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旅立ちの朝と、小さな約束

王都の朝は、甘い香りで幕を開ける。

石畳の通りに面した「ハウスベリーのクッキーショップ」では、夜が明ける前からオーブンがフル稼働していた。


「……よし、これで全部ね」


キャロライン——家族や近所の人からは「ケイティ」と呼ばれる少女は、使い込まれたトランクの鍵をパチンと閉めた。トランクの中には、数枚の着替えと、そして一番大切な宝物が入っている。亡くなったおばあさまから譲り受けた、少し塗装の剥げた万年筆だ。


「ケイティ、準備はできたかい?」


お父さんの声に振り返ると、そこには焼き上がったばかりのバタークッキーを抱えた両親と、そして、今にも泣き出しそうな顔をした弟のスコットが立っていた。


「ねえね……いっちゃうの? いっちゃやだ……」


まだ4歳のスコットが、ケイティのスカートの裾をぎゅっと握りしめる。

王都にある全寮制の学園。貴族も平民も通うその場所へ、ケイティは今日から入学するのだ。学費は、両親がコツコツと貯めてくれたお店の貯金と、ケイティが受け取った奨学金で賄われている。


「コット、いい子ね。ねえねは、立派な学者さんになるために勉強してくるの。そうしたら、世界中の面白いお話をコットにたくさん読んであげられるでしょう?」


ケイティは視線を合わせるように屈み、スコットの小さな手を握った。


「……やくそく? 夜、よんでくれる?」

「ええ、お休みの日には必ず帰ってくるわ。その時は、新しいお話と……内緒で、特別なクッキーを焼いてあげる」


ケイティが優しく微笑むと、スコットは鼻をすすりながら「うん……」と小さく頷いた。


「さあ、行きなさい。キャロライン、あんたは私たちの自慢の娘だよ」


お母さんが、焼き立てのジャムクッキーをいくつか紙袋に詰めて持たせてくれた。

ハウスベリー家特製の、宝石のように輝くベリージャム。その甘酸っぱい香りが、これからの不安な心を少しだけ解きほぐしてくれる。


店を出ると、王都のメインストリートはすでに活気に満ちていた。

色鮮やかな花々が並ぶ花屋、最新のドレスが飾られたブティック、そして香ばしいコーヒーの匂いが漂うカフェ。その喧騒を抜け、丘の上に見える白亜の学園を目指す。


門の前で一度だけ振り返ると、小さくなった店の前で、スコットがちぎれるほどに手を振っているのが見えた。


(頑張らなきゃ。お父さん、お母さん、コット……私、この学園で、たくさんのことを学んでくるわ!)


胸に抱いたおばあさまの万年筆を、カバン越しにそっと撫でる。

この時のケイティはまだ知らない。

この先に、ベルガモットの香りと共に訪れる運命の出会いが待っていることも。

そして、自分の焼いた不揃いなバタークッキーが、国の中心にいる青年たちの心を動かすことになることも——。

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