life 15〔村人は空気を読むのに長けている〕
ボクが生まれた町は王都から二日程の距離にある、港町だった。
家は代々商売職が多く。
父は呉服商、兄は放浪商人。
宝石商の母と共に働く妹ですら真っ当な商い職として誕生した。
ただ一人、ボクだけが“騎士”だった。
しかも今や若くして門衛騎士に昇格し、あのアヤネ様が住む村の門番を任されている。
現状は、本人から直接希望していただいた事で、有給休暇を理由とした同行をして来た。
が。
これは、予期せぬ事態と言うのだろうか……?
突然の話だったのは間違いない。
けれども祝辞とは、それ程に時間を要するものなのか――。
「して、アヤネはいつ頃に帰ってくるのだ?」
――分からない。
「……どうでしょう、具体的な内容はボクには知らされていないので……」
「ゴクン。――そうか。では地下で何をしているのかは、分からぬということだな」
「地下……?」
「うむ。アヤネのニオイは地面の下へと向かったのだ。以降は鼻で追えてはおらぬが出てきた様子もないのでな、――コレは?」
「チーズです。――地下、……なるほど」
ただ城の地下にあるのは牢獄。
そんな所に何故アヤネ様が……?
「なかなかに凄まじい臭いだなコレは……、ウマいのか?」
「人によると思います」
「では我は人ではないので問題ないな、――パク」
そういう意味で言った訳ではなかった。
「なっなんという芳醇な味わい……ッ! キ、気に入った! コレをもっと食しても良いのかッ?」
「……どうぞ、お好きに」
幸いにも御代は同行者である自分達の分を含めて、負担無く支払われると事前に聞かされている。
仮に店内の食糧を食べ尽くしたとしても、この場で代金が発生する事はない。
さすがにそんなコトが現実に起こるとは思えない。――思えない、のだが。
「おい其処の者よっ、これと同じ物をありったけ持ってくるのだ! 急ぎな!」
「ぇ? ぁ、ハイ。少々お待ちくださいっ」
一般的な反応であれば外見上は子供の、申し付ける内容。本気で相手にされる訳はない。
しかし城の馬小屋より直行したこの店で、既に人の子を模した神獣はその姿形から想像する許容を遥かに超えた数の皿をテーブルの上に積み重ねてもまだ食べ続けている。
いつしか店内の視線を自然と集め。
尚も気にすることなく食に没頭する様子は時に小さな拍手すらも聞こえてくる程の人気が出始めていて。
「ぉ、ぉ、――ウマイっ!」
愛くるしい、小動物の様なその身動ぎが一定の層をも魅了している。
「……ゥ」
なんて、なんて、愛おしい神獣様。
アヤネ様と共に来て、本当に良かった。
心の底からシロこと門衛騎士モシ・ロヒノは、思うのだった。
「ブラボーっ!」
*
「……申し訳ございません、アヤネ様。ご命令ですので……」
牢の扉が閉められ、鉄格子の向こうで心苦しそうに告げる兵士。
「いえ、お気になさらず。私は平気です」
「ゥ、そう言っていただけるだけで……!」
おい泣くなよ。
ていうか、投獄した相手に涙を見せる兵士が何処に居るんだ。
――まぁ目の前に居るのだけども。
「それではアヤネ様、しばしの間、窮屈かとは思いますが、何かお困り事がございましたら牢番の兵にお申しつけください。どんな些細な困り事でも昼夜問わず直ぐに駆けつけて解決いたしますので」
水回りのトラブルかよ。
「……ありがとうございます」
「ハッ、それではおくつろぎくださいっ!」
イヤここ地下牢なんですけどね。
…
おくつろぎください。
なんて言われたものの、――確かに豪華だ。
本当に此処は獄中なのか……?
別室等はないが、風呂・トイレ別のワンルーム。
内装なんて五つ星ホテルのスイートルームに見紛う程で。
もはや自分が何処に居るのかという認識すらも誤認しそうである。
まぁ、五つ星ホテルに泊まった経験なんて生前を含め一度も無いんだけどね。
と。
目の前に在る以上はやらずには終われない。豪華なベッドの上へ、レッツ――ダイブ。
ヒャッハー!
見た目を裏切らない、ふっかふかの寝心地。
次いで、くるん。
おい。――この寝台上に蓋が付いてるぞ。
部屋の壁も岩肌に似せたモダンだし。
監獄レストラン的なノリで、楽しめってか?
それも悪くはない。
しかしだ。
本来の目的は久しぶりの都会を楽しむ事であって、恐怖体験をしに来た訳ではない。
そもそもソレだと季節外れだし。
「……はぁ。何だかなぁ」
いくら村人である自分が周囲の状況に振り回される存在だとしても、謂れのない牢獄生活にモチベーションを上げていくというのには無理がある。
コンコン。
――ん?
壁……? 今、壁の向こう側から音がしたような。
「――新入りかい? アンタは何したんだ?」
まさかの隣人。
このご近所付き合い映画とか漫画で、よくあるヤツだ。
「……、――それが、よく分からなくて……」
「へェ、大方お偉いさんのミスでも押し付けられたか。所謂無実の罪って奴だな」
「そうなんですかね……。ちなみに、そちらは?」
あとなんか、聞いたことがあるような? 声質なんだよなぁ。
「ふっ、オレはちょいと大仕事でミスしちまってな。どんな失敗か、聞きたいか?」
これまた古典的な――。
「――……聞かせてください」
口から出任せで言う。
「ああいいぜ。実を言うとオレは元々兄貴分と弟分、三人で行動していたんだ。がある日、気づいちまったんだ……」
「――……何に?」
「オレと言う、才能の原石にさ」
うおおっコイツはくせえッ。
てか、もうお気づきの方もいらっしゃる頃合いだけど。しばし泳がす。
「まァなんやかんやあって二人とは別れたんだが」
あの人達の事を雑多に纏めてやるなよ。
「……それは、寂しいですね」
「まーな。だが時には袖を分かつことで見えてくる自分ってもんがあるんだ。まさにオレみたいにさ」
とりま泳がせてみたものの、この話はいったい何処に着地するのだろうか……。
牢の中、壁を一枚隔てた隣の罪人。
この会話が行き着く先に、果たして実のある内容は――。
「それからは苦労の連続だったな……、独りになるってのは想像以上に将来の不安や心配が付き纏うってな感じでな」
――熟年離婚後の男性サイドかよ。
……ふぅ。どうやら実の有る無しを期待するのは愚にもつかない所望となりそうだ。
「兄貴の実家は飲食店を経営していてな、本人は盗賊だってのにそっちの腕が立つってなもんで普段から」
そういう個人背景は勝手に言っちゃ駄目よ。役作りに苦労するんだからさぁ。
「ちなみに妻子が居て」
嘘だろ、既婚者だったのかよ……。
ていうか――自分の事を語れよ!
*
日中は近隣で採れた名産品を提供する飲食店。
そして陽が落ちてからは主にアルコール飲料を出す酒場として普段から賑わう店、の中で平生とは異なる客層のざわめき。
一体何事かと、表通りを歩いていた数人が足を止めて店内を窓や正面口をズラして覗き込む。と目を留める、観客が次から次へと増えていく。
いつしか店を取り囲む様に出来た人だかりと相まって、季節外れならぬ時外れの宴が陽の高い街の一角を賑わし、熱気が渦巻く。
その中心に居るのは豪快な大男でもなければ高貴な立場に居る者でもない。
見た目はただただ年端もいかぬ男子。
けれども幼いその手には無数の食材を口に運び入れる銀食器が、さながら小躍りを繰り返す度、皿の料理は消えていく。
「……なんて子供だ」
思わず観客の誰かが感想を漏らす。
次いで感想は応援で満ちる歓声に移り変わり。
呼応して店側も、これまでの提供速度とは異なる専門家の自尊心を懸けた戦いに火力を燃え上がらせ考えを改めて、シフトする。
もはや店内の少年だけではない、厨房に居る職人までもが熱心に腕を振るい。己の職を脅かす最大の敵に敬意と全身全霊を尽くして――挑むッ。
「ウマイっ! もっと、ンぐ、もっとおかわりを……、ッ頼む!」
「ハ、ハイ!」
――それから数十分後、突如として始まった戦いの結末は呆気なくも食材が無くなった事による無効試合にて幕を閉じる。
仕方なく店を後にする一匹と、一人。
その際には驚愕の支払い額が記入された領収書に唖然とする一方で、店の前まで出てきた料理長が自らの帽子を手に取り――深々と頭を下げていた。




