静寂の医務室と、自覚のベルガモット
翌朝、図書室の施錠に関する調査が始まったが、鍵をかけた「犯人」を特定することはできなかった。目撃者はなく、防犯装置もその時間だけ不自然に機能していなかったのだ。
そんな喧騒を離れ、キャロラインは医務室のベッドで横になっていた。幸い体に異常はなかったが、エリオットが「念の為、午前中は休むように」と、半ば強制的に休ませたのだ。
「……失礼するよ」
聞き慣れた声と共に、ベルガモットの香りが漂う。エリオットが一人で医務室に入ってきた。
「エリオット様……。あの、わたしならもう大丈夫です」
「……そうは見えないな。顔色がまだ悪い」
エリオットは椅子を引き、キャロラインの枕元に座った。その瞳には、昨夜の図書室で見せたような、剥き出しの焦燥がまだ微かに残っている。
「……昨夜、君を抱きしめた時。僕は生まれて初めて、足のすくむような恐怖を感じたんだ。君がいなくなるかもしれないという、耐え難い恐怖をね」
エリオットはそっと、キャロラインの白い頬に指を這わせた。
「これは、ただの『面倒見のいい先輩』が後輩に抱く感情じゃない。……自分でも驚くほど、僕は君を失うことを恐れているんだ。わかるかな、ケイティ?」
「……っ」
「ケイティ」という特別な呼び名。そして、彼から向けられる熱を帯びた視線。
キャロラインは、心臓が耳元で鳴っているような錯覚に陥った。顔が真っ赤に染まり、どう答えていいか分からず視線を泳がせる。
「……あ、あの、わたし、そんな……エリオット様のような方に、そんな風に思っていただけるなんて……」
「ふふ、君を困らせるつもりはなかったんだ。今は、ゆっくり休んで。……君を守るためなら、僕はどんな手を使ってでも、犯人を炙り出すつもりだから」
そう言って微笑んだ彼の瞳の奥に、キャロラインは「策士」としての冷徹な光を見た。
けれど、その光が自分を守るためのものだと知り、恐ろしさよりも、確かな安心感が胸に広がっていくのを感じていた。




