリスに投げつけられた「安っぽい」という言葉。それを撥ね退けるには、誰よりも努力して結果を出すしかない。おばあさまから譲り受けた万年筆を握りしめ、キャロラインは成分の配合表に目を走らせる。
「……ここの成分の相互作用、どうしても覚えきれないわ」
独り言のように溢れた溜息。その時、視界の端に一冊の古びた参考書が差し出された。
「僕も去年、そこで躓いたよ。……懐かしいな。当時はこの本にある図解を何度も書き写して、ようやく理解できたんだ」
顔を上げると、そこには夕陽を背負ったエリオットが立っていた。エメラルドグリーンの瞳が、穏やかにキャロラインを見つめている。
「エリオット様……。あの、生徒会の方はよろしいのですか?」
「ああ。今日は少し早く切り上げたんだ。……隣、いいかな?」
断る理由なんてあるはずもなく、キャロラインは小さく頷いた。エリオットが隣に座ると、静かな図書室にベルガモットの香りが密やかに広がる。
「勉強、分からないことがあれば、先輩として助けるよ。……僕で良ければ、だけどね」
「そんな、エリオット様に教えていただけるなんて、光栄です。でも、お忙しいのに……」
「いいんだ。頑張っている後輩を放っておくほど、僕は冷酷じゃないつもりだよ」
エリオットはそう言って、キャロラインが広げていたノートを覗き込んだ。彼がペンを取って、複雑な花の構造をさらさらとノートに描き写して説明し始めると、自然と二人の肩が触れそうなほど距離が近くなる。
キャロラインは、説明を聞かなければいけないのに、彼の低く落ち着いた声や、ページをめくる指先の美しさに、どうしても意識が向いてしまう。
(ダメよ、集中しなきゃ……。でも、エリオット様が隣にいるだけで、なんだか胸が苦しいわ)
一方のエリオットも、解説をしながらふと、真剣な眼差しでノートを見つめるキャロラインの横顔に目を留めた。
夕陽に透ける彼女の髪から、微かに漂うクッキーの甘い匂い。
(……放っておけないのは、僕の方かもしれないな)
そんな言葉は飲み込んで、エリオットは「ここはね、こう考えるんだ」と、より優しく語りかけた。
それは「先輩と後輩」という便利な名前のついた、けれど二人だけが気づき始めている、特別な時間の始まりだった。




