life 13〔それは古代ローマにおける市民儀式である〕
ハンカチを持った。ティッシュも、ある。
――他には。
「アヤネ様、そろそろ……」
申し訳なさそうにして、シロさんが言う。
「ごめんなさい。あと少し」
「……分かりました」
そうだ以前来た偉大な賢者とやらがくれた魔法の鞄。アレを持って行けば良い。
わっせわっせ、わっせっせ。
※
誰もが知る異世界の住民、人呼んで村人。
その一般庶民である私には神の定める縛りがある。
というか縛りしかない。
通常出生直後に神から与えられるこの世の生業、職業には――職点、と呼ばれる仕組みがある。らしい。
らしいというのは、生まれてこの方その職点とやらを見た事が無いからだ。
知人が言うには考えると目の前に表示され、他人には見えない。
そして点数は自身の職業、天職の定めによって選択できる項目や内容が決まっていて関係の無いものや職種が大きく異なる場合、知る事すら出来ない。とのコトです。
……普通、こういう仕様があるのって転生者が得する流れになるでしょ?
でも違う。
私には一切閲覧する権利は無く、スキル等の能力も全く以て皆無。
有るのは出生届の提出をした村からは出る事が出来ない縛り、のみ。
常識的に考えて、あり得ないでしょ。
私何か神様に失礼なコトをしましたか?
なんて、思っていたのは生後七歳まで。
いつしか私は自身の置かれている立場を察し、その異常なまでに優遇された生活を受け入れて楽しむ事とした。
……もとい楽しむ、事でしか自分を誤魔化す事が出来なかったのだ。
それが今や友と呼べる存在を得て、ペットを飼う――。
さすがに神獣を相手にソレは失礼か。
――ともかく、私史上最も気分が昂揚しているのは、間違いない。
※
無事、村を出発する。
ゴトゴトと音を立てて回る車輪。
キャビン内はまるで貴族用と見間違える程に美しく、座り心地も良い。
そして小さな窓、これまた見事なレースを捲ると並走していた幾つかの馬車が隊列を変えて分岐するのが窺えた。
「アヤネ様、予定通り偽装車を複数用意して走らせますので、余り窓の外を見るのはお控えください」
……。
「一路、しばらくは目的地へと向けて進みますが途中の分かれ道を逆方面で走り日が暮れてから転移魔法で王国騎士団が管理する施設に、その後明朝再び別の馬車で王都へと出発し、到着は一週間後の――」
「シロさん」
「――はい。何でしょうか?」
「……村と王都って、真っ直ぐに行けば三日くらいで着きますよね?」
「はい。単騎であれば二日とかかりません」
「……なんとか、なりませんか?」
「と言いますと……?」
黙る。
言ったものの、融通が利かない事はとっくに理解している。
「いえ、何でもないです。――忘れてください」
「アヤネ様……?」
庶民とはいつの時代も不自由を強いられる。
しかしながら、私の想像していた一般人とは異なる風景を進む。
自分に出来る事は、この景色を楽しむ。それしか。
ぉ、しばらく見ないうちにあんな物が。――こっちにも。
「この辺りは最近土地の開拓が始まって、いずれは大きな牧草地にもなるそうです」
マジかよ。
「この距離で家畜が育てば、アヤネ様のところにも新鮮な食べ物が一層届くのではないでしょうか」
「それは楽しみですね」
是非とも乳製品類を比較したい。
如何せん鮮度の落ちやすい物は配達でも数や質に限りがある。
私としては、村で育てたいのはやまやまだが……。
村人には家畜を育てる職権が無い。
いや出来るっしょ。
エサを食わせて、その辺に放牧しとけばさ――。
「アヤネ様、そろそろ影武者が乗った馬車と進路を分かちますので顔は出さないでくださいね」
「……はい」
――天職。それは才能を活かす事ではなく、生きる上での役割と言う名の仕事。
何も無いただの庶民にとってソレは生き甲斐のない、詰まらない人生。
けれどもくだらなくは無い。
私はワタシなりの方法や考えで、この異世界をスローライフしてやるのだから――。
「アヤネ様っ賊です! 決して外には出ないでくださいっ!」
――私って、本当にただの村人……なんだよね?
…
なんだかんだと村を出てから一週間の末に――。
「アヤネ様、お疲れさまでした。まもなく王都ですよ」
――長ェよマジで。
座り過ぎて尻の形が変わってないかと心配になるレベルだったわ。
「到着しましたら、そのまま馬車で王の待つ城、敷地内に乗り付けます」
改めて思うのだが本当に私って最下層の一般人なんだよね?
ここに来るまでの間に起きた事を思えばとてもじゃないが、そうは思えない。
影武者の乗った馬車を走らせるかく乱に始まり。
幾つかの転移。
何度かの襲撃。――結局襲撃されてんじゃねーか。
そして馬車を乗り換える事、数回。
「……しかし前回の報告書を事前に読みましたが、比較しても今回は襲撃の数が多かったです。やはり先日の戦いがアヤネ様の知名度を一気に高めたのだと思います」
イヤなんでよ。
私、何かした? 村で洗濯物を干してただけなんですけども。
「でもおかげさまと言いますか、神獣様のお力添えで難無く退ける事ができました。これも全てアヤネ様が村人として月狼を付き従えてくださったからです。心から感謝いたします」
そんな権能ただの村人にある訳ないでしょ。
とはいえ、今も屋根の上で丸くなり眠っているであろう子供の姿をした神獣ならぬ珍獣が度々撃退してくれたからこそ一人も犠牲者を出さずに辿り着けたのだと、思う。
「それなら礼はモンちゃんに直接言ってあげてください」
きっと照れを隠しつつ大いに喜ぶはずだ。
「そ、そうですね……」
――ふむ。
「シロさんは、モンちゃんのことが苦手ですか?」
「いえ滅相もないっ。ただ神獣様を相手に軽々しく話せるのはアヤネ様くらいだと……」
そういうモノなのか。
「意外に人懐っこいですよ?」
「懐……」
ま、下手に触って手を噛まれただけでは済まないのは理解している。
今となっては見た目はキュートな男子だが中身は物の怪な犬――いや狼か。
無理に触れ合わせる事で折角出来た友人を失いたくもない、し。
「ぼちぼちと馴れ合っていきましょう」
「はぁ、ぼちぼち……?」
てな感じで。
お久っしぶりの都、のんびりと言わずにガッツリと楽しんでいきまっしょー。
…
――村人とは、村に住む住民を指す言葉であり。
神の定める呪縛によって村から自由には出る事が出来ない。
それ自体が可笑しな話だと思う。
ナニ、村人のコトを村に寄生している虫か何かとでもお思いか?
村外に出たって帰る家は一つ、住んでる所が変わらなければ実際村の住民でしょうと。
何度思ったことか……。
しかし論を立てたところで聞く神は見当たらない。
つまるところ皆と同じ。
私自身の天職に準じ活きる他無し。
故に話は変わり。
私が何故、村から出る事が出来たのか、について説明をしたい。
誰に?
野暮なことは聞かないで。
勿論、ただの内心独り言ですよ。
さて――説明としても、そこまで複雑な話ではない。
先述した通り村人は村から“自由に”出る事は出来ない。が、理由を付して外出、外泊する事も可能だ。
例えば村そのものが危険に晒されて避難誘導された時や悪党に連れ去られる等は庶民としての権利や第三者の実力的な不可抗力に該当する。
その他、庶民の暮らしに寄り添う仕事や習慣があれば、必要分出ることが出来る。
そして今回の場合は、国民である村人が国を治めるトップから直々に呼び出しを受けた以上の、庶民として絶対に逃げ様の無い当然の“義務”である。
すなわち王様から招かれた村人は否応無しに村を出て国王の居る城へと挨拶をしに行かなければ不届き者として解釈され、最悪投獄も十分にあり得る次第。
ソレを回避すべく、一週間をかけて王都まで。――到着した、訳なのだが。
「アヤネ様、窓の外をご覧ください。皆さん手を振ってますよ」
「……はい」
どういう歓迎の仕方だよ。――凱旋パレードみたいになってるぞ……。




