life 5〔村を取り囲む者、それは魔族でも魔物でもなく、ただ人です〕
ボクの家は代々商売職が多い。
父は呉服商で兄は放浪商人。
宝石商の母と共に働く妹も、商い職だ。
ただ一人ボクだけが違った。
ボクは、ボクの天職は“護衛騎士”だった。
元より決まっている訳ではない適性と言われているが、さすがに力不足は目に見えている。――文字通り、この細い腕、走っても五分ともたない体力では何を護衛しろと言うのか?
極めつけは護衛対象だ。
護衛騎士といっても実際に騎士が護れるのは使命を帯びる対象のみで、自由に相手を選んでいい訳ではない。
かといって貴族や重役は新米騎士の出る幕はない。
毎日毎日訓練と、詰め所での待機を繰り返す日々。
そんな退屈な日常をぶち壊したのは並々ならぬ隊長殿の様子から始まる一大事、詰め所での緊迫した空気が状況の信憑性を物語る。
「――全員その場で構わん。緊急性の高い指令を王より賜った」
自分はもとより、普段はムードメイカーで通っている友人の騎士ですらも、隊長のご様子に言葉を発する事は、――誰もしない。
「……――総員、直ちに第二種戦闘配置だ」
ザワつく、自分の胸中だけではなく今居る環境そのものが動揺し震えて見える。
「――たっ隊長殿、つまりは戦争が起こるのですか……?」
誰かは分からない。けれども誰かが言った。
「いや、そうではない。だが国家存亡の機に違わぬ事態だというコトを各々理解してもらいたい。詳しい事はこれよりミーティングを兼ねて通告する、が――その前に」
ドキッとする。
事実ボクの肩が跳ね上がる程に突然の指名で返事の声が浮く。
それでも騎士である身の上だからか、ボクの足は無意識に隊長殿の所へと向かっていた。
「――うむ。先んじて確認するがモシ・ロヒノ、貴様は下級の護衛騎士だったな?」
「ハ、ハイ! そうであります!」
「……そうか」
? 何だろう、隊長殿が何とも言えない複雑そうな顔をしている。
「ロヒノ、貴様には事重大な任務を命じる」
「事重大な任務……?」
ぇ、だってボクはまだ、下級の騎士。
…
そんなこんながあって数日後、現在ボクはもの凄く重大な責任を背負う状況に居る。
本来であれば下級騎士である自身には到底回ってくる訳もない程の重圧を感じつつ……。
「ぁ、ここです」
静かに流れる川辺、危険とは正反対の喉かな空気と日差しを受ける地に見逃しはないかと周囲をキョロキョロと確かめる。
「おろしてもらってもいいですか……?」
「ェ。あ、ハイ! 直ちにっ」
慎重に且つ警戒は怠らず護衛対象の身が確りと地に着くまでも着実に時間を要す。
無事――足が地に、着く、のを確認。
「……ありがとうございます」
「いえ、お気をつけください。どこに魔族が潜んでいるか分かりませんので……」
「……大丈夫、と思いますけど。あれだけの人が居れば……」
「はい。ですが村の中には基本ボクしか居ませんので……」
「それはまぁ……」
不安気な表情だ。しまった、護衛対象を不安にさせてしまうなんて。
「申し訳ありませんッ」
「ぇ、――……何か?」
「アヤネ様の身を護るのが護衛騎士であるボクの務め、であるにも関わらずご機嫌を損ねてしまいました!」
「えっと、損ねてはないですけど……」
「その様な事は! 逆にお気遣いさせてしまいました!」
「ぁ、ぇっと……」
黙り込んでしまわれた。
なんたる失態と自分を叱りたい。
けれども今は目的を果たすのが先と、不甲斐ない己を律する他は――。
「――アヤネ様、ボクの事などは意に介さず、お洗濯を開始してくださいッ。その間は周囲を巡回しつつ警戒しておりますので!」
「……分かりました」
「――ハイ、それでは! ご武運をっ」
※
先週末、王からの緊急指令で軍が動く。
小さな田舎の村を囲むにあり余る兵数は全方位だけでなく、近隣の施設や農家にまで予備数を配置する徹底ぶりで、文字通り蟻の子一匹逃さぬ布陣。
但し当初はそれ程の大規模な陣営を敷く予定はなく、自ら志願する者や要請の無かった機関、組織団体までもが自主的に参加したのが要因である。
それ等、全ての根底にあるのはたった一つの欲望、要求を総じての渇望と言える。
皆が願うのはただ一つ、たった一人の弱者を護りたい。
――唯一無二の願望である。
*
ここ最近いつにも増して村に来る人の出入りや特殊なイベントが目に付く、なと思った矢先のコレである。
私は今、完全保護下のもと護衛者に付き纏われている。
救いがあるとすれば有事状態に無い村では軍隊の長期滞在が出来ない仕様、実情は私の護衛を担う騎士以外は村の外で野営をし続けている。
ただその規模がヤバい。
小さいとは言え、村をぐるりと囲んでも余りある数の人達が見渡す限りテントやらで野営をしているのだ。
発売三日前から家電量販店の前で順番待ちをしているノリじゃないんだぞ。と言いたいところだが皆マジなので、言えないです……。
と、なんやかんやで内心鬱状態の私の所に巡回から戻ってきた護衛騎士――を見る。
「……アヤネ様? どうかされましたか?」
さすがに顔にまで出てしまうか。
ここは繕わず正直に言ってみようかな。
「……さすがに疲れますね」
「ぁぁ……?」
全くピンと来てないな。
まあ本人達は真剣なのだから、仕方ないか。
そして丁度洗濯が終わったところだったしで。
「よければ隣、座りませんか?」
ェっと驚く顔をする相手。
お互いの、特に相手の立場を考えれば悩ましいのも分かるが、少しくらいは、ね。
護衛をつけられる事になってから二日くらい、だろうか?
たった二日、と思うかもしれないが。これがまた大変なんだよ。
当たり前の様に昼夜問わず伝令が来ては変わった事はないか、体調は悪くないかと割れ物を扱うかの如く聞いてくる。
――腫れ物扱いされてない分マシか?
とはいえ、ふと気付けば視線を感じる暮らしなど誰が望むものかと。
結果こちらの訴えを聞き入れてくれたのか、護衛をつけるという形で視線からは解放された。が今度はその護衛騎士様が何かと心配をしてくれるので、なかなか地に足をつけて生きる暮らしが出来ない。
本当、守ってくれるのは有難いが移動を肩代わりするってのはさすがにやり過ぎだと思うな。そもそも、イザって時にどうする?
なんて、思いはするものの――ご本人自体はわりと話し易く、接しやすい性格だった、ので――。
「――シロさんは、どうして護衛騎士になったのですか?」
ちなみにシロとは、モシ・ロヒノさんの愛称らしく、呼びやすいので自分もそれに便乗している経緯だ。
「どうして……、それは天職なので……」
ああそうだった。
「すみません、意味不明な質問でしたね」
「いえ……。でも、もし騎士じゃなければって想像は何度かした事があります」
「――具体的には?」
川べり、洗い終わった洗濯物の入る籠を放置し足を冷やしつつ会話を進める。
相手は座りはしたものの鎧を着ている事情で涼む行為までは出来ず、自分だけが優雅に過ごしているみたいで悩ましい。
が、それ以上に質問に対する答えが難航している様子で見受けられる。
「うーん。そうですね……、ボクは……、というかボクの家は多くが商いを天職に選ばれてきました。そんな中でボクが騎士に選ばれたのは異例で……」
「――ご家族の不興を買った、というコトですか?」
「いいえ、両親を含め身内は特に何も。きっと意味があって選ばれたのだろう、と言ってくれました」
なんだ良いご家族じゃないか。
「ただ、女の身でありながら騎士と言うのは抵抗があって……」
ああ、そういえば気になってた。つまりは、そういう理由か。
「だからボクなんですね」
「はい……、見た目もそれっぽく見える様にして振る舞ってます」
社会的な性差のアレかと思ってたが、複雑な私情を起因としていたのか。まあ――。
「――シロさんがそうしたいのであれば、それでイイんじゃないですか。誰かに強要された訳でもないですよね?」
「はい、自分でそうすると勝手に決めました」
「なら、いつ止めても問題ないですし。好きに生きましょう」
「……そうですね。――なんだか、気持ちが軽くなった気がします」
それはよきかな。
という所で、自分達に向かい走り込んで来た伝令が一礼をし――声を上げる。
「アヤネ様っ、本日正午までも異常はありません!」
なら急いで来る必要はあったのだろうかと聞き返したいが、面倒事はなるべく避けたい。
「分かりました。ご苦労様です」
「痛み入りますッ! ――ところでアヤネ様、先日から何度も村の名前を聞きに来る者が居るのですが、普段どの様に対処をされているのでしょうか……?」
「手っ取り早く対処してください」
「ぇ? ……りょ、了解しました!」
今回の件が落ち着いたら村長に相談して、村の入口に電光掲示板みたいなのを建ててやろうかと、思う。
村を取り囲む者、それは魔族でも魔物でもなく、ただ人です/了