第3話 白影、線路を越えて
第三話 白影、線路を越えて
あの亡霊の襲撃から三日。
帝国中央機関庫では、C62 2号機〈シロクニ〉の整備が続いていた。
外見はほぼ無傷だが、火室や煙管には異常な煤がこびりつき、鈴音が必死に掻き出している。
「この煤……普通じゃない」
鈴音は手袋を外し、指先を見つめる。煤は微かに銀色を帯び、まるで金属粉を混ぜたようにざらついていた。
静が作業台の奥から現れ、試験器に煤を入れる。
「やっぱり……これは普通の石炭じゃ出ない成分ね。鉄粉、鉛、そして……」
静の声が途切れる。計器の針が、あり得ない数値を指していた。
「……戦時中の装甲材が燃えた跡だわ」
烈が整備場の奥から歩み寄る。
「つまり、あの亡霊機関車は――」
「過去に解体された戦時形の残骸を寄せ集めて作られてる。誰かが意図的に、ね」
静は、溶接の焦げ跡の写真を烈に見せた。
機関庫の外では、つばめが一人、C62のキャブに腰掛けていた。
視線は遠く、山の向こうへと向けられている。
「また……来る気がする」
その呟きに、鈴音が煤だらけの顔を覗き込む。
「だったら、今度は負けない。ね、姉さん」
その夜。
山間の廃線跡――錆びたレールの上に、朱鷺野鏡花は立っていた。
月明かりに照らされた白い和装、そしてその足元には、巨大な車輪の影。
「……お前たちが守る鉄の道。そのせいで、私の大切な人は帰らなかった」
鏡花の瞳に、炎と黒煙の映像がよぎる。
戦時輸送中、彼女の婚約者を乗せた列車は、爆撃を避けるために止まるはずの駅を通過――そのままトンネルで正面衝突した。
遺体は戻らず、残ったのは歪んだ機関車の残骸だけ。
鏡花は、その機関車の部品を集め、亡霊として甦らせたのだった。
「次は……もっと深く突き刺す」
翌朝。
帝国中央機関庫の会議室で、烈は全員を集める。
「鏡花の次の狙いは、おそらく“北の峠”だ。あそこは勾配も長く、列車が速度を落とす。亡霊機関車にとっては絶好の攻撃地点になる」
つばめが手を挙げる。
「だったら、先に行って待ち伏せる」
烈はわずかに笑みを見せた。
「よし、帝国一号を囮にする。……ただし、今回は俺も乗る」
鈴音が火室の蓋を勢いよく閉じる。
「やっと、こっちから仕掛けられるわけだ」
C62 2号機が転車台で回され、北の峠へ向けて顔を上げる。
黒煙がまっすぐ空へ伸び、その影は確かに、遠くの白い影と交差していた――。
「――静かなレールの底には、
まだ目を覚ましてはならない“力”が潜んでいます。」
C62 2号機の足元に絡みつくように現れた白い影。
それは蒸気でも、霧でもなく、
過去に封じられた“蛇”の形をした怨念だった。
朱鷺野鏡花が残した予告の言葉が、
いま現実となって、
線路の深層から噴き上がってくる。
白蛇の咆哮は、鋼鉄の車輪さえ震わせ、
機関庫に働く者たちの心をも揺らすだろう。
次回――
「白蛇、噴く」
その白き影が吐き出すものは、
息吹か、呪いか……
列車は、その答えへと走り出す。




