第5話 黒龍、昇る
夕暮れの帝国中央機関庫。
C62 2号機・シロクニは点検のため、転車台の中央で静かに蒸気を抜いていた。
白蛇の試運転は成功したが、その代償として煙管の一部が過熱により歪み、交換が必要になっていた。
「……やっぱり本番で使うと負担が大きいわね」
整備台の上で静がレンチを握る。
つばめと鈴音は、その横で油まみれの連結棒を磨いていた。
「でも、あれがなかったら保津峡で止まってたよ」
鈴音が言うと、つばめも頷く。
「白蛇は守り神みたいなものだね」
そのとき、工場の壁が低く震えた。
「……地震?」
烈が眉をひそめる。
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震動は次第に強くなり、転車台の下から湯気が吹き上がった。
その湯気は黒く、重く、熱を帯びてうねり——やがて、巨大な影が姿を現した。
それは黒龍。
亡霊側が圧力蒸気を凝縮し、龍の姿に変じさせた禁断の技。
眼光は真紅に輝き、尾は線路を砕きながら機関庫を一周する。
「機関庫内に侵入!? 全員退避!」
烈が叫ぶが、黒龍は逃げる若手整備士たちを追い詰めるように吐息を吐き、鉄の棚をなぎ倒す。
「烈さん! このままじゃ……!」
静の視線がシロクニに向かう。
しかし、煙管の交換はまだ終わっていない。
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「——やるしかない」
つばめは運転席に飛び乗り、鈴音が火室に点火した。
圧力はまだ低い。それでも黒龍は待ってくれない。
「白蛇の残圧を使え!」
烈の指示に、静は煙突の弁を強制的に開いた。
——シューッ!!
半ば不完全な白蛇が黒龍に絡みつく。
しかし、黒龍はその胴体を捻り、白蛇を裂くように引き剥がした。
破裂音とともに白い蒸気が宙に散る。
「力が足りない……!」
鈴音の声が震える。
烈は腰の刀を抜いた。
それは機関車の連結棒を鍛えて作られた日本刀。
「蒸気が駄目なら、俺が斬る」
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烈は黒龍の前に立ち、息を整える。
刀身が夕日の赤を反射し、熱を帯びる。
次の瞬間、烈は龍の喉元に飛び込み——
ズバァン!!
蒸気が爆ぜ、黒龍の頭部が霧となって消える。
しかし、胴体はなお機関庫をうねりながら突き破り、夜の闇へと逃げ去った。
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静寂の中、烈は刀を納める。
「……あれは倒してはいない。また来る」
シロクニの煙突から、わずかに白い蒸気が昇っていた。
遠く離れた廃駅の屋根で、朱鷺野鏡花はその光景を見下ろしていた。
「白蛇……面白い。でも黒龍は、まだ本気じゃないのよ」




