俺が勇者!? やめてくれ、喋る盾! ~臆病者と毒舌シールドの勘違い英雄譚~
小説の書き方を変えてみました。
一人称で会話多め。
いかがでしょうか。
第一章:出会いは突然、そして最悪
「あー、だりぃ……」
俺、レオ・ナマケモノ(自称)は、今日も今日とて村の納屋で干し草のベッドに寝転がり、人生の貴重な時間を無駄遣い…いや、有効活用していた。だってそうだろ? 何もしない時間こそ至高。働いたら負けってやつだ。
そんな俺の平和な日常は、ある日、唐突に終わりを告げた。
「おい、そこの怠け者! ちょっとその汚ねえ足で蹴っ飛ばしたモンを拾ってくれんか!」
納屋の隅っこ、ホコリまみれのガラクタの山から、やけに甲高い、そして妙に偉そうな声が聞こえてきたのだ。
(……ん? 空耳か?)
俺は寝返りを打ち、再び至福の惰眠へと旅立とうとした。しかし。
「無視すんな、このナマクラ野郎! お前の右足元にある、イカした盾のことだ!」
(イカした盾ぇ!?)
思わず飛び起きた。確かに、俺の足元にはいつの間にか、古びた、傷だらけの丸い盾が転がっていた。中央には赤い宝石が埋め込まれているが、泥とホコリで輝きは鈍い。さっき、足を伸ばした時にでも蹴飛ばしちまったらしい。
っていうか、今、こいつ喋ったよな?
「お、お前……喋れんのか?」
「見りゃわかんだろ、このポンコツが! さっさと俺様を拾い上げ、その薄汚れた布で綺麗に磨きやがれ!」
うわぁ……なんだこの盾、超絶上から目線。しかも口が悪い。
俺は恐る恐る、その盾を手に取った。ずしりとした重み。これが本当に喋ってんのか?
「よぉし、それでいい! 俺はシールドン! かつて魔王を震え上がらせた伝説の勇者が愛用した、選ばれし者のための盾よ!」
赤い宝石がピカピカと点滅しながら、盾は得意げに自己紹介を始めた。
……なんだろう、この胡散臭さ。
「へ、へぇ……それはすごいっすね(棒読み)。で、その伝説の盾サマが、なんでこんな納屋の隅っこに?」
「うぐっ……そ、それはだな、諸般の事情というやつだ! そんなことより貴様、名はなんという!」
「レオですけど……」
「レオか! よし、レオ! 今日から貴様が俺様の新しい主だ! 光栄に思うがいい!」
え、ちょっと待って。話が飛躍しすぎじゃない?
「いやいや、主って言われても……俺、ただの村人Aですし。力仕事も苦手だし、モンスターとか見ただけで気絶する自信ありますよ?」
「ふん、問題ない! 俺様がついていれば、ヒョロガリのお前でも勇者になれる! さあ、行くぞ! 魔王討伐の旅へ!」
「行かねえよ! っていうか魔王!? なんでそんな物騒な話になってんだ!?」
俺の絶叫も虚しく、シールドンは高らかに宣言した。
「つべこべ言うな! 俺様が選んだのだから間違いない! 貴様には勇者の素質がある! ……たぶん!」
「たぶんってなんだよ、たぶんって! 無責任すぎるだろ!」
「いいから行くぞ! まずは小手調べに、村の近くの森に住み着いたゴブリンでも血祭りにあげてやろう!」
「血祭りとか物騒なこと言うな! 俺、生まれてこの方、虫一匹まともに殺したことないんだけど!」
シールドンは聞く耳を持たない。それどころか、俺が持っている左腕にカシャン! と音を立てて勝手に装着された。うわ、外れないんだけど!?
「よし、いい感じにフィットしたな! これで貴様も勇者の仲間入りだ! さあ、冒険の始まりだぜ、レオ!」
「いやだから! 離せ! 誰か助けてくれー! 盾が、盾が俺を拉致しようとしてるー!」
俺の悲痛な叫びは、のんびりとした村の風景に虚しく吸い込まれていった。
こうして、俺の平和な日常は、やかましい盾によって理不尽に終わりを告げ、波乱万丈(主に俺にとって)な冒険が幕を開けたのだった。……マジで勘弁してほしい。
第二章:初陣は涙目、相棒は毒舌
「うぅ……本当に来ちまったよ、ゴブリンの森……」
俺はシールドンに半ば引きずられるようにして、村はずれの薄暗い森の入り口に立っていた。左腕には、元凶であるおしゃべり盾、シールドンがしっかりと鎮座している。こいつ、見た目以上に重いんだよな……。
「何をメソメソしている、レオ! 貴様は今日から勇者だぞ! シャキッとしろ、シャキッと!」
「勇者って自覚、全然湧いてこないんですけど……。それより、ゴブリンって本当にいるんですかね? 実はただの噂とか……」
「いるに決まっているだろう! 俺様の情報網をなめるな! この森の奥に、数匹のゴブリンが住み着き、旅人を襲っているとの報告が入っている!」
シールドンの赤い宝石が自信満々にピカピカ光る。その情報網とやらが、どういう仕組みなのかは謎だ。
「はぁ……で、俺はどうすればいいんですか、シールドン先生?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いた! まずは基本中の基本、盾の構え方から教えてやろう!」
そう言って、シールドンはああでもないこうでもないと、盾の角度やら足のスタンスやらを細かく指示してきた。
「違う、もっと腰を落とせ! へっぴり腰すぎるぞ! そんなんじゃゴブリンの棍棒一発で吹っ飛ぶわ!」
「む、無理言うな! これ以上腰を落としたら足がつる!」
「情けないやつめ! いいか、敵の攻撃は俺様がガッチリ受け止めてやる! だから貴様は、俺様を信じてしっかりと構えていればいいのだ!」
その言葉はちょっとだけ頼もしく聞こえたが、すぐに余計な一言が続く。
「もっとも、貴様のその貧弱な腕力で、俺様をしっかり支えきれるかどうかはなはだ疑問だがな! ギャハハ!」
「……やっぱりお前、性格悪いだろ」
俺たちがそんなコントみたいなやり取りをしていると、茂みの奥からガサガサと音が聞こえてきた。
「! 来たぞ、レオ! 構えろ!」
シールドンの声に、俺の心臓がドクンと跳ね上がる。やばい、本物だ。
茂みから現れたのは、緑色の肌をした、小柄な……いや、俺よりはガタイのいい人型のモンスター。手には粗末な棍棒を持っている。あれがゴブリンか……!
「グギィ!」
ゴブリンは俺を見つけるなり、奇声を発して突進してきた!
「ひぃぃぃぃ! 来たああああ!」
俺はパニックになり、シールドンに教わった構えなんてすっかり忘れ、ただ盾を前に突き出して目を固く閉じた!
ドゴンッ!
鈍い衝撃が左腕に伝わる。だが、痛みはほとんどない。
「おい、レオ! 目を開けろ! いつまで震えてるつもりだ!」
シールドンの声に恐る恐る目を開けると、ゴブリンが目を回して地面に倒れていた。どうやら、俺がめちゃくちゃに突き出したシールドンが、うまい具合にゴブリンの脳天にヒットしたらしい。
「な、なんだ……俺、勝ったのか?」
「勝ったも何も、ただのラッキーパンチだ! だがまあ、結果オーライとしておこう! よくやったぞ、レオ! ……にしては、腰が引けすぎだがな!」
「う、うるさい! 結果が全てだろ、結果が!」
生まれて初めてモンスターを倒した(倒してしまった)という事実に、俺はまだ心臓がバクバクしていた。しかし、シールドンの言う通り、痛みはほとんどなかった。こいつ、本当に頑丈なんだな……。
「油断するな、レオ! ゴブリンは群れで行動することが多い! まだ仲間がいるかもしれんぞ!」
シールドンの警告通り、茂みから新たに二匹のゴブリンが姿を現した!
「うわっ、まだいたのかよ!」
「落ち着け! さっきと同じように、俺様を信じろ! ……まあ、お前の運の良さも多少は信じてやってもいいがな!」
「それ、褒めてんのか貶してんのかどっちだよ!」
二匹のゴブリンが左右から同時に襲いかかってくる。まずい、挟まれる!
「左だ、レオ! まず左の奴の攻撃を受け止めろ!」
シールドンの指示通り、とっさに左のゴブリンに盾を向ける。ガキン! と金属音が響き、ゴブリンの棍棒が弾かれた。
「よし! 次は右だ! そのまま盾をスライドさせろ!」
言われるがままに盾を右に動かすと、今度は右のゴブリンの攻撃をギリギリで受け止めることができた。
「な、なんか……いける……のか?」
「当たり前だ! 俺様と貴様のコンビ……いや、俺様の的確な指示があれば、ゴブリンなど赤子同然よ!」
調子に乗ったシールドンがギャーギャー騒いでいるが、確かにさっきよりは落ち着いて対処できている気がする。もしかして、俺、ちょっとだけ才能あるんじゃ……。
「調子に乗るな、ヘタレ! 敵はまだ目の前にいるぞ!」
「だからヘタレって言うな!」
そんなやり取りをしながらも、俺はシールドンの指示に従い、なんとか二匹のゴブリンの攻撃を凌いでいた。攻撃は全てシールドン任せ。俺はひたすら盾を構えて、言われた方向に動かすだけ。それでも、ゴブリンたちはなかなかシールドンの防御を突破できないでいた。
「グギギ……!」
痺れを切らしたのか、一匹のゴブリンが大きく棍棒を振りかぶった。大振りだ!
「チャンスだ、レオ! ヤツの懐に潜り込め! そして……盾で殴れ!」
「ええ!? 盾で殴るの!?」
「いいからやれ! 俺様のこの頑丈なボディで、一撃お見舞いしてやれ!」
もうヤケクソだ! 俺はシールドンの言葉通り、ゴブリンの懐に踏み込み、左腕のシールドンを力任せに振り抜いた!
ゴッ!
鈍い手応え。ゴブリンは短い悲鳴を上げて、白目を剥いて倒れた。
「おっしゃあ! 見たか、俺様の勇姿を! ……まあ、実際に殴ったのは貴様だがな!」
「はぁ……はぁ……疲れた……」
残る一匹も、同じようにシールドンアタック(仮)でなんとか仕留めた。森の中には、三匹のゴブリンが転がっている。
「ふぅ……やった……のか?」
「ああ、やったぞ、レオ! 初陣にしては上出来だ! さすが俺様が見込んだだけのことはある!」
シールドンは心なしか得意げだ。まあ、実際に活躍したのはほとんどこいつだけど。
「……なあ、シールドン」
「なんだ、改まって。俺様の偉大さにようやく気づいたか?」
「お前、本当にただの盾なのか? なんか、やけに戦い慣れてるっていうか……」
俺の素朴な疑問に、シールドンの赤い宝石が一瞬、複雑な光を宿したように見えた。
「……それは、またいずれ話す時が来るかもしれんな。今はとにかく、今日の勝利を祝おうではないか! よくやったぞ、我が主レオよ!」
「だから主はやめろって……。あと、腹減った。村に帰って飯食おうぜ」
「うむ! それがいい! 勇者も腹が減っては戦はできぬからな!」
こうして、俺の涙目初陣は、なんだかんだで勝利に終わった。シールドンの毒舌と的確な(?)指示のおかげで、かろうじて生き残れたわけだが……。
(……本当にこれから魔王討伐なんてするのか? 俺……)
帰り道、俺の心は一抹の不安と、ほんの少しの達成感で揺れ動いていた。そして、左腕の盾は、相変わらずやかましかった。
第三章:おかしな依頼と変な仲間?
ゴブリン騒動から数日後。俺は相変わらず、シールドンにせっつかれながら、退屈な(シールドンにとっては)平和な日々を過ごしていた。村の人々は、俺が森のゴブリンを追い払った(ことになっている)と知り、やけに尊敬の眼差しを向けてくる。やめてくれ、そんなキラキラした目で見ないでくれ。俺はただ、うるさい盾に操られていただけなんだ。
「おい、レオ! いつまでそうやって干し草の上でゴロゴロしているつもりだ! 新たな冒険が我らを呼んでいるぞ!」
「呼んでない呼んでない。俺を呼んでるのはこの干し草ベッドだけだ」
「この穀潰しが! 少しは勇者としての自覚を持たんか!」
そんなある日、村の広場が何やら騒がしい。野次馬根性(だけは人一倍ある)を発揮して見に行くと、旅芸人の一座のような派手な馬車が停まっており、その周りを村人たちが囲んでいた。
「なになに? なんかあったのか?」
俺が首を突っ込むと、村長が困ったような顔で立っていた。
「おお、レオ君! 実はな、この旅の方々が、ちょっと困ったことになっておってのう……」
話を聞くと、この一座は「キャラバン・ドリーム」と名乗り、各地を巡業しているらしい。そして、彼らの大切な「秘宝」が、昨夜この村の近くで野盗に奪われてしまったのだという。
「秘宝ですと!? それは聞き捨てなりませんな!」
なぜか俺より先にシールドンが食いついた。
「ええ、そうなんです! あれは私たち一座のシンボルでして……あれがないと、公演もままならないのです!」
一座のリーダーらしき、派手な衣装を着た女性が涙ながらに訴える。彼女はリリアと名乗り、その瞳は切実だった。
「ふむ……野盗か。レオよ、出番だぞ! か弱い乙女の涙を拭い、秘宝を取り戻してこそ真の勇者!」
「いや、俺は勇者じゃ……」
「つべこべ言うな! 人助けは勇者の使命だ! 村長殿、この依頼、我々が引き受けましょう!」
シールドンが勝手に快諾してしまった。おい、俺の意思はどこいった。
リリアさんはパッと顔を輝かせ、「まあ! 本当ですか!? ありがとうございます、勇者様!」と俺の手を握ってきた。……いや、だから俺は勇者じゃないって。でも、こんなキラキラした目で見つめられたら、断れないじゃないか……。
(……またこのパターンかよ)
こうして、俺とシールドンは、リリアさんから野盗のアジトの場所を聞き出し、しぶしぶ「秘宝奪還作戦」を開始することになった。
「野盗のアジトは、ここから北にある岩山地帯の洞窟だそうだ。気を引き締めていけよ、レオ!」
「はいはい……。で、その秘宝って、一体どんなもんなんだ?」
「なんでも、『虹色に輝く伝説の鶏の卵』だそうだぞ」
「……は? 鶏の卵?」
思わず聞き返してしまった。伝説の? 鶏の卵?
なんか、こう、もっとこう……聖剣とか賢者の石とか、そういうのを想像してたんだけど。
「うむ。なんでも、その卵を舞台装置に使うと、素晴らしいイリュージョンが生まれるらしい。一座にとっては命よりも大切なものだそうだ」
「へ、へぇ……(それ、ただの珍しい色の卵なんじゃ……)」
一気にやる気が削がれたが、引き受けてしまった手前、やるしかない。
岩山地帯を進むと、リリアさんの言った通り、洞窟の入り口が見えてきた。入り口には、見るからにガラが悪そうな見張りが二人立っている。
「さて、どうする、レオ? 正面から突っ込むか? それとも奇襲をかけるか?」
「いや、どっちも無理だろ! 俺、戦闘はゴブリン相手がやっとなんだぞ!」
「情けない! では、俺様にいい考えがある!」
シールドンが何やらコソコソと作戦を俺に耳打ち(?)する。
その作戦とは……。
「……本気で言ってるのか、お前?」
「当たり前だ! 俺様の作戦に間違いはない!」
俺は半信半疑のまま、シールドンの言う通りに洞窟の少し手前で、わざと大きな音を立てて石を転がした。
「ん? 何だ?」
見張りの一人が音に気づき、こちらに近づいてくる。もう一人は持ち場を離れないようだ。よし、ここまでは作戦通り。
近づいてきた見張りが、物陰に隠れていた俺の姿を見つける。
「なんだテメェ! こんなところでコソコソと!」
その瞬間!
「いまだ、レオ! 大声で叫べ!」
「ええい、ままよ! 『お、お前の後ろに火の玉がーっ!』」
俺はシールドンに言われたセリフを、渾身の力で叫んだ!
見張りは「はあ!?」と間の抜けた声を出し、一瞬だけ後ろを振り返る。
「その隙だ! 突っ込め、レオ! そして盾で殴れ!」
「また盾で殴るのかよ!」
文句を言いつつも、俺は見張りに突進し、シールドンを思いっきり叩きつけた!
ゴッ! 見張りはあっけなく気絶した。
「よし! まず一人!」
「……なあ、シールドン。これ、完全に騙し討ちだよな?」
「戦術だ、戦術! 結果が全てよ!」
もう一人の見張りも、同じ手口(今度は「お前の足元に蛇がーっ!」バージョン)で難なく(?)撃破。我ながら、こんなんでいいのかと思う。
洞窟の中は薄暗く、松明の火があちこちで揺らめいていた。奥からは、野盗たちの騒がしい声が聞こえてくる。
「どうやら宴会中のようだな。好都合だ!」
「いや、逆に多勢に無勢でやばいだろ……」
俺たちは息を潜めて奥へ進む。すると、広間のような場所に出た。そこには十数人の野盗たちが酒を飲み交わし、大声で騒いでいる。そして、その中央のテーブルの上には……あった! 虹色に鈍く輝く、鶏の卵くらいの大きさの石……いや、卵?
「あれが秘宝か……思ったより小さいな」
「問題はどうやって奪うかだな……」
と、その時。
「おーい、お前らー! 酒が足りねえぞー! 誰か蔵から持ってこーい!」
野盗の一人が叫んだ。チャンスか?
「レオよ、あの野盗に変装して近づくのだ!」
「変装って言っても、服とかどうすんだよ!」
「さっき気絶させた見張りの服を拝借すればよかろう!」
「うわ、えげつないこと考えるな……」
結局、俺は見張りの薄汚れた服を無理やり着て、フラフラとおぼつかない足取りで野盗たちの輪に近づいた。顔は俯いて、バレないように……。
「おう、お前、新しい酒持ってきたのか? 遅かったじゃねえか!」
野盗の一人が俺に気づき、声をかけてくる。やばい、顔を見られたら一発でバレる!
「あ、ああ……ちょっと、腹の調子が悪くて……」
俺はできるだけ声を低くして答える。
「なんだ、根性ねえな! ま、いいや、酒はそこに置いとけ!」
幸い、野盗たちは酒に夢中で、俺のことなど大して気にしていないようだ。
俺はゆっくりとテーブルに近づき、さりげなーく虹色の卵に手を伸ばす……。
とその時!
「ん? なんだおめえ、見慣れねえ顔だな……。まさか、あのヘッポコ見張りじゃねえだろうな?」
野盗の頭目らしき、ひときわ体格のいい男が、ギロリと俺を睨みつけてきた!
まずい! バレた!
「ひぃっ!」
俺は思わず小さな悲鳴を上げてしまう。
「やっぱりテメェ、何者だ!」
頭目が立ち上がり、他の野盗たちも一斉にこちらを向いた。完全に囲まれた!
「……レオよ」
シールドンが静かに言った。
「はい、なんでしょうか、シールドン様……」
「……逃げるぞッ!!」
「だろうねッ!!」
俺は虹色の卵をひっつかむと、一目散に出口に向かって走り出した!
「待てコラァ! 俺たちの酒の肴をどこへ持っていくつもりだ!」
「え、あれ酒の肴だったの!?」
リリアさん、あんたの秘宝、野盗に食われかけてたぞ!
「やかましい! 捕まえろ!」
野盗たちがワラワラと追いかけてくる!
「シールドン、どうすんだよこれ!」
「こうなったら仕方ない! 例のヤツをやるぞ!」
「例のヤツってなんだよ!?」
「いいから、俺の言う通りに動け! まずは右に避けろ!」
言われるがままに右に避けると、すぐ横を棍棒が通り過ぎた。危ねえ!
「次はジャンプだ!」
「無茶言うな!」
それでも必死にジャンプすると、足元を何かが薙ぎ払った。
「そのまま体当たりだ!」
「どこに!?」
「目の前の酒樽だ!」
俺はわけもわからず、近くにあった大きな酒樽に全体重を乗せて体当たりした!
ガシャーン! 酒樽が倒れ、中身の酒が床にぶちまけられる!
「うわっ! 俺の酒が!」
「足元が滑るじゃねえか!」
野盗たちが酒で足を滑らせ、次々と転んでいく。おお、これは……!
「どうだ、俺様の機転は! さあ、今のうちにずらかるぞ!」
「お前、たまには役に立つこと考えるじゃねえか!」
「たまにとはなんだ、たまにとは!」
俺たちは、洞窟内でドタバタコメディさながらの大立ち回りを演じた末(主に逃げ回っていただけだが)、なんとか虹色の卵を抱えて洞窟を脱出した。後ろからは、野盗たちの怒号がまだ聞こえてくる。
村に戻ると、リリアさんが心配そうに待っていた。
「レオ様! シールドン様! ご無事で……! そ、その卵は!?」
「へへっ、なんとか取り返してきましたよ」
俺は得意げに(シールドンの受け売りだが)虹色の卵を差し出した。
「ああ! 私たちの『夢見るレインボーエッグ』! 本当にありがとうございます!」
リリアさんは涙を浮かべて喜んでくれた。……夢見るレインボーエッグって名前だったのか、あれ。
こうして、俺の二度目の冒険(?)も、なんだかんだで成功に終わった。
帰り際、リリアさんが俺にこっそり耳打ちした。
「あの……もしよろしければ、私たちの一座と一緒に旅をしませんか? あなたのような勇敢な方がいてくだされば、心強いのですが……」
「えっ」
まさかのお誘い。俺はシールドンと顔を見合わせる(シールドンに顔はないが、そんな気がした)。
「ふむ、それも悪くないかもしれんな! 新たな冒険の舞台としては、うってつけかもしれんぞ、レオ!」
「いや、俺は平和に暮らしたいんだけど……」
俺の小さな抵抗も虚しく、なんとなく、このお調子者の盾と一緒に、もう少しだけ旅を続けることになりそうな予感がした。……やっぱり勘弁してほしい。
第四章:ポンコツ幹部とまさかの遭遇?
キャラバン・ドリームの一員(仮)として、リリアさんたちと数日ほど旅を共にした俺とシールドン。まあ、一員と言っても、俺は相変わらず雑用係か、たまにシールドンに無理やり舞台に立たされて(盾役として)微妙な空気を生み出すくらいしかしていないが。
「レオよ、いつまでそんな隅っこでイジイジしているのだ! もっとこう、シャキッとせんか!」
「シャキッとして猛獣使いの檻に突っ込めとか言われても無理だろ! 俺、猫にも威嚇されるんだぞ!」
「情けない! それもこれも、貴様の勇者としての自覚が足りんからだ!」
そんなある日、俺たちが次の町を目指して街道を歩いていると、前方に何やら禍々しいオーラを放つ一団が見えた。黒い鎧に身を包んだ兵士たち……そして、その中央には、やけに豪華なマントを羽織った、見るからに偉そうな男がいた。
「……ん? あれは……魔王軍の紋章!?」
シールドンが、いつになく緊張した声を出した。
「ま、魔王軍!? おいおい、冗談だろ!? なんでこんなところにいるんだよ!」
「どうやら、我々もツイてないらしいな……。あれは間違いなく、魔王軍の幹部クラスだ!」
マジかよ……。ゴブリンや野盗とはわけが違うぞ。あれは、本物の、ガチの敵だ!
「に、逃げるぞ、シールドン! 今すぐ回れ右だ!」
俺が踵を返そうとした瞬間、
「待てい、そこの者ども!」
偉そうな男……魔王軍幹部と思わしき人物が、こちらに気づいた。終わった。俺の人生、ここでゲームオーバーだ。
「ひぃっ!」
俺はその場にへたり込みそうになるのを、必死で堪える。
幹部はゆっくりとこちらに近づいてくる。その顔は……あれ? なんか、やけに眠そうだ。目の下にはクマができているし、髪もボサボサだ。
「……んー? なんだ、お前たちは。旅芸人か? ……ふぁ~あ」
幹部は大きなあくびをした。威厳も何もない。
「(……おい、シールドン。こいつ、本当に幹部か? なんか、こう……ダメな上司の臭いがするんだけど)」
俺は小声でシールドンに尋ねる。
「(う、うむ……確かに、覇気は感じられんな……。だが油断するな、レオ! 魔王軍の幹部が弱いはずがない!)」
幹部は俺たちをジロジロと見回し、やがて俺の左腕のシールドンに目を留めた。
「ほう……その盾、なかなか古めかしいな。どこで手に入れた?」
「え、あ、これはその……拾い物でして……」
しどろもどろに答える俺。
「ふむ……まあいい。我は魔王軍四天王が一人、睡魔将グーミンである! 我が名は魔王様もお認めになるほど、まどろみを誘うことで知られておる……ふぁ~」
またあくびかよ! 四天王って、もっとこう……シャキッとしてるもんじゃないのか!?
「(四天王の一人がこれかよ……魔王軍、人材不足なんじゃ……)」
「(黙れレオ! 見た目に騙されるな! きっと何か恐ろしい能力を隠しているに違いない!)」
グーミンと名乗った幹部は、俺たちを見下ろし、ため息をついた。
「はぁ……実はな、我は今、非常に困っておるのだ。先日、魔王様直々に、この辺りの村々から『やる気』を徴収してこいと命じられたのだが……いかんせん、我がこの性格ゆえ、どうにもこうにも『やる気』が出なくてな……」
……え?
「『やる気』を徴収……? なんですか、それ?」
思わず聞き返してしまった。
「うむ。人間どもから『やる気』を吸い取り、それを魔力に変換して魔王様に献上するのだ。だが、この作業がまた、地味で面倒で……ああ、眠い……」
グーミンは本当に眠そうだ。今にもその場で寝てしまいそうな勢いだ。
「(……おい、シールドン。こいつ、もしかして……ただの怠け者なんじゃ……)」
「(いや、しかし……これも罠かもしれんぞ! 我々を油断させるための巧妙な芝居かも……!)」
シールドンはまだ疑心暗鬼のようだ。こいつ、意外と慎重派なのか?
「そこでだ、旅芸人のお前たち」
グーミンが俺たちを指さした。
「ひとつ、我に協力してもらえんか?」
……は?
「協力……ですか?」
「うむ。お前たちのその芸で、村人たちの『やる気』を一時的にでもいいから、こう……グーッと高めてほしいのだ。そうすれば、我も徴収しやすくなるというもの……。成功の暁には、見逃してやらんでもないぞ?」
なんだその無茶振りは! 俺たちに村人のやる気を上げろってか!? しかも敵である魔王軍幹部の手伝いをしろと!?
「(レオよ! これはいわゆる、絶体絶命のピンチというやつだ! しかし、逆に考えればチャンスかもしれん!)」
「(チャンスってなんだよ! どう見たってただの無茶振りだろ!)」
「(いいか、ここはグーミンの提案に乗るフリをして、逆にヤツのやる気を削ぐのだ! そうすれば、戦わずして勝利できるかもしれん!)」
「(そんなことできるのかよ……)」
シールドンの無謀な作戦(?)に半信半疑ながらも、俺たちはグーミンの提案を受け入れるしかなかった。断ったら、今度こそ消されるかもしれないし……。
そして、俺たちは近くの村の広場で、即席のステージ(?)を開くことになった。もちろん、観客は村人たちと、その後ろで腕を組んで(眠そうに)見守るグーミンと魔王軍兵士たちだ。
「さあ、レオよ! ここがお前の腕の見せ所だ! 俺様の指示通りに、魂のパフォーマンスを見せてやれ!」
「魂のパフォーマンスって言われてもな……俺、芸なんてやったことないぞ!」
俺が舞台袖(ただの木の陰)でオロオロしていると、リリアさんがそっと近づいてきた。
「レオさん、大丈夫。私が合図をしたら、アレをやってください」
「アレ……ですか?」
リリアさんはニッコリと微笑み、俺に小さな袋を手渡した。中には……色とりどりの紙吹雪?
そして、キャラバン・ドリームのショーが始まった。音楽が鳴り響き、踊り子たちが華麗に舞う。軽快なリズムと明るい笑顔に、最初は遠巻きに見ていた村人たちも、次第に手拍子を打ち始めた。
「(よし、いい感じだぞ、レオ! このまま村人たちのテンションを上げていくのだ!)」
シールドンが小声で指示を出すが、俺にできることなんて……。
と、その時、リリアさんが俺に合図を送ってきた。今だ!
俺は渡された紙吹雪を、思いっきり空中にぶちまけた!
ヒラヒラと舞う色とりどりの紙吹雪。それは、夕日に照らされてキラキラと輝き、まるで魔法の粉のように見えた。
村人たちから「おおーっ!」という歓声が上がる。
「(やったか!?)」
しかし、その瞬間。
一番後ろで見ていたグーミンが、ふらりとよろめいた。
「……な、なんだ……このキラキラしたものは……目が……目がチカチカする……うぅ……急に……眠気が……」
そして、グーミンはバタッとその場に倒れ込み、そのままスースーと寝息を立て始めたのだ!
ええええええ!?
「グーミン様!? 大変だ、グーミン様がお倒れになった!」
魔王軍の兵士たちが慌てて駆け寄る。
「(……おい、シールドン。これって……)」
「(……うむ。どうやら、あの紙吹雪のキラキラが、ヤツの『睡魔』を刺激しすぎたようだな……。自滅、というやつか?)」
まさかの展開。俺がまいた紙吹雪が、魔王軍四天王を眠らせてしまった……?
そんなことある!?
兵士たちは、ぐっすり眠ってしまったグーミンを抱え、
「こ、これは一時撤退だ! 覚えていろよ、人間どもー!」
と、捨てゼリフを残して慌てて退散していった。
……嵐のように去っていった魔王軍。
広場には、ポカーンとした村人たちと、俺たちキャラバン・ドリームの一座だけが残された。
「……勝った……のか?」
俺が呟くと、シールドンが呆れたように言った。
「勝ったというか……なんというか……。まあ、結果オーライだな! さすが俺様の選んだ勇者だ、レオ! まさか紙吹雪で四天王を撃退するとは、思いもよらなかったぞ!」
「いや、俺もだよ!」
こうして、俺たちは(主に偶然と敵のポンコツさのおかげで)魔王軍四天王の一人を退けることに成功した。
リリアさんは「レオさん、すごいです! まるで魔法みたいでした!」と目を輝かせている。いや、本当にただの紙吹雪だって……。
なんだかよくわからないうちに、また一つ、俺の(不本意な)武勇伝が増えてしまった。
……俺の平穏な日常は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。
第五章:俺たちの冒険は……まだ始まったばかり?
睡魔将グーミン撃退(?)の一件は、瞬く間に近隣の村々に広まった。
「旅芸人の一座に、魔王軍幹部を退けた謎の勇者がいるらしい」
そんな噂が、尾ひれ背びれどころか、翼まで生えて飛び交っている。やめてくれ、ハードルを上げないでくれ。
「いやあ、レオ殿! あなた様のおかげで、この辺りも平和になりましたぞ!」
「これも全て、レオ様と、そのお供の喋る盾様のお力ですな!」
行く先々の村で、俺はそんなふうに持ち上げられるようになった。シールドンは「うむ! もっと讃えるがよい!」とご満悦だが、俺の胃はキリキリと痛むばかりだ。
「なあ、シールドン……もう、いいんじゃないか? 魔王軍の幹部も追い払ったことだし、俺、そろそろ故郷の村に帰って、干し草ベッドと再会したいんだけど……」
キャラバン・ドリームの馬車に揺られながら、俺はそっとシールドンに提案した。
「何を甘ったれたことを言っているのだ、レオ! 我々の目的は魔王討伐だぞ! 四天王の一人をたまたま眠らせたくらいで、満足している場合ではない!」
「たまたまって言うな! ……いや、まあ、たまたまだったけどさ……」
シールドンは相変わらずやる気満々だ。こいつのモチベーションはどこから湧いてくるんだ。
「それに、だ」
シールドンは少し声を潜めて続けた。
「あのグーミンとかいうポンコツ幹部、おそらく他の四天王にこのことを報告するだろう。そうなれば、次はお前を『要注意人物』として、もっと強力な刺客が送られてくるかもしれんぞ?」
「ひっ……! それは困る!」
俺は思わず身震いした。そんな物騒な展開は絶対に嫌だ。
「だろう? だからこそ、我々は先手を打って魔王を倒しに行く必要があるのだ! それが、結果的にお前の平和な日常を取り戻す一番の近道だと、なぜわからん!」
「うーん……言ってることはわからんでもないけど……でも、魔王って……」
正直、まだ実感が湧かない。魔王なんて、おとぎ話の中の存在だと思っていた。それが、まさか自分の人生に関わってくるなんて。
そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、リリアさんが微笑みながら話しかけてきた。
「レオさん、次の町に着いたら、大きな祭りがあるそうですよ。きっと楽しいですよ!」
彼女は、俺が「勇者」だからではなく、ただの「レオ」として接してくれている気がして、少しだけ心が安らぐ。
「祭り……いいですね」
「ええ! 美味しいものもたくさんあるみたいですし、夜には花火も上がるんですって!」
花火か……。故郷の村の小さな夏祭りを思い出す。あの頃は、まさか自分が喋る盾と一緒に魔王軍と戦うことになるなんて、夢にも思わなかったな……。
「なあ、シールドン」
「なんだ、また弱音か?」
「……もし、本当に魔王を倒したら、俺、本当に平和に暮らせるようになるのか?」
俺の問いに、シールドンは少しの間黙り込んだ。そして、いつもの軽口ではなく、少しだけ真剣な声で答えた。
「……ああ。俺様が保証する。そのためにも、貴様にはもう少しだけ、俺様の言うことを聞いてもらわねばならんがな!」
赤い宝石が、力強く輝いたように見えた。
「そっか……」
まあ、こいつがそこまで言うなら、もう少しだけ付き合ってやってもいいか……なんて、ほんのちょっとだけ思ってしまった俺は、だいぶこの盾に毒されてきているのかもしれない。
馬車は進む。目指すは次の町。そして、その先には何が待っているのか……正直、あまり考えたくない。
でも、まあ、なんだかんだで、このやかましい盾との旅も、悪くない……なんてことは絶対にないけど、退屈しないことだけは確かだ。
「おい、レオ! 次の町に着いたら、まずは情報収集だ! 魔王城の場所を突き止めねばならんからな!」
「はいはい……。でもその前に、祭りでリンゴ飴食べたい」
「貴様は本当に食い意地が張っておるな! ……まあ、俺様にも少し寄越すなら許さんでもないが」
「お前、どうやって食うんだよ!」
俺たちの珍道中は、どうやらまだまだ続きそうだ。
ああ、俺の平和な干し草ベッドよ、いつになったらお前の元へ帰れるのだろうか……。
(俺たちの冒険は、まだ始まったばかり……なのかもしれない。勘弁してほしいけどな!)
【完】
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