第4話 白蛇、噴く
夜明けの帝国中央機関庫は、まだ薄く霧が漂っていた。
C62 2号機――シロクニの煙突には、新しい銀色の装置が取り付けられている。整備服の袖をまくった九条静が、その最終調整にかかっていた。
「……これが、例の“新技”か?」
運転士席から覗き込むつばめが目を輝かせる。
「そう。白蛇って名前にしたわ。高圧蒸気を制御して形を作るの。相手が亡霊の煤煙でも、絡め取れるはず」
静は微笑みながら、ボルトを締める手を止めなかった。
そのとき、機関庫のスピーカーが鳴る。
《嵯峨野観光線、保津峡トンネル内で亡霊出没!》
短く鋭い報告が響いた。
九条烈は新聞を畳み、低く言った。
「……出動だ。帝国一号、発車準備!」
⸻
出発の汽笛が空を裂く。シロクニは蒸気を溜め、嵯峨野観光線へと疾走した。
秋の朝、紅葉の山々を抜け、保津峡のトンネルが口を開ける。
だが、その奥から——黒煙が生き物のように押し寄せてきた。
蛇のようにうねり、鎖のように締め付ける煤蛇が、C62の動輪を絡め取る。
「速度が落ちる!」
鈴音が火室に薪をくべても、圧力計の針はじりじりと下がる。
トンネル内は闇と煤で前が見えない。
「……静、合図を」
烈の声が運転席に届く。
「了解!」
つばめが新設のレバーを全開に引いた。
——シュウウウウッ!!
煙突から噴き上がったのは、雪のように白い蒸気。
それは天へと伸び、細長くうねって形を変える。
やがて、鋼のようにしなやかな白蛇が、トンネルの闇を突き破った。
「うわ……本当に蛇だ!」
鈴音が目を見開く。
白蛇は煤蛇に絡みつき、その体内から熱を奪う。
ジジジッと音を立て、黒煙が霧のように崩れ落ちていく。
圧力計の針が再び上昇し、C62は息を吹き返した。
「抜けるぞ!」
烈の号令と同時に、シロクニは煤蛇を引き裂き、トンネルの出口へと突き進む。
⸻
外は秋晴れだった。
青空の下、白蛇はふっと霧のように消え、機関車だけが轟音を響かせて走り抜けた。
嵯峨野駅に停車した烈は、空を見上げて小さく呟く。
「……次は龍煙だな」
その瞬間、遠くの夕焼け空に黒い影が一閃した。
朱鷺野鏡花——亡霊たちを操る女の姿は、まるで次なる戦いを予告するかのように消えた。
白蛇の噴き上げた怨念は、
ついに一つの“黒き形”を成した。
夜空を覆い尽くすほどの黒煙。
それは蒸気機関車の排気であり、
そして、鉄路に刻まれた数多の悲しみの集積だった。
黒龍は咆哮し、
線路も、街も、
その影の下に飲み込もうとする。
朱鷺野鏡花の真意が、
いま、ゆっくりと姿を現すとき。
次回――
「黒龍、昇る」
蒸気は天へ昇り、
運命は大きく動き出す。




