第六話 桜子の百合百合デート日和
ついにやって来た日曜日の朝、八時頃。
鶫風寮の玄関チャイムが鳴らされ、
「おっはよう! うちらも誘ってくれてありがとね」
「おはようございます」
柚陽と茉莉乃が訪れて来た。
「桜子姉さん、先日は大変無礼なことをしてしまい、申し訳ございませんでした」
柚陽は桜子のそばへ駆け寄るなり、大きな声で謝罪し深々と頭を下げた。
「いや、そっ、そのことは、もう、いいから」
桜子はとても気まずそうにする。
「柚陽、その話はもうしちゃダメッ!」
ヤスミンは柚陽の髪の毛をぎゅーっと強く引っ張った。
「いったたたぁ~、ごめん、ごめん」
柚陽はちょっぴり目に涙を浮かばせる。
「やっぱりあの日何かあったんだね。詳しく教えて欲しいな」
爽やか笑顔で興味深そうに要求してくる千景に、
「千景ちゃん、お願いだから詮索しないで。本当にしょうもないことだから」
桜子は苦笑いでこう頼んでおいた。
「桜子ちゃんがそう言うんなら、私もう気にしないことにしておくよ」
千景は快く承諾してくれたようだ。
よかったです♪ 千景さん、桜子お姉さんの言うことは素直に聞いてくれるのが幸いですね。
ヤスミンはホッと一安心する。
ともあれみんなは、それからほどなく鶫風寮を出発した。
千景は抹茶色地白の水玉サマーニットに桜色キュロットスカート。
彩織は水色のサロペット。
ヤスミンはココア色のサマーニットにグレーのホットパンツ。
茉莉乃は白の夏用カーディガンに黄色のプリーツスカート。
柚陽はベージュの夏用ワンピース。
桜子はデニムのショートパンツに黒の夏用セーターという組み合わせ。
みんなそれほど派手ではない普段着で、最寄り阪急駅へと向かって歩いていく。
今日の天気は晴れ。少し蒸し暑いものの、絶好の行楽日和となった。
☆
阪急電鉄と路線バスを乗り継いで、鶫風寮を出発してから一時間以上かけてようやく辿り着いたお目当ての『阪神サウスアイランド王国』。
みんなはまずは屋内プールで遊ぶことに。
屋外プールもあるが、例年通り六月三〇日まで休業中だ。
みんなはガラス張り吹き抜け開放感たっぷりのドーム内へ。
「水着のお店寄って行こう! 私、新商品見たいっ!」
「ワタシもちょっと興味あるな」
みんなはプールゾーンへ向かう前に、スイムショップへ立ち寄ることに。
「幸岡先輩達はビキニとか紐パンとかTバックタイプの水着は着ぃへんの?」
「柚陽ちゃん、高校生の私には過激過ぎるよ」
「ワタシもこんなの絶対無理」
「わたしもこれは無理です。こんなの着たら男の子が目のやり場に困っちゃうよ」
「Tバックのは、お相撲さん以上におしり丸見えだね。あたしはワンピースタイプの方が好き♪」
「アタシもそれが一番落ち着くなぁ」
「みんなまだまだ子どもやね。このタイプの方がトイレに行きたくなった時便利やのに。まあうちも紐パンとTバックのはさすがに着んけど。あっ! あのビキニ、桜子姉さんにぴったりかも」
「絶対合わないから」
女の子みんなでわいわい楽しそうに商品を眺め、更衣室へ。
「桜子姉さん、どう、似合う?」
柚陽は露出たっぷりレモン色のビキニ姿で現れ、こう問いかけて来た。
「うん、まあ」
桜子はちらっと見て即答する。
「サンキュー桜子姉さん。桜子姉さんの高校も水泳の授業もうすぐ始まるやろ? 特訓してあげよっか? うちも水泳そんなに得意じゃないけど、クロールなら五〇メートルくらいはノンストップで泳げるよ」
「べつにいいよ」
「あぁん、もう。それじゃ、いっしょにゴムボートに乗って遊ばへん?」
「それは、ちょっと」
「桜子姉さんったら、照れなくっても」
柚陽はくすっと微笑む。
「柚陽、桜子お姉さんからかっちゃダメよ」
「桜子お姉ちゃんの水着もすごく似合ってるよ」
「サクラコお姉さん、和風似合い過ぎです」
「桜子ちゃん、お待たせー」
他のみんなは露出の少ないワンピース型水着だ。彩織と茉莉乃はお揃いのトロピカルフルーツ柄、千景はオレンジ地白の水玉柄、桜子とヤスミンは和風な桜柄だった。
「茉莉乃、流れるプールで遊ぼう」
「うんっ!」
彩織と茉莉乃は仲良く水辺へ駆け寄っていく。
「予想は出来てたけど、カップルや家族連ればっかりやね。昔来た時と比べて、設備が増えてるね」
「わたし、水泳の練習もしようと思ったけど、これだけ人多いと恥ずかしくて出来ないな」
「私もこの人ごみじゃ泳ごうとは思わないなぁ。ビーチボールで遊ぶ方がいいよ」
「じゃあ、膨らませるね」
桜子は地球儀型ビーチボールの空気穴部分に足踏みポンプを使って膨らませていく。
「桜子ちゃん、こっち投げてー」
「分かった。それじゃワタシはあの辺にいるから」
「桜子ちゃんもいっしょにビーチボールしよっ」
「ワタシは下手だからいいや」
桜子は千景に向かって投げると、そそくさ三人がいる場所から離れていく。
「桜子姉さん、うちらも下手だから大丈夫やのに。幸岡先輩、こっち投げてやー」
「柚陽ちゃん、いっくよーっ。それーっ。あっ、ヤシの木の方へ飛んでっちゃった。ごめんね」
「ドンマイ、ドンマイ」
「柚陽、パス」
「それっ」
「ひゃっ、柚陽、速過ぎよ」
千景、柚陽、ヤスミンの三人は不器用ながらもビーチボールで遊び始める。
*
それから五分ほど経った頃、
「あたし桜子姉さんのとこ行って来るね」
柚陽はヤスミンに向けてトスを上げるとそう伝え、ここから立ち去る。
ガジュマルって独特な形だよね。
同じ頃、桜子はベンチに腰掛け、プールサイドに生えている熱帯植物を観察していた。
「ねえ桜子姉さん、幸岡先輩といっしょにこれに乗ってあげて」
そこへやって来た柚陽は、途中レンタルコーナーに寄って借りて来たビニールボートをかざす。
「えっと、その」
「あそこのカップルだってやっとうやろ?」
「ワタシと千景ちゃんはカップルじゃないよ」
桜子はベンチから立ち上がり、苦笑いを浮かべてスタスタ早歩きで逃げていく。
「待って桜子姉さん」
「待たなぁーい」
桜子が照れくさそうな気分でこう呟いた直後、
「桜子ちゃん、危なぁい!」
千景の叫び声。
ビーチボールが飛んで来たのだ。
「ぐわっ!」
それは桜子の後頭部に直撃した。
「ごめんね桜子ちゃん、わざとじゃないの。お怪我はない?」
千景はぺこぺこ何度も頭を下げて謝ってくる。
「千景ちゃん、ワタシは平気だから、気にしないで」
桜子は優しく伝えた。
「ねえ幸岡先輩、このボートに桜子姉さんといっしょに乗ってあげて」
「えっ、それは、ちょっと、恥ずかしいな。大勢の前では」
千景は照れくさそうに笑って躊躇う。
「ほら、千景ちゃんも嫌がってるでしょ」
「あぁん、残念や」
「千景さん、桜子お姉さん、ほんの三〇秒だけでもいいので乗って下さい」
「三〇秒だけなら……それじゃ、乗ろっか、桜子ちゃん」
「うっ、うん」
桜子と千景はプールに浮かべたビニールボートに乗っかると、向かい合った。
「なんかバランス悪いね。ちょっと動いたら落ちそう」
「そうだね」
けれどもお互い視線は合わせられずにいた。
「二人とも、はいチーズ」
柚陽に防水デジカメでちゃっかり撮影されてしまい、
「こらこらダメだよ」
「柚陽ちゃん、恥ずかしいよ」
桜子は苦笑い、千景は照れ笑いする。
「桜子姉さんと幸岡先輩、どっからどう見てもカップルやで」
柚陽は微笑ましく眺めていた。
そんな時、
「うっ、うわぁっ!」
「きゃっ!」
桜子と千景の乗ったボートが突如転覆してしまった。二人とも水中へ放り出される。
「やっほー桜子お姉ちゃん、千景お姉ちゃん」
彩織が水中から底の部分を手で勢いよく押し、バランスを崩させたのだ。
「彩織ちゃん、危ないからそういうことはしちゃダメだよ」
「彩織ちゃん、私びっくりしたよ」
苦笑いの桜子と、にっこり笑顔の千景の反応を見て、
「えへへっ」
彩織はえくぼを浮かばせ得意げに笑う。
「彩織さん、ダメですよ、そんなことしたら」
ヤスミンは叱らず優しく注意。
「はーい。あたし、これから茉莉乃とウォータースライダーで遊んで来るね。茉莉乃、行こう!」
「うん」
彩織と茉莉乃は仲睦まじくその設備がある場所へ駆けて行った。
「わたしもウォータースライダーで遊んでこよっと。あれ大好き。位置エネルギーが運動エネルギーに変換される物理現象を体感出来るし」
「ヤスミス、いっしょに乗ろう。桜子姉さんは幸岡先輩といっしょに乗ってあげなよ」
「ワタシは乗る気ないよ」
「あの、桜子ちゃん、いっしょに乗って。一人じゃちょっと怖いから」
千景に手首を掴まれ上目遣いでお願いされ、
「わっ、分かった」
桜子は少し緊張気味に承諾した。
「桜子姉さんと幸岡先輩は、二人乗り専用のあれに乗るべきやね」
柚陽は三種類あるウォータースライダーのうち、最も傾斜が急なのを指した。高さも最大だ。
「いやいや、ワタシは緩やかな青色の方に」
「私もそっちがいいな。もっと緩やかな子ども用の方ならもっといい。あれは見るからにものすごーく怖そう。厳つい表情のライオンさんの口からして」
「桜子姉さん、幸岡先輩、カップルに大人気やからぜひ乗ってみて」
「あっちの方が絶対楽しいですよ。わたしもあれに乗るので」
「ヤスミンちゃんも乗るなら、乗ってあげてもいいかな」
「しょうがない、一回だけだからな」
柚陽とヤスミンはわくわく気分、桜子と千景は億劫そうに待機列へ。
「柚陽お姉ちゃん達、あれに乗るんだね」
「サオリちゃん、怖そうだけど、あっちにしよっか?」
「そうだね。あたし達ももう大人だもんね」
青色の方に並んでいた彩織と茉莉乃も桜子達のいる方へ移動した。
「すごく楽しそうにはしゃいでるね」
「よく楽しめてるね。ワタシには感覚が理解出来ないよ」
乗ろうとしているウォータースライダーから急降下したカップルを見て、千景と桜子は苦笑い。
柚陽とヤスミンの後ろに桜子と千景。その後ろに彩織と茉莉乃が並んだ。
「もう順番回って来たわ。ほな、おっ先ぃ」
「ちょっと怖いけど、楽しみです♪」
柚陽とヤスミン、わくわく気分でゴムボートに乗り込み、
「それじゃ、行ってらっしゃい」
お姉さん係員からの指示で出発。ちなみに柚陽が前だ。
「桜子ちゃん、前に乗ってね」
「分かった」
ついに順番が回って来た桜子と千景は、恐々とゴムボートに乗り込む。二人とも手すりをしっかりと握っていた。
「妹さん、怖がらずに頑張って♪ それじゃ、行ってらっしゃい」
お姉さん係員からの気遣いの声もかけてもらっていよいよ出発。
二人の乗ったゴムボートが、高さ十メートルの場所から急斜面を猛スピードで急降下していく。
「うわぁぁぁっ!」
「きゃあああああああんっ!」
落下地点でザブゥゥゥーンと高く水飛沫を上げ、二人ともずぶ濡れに。
「桜子ちゃん、大丈夫?」
「当然」
ボートの動きが落ち着いたのちそんな会話を交わした直後、
「柚陽、あれもう一回乗ろう!」
「うん! 今度はうちを前に乗らせてよ」
プールサイドを走ってまた同じウォータースライダーの方へ向かっていくヤスミンと柚陽の姿を目にした。
「柚陽ちゃんも、こういうの好きなんだね。ワタシはもうこりごり」
「私ももういいかな」
桜子と千景はくたびれた様子でプールサイドに上がり、ゴムボートを仲良く持ち合って返却しに行く。
「アタシ、けっこう恐怖を感じたよ」
「あたしもー。でももう一回だけ乗りたいって感じたよ」
続いて落下した茉莉乃と彩織も返却場所へ向かい、桜子と千景と合流した。
それから十分近く、四人で柚陽とヤスミンが戻ってくるのを待つと、
「これから柚陽とイルカボートで遊んでくるね」
「桜子姉さんも幸岡先輩とイルカボートで遊んであげなよ」
ヤスミンと柚陽はそう伝え、いっしょに人工ビーチのあるプールの方へ向かっていった。
「サオリ、ここのプール、ビーチでは今年から貝殻拾いも出来るようになったみたいだよ」
「本当だ。面白そう。千景お姉ちゃんも桜子お姉ちゃんも、あたし達といっしょに貝殻拾いしよう」
「うん! 一足早い海水浴気分が味わえるね」
「私、小学生の頃はよく集めてたよ」
他のみんなで貝殻拾いを十五分ほど楽しんでいると、
「ただいまーっ! イルカボートめっちゃ楽しかったわ~。幸岡先輩も桜子姉さんと貝合わせ楽しんでたみたいやね」
「わたし、お腹すいて来たわ。そろそろお昼ごはんにしましょう」
柚陽とヤスミンが戻ってくる。
「みんな、お昼ご飯、何食べる?」
桜子はプールに隣接するファーストフード店へ目を遣る。
「ドリアンジュースが売ってるじゃん。この夏の新メニューみたいやね。うち、ちょっと飲んでみたい」
柚陽は興味津々。
「ワタシ、小学校の時、家族で東京旅行行った時、夢の島の熱帯植物館でにおい嗅いだことあるけど、悪臭にしか感じなかったよ」
「わたしも嗅いだことありますよ。ドリアンは食べたいとは思わなかったな。あの1,プロパンチオールなどの強烈なにおい成分のせいで」
「私は嗅いだことないけど、腐った玉ねぎみたいらしいね」
「あたし、においちょっと気になる」
「アタシもー」
「せっかくやし、試しに買ってみるわ~」
柚陽は衝動に駆られ購入することに。三百五十円を支払うと、
「お待たせしましたぁ。ドリアンジュースでーす♪」
店員さんからドロッとした黄土色の半液体が並々と注がれた、トロピカルなデザインの紙コップがストロー付きで手渡された。
「すごい色やね」
ドリアンの強烈な香りが周囲に漂う。
「やはりきついです。柚陽、絶対こぼさないようにしてね」
「久々に嗅いだけどやっぱきついよ。水着がドリアン臭くなっちゃいそう」
ヤスミンと桜子は顔をちょっとしかめ、
「くっさぁーい」
彩織は苦笑いしながら鼻を押さえる。けれども楽しんでいるようだった。
「こんなにおいなんだ」
「確かに噂通り腐った玉ねぎみたいなにおいだね」
茉莉乃と千景は思わず微笑んでしまう。
「うーん、これはちょっと……」
柚陽は少し啜ってみて、後悔の念に駆られたようだった。
「私、ちょっとだけ飲んでみるよ。どんな味なのかな?」
「幸岡先輩、協力してくれてありがとね。はいどうぞ」
千景は勇気を出して柚陽から受け取る。
少し口に含んでみて、
「においはすごーくきついけど、甘みが強くて美味しい♪」
そんな感想を抱く。
「意外に甘くてすごく美味しいよ」
続いて茉莉乃も恐る恐る試飲してみて、とっても幸せそうに飲み込んだ。
「めちゃくちゃ不味くはないけど、もういいや」
「……微妙だなぁ。これは加工されてるからまだ飲めたけど、そのままのドリアンは食べれそうにないです」
彩織とヤスミンも結局少し試飲してみてこんな感想。
「桜子姉さん、まだ半分くらい残ってるけど飲んでみる?」
柚陽は目の前にかざしてくる。
「いや、いいよ」
不味そうだし、なにより間接キスになっちゃうよ。
桜子はそんな理由もあって即拒否した。
「私が残りを飲むよ」
「チカゲお姉さん、アタシもまだ飲みたいから少し残しといてね」
「うん、癖になるよねこの味」
千景と茉莉乃は協力して、残った分を快く飲んでくれた。
「幸岡先輩、マリにゃん、これ、口臭消し効果があるみたいやで」
ちょっぴり罪悪感に駆られた柚陽は、同じ店で売られていたジャスミンキャンディーを購入し、この二人に渡してあげたのだった。
「わたし、ロコモコにしようっと。あとマンゴーソフトも」
ヤスミンは他のお客さんが手に持っていたそのメニューをちらっと眺めて決断する。
「アタシはたこ焼きとナタデココとアイスカフェラテにする」
「南国系のメニューも豊富だね。ワタシはミーゴレンとココナッツジュースにしよっと」
「あたしはチョコバナナクレープとストロベリージュースとフランクフルトにするぅ」
「私はトロピカルフルーツカレーにしよう。あとパイン味のソフトクリームも」
「うちはお好み焼きにするわ~」
みんなお目当てのメニューを受け取ったあと、
「ここ、六人掛けのはないみたいだな」
「桜子姉さんと幸岡先輩は、あっちの席に座ってね。さあどうぞ」
「みんないっしょがよかったけど、仕方ないね。桜子ちゃん、座ろう」
「……うん」
柚陽→茉莉乃→ヤスミン→彩織の並びで四人掛け円形テーブル席に、桜子と千景はそのすぐ隣の二人掛け円形テーブル席に座った。
「桜子ちゃん、私のカレー少し分けてあげるよ。はい、あーん」
千景はカレーの中にあったパパイヤの一片をさじで掬い、桜子の口元へ近づける。
「いや、いいって」
桜子は照れ笑い顔を浮かべ、左手を振りかざして拒否。右手でお箸を持ち、麺を啜ったまま。
「あーん、やっぱりダメかぁ」
千景は嘆く。でも微笑み顔で嬉しそうだった。
「桜子お姉さん、お顔は赤くなっていませんが、きっと照れていますね」
「桜子姉さん、一回くらいやってあげたら?」
ヤスミンと柚陽はにこにこ笑いながらそんな彼女を見つめた。
「それはちょっと、みんないるし」
桜子は苦笑いしながら伝え、引き続き麺をすする。
「サオリちゃん、はいあーん」
茉莉乃は真似してたこ焼きを彩織の口元に近づけた。
「茉莉乃、赤ちゃんみたいで恥ずかしいよ」
彩織はにっこり笑ってチョコバナナクレープを美味しそうに頬張りながら伝える。
「マリにゃんサオちんもお似合いの百合カップルやね。うち、お好み焼きだけじゃ少し物足りへんわ~。かき氷買ってくるね」
柚陽はそう伝えて席を離れた。
「サオリちゃん、波の出るプールで泳いで来よう」
「うん」
茉莉乃と彩織はほぼ同じタイミングで昼食を取り終えると、すぐに席を立ってその場所へ駆け寄っていく。
「彩織さんと茉莉乃さん、小学生みたいに元気いっぱいね」
「そうだね。若さだね。パインソフトすごく美味しいよ。桜子ちゃん、一口どうぞ」
「あっ、ありがとう」
間接キスになっちゃうけど、美味しそうだし。
桜子はそう思いながらも、眼前に差し出されたのをペロリと舐めるのだった。
「美味しかった?」
「うん」
そんな会話を交わしてから約五分後、千景がカレーも残り僅かまで食べ終えた頃に、
「桜子姉さん、幸岡先輩、ヤシの実ジュースも買って来たよ。はいどうぞ。二人で仲良く飲んでや」
柚陽が戻って来て、桜子と千景の目の前に置いていった。
まさにカップルでどうぞと言わんばかりに、ヤシの実にストローが向かい合わせに二本刺さっていた。
「ワタシ、これは飲みたくないな。昔飲んだ時、めちゃくちゃ不味かった記憶が」
「私一人じゃ飲み切れないよ。桜子ちゃんも協力してね」
「飲み切れなかったら協力してあげるよ」
「絶対飲み切れないよ」
千景はカレーも平らげると、
「いただきます」
ストローに口をつけ、美味しそうに飲んでいく。
「じゃあこれ、捨ててくるね」
桜子は席を立って、近くのごみ箱に紙皿を捨てに。
「予想通りの行動ですね」
「うちもこうなると思ってた。桜子姉さんもいっしょに飲まなきゃ」
ヤスミンと柚陽は、ブルーハワイかき氷を頬張りながら二人の様子を微笑ましく観察する。
「もうお腹いっぱい。あとは桜子ちゃんが飲んで」
「やっぱり残したんだね。まだ半分以上はあるね……やっぱあまり美味くはない」
桜子はこう思いながらも、もう一方のストローで快く飲んであげる。
そんな時、
「みんなーっ、あたし、これから映画見に行きたいんだけど」
「アタシもちょうど見たいのがあって」
彩織と茉莉乃が戻ってくる。
この二人の希望により、みんなこのあとは泳がずに屋内プールゾーンをあとにした。
*
隣接する大型ショッピングモール内のシネコンへ辿り着くと、
「あたし、これが見たかったの。さすがに茉莉乃と二人だけじゃ入り辛いなぁって思ったから、この機会にみんなでいっしょに見よう」
「大人が見ても、絶対嵌ると思うの」
彩織と茉莉乃は壁にいくつか提示されてあるポスターのうち、お目当てのものに近寄った。
「これ、CMで予告流してたね。私もちょっと気になってたんだ」
「ワタシも。絵がかわいいもんね」
「わたしも同じく。次の回は一時半からみたいですね。もうすぐですね」
「うちの好きな声優さんも何人か出とうし、けっこうおもろそうやん。動物キャラが中心でイケメンショタキャラもおるから、大友ウケは悪そうやね」
それは、GWに公開され次の金曜日には上映終了となる女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。
「サオちん、この映画見たあとこれもどないや? ゾンビがいっぱいやで」
柚陽は他に上映されている3Dホラー映画のポスターを指した。
「それは絶対に嫌ぁっ!」
彩織は顔をしかめ、すぐにポスターからぷいっと顔を背けた。
「わたしもそれは見たくないです」
「アタシもー。こういうの好きな人の気が知れないよ」
「私もこういう実写のホラー映画はものすごく苦手だよ」
「うちは誘われたら見るけどね」
「ワタシは誘われても見る気は全くしないよ。中学生四枚、高校生二枚で」
桜子が代表して、お目当ての映画六人分のチケットを購入。受付の女性がその入場券と共に入場者全員についてくる、キラキラして可愛らしいおもちゃのペンダントをプレゼントしてくれた。
チケット売り場向かいの売店でドリンクやポップコーンなどが売られていたが、みんなお腹いっぱいなため何も買わず、お目当ての映画が上映される5番スクリーンへ。
「茉莉乃、楽しみだね」
「うん♪」
彩織と茉莉乃はわくわく気分でいち早く座席に着いた。
真ん中より少し前の列の席で、桜子は彩織と千景に挟まれるように座った。座席指定なのでそうなってしまった。彩織の隣が茉莉乃、千景の隣が柚陽、柚陽の隣がヤスミンだ。
☆
上映時間七〇分ほどの映画を見終えて、
「茉莉乃、とっても面白かったね」
「うん、アタシまた見に行きたいな」
「私もだよ。すごく興奮出来た。童心に帰れたよ」
彩織、茉莉乃、千景は大満足な様子で5番スクリーンから出て来た。
「しゃべる野菜や果物やお菓子さんもかわいくて、思ったより面白かったわ」
ヤスミンもけっこう満足出来たようだ。
「うちも愉快な気分になれたで。たまにはああいうのもええなぁ。桜子姉さん、上映中一度も幸岡先輩と手ぇ繋がんかったね」
わりと気に入った様子の柚陽ににやけ顔で突っ込まれると、
「さすがにそれはちょっと……映画は思ったより面白かったよ」
桜子はほんわか顔で感想を述べる。
桜子はこう思いつつも何も言い返せなかった。
続いてみんなは隣接するアミューズメント施設へ。
「せっかくみんな揃ったことだし、みんなで記念にプリクラ撮ろう!」
「いいねえ、幸岡先輩」
他のみんなも柚陽を先頭にその専用機の中へ。
「桜子お姉さんは、プリクラ撮ったことってありますか?」
「あるけど、こんなに大勢では一度もないよ」
「それならば高校時代のいい思い出になりますね。プリクラは日本の誇れる文化ですよ」
前側に茉莉乃、彩織、柚陽。後ろ側に桜子が千景とヤスミンに挟まれる形で並ぶ。
「あたしこれがいいな」
彩織の選んだパンダさんのフレームに他のみんなも快く賛成。
「一回五百円か。けっこう高いね。どこもこんなもんなのかな?」
桜子はそう言いつつも気前よくお金を出してあげた。
*
撮影落書き完了後、
「きれいに撮れてるよ」
取出口から出て来た、十六分割されたプリクラを真っ先にじっと眺める彩織。自分が見たあと他のみんなにも見せてあげた。
「柚陽ちゃん、桜子姉さんと百合デート中、ハートマークって落書きしないで」
桜子は迷惑顔を浮かべる。
「いいじゃん桜子姉さん、事実なんだし」
柚陽はてへっと笑い、舌をペロッと出した。
「桜子ちゃん、緊張しちゃったのかな? もっと笑顔で写らなきゃ。ヤスミンちゃんも、表情がちょっと硬いね。ヤスミンちゃん写真写る時こんな風に写っちゃうこと多いね」
「ヤスミス性格のきつい女弁護士みたいやな」
「ヤスミンお姉ちゃん、話しかけづらいがり勉少女っぽいね」
「あれれ? 笑ったつもりだったんだけどな。生徒証の写真はもっと表情硬いよ」
ヤスミンは照れくさそうに打ち明ける。
「アタシも生徒証の写真は今年のは表情めっちゃ硬いよ。睨んでるような感じだな」
茉莉乃がさらりと打ち明けると、
「茉莉乃さんも同じなのですね。それを聞いて安心しました」
ヤスミンに笑みが浮かんだ。
「ヤスミンちゃん、今の表情いいね」
千景はサッとスマホをかざし、カメラ機能でヤスミンのお顔をパシャリと撮影する。
「ヤスミンちゃん、いい笑顔が取れたよ」
「千景さん、恥ずかしいからすぐに消してね」
ヤスミンの表情はますます綻んだ。
「幸岡先輩、見せて見せて。ヤスミス、ほんまにええ笑顔しとうわ~」
「あたしにも見せてーっ。ヤスミンお姉ちゃん本当にかわいい」
「ヤスミンお姉さんのこの笑顔素敵♪ 消すのは勿体無いよ」
柚陽と彩織と茉莉乃はその写真を眺め、和んだようだ。
「あーん、これ以上見ないでー」
ヤスミンは表情を綻ばせたまま、頬を赤らめる。
ヤスミンちゃん、どんな表情してるんだろ?
桜子は気にはなったが、罪悪感に駆られ見ようとはしなかった。
「幸岡先輩、今度は桜子姉さんとツーショットで撮ったら?」
「そうだね。桜子ちゃん、いっしょに撮ろっか?」
柚陽に提案され、千景は桜子の側に歩み寄る。
「それは、ちょっと、照れくさいかな」
桜子は少し俯いて照れ笑いする。
「まあまあ桜子姉さん、幸岡先輩撮りたがってるから撮ってあげて」
「わっ、分かった」
桜子は緊張気味に筐体の中へ。
「今度は私がお金払うよ」
「あっ、ありがとう千景ちゃん」
こうして、撮影開始。
完了後、取出口から出て来た、十六分割写真を眺め、
「桜子ちゃん、さっきよりいい笑顔で写ってくれて嬉しいな♪」
千景は幸せそうな表情を浮かべる。
「なんか自然に笑顔が出ちゃった」
桜子も同じく。
「やっぱお似合いやん」
柚陽はふふっと笑う。
「あたし、次はこれがやりたぁーい」
彩織はプリクラ専用機すぐ隣の筐体に近寄った。
「彩織ちゃん、動物のぬいぐるみさんが欲しいんだね」
「うん!」
千景からの問いかけに、彩織はえくぼまじりの笑顔を浮かべ、弾んだ気分で答える。彼女がやりたがっていたのはクレーンゲームだ。
「あっ、あのナマケモノさんのぬいぐるみとってもかわいい! あれ一番欲しいっ!」
お気に入りのものを見つけると、透明ケースに手のひらを張り付けて叫び、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
めっちゃかわいいな。
桜子はその幼さ溢れるしぐさに見惚れてしまった。
「彩織さん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるよ。物理学的視点で考えても難易度は相当高いよ」
ヤスミンのアドバイスに対し、
「大丈夫!」
彩織はきりっとした表情で自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。
「彩織ちゃん、頑張ってね」
「サオリちゃん、頑張れー」
「健闘祈っとうよ」
「落ち着いてやれば、きっと取れるんじゃないかな」
「彩織さん、ファイトです」
他の五人はすぐ後ろで応援する。
「絶対とるよ!」
彩織は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。
続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。
「あっ、失敗しちゃった。もう一度」
ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。
「もう一回やるぅ!」
彩織はぷっくりふくれてとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。
「今度こそ絶対とるよ!」
この作業をさらに繰り返す。彩織は一度や二度の失敗ではへこたれない頑張り屋さんらしい。けれども回を得るごとに、
「全然取れなぁい……」
徐々に泣き出しそうな表情へと変わっていく。
「わたし、クレーンゲームけっこう得意な方だけど、あれはちょっと無理かな」
ヤスミンは困った表情で呟いた。
「私にも無理だよ。ごめんね彩織ちゃん」
「アタシも取れそうにないよ。なんとかしてあげたいけど」
千景と茉莉乃も申し訳無さそうに伝えた。
「彩織さん、他のお客さんも利用するので、そろそろ諦めた方がいいかもです」
ヤスミンは慰めるように忠告したが、
「嫌ぁ」
彩織は諦め切れない様子。お目当てのぬいぐるみを見つめながら不機嫌そうにぷくぅっとふくれる。
「気持ちは分かるけど……わたしだって、一度やると決めたことは最後までやり遂げたいから」
ヤスミンは深く同情心を示した。
「このままだと彩織ちゃんかわいそう。ねえ桜子ちゃん、取ってあげて」
「桜子姉さん、サオちんにええとこ見せたげなよ」
千景と柚陽に肩をポンッと叩かれ要求されると、
「ワタシも、クレーンゲーム得意じゃないし。真ん中ら辺のスッポンのやつはなんとかなりそうだけど、あれはちょっと無理だな」
桜子は困惑顔で呟いた。
「桜子お姉ちゃぁん、お願ぁい!」
「わっ、分かった」
彩織に寂しがる子犬のようなうるうるした瞳で見つめられると、桜子のやる気が少し高まった。クレーンゲームの操作ボタン前へと歩み寄る。
「ありがとう、桜子お姉ちゃん」
するとたちまち彩織のお顔に、笑みがこぼれた。
「サオリちゃんもよく健闘してたよ」
茉莉乃は褒めてあげ、彩織の頭をそっとなでてあげた。
まずい。全く取れる気がしないよ。
桜子の一回目の挑戦、彩織お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。
「桜子お姉ちゃんなら、絶対取れるはず」
背後から彩織に、期待の眼差しでじーっと見つめられる。
どうしよう。
桜子は窮地に立たされた。なにせ桜子は、今までクレーンゲームと遊んだ経験は何度かあるが一度も中の景品をゲット出来たことはなかったのだ。
「桜子ちゃん、頑張れーっ!」
「桜子お姉さんなら、きっと取れるわっ!」
「桜子姉さん、絶対いけるで」
よぉし、いい所見せてやるぞっ!
千景達からの声援を糧に桜子は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。
しかしまた失敗した。アームには触れられたものの。
けれども桜子はめげない。
「桜子お姉ちゃん、頑張ってーっ。さっきよりは惜しいところまでいったよ」
彩織からも熱いエールが送られ、
「任せて彩織ちゃん。次こそは取るから」
桜子のやる気がさらに高まった。
三度目の挑戦後。
「……まさか、こんなにあっさりいけるとは、思わなかったよ」
取出口に、ポトリと落ちたナマケモノのぬいぐるみ。
桜子はついに彩織お目当ての景品をゲットすることが出来たのだ。
「桜子ちゃん、お見事!」
「おめでとうございます、桜子お姉さん。三度目の正直ですね」
「おめでとうサクラコお姉さん」
「桜子姉さん、さらに株を上げたね」
千景達はパチパチ大きく拍手した。
「ありがとうっ、桜子お姉ちゃん♪」
彩織はとっても嬉しそうに抱き着いてくる。
「ワタシ、たまたま取れただけだよ。先に、彩織ちゃんが少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげでもあるよ。はい、彩織ちゃん」
桜子は照れくさそうに語り、彩織に手渡す。
「ありがとう、桜子お姉ちゃん。ナマちゃん、こんにちは」
彩織はさっそくお名前を付けた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。
「彩織ちゃん、いい思い出が出来て良かったね」
千景は優しく微笑みかけた。
「うんっ! あたし次は三階のペットショップ寄りたーい」
みんなは彩織の希望したお店へ。
ショッピングモール内のペットショップ、昔はよく来たなぁ。小三の頃、カブトムシを父さんに飼ってもらったことがあるよ。
桜子が懐かしさに浸りながら店内を見て回り、
「サオリちゃん、エリマキトカゲちゃんがいるよ。かわいい♪」
「本当だー。あたしこの動物けっこう好き」
「私もー。ネオンテトラもすごくかわいいよね」
茉莉乃と彩織と千景が水槽で売られているペットに夢中になっている間、
「寄ったついでにコニちゃんのエサ買っておこう」
ヤスミンは柚陽といっしょにペットフードコーナーへ。コニちゃんとは理科部で飼われているニホンイシガメの名前だ。
「ヤスミス、最高級のを買うんやね。太っ腹やなぁ」
「一回これ与えたら、コニちゃんすっかり舌が肥えちゃって、市販品の亀のエサはこれしか食べてくれなくなっちゃったの」
「あらら。コニちゃんはヤスミスに似てめっちゃ頭ええみたいやね」
「わがままなだけだと思うけど」
この店を出たみんなは、続いてアイスやお菓子を買うために一階食品&日用品売り場へ。
桜子がカートを押して、千景はその横を並ぶようにして歩き、他のみんなはその後ろをついていく。
「桜子お姉さんと千景さん、新婚夫婦的な感じになっていますね」
「まさに新婚夫婦やで」
ヤスミンと柚陽からにこにこ顔で突っ込まれ、
「そうでもないでしょ」
桜子は苦笑い。
「そう見えるかなぁ?」
千景はちょっぴり照れて、嬉しそうに微笑んだ。
「ここって、コピックペンも売ってるよね?」
桜子は逃げるように文房具コーナーへ向かい、お目当ての画材を取りに行った。
「千景さん、お菓子は買い過ぎないようにね」
ヤスミンから念を押されるも、
「分かってるけど、新しいのが出てるからついつい手が」
千景は新商品コーナーに陳列されていた南国フルーツ味のポッキーやコロン、キャラメル、マシュマロなどを吸い寄せられるように手に取り、買い物籠へ入れてしまった。
「この夏の新作アイスも出てたよ」
「アタシんちの分もついでに買っといていいかな?」
彩織と茉莉乃は協力して一箱八本くらい入りのアイス《ゆず味、メロン味、コーラ味、オレンジ味、ソーダ味、レモン味、ミルク味、宇治抹茶味》をそれぞれ一箱ずつ運んで来て買い物籠へ。
「どうぞ。茉莉乃さんの分もわたしの方で支払っておくね」
「ありがとうございますヤスミンお姉さん」
「どういたしまして」
ヤスミンが代表してレジを通したあと、みんなで協力して買った物を袋に詰めていく。
「茉莉乃、このジュゴォォォーッて出てくるの面白いよね」
「うん、夏を感じるよ」
アイスを入れた袋の方には溶けないように、彩織と茉莉乃が専用機械にコインを入れてボタンを押し、粉状ドライアイスを入れた。
食品売り場をあとにしたみんなは、バス停へ通じる出口へ向かって通路を歩き進んでいく。
途中、
「あっ!」
彩織は何かに気付き、急に表情をこわばらせた。そして千景の背中側に回る。
「彩織ちゃん、いきなりどうしたの?」
千景が不思議そうに問いかけると、
「あっ、あそこ。一年生の時、同じクラスだった子がいるの」
彩織は前方を指差した。十数メートル先に、四人で楽しそうにおしゃべりしながら歩いているおしゃれな感じの中学生らしき女の子達がいたのだ。まもなくエスカレータに乗り姿が見えなくなると、
「サオちん、あの子達にいじめられてたんか?」
柚陽は少し心配そうに尋ねた。
「あの子達は違うけど、会いたくないの。もし声かけられちゃったら、反応に困るし」
彩織は俯き加減になり小声で伝える。
「サオリちゃん、アタシもほとんど話したことない子達だけど、そんなに怖がらなくても大丈夫よ」
「彩織さん、きっといつか克服出来るようになるからね」
茉莉乃とヤスミンは優しく微笑みかける。
「ワタシも学校以外の場所でクラスメートに会って声かけられると気まずく思っちゃうなぁ」
桜子は深く同情した。
みんなはこのあとはまっすぐモール内から出てバスに乗り、阪神サウスアイランド王国をあとにした。
※
地元駅へ戻り、柚陽と茉莉乃と別れ、桜子と寮生とで鶫風寮への帰り道を歩き進んで行く途中、
「あっ! 私、明日までに提出しなきゃいけない英語の宿題まだ全然出来てないよ。どうしよう」
千景はふとその現実を思い出してしまった。
「じゃ、いつものようにワタシがやってあげるよ」
桜子は快く救いの手を差し伸べてあげようとする。
「ありがとう桜子ちゃん。いつもごめんね」
「桜子お姉ちゃん、優しいね」
千景と彩織はそんな彼女に対する好感度がさらに上がったが、
「桜子お姉さん、甘やかし過ぎるのは良くないです」
ヤスミンは困惑顔を浮かべた。
「やっぱり、そうなのかな?」
桜子は少し反省する。
「あーん、桜子ちゃん、お願ぁい。私、先生に叱られちゃうよぉ」
千景はちょっぴり涙目を浮かべてお願いしてくる。
「でっ、でも……」
桜子は思わず千景から目を逸らし、視線をちらっとヤスミンに向けた。
「千景さん、自力で頑張りなさい。テストの時に絶対後悔するわよ」
ヤスミンはやや険しい表情で忠告する。千景にはけっこう厳しいのだ。
この四人が鶫風寮へ帰り着いた頃には午後七時過ぎ。
「みんなおかえり。今日は楽しかったかい?」
たぬゑさん特製の美味しい手料理が用意されていた。
※
「桜子ちゃん、ありがとね♪」
「いやいや、どういたしまして」
桜子は結局、千景が入浴中に彼女の宿題を大方仕上げてあげたのだった。
☆ ☆ ☆
翌日。六月十四日、月曜日。神六丘高校の七時限目。
「押部さん! もっと真面目に泳ぎなさい」
初水泳の授業中、桜子は不恰好なクロールで二十五メートルを途中で足をつきながらも泳ぎ切ったら、プールサイドに上がった途端に背丈一七〇越えいかにも厳しそうな女性体育教師に説教されてしまった。
体育が出来たところで、体大以外の大学入試は突破出来ないし適当にやっててもいいでしょ。文武両道は学校はこれだからなぁ。
いつもよりちょっと嫌な思いをした桜子だが、朗らかな気分で鶫風寮へ向かって帰り道を歩き進んでいく。
途中、午後四時頃。
「桜子さん、ここなら学校帰りに逢えると思った通りだよ」
初めて出会った場所とほぼ同じ場所で、千景から声を掛けられた。
「あっ、千景ちゃん」
桜子はちょっぴり緊張気味に反応する。
「あの、桜子ちゃん、私から、ちょっとお願いしたいことがあるの……」
千景はそう伝えて、すぅと息を吸い込む。
「今度は、何かな?」
あの時とほぼ同じ状況だな。まさかデートのお誘いとか?
桜子がこう思っていると、
「今から私と、ショッピングに付き合って下さいっ!」
真剣な眼差しでこんなお願いをされ、
「……ショッピングかぁ。昨日行ったばかりだよね」
デートのお誘い、だよね? これって……。
ちょっぴり動揺してしまう。
「いつも勉強でお世話になってる、お礼がしたいの」
「いや、ワタシ、そんなに役に立ててないと思うけど……」
「大いに立ってる、立ってる。今日も桜子ちゃんのおかげで先生からお叱りを受けずに済んだもん。ねえお願ぁい」
「じゃぁ、いいけど」
桜子は戸惑いつつも、引き受けてあげた。
こうして、千景が前、桜子が後ろをついていく形で徒歩圏内のショッピング施設へと向かっていった。
店内に入ると、
「あの喫茶店でおやつ食べよう。私が奢るよ」
千景からこう誘われる。
「えっ、あそこ?」
「うん!」
「内装がすごく可愛らしいね」
ガラス窓から店内を覗いてみて、桜子は思わず笑みを浮かべた。
千景に手を引っ張られ、桜子は強引に入店させられたのだ。
「二名様ですね。こちらへどうぞ」
ウェイトレスに二人掛けテーブル席へと案内された。向かい合って座ると、千景がメニュー表を手に取り、
「桜子ちゃん、いっしょにこれ食べよう。ここのお店の新作メニューだよ」
迷わず抹茶パスタを指差した。
「同じのにするの?」
「うん。カップル割引になってお得だもん」
「カップルって……」
桜子は思わず顔を引き攣らせた。
千景は嬉しそうにそのメニューを二つ、ウェイトレスに注文する。
ウェイトレスがカウンターの方へ戻っていくと、
「桜子ちゃん、今日も悪いんだけど、数学の宿題頼むよ」
千景は演習プリントを手渡して来た。
「もちろんいいよ」
「ありがとう♪」
桜子はいつものように快く引き受けてあげる。
よかった。千景ちゃんから意識を逸らせる依頼くれて。待ってる間、千景ちゃんからずっと話しかけられるのは照れくさいからね。
こんなホッとした心境で。
桜子が問題を解き始めると、
「私も今日の復習をしておくよ」
千景は数学Ⅱの教科書を取り出して、今日習った内容を見直し始めた。
数学は特に、教科書眺めるだけじゃなく、自分でこの問題解かないと復習したことにならないと思うんだけど……。
桜子はそう思いつつも、引き続き千景の宿題に励む。
それから五分ほどのち、千景が飽きたのか数学の教科書を鞄に仕舞い、桜子が演習プリントを四分の一くらい片付けた頃に、
「お待たせしました。抹茶パスタでございます。ではごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスが運んで来てくれ、二人のアフタヌーンティータイムが始まる。
「桜子ちゃん、残りは寮に帰ってからでいいよ。先に食べよう。はい、あーん」
千景は生クリームと小倉餡もまざった桜子側の抹茶パスタの一片をフォークに巻き付け、桜子の口元へ近づけた。
「いや、いいよ。自分で食べるから」
桜子は左手を振りかざし、拒否した。彼女は照れ隠しをするように、おまけで付いて来た紅茶に口を付けた。
「桜子ちゃん、かわいい♪」
千景はにっこり微笑みながら、その様子を眺める。
「あの、上に乗ってるみかんとさくらんぼは、千景ちゃんにあげるよ。ワタシ好きじゃないし」
「ありがとう♪ あーんって食べされてくれたら嬉しいんだけど、この場所じゃ恥ずかしいね」
「うん」
傍から見ると、桜子と千景は本当の百合カップルのようだった。
☆
このお店を出ると、
「次はレディースファッションコーナーに行くよ」
「分かった」
桜子は千景に言われるままに、エスカレーター利用で三階レディースファッションコーナーの一角へ連れて行かれる。
「伸びて来てるのが多くなったから、パンツ買わなきゃ。桜子ちゃん、すぐに選び終わるからここで待ってて。レッサーパンダさんのパンツ、かわいい! 小学生向けっぽいけど、サイズ合いそうだからこれ買っちゃおっと♪ ヤスミンちゃんや彩織ちゃんもこういう柄大好きだから二人の分もいっしょに買っとこ♪ 桜子ちゃんもこういう柄、好きかな?」
千景は他にもリス、ウサギ、コアラといった動物柄や、いちご、キウイ、みかんといった果物柄のショーツも物色する。
「ワタシは、さすがにこの柄は子どもっぽ過ぎるから、いいかな」
「そっか。桜子ちゃんのパンツも買ってあげるよ。値段は気にせずにどれでも好きながら選んでね」
「べつに、いらないよ。揃えてあるから」
桜子はちょっぴり照れくさそうに答える。
「いいから、いいから。お礼がしたいし」
「じゃあ千景ちゃん、ワタシ、これで」
桜子はほとんど迷うことなく自ら柄を選んだ。千景に自分用の下着を選んでもらうのは非常に恥ずかしいと感じたようだ。
「無地の地味な柄かぁ。それも桜子ちゃんらしいね。桜子ちゃん、次はこのスカートも穿いてみて」
千景は可愛らしい花柄のスカートを差し出した。
「それはやめとくよ。なんか小学生向けみたいなデザインだし」
「まあまあ、そう言わずに。試着室あそこにあるよ」
「じゃっ、じゃあ、着てくるね」
桜子はそのスカートを受け取ると気まずそうに試着室へ入り、シャッとカーテンを閉めた。
それから三〇秒ほどのち、桜子は再び千景の前に姿を現す。
「桜子ちゃん、よく似合ってるよ」
「どっ、どうも」
「この服も桜子ちゃんにも似合いそうだから、二つ買っておくね」
千景はティーンズファッションコーナーにあった、可愛らしいひまわりのお花の刺繍がなされた夏用セーターも手に取って、桜子の目の前にかざして来た。
「千景ちゃん、それ、小学生向きでしょ。ワタシが着るのは絶対変だよ」
「桜子ちゃん、固定概念を持ち過ぎるのは良くないよ。この間、公共の授業で先生が言ってたよ」
桜子は嫌がるも、千景はその商品をレジへ持っていってしまった。
ワタシは、そんなの絶対着ないよ。お外では。
その間に、桜子は試着したスカートから制服スカートに履き替え、試着した半ズボンを商品棚に戻しておいた。
千景ちゃんのお買い物に付き合うと、けっこう体力使うなぁ。嬉しいけどね。
桜子がそう思っていると、
「あの、桜子ちゃん、このあとはいっしょに観覧車に乗ろう」
千景はこんなことまでお願いして来た。
「いや、それはちょっと」
桜子はさすがに躊躇ってしまうも、
「桜子ちゃん、高いとこは苦手?」
「いや、苦手じゃないけど」
「じゃあ、乗ろう!」
「わわわっ!」
ぐいっと手を引かれ、強引に連れて行かれてしまう。
これは百パー百合デートだよね。千景ちゃんはそんなつもりじゃ、いや、そんなつもりなのかも。
嬉しさ半分照れくささ三割気まずさ二割といった心境だった。
千景が前、桜子が後ろをついていく形で目的地へと向かっていく。
このショッピング施設の外側には、最高地点では地上からの高さが三〇メートルにまで達する、おしゃれなデザインの大観覧車が設置されているのだ。
「桜子ちゃん、せっかくだし、二人だけだし、あっちの方に乗ろっか?」
「……うん、いいよ」
シースルーの方かぁ。あれは平気だけど、もろにカップル向けだよね?
桜子は今からそれに乗ろうとしていた大学生らしき男女カップルにちらっと視線を向ける。もう一方のゴンドラは四人乗りのファミリー向けノーマルタイプだ。
桜子と千景は五分ほど待って四人乗りのシースルーゴンドラに乗り込むと、向かい合って座った。
係員に鍵をかけられ、ゆっくりと上昇していくと、
「ちょっと怖いけど、いい眺めだね。夕日もきれーい」
千景は幸せそうな笑みを浮かべて下を見下ろす。
「そっ、そうだね」
早く、一周してくれないかな?
桜子は気まずさと若干の恐怖心が相まって、高いドキドキ感と居心地の悪さを感じていた。目のやり場にも困っていた。
「桜子ちゃん、今日は付き合ってくれてありがとう♪」
「どっ、どういたしまして」
「これからも、宿題とか、勉強のお世話よろしく頼むよ」
千景からほんのり赤らんだ満面の笑みで顔を近づけられてお願いされ、
「うっ、うん。分かった」
やばい。めちゃくちゃかわいい。いい匂いもするし。これは、キスして来そうな予感が……。
桜子はそんな期待を抱いてしまうも、今日の水泳の授業はどうだった? など結局は取り留めのない会話を交わしただけで、観覧車は一周し終えた。
観覧車から出たあとも、千景は手を繋いでくるとか抱き付いてくるとかキスしてくるとかは人前だからかして来ず、二人はショッピング施設をあとにしたのだった。
☆
「ただいま戻りました」
「たっだいまーっ、今日は学校では家庭科で裁縫の針、指にプスッて刺しちゃって災難な目に遭ったけど、放課後に桜子ちゃんと付き合えて一気に運気が好転したよ♪」
桜子と千景は、午後七時ちょっと前に鶫風寮に帰宅した。
「桜子さん、千景さんとの放課後デートは楽しかったですか?」
さっそくヤスミンから質問される。
「うん。けっこう、楽しかったよ。デートじゃないけど」
「感情が表情にしっかり出ていますね」
「桜子ちゃん、とっても幸せそうだねえ」
「桜子お姉ちゃん、最高の笑顔だね」
ヤスミンとたぬゑさんと彩織は桜子の満足げな表情を見て、にっこり微笑んだ。
ニャァァァ~♪
梅乃の表情もほころぶ。
そして今夜も、鶫風寮での楽しい夕食の団欒が始まる。
観覧車の中で、桜子ちゃんにキスをしようと思ったけど、誰かに見られてると思って恥かしくて出来なかったな。普通のゴンドラでも外から見えるしたぶん出来なかったと思うなぁ。
千景はそんな照れくさい心境で、美味しそうに天むすを頬張るのだった。




