神様はもういらない
処刑を生業とする一族の家をノックする者がいた。
「はい?」
処刑人が扉を開けると女性が一人頭を掻きながら立っていた。
「あなたは……」
「こんにちは。お久しぶりです」
処刑人の旧友だ。
けれど、こうして会うのは実に久しぶりだ。
「……何の用ですか?」
「実は頼みごとがありまして」
「絶対に聞きません」
「いーや、聞いてもらいます」
しばらくの間、問答をしていたがやがて処刑人は諦めてため息をつく。
「……で、頼みってなんですか」
「悪いですね、本当に」
旧友はそう笑うと自分の首に指先を当て、スッと動かすジェスチャーをした。
「処刑して欲しいんです。私を」
「罪を犯していないのにですか」
「犯していますよ。数えきれないほどの殺人を」
処刑人はため息をつくと旧友を手招きして処刑台へ連れて行った。
「なんでこんなことを願うんですか」
「もう人間は神様を求めていないですからねえ」
「……」
処刑人は答えられなかった。
「それにもう。私がするよりも早く人間が殺しちゃうんですもの。罪人を」
「人間は罪人以外も殺しています。一緒にするには流石にあなたに失礼です」
旧友は少しだけ笑った。
だけど、決意が翻ることはなかった。
女性はそっと断頭台に首を乗せる。
「一つお聞きして良いですか」
「何でもどうぞ」
朗らかな彼女に処刑人は迷いながら問う。
「あなたが。死神が居なくなったら世界はどうなるのでしょうか」
「今と変わりませんよ。何にもね」
「……そうですか」
この日。
世界に存在していた最後の神様が消えた。
けれど、世界は何も変わらなかった。
――まるで、神様なんて元からいなかったかのように。