表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

life 6〔空を見ろそれは陽炎の光、いえそれは人々が放つただの情熱です〕

 伝令、それは軍隊において命令を伝えること、もしくはそれ等の任にあたる人のことである。――情報こそが要である戦場においては最重要の役割と言って過言ではない。

 なるべくなら最新の情報、鮮度の高い内容である事が好ましい。とはいえ、だ。


「アヤネ様っ、先ほどの連絡事項で変更がございました!」

「アヤネ様ッ、午後からの哨戒も異常はありません!」

「アヤネ様! 食材の買い足しですが魚か肉、どちらにいたしましょうか?」


 ――引っ切り無しに来る。

 ていうかそういうのは部隊長とかそっち側に伝えるべきだろうと思う、内容までも来る。

 いくら志願者が多かったとはいえ、情報がバケツリレーの様に来るのは正直鬱陶しくてたまらない。

 その多さは異常で、日中向こうの空を見れば駐在する人々の熱気で陽炎が見えている、そんな錯覚に陥る、程の。


「ご苦労さまです……」

「光栄です!」


 何でだよ。


「……あの、お気持ちは大変嬉しく思うのですが、さすがに頻繁に来られると……」

「ェ。ぁ、し失礼しました! 次回は別の者と交代し飽きぬ様にいたします!」


 飽きぬ様ってなんだよ。配慮の方向性が屈折し過ぎて本来そこに無いモノを見てるぞ。


「いえ、そうではなくて……」

「?」


 ああ、なんて言えば伝わるんだ、分かってくれよ。


「――おい、アヤネ様の気持ちを察してやれよ」


 ェ誰。と声のした方に居たのは――。


「よっと。お久しぶりです、アヤネ様」


 ――先週からの青いローブを着る盗賊が、木の上から跳び下り挨拶をしてくる。


「アナタは……」


 兄貴達と一緒に田舎へと帰ったはずの、名前は確か……。


「はい、レイジっす」

「何故……」


 と其処で間に割って入る伝令の兵士。


「アヤネ様っおさがりください! 見たところ盗賊を生業にする者と思われます!」


 正解です。

 まあ服装を見れば大抵分かるレベルではあるけど。


「おいおい、勘違いするな。俺はアヤネ様に用があって来たんだ」


 十分に勘違いさせる台詞だと思いますがね。


「……――あの、大丈夫です。なんと言うか、知り合いです……」

「知り合い……? 何故ただの村人であるアヤネ様が、盗賊などと関係を……」


 おっと、これは失言だったかな。


「おい伝令兵、アヤネ様は盗賊(オレ達)とは関係ねぇぞ。ただこの人には恩があるんだ……」


 恩? 一体何の。


「……なるほど、だがワタシは盗賊と分かって村人(アヤネ様)を許せる立場ではないのだ……」

「フ、お互い融通の利く職には恵まれてねぇな……」

「その様だ……」


 待て待て、なんか一戦を交える雰囲気になってないですか?

 ――と其処に。


「アヤネ様、お待たせしました。甲冑は着込むのに手間がって何ですかこの状況はッ?」


 それについては私もさっぱり、分かっていません。


  …


 事情とは人それぞれにあるものだけど。

 ちなみに私達は私の家、つまりは自宅に戻り落ち着いた状況で、話を聞いている。

 目の前には盗賊の人、隣には騎士様といった配置で。


「――て訳で、俺は兄貴達とは別れて独断でアンタの所に来た」


 ふむ。

 とりま、自分で淹れた茶を啜る。


「予定通り田舎の方へ戻るのも、兄貴達となら悪くないと思ってたけど、やっぱりまだ諦めきれねぇ……」

「――何を、諦めきれないのですか?」

「そりゃぁ……一旗揚げてみてぇし」


 盗賊の言う成功とは一体どういうモノなのか、それ自体は気になるところだ。が。


「だから私の所に来たと言うのは、どういう関係が……」

「だってアンタは村人だろ、盗賊ってのは村を狙ったりして名を広めるのが支流だし」


 なにが本筋とかは知らんけども。言いたい事は分からなくもない。


「他の方法もあるのでは……?」

「まぁ、あるにはあるけど……。いずれにしても今の俺じゃ実力不足で、手に負える仕事にはならねぇから……」

「例えば?」

「王宮に忍び込んで宝物庫に入るとか、金持ちの貴族から掻っ払った物を庶民にバラまくとか、まあそっちは義賊系の実績になるけどさ」


 義賊系とかあるんだ。つくづく自分の平凡さが嘆かわしい。

 それに庶民って私でしょ? 今そんな事になったら、お宝は全て(ここ)に来る訳だからスッゴク迷惑。

 ――ともかく。

 私は今居る空間で、自宅の食卓にて対面する相手と後ろに立つ護衛騎士の存在を今一度強く認識し直す。


「……私が望むのは静かな暮らしです。今回の事はましてや、アナタの希望を叶えるのに協力する気は全くありません。悪しからずです」

「――、そうか……分かった。邪魔したな」


 申し訳ないとは思う、もののこれで良いのだ。


  …


 そうして盗賊は出て行った。

 きっと感じからして、二度と会う事はないだろう。


「良かったのですか? その……」

「相手は盗賊ですよ、悪いなんて事はないと思います」

「それはそうですね……」


 彼、もとい彼女もまた自身の職に悩まされる者の一人だと言える。

 しかしこの世界にはそんなのはざらで、一生を賭けても望ましい結果を得られずに終える者が殆どだと聞く。

 私という存在(天職)は、そんな彼らにとって唯一の希望なのかもしれない。

 護るべき者の居なかった護衛者。

 踏みにじる事が無かった犯罪者も。

 皆が皆それぞれの職に飢えているのだ。

 しかし私はただの村人、唯一望める事は平凡な暮らし。普通である事、ソレだけだ。




 男が出て行った、ものの数分後――玄関の扉がノックされる。

 僅かな時間に三回の音、それだけで気品を感じられる気がした。

 そうして扉を開けると――。


「約束違わず、迎えに参ったぞ」


 ――其処に魔王が居ました。

 当然の事ながらに。


「アヤネ様っ!」


 護衛の騎士は自らの腰に差す剣を抜き取り、臨戦態勢となり。


「遅い」


 瞬時に魔王が指先から放つ小さな光線で武器を弾き落される。


「ッく……!」

「動くな。下手に動けばこの場ゴト吹き飛ばす、護るべき者を失っても、いいのか?」


 呆気ない決着。

 だが、私にはまだ発言権が残されている。


「――私を迎えに来たのでは……?」

然様(さよう)だ。故に遅いのだ」

「……ッ! ぁぐッ?」


 なるほど。

 と理解したところでもう手遅れ。

 先ほどの光線は単純に言えば攻撃では無かったのだ。

 相手を捕らえる光の紐とでも捉えればいいのか、――ともかく私を護る唯一の希望は武器を手放した後に背後から巻き付く光の撚糸(ねんし)みたいな物で捕縛されてしまった。


「敵の真意を見抜けず硬直、戦いにおける隙とは即ち遅鈍。死は得るモノを得ず、残す慈悲に感謝し生き長らえるがよい」


 噂に名高い魔王、なだけあって圧倒的な存在感。

 普段有意義に過ごすこの空間がまるで檻の様に窮屈だ。


「さてアヤネ、準備は出来ておるな?」


 ……準備。


「何が必要なのかを伺ってなかったので……」

「ふむ。まあよい、必要な物があればこちらで手配する。貴様は身一つで来るが良いぞ」


 さて、どうしたものか――。

 一応なんとか脱出を試みようとしてくれているのが見て取れる、が恐らくは無理だろうと判断する。

 ――この状況を自分で、なんとか切り抜けるしかない。


「……あの、そもそも私は何故一緒に行くのですか……?」

「言うまでもなく貴様は貴重だ。それ以上の故など無い」

「じゃあ村人として魔界に連れて行かれるのですか……?」

「うむ。厳密には天命を脱する為の奴隷だ、が扱いは可能な限り肝要とする。案ずるな」


 なるほど。奴隷として村から連れて行かれる場合も出る事が出来るのか……。


「――……でも、どうやって」

「移動は我に任せよ、貴様の足では辿り着けぬ所よ」

「そうではなくて、どうやってここまで……? 外には人が沢山居たのに、と」

「ぬ? ああ。地を這う者など目に付かぬ、我は飛べるのでな」


 つまり空から来たのか。

 あれだけ居て、上空の警戒を(おこた)ってるじゃないかよ。


「さあ我の手を取れ、直ぐに出発するぞ」


 ……うーん、どうしたものかなぁ。








  空を見ろそれは陽炎の光、いえそれは人々が放つただの情熱です/了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ