life 8〔天候は曇り、ただし時折り雨が降りますので村人は洗濯物にご注意ください〕
※
――魔王トキの軍勢vs.人類の戦いが始まった。
場所は田舎に在る小さな村の周辺。
理由はただ一つ、ただの村人を護る為。
数百の魔物の群れに突撃する数十の騎士達。
空から降り注ぐ無数の魔の手を防ぐ聖職者の祈り、傷付き倒れる者を癒す救済の光が、戦場を覆う。
轟き、叫び、声を上げて突き進む。
その度に誰かが死に、倒れ、助けを呼ぶ。
憎しみは更なる憎しみを生み、名誉を得て果てるモノは笑む。
正義を掲げる猛者は言う。
――俺を置いて先に行けと。
愛する者を残し、涙を浚って聖女は述べる。
――我々の背には無くしてはならない者が居るのだと。
其々が各々の信念を貫き、決して失ってはならない尊い命そのか弱きモノを守る為に己が生命を燃やす情熱が――空をも揺らす。
*
天候は晴れ。気温はやや蒸し暑い……。
今日もまた洗濯日和。
というか私の一日は基本的に変わり映えしない。
朝起きて身支度をし、朝食の後に川へ行き、洗濯をする。
大体午前はそれで終わる。
「……とはいえ」
重なる時には重なる。
それを待ち遠しいかと聞かれたら、やっぱり平和が一番だと答える。
そもそも私は危険を冒す様な冒険がしたい訳でも、特筆するほどの能力を得たかった訳でもない。
元々は不遇の死を迎えたOLが異世界に転生しただけ。
さすがに前世の記憶も曖昧になってるし、ノリで過ごすくらいが丁度良い。
ただ、少しくらいは自由が欲しい。なと思う時もあるにはある。
人生の仕様を恨む気はないが、他に比べて出来る事は少ない……。
でもさ。
「結局のところ、自由があっても生き方って似た様なものか……」
死ぬ前と今、結局私は与えられた役割を熟す事に縛られている。
唯一の違いはいつでも脱する決断が選べたコトだけど、も見る気がなければ無いのと変わらない。
最終的に自由であるかは枠組みではなく、意思による決定権。
――さて。
何事もなく、洗濯物を干し終える。
次いで、ふと空を見る。
揺らぐ想い。
「……行っちゃったな」
向こうがどう思っていたのかは分からないけれど。自分にとっては初めての……。
「……ま、役割を務めただけ、だよね」
この世界でそれを差し置く基準なんて、無いはずだ。
気にしない。けれども、雨は――降りそうです。
*
「――ぐァッ!」
近くに居た仲間の騎士が声を上げて倒れる。
「おいっ、大丈ゥアッー!」
近付く別の騎士がそれに覆い被さるようにして倒れた。
「下がれー! 態勢を立て直すんだッ!」
部隊長が叫ぶ。
それに合わせて、皆が動揺しつつも指示に従い場を後にする。
「ハァ…ハァ…、――ッ」
苦しい。
骨も何本かは折れている気がする。
いつも以上に重たく感じる甲冑を今直ぐにでも脱ぎたい。
息が、いや頭もぼーっとしてきた。
ボクはこんな所で、何故、何の為に……。
不意に仄かな石鹸の匂いが漂う。
どこから? イヤ。
自分の体からだった。
釣られて昨夜の事を思い返す。
……あぁそうか。ボクは――護らなければならないんだった。
…
一時撤退し後方にてへたり込む。疲労そして想像していた数を優に超える魔物の姿に気疲れしたのか、未だ膝は震えている……。
「――貴様、モシ・ロヒノ下級騎士だな?」
「ぁ、ハイ」
「そのままで構わん。貴様の部隊がどうなったか、把握しているか?」
「……――部隊長は目の前で戦死しました。他何名かも、恐らく。撤退の際、生き残りは散り散りになって後退したので、正確な居場所は分かりません……」
「そうか、了解した。貴様は半刻程休んだ後ここから東の野営地へ行き再編成で加われ」
「……了解しました」
そして伝令の相手と敬意を交わす。
次いで去って行くその後ろ姿に、僅かなズレを感じ取る。
……? 何。
「よう、オマエも一時撤退組か?」
――振り向く。其処に見知らぬ同僚が立っていて、にかっと笑い隣に腰を下ろす。
「いやぁマイッタな。俺の部隊も俺と、負傷者一名。実質まともなのは俺だけだ」
「そうですか……」
「正直、初めての実戦でこんな経験するとは思ってなかったわ……」
共感する。ただその割に――。
「――でも、楽しそうですね……?」
「まーな。だってよ、ずっと騎士なんて形ばっかりの空々しい職業だと思ってたからよ。俺の親父も、爺さんも、皆形式だけの業務で一生を終えた。そんなの聞いていたら、冷めるだろ?」
「……そうですね」
「天職だなんて言われてもよ。それらしいコトが出来てねーと冥利の方が尽きて人生楽しめねーし、上手くは言えねーけど、今日は生まれて初めて、ワクワクしっぱなしだわ。オマエも、そうだろ?」
「……ボクは」
職を得て、騎士となったがこれまで何かを護る職務に就く機会は――なかった。
それは自分だけの話ではない。
皆が皆、大切な最も重要な何かが欠けたまま自らに課せられた仕事を熟す。
いつしか真似事の様になった己の運命、諦めていた最後の欠片をついに見つけた喜び。
「そうですね。ボクも、同じ気持ちです」
「だろ。だからさ、何があってもこの時間は苦じゃねーよ。俺は、親父や爺さんの分まで職に殉じてやりてーんだ」
「はい。でも、本当に死ぬのは……」
「ッハ、当たり前だろ。殉ずるってのは例えだよ、例え。本当に死んじまったら土産話が出来ねーからな。――さ、行こうぜ。そろそろ行かねーと仲間に入れてもらえなくなる」
「ハイ」
そうだ。何も不思議に思う事はない。ボク達はいつだって神様に与えられた運命、天職に従って生きるコトこそが幸せなのだと教わったはずだ。
恐れるコトは、何もない。
*
「魔王様、予定通り人間どもはこちらの誘導にまんまと乗せられております」
「フッ、愚か者どもめ。さしずめ己の運命を感じ精神が高揚しているであろうな。――よし茶番は終いだ。頃合いを見て不可視の魔法を解き、窮地に立つ真の恐怖を味わわせよ。始末するのはその後だ」
「ハッ、ご指示の通りに!」
――そうして魔王の堂々たる姿、天より人類を見下す。
「神の威光に屈した愚かなる生き物よ……。今こそ絶望の淵に立たされる恐怖で終演の刻に美しい断末の声を、その最期に華を添えるがいい」
降り注ぐは魔王の笑声、時同じく時雨れる空の暗雲より始まり出た最初の雫が地上へと降下する。
※
争いは当初人類の優勢で進んでいた。
迫り来る魔物の群れに騎士や戦士が矛と成り、盾と成る。
後方からの支援は絶え間なく、援護、伝令、物資、治療が完璧に行われていた。
そう完璧過ぎる程に人類側は全力を出して序盤を圧倒したのだ。
結果中盤以降の余力を見据えずに過剰な攻撃を繰り返し、新手の対応が遅れる事から戦況は瓦解していく。
それでも人類側が昂揚を抑制する事にはならなかった。
絶体絶命の危機、悪戦苦闘、背水の陣――ありとあらゆるピンチがこれまで味わう機会の無かった人々の心に浸透し欲を満たす。
最早護るべきモノの存在は二の次、各々が与えられた職の役割に酔って痴れる。
死すらも、彼らにとっては最高潮に達する香り付け程度の感覚。
長きに渡った平和の終わり、再び始まった魔族と人類の戦いは今正に歪んだ末の終局を迎える大事な局面に差し掛かろうとしている……。
*
本日も普段通りに一日が終わり、温かい湯船の中でため息を混じらせる。
「あぁー、極楽ごくらくーゥ」
夜になって外は快晴、星空が今宵も綺麗だ。
「明日は一日中晴れるとイイなぁ」
慌てて洗濯物を取りに行かなくていいし、ね。
天候は曇り、ただし時折り雨が降りますので村人は洗濯物にご注意ください/了




