第九話 七千メートルダイブ
ワシは拳を構え、武豪のエドナ、そしてラムスと対峙する。
途中、ラルカの遺体を運び終えたウーイズがワシの元へ合流すると、ワシら二人は連携を強固にする姿勢を整えた。
「負けんなよ、モンズ.......!
お前がいなきゃあ、この状況は打開できない気がするぜ.......!」
ワシはゴクリと小さく唾を飲む。
そしてワシらの様子を伺っていたラムスと呼ばれる男は、ワシらの対応の早さを見て機先を制する提案をエドナに開示した。
「エドナ、アイツらは少々厄介そうだ。
そこで提案だが、『アレ』を人質に取るのはどうだ?」
「なるほど、名案だ」
ラムスは早速、自身の手のひらから球状の何かを形成する。
途端、ワシは何か奇妙な感覚を覚える。
「あれは、まさか........!」
ワシらは眼を疑う。
ラムスの生み出した球体から徐々に姿を現したのは、先日遺画の塔のすぐそばにて騒ぎを起こした張本人の一人である『龍の申し子』こと気を失ったルマであった。
「ルマ!?
まさか人質ってのは.......!?」
ウーイズは盾を構えつつも大きく狼狽える。
そしてワシは捕えられた彼を助けようと試みたその時、エドナはワシらを強く威圧し踏み出すのを躊躇させた。
「動くな。
コイツの命が惜しくば、あまり身勝手な行いはするなよ?」
「馬鹿な.......!
ルマは.......アイツは、幽閉塔に閉ざされていたはずだ!!!
お前ら、どうやって連れてきた.......!!」
ウーイズは激昂するかのように怒声を上げ、歯噛みする。
が、そんなことは一切関係ないと言わんばかりにエドナはこう口を開いた。
「どうするも何も、攫う以外にあると思うか?」
「あそこの警備は厳重なはずだ。
もしや、アイツらに何かしたんじゃないだろうな!?」
「さあ。
機会があれば目にできるかも、な?」
ウーイズは頭に血が昇り、顔を真っ赤に染める。
だがワシはこの時、何かよからぬ予感が脳内をよぎっていることに気がついた。
「......待て、ウーイズ!
エドナじゃったな、お前さんに質問があるんじゃが.......!」
「質問......?」
「お前さん、もしや天使の石を遺物化させた張本人ではあるまいな?」
ワシは心に抱いていた悪い予感をそのまま口に出す。
するとエドナは邪悪な笑みを浮かべ、このように答えた。
「鋭いな。
まさか、自分で辿り着いたのか、その答えに?」
「......じゃあお前さんが、黒幕か.......!」
ワシは粛清の遺物のエネルギーを左の握り拳に流し込む。
途端、ワシの中で沸々とした怒りが湧き始めていた。
「あーあ、バレちゃった。
完璧な計画だと思ったのになあ」
エドナは諦めたような口調で両手を後頭部へと回す。
そしてワシの話を耳にしていたウーイズは動揺した様子でワシの方へ視線を注いだ。
「おい待て、モンズ!!!
話についていけねえ!!!」
「つまりこういうことですよ。
今しがた侵略天使の変異体が出現したことも、幽閉塔からルマが攫われたことも、彼らの計画の一部だった可能性があるということです.......!」
「まさか、繋がってたのか!?
じゃあ、悪夢の変異体がこのエリアに現れたのは偶然じゃないってことなのか!?」
ワシは推測の範疇である言葉を、自らの解釈も混ぜながら並べ連ねる。
そんな中、エドナはワシの言葉に応えるようにその答え合わせを始めていた。
「正解だ。
よく分かったな、モンズ。
その通りだ、俺はずっと以前から変異体の『仕込み』をしていた。
そしてつい最近、また新たなコロニーを見つけ、我が物にした。
変異体ドレックスは強かったか?」
「.......何が目的じゃ、お前さん.......!」
「質問に答えろよ。
せっかく答えてやったってのに、不義理なやつだ。
だが、敢えて言うなら『究極』になること、かな」
「究極に、なること.......?」
ワシは懐疑的な視線でエドナの顔を凝視する。
するとワシのそんな態度を毛嫌いしたためか、エドナはワシの顔を見て明らかに豹変した様子を見せていた。
「不快な顔だな。
おい、もっと笑えよ、お前」
「何がおかしくて笑うんじゃ.......!」
「おかしいも何もねえよ。
ここは俺を讃えればいいんだよ。
いずれ究極に至らんとする、俺の懐の深さを崇めろよ」
「.......はぁ?」
「.......もういい。
俺は拗ねたぞ。
俺のことを讃えもしないやつには『罰』を与えちゃうもんね!!!」
「罰.......?」
エドナはラムスに指で指示するや否や、気絶したルマを抱えさせ始めていた。
「待て!!!
お前さん何をする気じゃ.......!!!」
「コイツをこの島の上空から落としちゃうのさ。
たとえ『龍の申し子』とて、標高七千メートルからの衝撃には耐えられまい.......!
そうだろ、新人モンズ!!!」
「クソッ、正気かコイツ.......!」
ワシとウーイズはエドナたちの要望を破り、人質のルマを助けに向かう。
と次の瞬間、エドナとラムスは瞬時にその場から消失した。
「なにッ!?」
「ほらほら、こっちだよー!
追いついてみろ、バーカ!」
エドナはルマをふわふわと担いだラムスを連れながら、ワシらの動きを掻い潜り北方へと音速に近い速さで駆け出す。
「モンズ、急いで追うぞ!!!」
「ああ、彼の身が危ない!!!」
ワシはウーイズと共に彼らの逃げた北方へと走り出す。
そして彼らを見失わないよう懸命に速度を上げていると、隣にいたはずのウーイズの姿がなかった。
「ウーイズ.......!?
なんでそんなに遅いんだよ!?」
「お前が速すぎるんだ!!!
ハァ、とりあえず必ず後で合流するから、お前は先に向かってろ!!!」
「......ああ、分かった!!!」
ワシはウーイズの言う通り、一人全速力でダッシュする。
そしてワシは、北方の崖、カイコリオ諸島の隅っこでルマの身柄を放り投げようとしている彼らと出くわした。
「いた.......!!」
「えっ、速ッ!?
君、もう追いついたの!?」
エドナは目を見張りながら、ラムスと共にルマを空へと放り投げる準備をしている。
そして.......。
「ルマを、離せい!!!」
ワシは龍の申し子へ手を伸ばす。
その時だった。
ふと見ると、エドナたちがルマを手放し、そして彼が標高七千メートルから落とされていたのは。
「しまっ、手が滑った!!!
やべえ!!!」
「クソッ、やむを得ねえ!!!」
エドナはあたふたしながらラムスと共に浮遊島の真下を見つめる。
ルマが超高速で空から地上へと向かっている中、ワシは一切の躊躇なく標高七千メートル地帯から地上めがけてダイブしていた。
「えええっ!?
頭から飛び込んだぁああ!?」
エドナとラムスが見守る中、ワシは命懸けのダイブを決める。
そしてワシはカイコリオ諸島から地上めがけて真っ逆さまに落ち、そして彼を救うべくもがいていた。
次章掲載予定、2025/8月