第1話 拾われ先
その美しい少女は淡い水色の髪色をしていて、メイド服を着ていた。
どことなく儚さのある美少女だ。
「あっ! 起きられましたか!」
彼女は俺の目が覚めている事に気がつくと、そう声を上げた。
そして部屋に入ってきて、トタトタと俺の方に寄ってくる。
「どうですか? 体調の方は問題ありませんか?」
「ああ……問題ないが……」
俺は色々な疑問を押し込めながら頷いて答える。
すると彼女はぱあっと顔を明るくさせ、言った。
「良かった! これで治っていなかったらサーシャ様に叱られるところでした!」
「サーシャ様……?」
メイドの言葉に俺が首を傾げると、彼女は今思い出したようにポンッと手を打った。
「そうでした! 私の自己紹介がまだでしたね! 私はユキハ、サーシャ様の専属メイドです!」
「メイドというのは分かるが……サーシャ様というのは? 何処かの貴族なのか?」
「あっ、いえ! 貴族ではございません!」
俺の問いにユキハと名乗ったメイドは首を横に振った。
メイドがいるのに貴族ではないのか……。
では大商人とかだろうか。
……いや、しかし俺の寝かされている部屋は木造の掘っ立て小屋のような場所で、到底お金を持っているとは思えない。
大商人も貴族もないと思うが……。
では一体何者なのかということになる。
「で、サーシャ様というのはどういう人なんだ?」
俺が尋ねたその時、扉の向こう側に一人の女性が姿を現した。
艶のある黒髪を腰まで伸ばし、背筋はしゃんと伸びている。
女性とも少女とも言いがたい年齢感で、美少女とも美女とも言いがたい美しさを誇っていた。
幼い純粋さと老齢な狡猾さを併せ持つような複雑な雰囲気のその女性は、俺の方を見てニッと笑った。
「サーシャというのはこういうエルフのことを言う」
そう。
今彼女が自分で言った通り、彼女の一番の特徴はその尖った耳だった。
それは彼女がエルフであることを示している。
だからこそ、年齢感が分からず、どちらとも取れるような容姿をしているように感じるのだ。
おそらく大抵のエルフがそうであるように、彼女もまた見た目通りの年齢ではないのだろう。
しかし……エルフというのは普段、森の奥に引きこもって出てこないと聞いたことがあるが……。
もしかしたらこの掘っ立て小屋も森の中にあるのかもしれない。
よくよく匂いを嗅いでみると、確かに微かに緑の香りが感じられた。
そんなことを考えていたら、サーシャが扉の近くから俺の方をジロジロと目踏みするように見てきていた。
「……ふむ、今回のは活きが良さそうじゃないか。鍛えがいがありそうだ」
俺らのように歩み寄りつつ、そう言うサーシャにユキハは目を輝かせて言った。
「そうですよね! 思わぬ拾い物でした!」
「ああ。いいね、コイツの目。何としてでも生きようとする生への執着を感じられる」
何を言っているんだこの人たちは……。
それに思わぬ拾い物って。
人をまるで物みたいに。
そう抗議しようとしたら、その言葉を遮るようにサーシャは口を開いた。
「ああ、これから抗議は一切受け付けないぞ。お前は私の所有物だからな。所有物は所有物らしく言うことだけを聞け」
「はぁ!? いきなりどういう……」
思わず声を荒らげたら、サーシャは気づかぬ間に目の前に来ていて、俺の首根っこを掴んで持ち上げてきた。
「がぁっ!?」
息が詰まる。
死への恐怖心が脳内を支配する。
「お前は私の所有物だ。いいな?」
冷たく言い放たれたその言葉に、俺は必死になってコクコクと頷く。
「それに死にかけだったお前を救ってやったんだぞ? 一度失った命だ。私に絶対服従なのは当たり前だろう」
「話を聞いてる限り、助けてくれたのはこのメイドなんじゃ……」
「黙れ、殺されたいか?」
「いっ、いえ! 滅相もございません!」
ギンッと睨みつけられて俺は大きくかぶりを振った。
そこでようやく首根っこを掴まれていた俺は解放され、ベッドに再び放り投げられる。
そんな俺たちのやり取りをニコニコ見ていたユキハは、トンチンカンにもこんなことを言った。
「ふふっ。サーシャ様はちょっとコミュニケーションが苦手なんです。いわゆる……つんでれ? ってやつですね!」
……ツンデレのデレがひとかけらも感じ取れないが。
それに、ツンツンなんて可愛らしい擬音よりかは、ザクザクって音が聞こえそうなくらい鋭利な性格だと思うが。
しかし確かに助けてくれたことは事実だ。
それに関しては感謝を伝えなければ。
「……所有物ってのはまだよく分からんが、助けてくれたのは事実だからな。感謝する。ありがとう」
う~む、どうやら前世の記憶は引き継ぎつつ、基本の人格はジンのままみたいだ。
どうにも我が儘放題だった頃の不遜な物言いが出てきてしまう。
「ふんっ。お前の為に助けたわけではない。お前を助けたのは私自身のためだ」
俺の言葉に意外にもサーシャは目くじらを立てることはせず、そっぽを向きながらそんなことを言った。
確かにユキハの言う通り、ほんの微量ながらのツンデレ要素は持ち合わせているらしいと、俺はそんなことを思うのだった。