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life 3〔ただの盗人、されど盗賊を生業とする〕

 十数年前、人類と魔族そして神獣族との間で協定が結ばれた。

 のちに三大協定と名付けられる事となったこの取り決めは、たった一人の人類を保護する為に交わされた不可侵の、約束事である……。


  ※


 木々の枝に止まる小鳥達のさえずりが心地よく感じる穏やかな午後。

 ――草むらに身を隠す三人の盗賊が民家を見張る。

 村人が住むには適切な小さな家の、屋根――そこから伸びる背の低い煙突から出ていた煙の色が徐々に薄れて、消えるのを確かめる。と。


「……アニキ、そろそろ良さそうですよ……?」


 まだ陽の高い内からもフードを被る。見るからに盗っ人らしい三人の、一番下っ端となる白いローブの男が隣に居る自分より身分の高い相手に向けてそう述べる。


「あぁ、このタイミングを逃がす訳にはイカねぇ。――ね、兄貴」


 更に隣へと伝わる盗っ人共の意見、最終的に判断するのはグループのリーダー格たる者。

 鋭い眼光、その見据える先に何があるのかは言わず。

 思わず唾を飲み込む子分二人の前で、緑色のローブを羽織る男は頷く。


「よし、行くぞ――」


 ――同調する二人の男達。その手には確りと握られた短刀が、輝く。


  *


 私が知る言葉の中に“万事休す”という(ことわざ)がある。

 たぶん現状は、そんな感じだ。


「おい娘、金を出せ。無ければ食糧か別の物でもかまわんぞ」

「……お金はイマ持ってません。家に戻れば少しくらいなら……」

「家だと……? そんなのダメだろ。知らない人を家まで連れて行ったら……」


 知らない人と言うか、正確には盗賊。余計に駄目だな。

 あと動揺したのか今までの威勢が見るからに困惑している。


「おいっ何やってんだ! 代われッ」


 立ち位置を変え、傍らに控えていた全体的に青い色を主とした盗賊衣装の先ほどの方よりは兄貴分っぽい人物が――正面に来る。


「……ゴホン。いいかいお嬢ちゃん、オレたちはこう見えて盗っ人なんだぜ」


 そうにしか見えてませんが。


「世間知らずな田舎じゃあ、知らねぇ奴に道を聞かれて茶を飲もうなんて話になるかもしれねぇが」


 イヤならねぇよ、田舎ナメんな。


「ちいとばかし冷静になって考えてみろ、泥棒に自宅なんて知られちゃ万事休すだぜ?」

「……いやでもここ、家の前なんで……」


 というか見えてるだろ、私の直ぐ後ろにさ。


「バッ馬鹿正直にも程があるぜっ!」


 落ち着いて冷静になれよ。

 てなところで、再び目の前の人物が交代。

 最後は見るからに雰囲気がある、しかも刃物を持っている……。


「お嬢さん、これが何か分かるかい?」

「……短刀(ナイフ)ですね」

「ナイフか。確かにそう見えるかもしれねぇな……、だがコイツはナイフじゃねえ」


 と、言いますと。


「コイツはな……オレの手で数えきれない程の肉を割いてきたんだ、今だって見ろウズズとしてるぜ……」


 ウズズって何だよ、初めて聞いたよ。


「――いいか娘ッこれはマジだぞ、アニキはナイフ一本で肉でも魚でもスッゲェ上手にさばけるんだぞ!」

「……それは凄いですね」

「だろッ!」

「――おいレイジっ、アイチを連れて行け!」

「了解っす兄貴」


  …


 一旦自宅に戻り、改めて独りで待つ事となった緑色ローブの男の所へと、事前に準備をしていた忖度(ブツ)を持って向かい、予定通りに――手渡す。


「受け取らせていただきます」


 先ほどまでとはうって変わり風格のあった男が営業スマイルで何度も申し訳なさそうにするのは見ていて、少し胸が痛む。


「――新しい子分さんですか?」

「ぁ、そうなんですよ。見どころもあるし、大事にしてやりたくて……」

「同僚と仲良くするのはイイ事だと思います」

「そんなコトを言っていただけるなんて……、ジブン救われます」


 おいおい泣くなよ。


「……――次も、三ヶ月後ですか?」

「ぁ、ハイ。……えと」


 なにやら言いたげな様子。


「――何ですか?」

「ヨ、要望って訳じゃないんですけどっ、……次回は野盗っぽい状況でお願いしたいなーと。ももモチロン強要するとかじゃなくッ」


 野盗っぽく……? ぁぁ。


「……追い剥ぎですか?」

「剥ぐだなんてそんな! ただ自宅の前だと緊張感というか……脅し文句の幅が狭くなってしまうなーと……」


 なるほどね。


「分かりました。ただ事前に連絡がないと、合わせ難いですね」

「そこら辺はこちらで何とかします! わざわざご足労いただかなくともそれっぽい時を狙って登場しますのでっ」

「ぁぁ、それならいいですよ」

「あざっす!」


 これこれガッツポーズとかして、向こうで見てる子分さん達に気付かれますぞ。

 なにはともあれ、この世界の職はにもかくにも創意工夫が大事なのです。


「――ではまたお願いしますッ」


  ※


 ここらで少し“天職”のシステムについてのおさらい。

 私が転生した異世界は数多くの職業、神が授ける“天職”と呼ばれる人生(システム)がある。

 簡潔にどういうモノかと言うと、その職に即する生き方を厳守しなければならないという完全な縛り人生(プレイ)だ。

 盗賊は盗賊らしく、王様は王様らしく、与えられた職の役割や役目を全うすれば神からの恩恵を得ることすら出来る。

 ――恩恵とは、いわゆるところの職業によって定まった技能ポイントのコト。

 より役を演じる事で多くの恩恵値を得、様々な技能や特性を開花させる、この世の仕様。

 ちなみに“村人”は、この恩恵を得る事が出来ない。

 村人とは村で生きる事、それだけが村に住む人の――存在意義なのだ。


  ※


 盗人(彼ら)と初めて出会ったのは、一年ほど前だろうか……?

 あの時はまだ二人で、私の住む村からはかなり遠い所から来たのだと、後々聞かされた。

 見るからにボロボロで飲まず食わず、何とか一人は立っていた。そんな所を偶然私は出会ってしまったのだ。

 ……そう、出会ってしまった。

 遠路はるばる、噂を聞きつけて、この村に辿り着いた盗人と――私は出会ってしまった。

 運命とか、そういう話ではない。

 特別な物が何も無いこの村に、日々訪れる人々の相手は正直言って面倒くさい。

 なのに私は自ら差し伸べてしまったのだ。

 今にも飢え死にしそうだった彼らに食べ物を運び、結果近辺に住み着く事にも繋がった。

 転生する前からの性格だろうか、とかく弱っているものを見ると放っておけない。

 雨の中で震える子猫の様に、産まれたばかりの小鹿の様に、生きようとする命の表現が見捨ててはイケないと心に語りかけてくる。

 だからか、以前の私は仕事では業務に追われプライベートではダラしない男とばかり交際をしていた。

 だからこそ今回は絶対にそんな事にはならないようにと、なるべく人との関わりは淡泊に対応しよう、と心掛けてはいる……。

 しかし性格とは、例え人生をやり直したところで、そう簡単に変わらない“生き方”なのだと――知る。


  *


 林を通り、意気揚々とした気分で三人は歩く。


「オレ、マジで感動しました。本当に村人が居たんすねっ」

「あたりめーだろ、兄貴の情報網は確かなんだよ」

「スゲェっす! オレ、初めて盗賊スキルが上昇しましたっ」

「……初めて? 技能ポイントなら他にも方法はあるだろ……」

「いやぁ……オレ、ちまちましたのは苦手で……」

「バカ、三下の内から何ナマ言ってんだよ」

「でも、鍵開けの練習とか、店の物盗むとかって、なんかダサいなって……」

「バーカ、そういうコツコツした下積みが大切なんだろうが」

「ぇ、じゃあアニキ達も……?」

「ったりめー」

「まあイイじゃねぇか。実際盗賊なんて天職もらってもよ、庶民が居ない世の中で出来る事といえばちまちましたコソ泥、そんなんじゃどんだけやっても恩恵は少ねェ。大きな仕事なんて、いつまで経っても夢のまた夢だ。な?」

「まぁそうっすね……」

「だったらよ、コツコツなんて従来のショボイやり方じゃなく、ちゃっと庶民様を脅して盗っ人らしく悪に準じた生き様でビッグになろうぜ、な?」

「……そう、っすね」

「オレっ、一生アニキ達について行きます!」

「バーカ。世話が焼ける子分なんて、一生は要らねぇよ」

「そんなー」


 次いで笑い声が起こり、木々の隙間から差し込む陽の光が一吹きの風で影を揺らす。まるで三人の会話を聞き同じく笑っている様に。

 と其処に、突如として現れたのは光をも呑み込む程に漆黒なローブを頭から被る謎の人物。――三人の歩みが止まる。


「……何だ?」


 日はまだ高い、とはいえそうそう人の通りがある場所ではない。

 極めつけはその異様な出で立ち。

 決して一般のソレとは異なる、闇の使者に――見えた。


「――教えろ、この辺りに村人は居るか? 余計な事を言えば――殺す」


 ざわつく男達の動揺、それを表わすかの様にさざめく葉の音が周囲の緊張を急き立てる。








  ただの盗人、されど盗賊を生業とする/了

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