life 14〔投獄される庶民、一方で順調な滑り出しな門衛騎士〕
街を囲む巨大な石壁。
そして街道と城下を繋ぐ大きな門が――守衛の誘導と共に開き、中へと進み入る馬車。
市街の中心を貫く広い道路は左右に人だかりをつくり。
我一目見ようと身を乗り出す人達を警備兵が押し止める。
空からは、花弁の様な紙切れが舞い落ちて。
『アヤネ様ーっ!』
黄色い歓迎の声がキャビンの中までハッキリと、耳に届く。
「――アヤネ様、どうかされましたか? ご気分でも優れませんか?」
どうかしているのは私の方ではなく、この街の方だよ。
無論そんな事は露程も顔には出さず。
「少し酔ったかもしれません……」
車にではなく、人にね。
…
――関所の門を潜ってから一時間程が経過したのち。
辿り着いた王城の大手門が大勢の貴族や聖女等が入り交じる視線を受けて閉じられる。
ようやく、ここまで来たか……。
「あと少しです、アヤネ様」
一旦は速度を落とし止まった馬車が再び動き出す。
村を出てから早一週間、王様の待つ城の敷地内にまでただの村人が馳せ参じる。
まぁ馳せてはいないのだが。
しかしながら、ここまで来てようやっと最も重要な考えに至り。で――。
「――王様は私に一体何の用件があるのか、シロさんは知っていますか?」
「それは、王より直接お聞きするのが良いのではないでしょうか……」
ごもっとも。
「そうですね」
ただあの人柄だ。
唯の挨拶で解放される訳がない。
……ふぅ。
果たして今回はどのくらい滞在する事となるのか。
言っても“村人”である私が居れるのはせいぜい二、三日が限度。
それ以上は村との因果が動き出す。
本当、――何が起こるのやら。
と思うや馬車が停車する。
「お疲れ様でした、アヤネ様。到着です。――お足元に気をつけてお降りください」
「はい、ありがとうございます」
さて一寸先は闇。ただの村人である私にとってソレは運を天に任せる、職の道義。
迷わず行けよ、行けば行った先でまた考える。そういう事の繰り返しソレが庶民、だ。
※
世界には三つの大陸があり、各大陸を統べる大国が其々に存在する。
その中でも一年を通して気候の安定した中央大陸、その北東に位置する小国には唯一無二の王が居た。
他に類を見ないと言っても、領土の狭い小さい国の王。
軍事力、経済力などの国力においても他国と比べれば相応に弱く。
政策が特別優れている訳でもない。
では何故、唯一無二なのか?
それはこの世界でたった独り、ただ一人の村人を得た国の王――だからだ。
※
約2,100平方キロメートル程の小さな国の人口は1200万人。
凡そ東京都と同じ位の内容。その国の、王城内――。
ファンタジーではお馴染みの中世をモチーフにした外見と内装。
おとぎ話に出てくる様な城の、石畳を歩き。
赤い絨毯が敷かれたレールの上を振り返る事なく進む。
謁見の間は一切の危険物どころか肉体的にも凡庸以下で通る最弱な訪問者を迎える為に不必要な数の兵士を揃えて並べ。
横目に見る彼らの手には槍、――の代わりなのか。何故か国旗の付いた棒を皆が皆一様に所持している。
――そうして王座の御前、私は足を止めて左膝を上げたまま跪く。
「勅令のもと長旅ご苦労であった」
王ではなく側近、大臣の言葉。
「ささ村人アヤネよ、顔を上げられよ」
「……はい」
言うまでも無く、かなりへりくだった口調だ。
次いで。
「見て分かる様に、王は不在なのだ」
まぁ真っ直ぐ来てますから気づいていたというか、見えてました。
しかしながら立場上日常的なノリで指摘する訳にはいかない。
空っぽの席を見つめた後――で、どうするの? と傍らの右腕に顔を向けて無言の問い掛けを送る。
「……ゴホン。王より伝言を賜っておる。お伝えしても、よいかな?」
勿論です。そうしてくれないと私は何の為にここに来たのか、訳が分からなくなる。
こくりと頷く。
「それでは、――田舎暮らしの村人アヤネよ。ソナタに王から賜った勅令の本題を申す。心して聞くがよい」
なんか耳に引っ掛かる部分はあるが、まぁ気にはせず。
「存じているだろうが先日魔王軍との一戦では我が国の兵からも多数の犠牲者が出、被害も相応に甚大である。故に此度の一件で活躍した者や各組織体の中から近代稀に見る勲章や褒章を贈る栄典を執り行う運びとなった訳だ」
ふむふむ。
「その授与式に、参加してもらえないだろうか? と王からのお伺い、なのだが……?」
「ぇっと、……それだけ?」
「主には」
嘘ん。――手紙でイイじゃん。
「……どうかな?」
「――参加する事は何の問題もございません」
ていうか、既に来てるし。
「そうか。それならば名誉をもって王に伝えておこう」
何の名誉よ。
「ゴホン、――ならばアヤネよ」
「はい」
「来て早々、早速で悪いのだが投獄をいたす」
「はい、――ェ?」
「所持品は預け、荷物等を含めて追々必要な物を持って行かせる故、今はそのままで向かわれるがよい」
ぇ待って。
「近衛兵よ、この者は国宝級の逆賊である。決して、失礼のないよう、極めて、丁重に、お連れするのだ。よいな?」
『『『ハイッ!』』』
直後に逞しい兵士の腕で優しく抱きかかえられる私の肢体。
「――失礼しますッ!」
そして次の瞬間には神輿の集団の様に囲まれた状態で、――強制連行。
あーーれーーーっ。
「お怪我はございませんかッ?」
いや、惚れてまうやろーっぉお!
*
城内へと誘われたアヤネ様の帰りを待っている間、ボクは幾度となく挑み続けても成果が上げられずにいた。
「……ムニャムニャ」
ビクリとなり、結局は手を引っ込めてしまう。
馬小屋の傍らに積まれた藁の上、気持ちよさそうに眠る丸くなったその幼い体躯。
見るからに撫で甲斐のありそうな月光色の髪、質。
あぁ少し、ほんの少し、でもと。手を伸ばし挑戦し続けるものの一向に届かず。
また次こそは――。
「おい、貴様。モシ・ロヒノ門衛騎士で、間違いはないか?」
思わず肩先が耳の辺りにまで跳ね上がる。
「……何だ? どうかしたのか……?」
振り返ると其処に居たのはおそらく伝令兵であろう人物。
不思議そうに自分を見ているのが直ぐに分かる。
「いえなんでもありません……。ボクに何か?」
「そうか。――大臣より言付けだ。アヤネ様は事情があり、ここには戻ってこない。同行者は用意した街の宿で待機し、以降連絡を待て。だ」
「……事情?」
「ソレは貴様の知るところではない」
「ぇ、ぁハイ!」
「では所持品を選び、宿へ迎え。残りはこちらで運ぶ。待っている間は自由に過ごして構わん。せいぜい観光でもして時間を潰すといい」
「はぁ……」
そうして立ち去る、伝令兵。
残される一人と、一匹の。
――スヤスヤと眠るその姿を、改めて門衛騎士が見つめる。
見た目は十歳位の男児。ただ周囲を取り巻く気配が人のソレで無い事は容易に分かる程神々しい雰囲気で包まれている。
……尊い。
ソレは幼さ故の敬意が屈折した感情。
執着とも言える、愛好の眼差し。
ジリジリと忍び寄る愛情の手先が、僅か数センチ奥で丸々無垢な少年の――目と鼻の手前で。
パク。
「はぅ――ェ?」
「はらあふのか……もうくへふぞ、ハムム」
「はむぁっ?」
「レロレロ」
「ずきゅーんッ!」
斯くしてモシ・ロヒノ門衛騎士は別行動を余儀なくされる事となった。――が。
「ぁ、ぁぁ、ぁァァー!」
その前途は非常に滑り出しが良かったりする。
「……ハヘ?」




